2024年9月14日土曜日

マイベスト・クリニカルパール 




載ることはなかった見本原稿です



・いつも心に薬と結核

51

・脳梗塞は3回騙される

 


<いつも心に薬と結核>

これはS先生から教えてもらったパールである。文章の通りではあるが、薬と結核は忘れがちであり、なおかつ忘れると非常にインパクトが大きい。薬が原因で具合が悪くなっている場合、気が付かないといつまで経っても診断はできない。病気で患者さんが悪化することは致し方ない場合もあるが、薬で患者さんが悪化しているのに気が付かないことはあってはならないことである。このパールの背景には「Do no harm」の精神が隠れている。特に高齢者はポリファーマシーの方が多く、救急外来に訪れた患者さんが病院に来たら、病気を考える前にまずは「薬のせいにしてみよう」という新たなパールに発展させて、研修医の先生には教育を行っている。


もう一つの結核は存在証明も非存在証明も非常に難しい疾患であり、臨床医のすぐ隣にいるような感覚を覚える。これは日本が結核の中蔓延国であるということにも由来しており、パールは地域や国によっても重み付けが異なる。結核のプレゼンテーションは多彩であり、不明熱や慢性の呼吸器症状、結核性髄膜炎による意識障害、結核による単関節炎など典型例を除くと診断が難しい場合が多い。さらには肺結核の場合、空気感染により他者にまで害が及ぶ可能性があり、閾値低めに鑑別にあげ感染対策を講じる必要がある。


薬と結核はどちらも臨床医の頭から抜け落ちがちではあるが、忘れてしまった時のインパクトが非常に大きい2つである。「いつも心に薬と結核」がカンファレンスでのTake home messageになったことは数知れない。自分への戒めのためにも、このパールを心におき診療を行う毎日である。

 

 

<51>

こちらもS先生から教えてもらったパールであるが、毎日のように使用している。S先生は大野博司先生から教えてもらったとのことであった。51は市中の細菌性敗血症の原因を考える時の鑑別疾患の挙げ方である。515とは、髄膜炎、肺炎、胆管炎、腎盂腎炎、皮膚軟部組織感染症の5つである。これは疫学上、頻度の多いものを列挙しつつ、髄膜炎を一番最初にあげることで、毎回「この患者で髄膜炎対応すべきか?」を問われている。なぜなら敗血症の中でも細菌性髄膜炎は、治療の遅れが後遺症や死亡率上昇につながり、早期発見・早期治療が望まれる内科Emergencyな疾患だからである。発熱・意識障害は敗血症でも起こりうるが、より強く細菌性髄膜炎を疑った場合は、他のタスクは一旦、保留にしてでも髄膜炎対応で動くべきである。つまり、人を集めて早急に血液培養を2セット採取し、抗生剤(CTRX,VCM,ABPC)±ステロイド±アシクロビルの投与が必要である。髄膜炎対応しなかった場合は、なぜしなかったか?を言語化することで、精度をあげることにつながる。敗血症を疑った場合、原因をこの5つの疾患から検索することで正解にたどり着く可能性が高い。

 

 最後に+1とは、感染性心内膜炎である。感染性心内膜炎はInfectious EndocarditisIE)と呼ばれることが多く、IEI1に似ていることからも想起しやすい。IEは診断の遅れが有名な疾患であるが、IEを疑った場合、IEを狙った診察(前傾姿勢にして心雑音を聴取、眼瞼結膜や頬粘膜の出血班、手掌・足底の紫斑など)を行うことで診断がつくこともある。明らかに敗血症を疑う患者で5つの疾患でなかった場合、感染源不明になりがちであるが、最後にIEの診察を行うことで早期に診断できる可能性がある。IEは忘れた頃にやってくる疾患であり、51を合言葉に敗血症の患者さんを見るたびにIEを忘れないように頭にブーストがかけられている感覚である。


最近は「5+1には0.5がある」というパールに昇華させて使っている。0.5というのはIEにもなり得るが、ならない時もある血流感染症を意味している。いわゆるprimary bacteremiaを考えるための記憶術である。明らかに感染症らしさが揃っているが、どんなに頑張って熱源を探しても不明な時、翌日にGPC chainが生えました!というのは日常茶飯事である。GGSの菌血症は、蜂窩織炎を伴っていることもあれば、伴っていない時もある。primary bacteremiaの症例の経験を重ねると「この人は明日、血培生えるよ。多分GGSかGNRだね」と言えるくらいゲシュタルトが似ている。翌日の血培陽性にびっくりするのではなく、「やっぱりね」と言えるように血培を待ちたいものである。



<脳梗塞は3回騙される>

 これは自分のオリジナルのパールである。まずは臨床症状で騙され、次にMRIDWI (diffusion-weighted image)highに騙され、最後にMRIDWI high,ADC map lowに騙されるというものである。脳梗塞を疑う臨床症状は巣症状が有名である。急に出現した麻痺やしびれ、構音障害など、FASTという語呂で啓発が行われている。tPAや血管内治療が可能になり、早期発見・早期治療が望まれる疾患になった。そのため、症状から脳梗塞を疑うことは全く問題ないが、低血糖やてんかん発作、片頭痛、ミエロパチーといった疾患も脳梗塞と同様の症状をとる。そのため、臨床症状だけで脳梗塞と診断することは難しい。脳梗塞を疑ってMRIを撮ったが、脳梗塞でなかった場合の次の鑑別疾患を思い浮かべておくことが重要である。臨床症状から脳梗塞を疑った場合、MRIを撮影することが多いが、ここでも2回落とし穴がある。MRIを撮った後にまずはDWIを確認するが、DWI highであることは新規脳梗塞を意味しない。時にDWI highを見た瞬間に新規脳梗塞であると勘違いしている方がおり、その方に向けた啓発である。必ずADC lowであることを確認する必要がある。T2 shine through PLESの場合、このような状況になりうる。T2強調像で高信号部位があると、拡散強調像(DWI)で高信号になってしまうことがあり、これはT2 shine throughと呼ばれる現象である。そのため、新規の脳梗塞を疑った場合は、必ずADC mapを確認する必要がある。


 最後にDWI high,ADC map lowで新規脳梗塞を疑う状況であっても、騙されることがある。本当に脳梗塞であった場合でも背景の疾患を見落としてはならないという啓発である。鑑別の一番は、大動脈解離である。大動脈解離にtPAを行い死亡した症例報告は多数存在する。大動脈解離の他にも脳静脈洞血栓症、感染性心内膜炎、トルーソー症候群など、脳梗塞というプレゼンテーションではあるが、その背景に隠れた原因が潜んでいることがある。背景疾患を見落としていると、治療の遅れが転機不良につながる恐れがある。


 脳梗塞の場合は採血結果に背景疾患のヒントが隠れていることも多い。多血症に伴う脳梗塞、謎のCRP上昇から発見されたIE、Dダイマー高値で気づいたトルーソー症候群、Eo上昇で気がついたコレステロール塞栓、LDH上昇で気がついた腎梗塞合併といったような具合である。脳梗塞患者さんで確認する採血項目は、LDLコレステロールとHbA1Cだけではない。無論、採血だけでなく診察も非常に重要である。

脳梗塞の診断はゴールではなく、スタートである。MRIでも騙されることがあるのだと自分に言い聞かせ、脳梗塞の背景疾患を検索する努力を怠らないことが重要である。

 

<最後に>

 以上、私が大事にしているパールを3つ紹介させていただいた。紹介しきれなかったパールはたくさんある。「昨日元気で今日ショック、皮疹があれば儲けもの」のオマージュである「昨日元気で今日めまい、眼振あれば儲けもの」、パーキンソン病の運動症状である「TRAPにはTRAPがある」「腹痛診療は3次元で」「身体所見は5つの目で見る」「〇〇メガネをかけて診察する」「皮疹は目で見るのではなく、手で感じる」「その人の人生に合わないことが起きた時、それは血管イベントか中毒である」「毎日、患者さんに会いに行く時、自分がその患者さんに害を与えていないか?を自問自答しなさい」「その患者さんにどんな疾患があるかよりも、その疾患がどんな患者さんに起こったかが重要です」「全症例、症例報告する気持ちで考える」などもお気に入りである。これらのパールは自分が医師を続けている中で大事にしていることに他ならない。


 パールが生まれる時は必ずアウトプットから生まれる。ホワイトボードの前で症例検討会を行なっている時やベッドサイドティーチングの際に自分でも思いつかなかったような言葉がふとした瞬間に生まれる。おそらく学習者に伝えようとするときに、どうやって伝えれば記憶にとどまるであろうか?ということを頭が勝手に捻り出してくれるのであろう。そのため、パールが生まれるには環境も大事だと思っている。自分一人だけでは思いつかなかったことでも、教育という場面になると自分の限界を超えて良質なアウトプット、パールが生まれる。良質なアウトプットのためには、良質なインプットが必要である。今回の特集から尊敬すべき先生方の至極のパールを是非堪能してほしい。



さいごに自分が出会った初めてのクリニカルパールを紹介して終わりにしたい。


「医師の仕事は考えることではありません。

 judgmentですよ、武田さん」



この言葉は、尊敬すべき先輩である武田先生が悩んでおられた際の矢野晴美先生の一言である。

おそらく、お二人ともこのやりとりは覚えておられないと思われるが、

矢野先生が武田先生に向けて放った言葉は、なぜか隣の私に突き刺さった。


今でもこの言葉は、私の心に深く刻まれている。


この言葉の後から、私はようやく医師としてのスタートが切れた。


とても感謝している言葉である。





 

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