2020年1月9日木曜日

野兎病 ~いつか出会う忘れられた疾患~

野兎病について、どういうイメージがありますか?

名前は聞いたことがあるけど、臨床で出会わないし、
鑑別にも上がらないから、考えた事もあまりないのではないでしょうか?


自分もそうでした

この症例に出会うまでは・・・
-------------------------------------------------------------------------------------------------
19歳 女性 不明熱で入院中(※症例は修正・加筆してあります)

もともと生来健康で元気な大学二年生
周囲ではインフルエンザが流行中

入院の二日前から頭痛、発熱、悪寒があった
近医でインフルエンザのチェックをされたが、陰性
アセトアミノフェンを処方され帰宅

入院当日も発熱あり、近医を再診
インフルエンザのチェックが再度行われたが、陰性
原因精査目的に紹介となった

ROSは頭痛あり、倦怠感あり、食欲不振あり
それ以外に全く症状なし

内服なし、既往なし

暴露としては、飼い犬にかまれまくっている!
飼いネコとも触れ合っているが、かまれたり、ひっかかれてはいない
性行為はなし、海外渡航なし

バイタルは39度の高熱、脈は90-100前後、血圧や呼吸状態は問題なし

意識は清明、苦痛様ではない、見た目は元気そう
項部硬直なし
頭頚部 眼球結膜充血なし、咽頭発赤なし、扁桃腫大なし、齲歯なし、口内炎なし
副鼻腔の叩打痛なし
両側頸部(胸鎖乳突筋の裏)と両側腋窩のリンパ節が0.5-1.0cm大で数個腫れている
圧痛はみられない
鎖骨下、滑車上、鼠径は腫大なし
頸動脈雑音なし、頸部の痛みなし
心雑音なし、呼吸音 清
皮膚 両手や右上腕に噛み傷が多数あるが、周囲の発赤や圧痛、熱感はみられない
塞栓徴候なし
関節腫脹や圧痛なし
脊柱叩打痛なし、CVA叩打痛なし

血液検査 WBC上昇なし、異型リンパなし、NET優位
     Plt減少なし、肝酵素上昇なし、腎機能正常、CRP 10
尿検査 膿尿あり、細菌尿あり、G染色では菌いない
CXR  肺炎像なし

経過①
食事とれていないので、入院加療となった
膿尿の所見から腎盂腎炎として、スルバシリン開始
犬にかまれていることから、そちら(カプノサイトファーガ、パスツレラ、H.シネジー)のカバーも行う目的でスルバシリンを選択

しかし・・・

抗生剤投与し、1週間たっても解熱得られず39度前後を推移
幸い頭痛は無治療で軽快し食事もとれるようになってきた
症状は何もでてこない
所見としては、頸部のリンパ節が若干触れやすくなってきた

データはほとんど変化なし
造影CT施行するも、膿瘍や大動脈壁肥厚はみられず
肝腫大はなし、脾腫がみられた
腹部のリンパ節がわずかに腫大あるが、有意かは微妙なところ
USでは頸部のリンパ節腫大は反応性との評価
血培は陰性、尿培も陰性

血培が陰性であることを確認し、抗生剤は中止した
----------------------------------------------------------------------------------------------
ディスカッション①:さて次なる手は?

ボス「サイトメガロでしょ?待てばいいんじゃない?」

自分「ですよね、待ちます」
----------------------------------------------------------------------------------------------
経過②
抗生剤中止後、2日目に四肢末端からmaculopapular rashが出現
徐々に広がり、多型滲出性紅斑になった
粘膜疹なし

データとしては若干の肝酵素上昇出現、Eo上昇はなし
EBVは既感染パターン、CMVは未感染パターン
----------------------------------------------------------------------------------------------
ディスカッション②:皮疹が出てきました、どうしましょう?

自分「薬疹ですかね。
   抗生剤はとめていますし、他に何も薬使っていないので、待ちますね。」

ボス「そうだね、待つしかないね」


自分「ただ、発熱に関連している皮疹と考えると、
   マイコプラズマ、菊池病、リンパ腫とかですかね?」

ボス「そうだね、そういう考え方もしないといけないね。」


自分「このまま熱が出続けたら、やっぱりいつかはリンパ節とらないといけなくなりますよね。
   狙うとしたら、菊池病かと思っています。だいぶ非典型的ですけど。
   もちろん、第一候補はCMVなので待とうとは思っています。

   全身状態も良好なので。」


ボス「そうだね、CMVが一番可能性としては高いと思うよ。
   でもここで、忘れてはいけない疾患があるんだ。」


自分「なんですか?」


ボス「野兎病だよ」


自分「野兎病?????

   野兎病って、まだ日本でみることあるんですか?
   ウサギと接触していないですけど?」


ボス「猫からでも犬からでも、野兎病はありうるよ。もちろん僕もみたことないけど。
   
   野兎病は不明熱の原因にもなるし、リンパ節も張れる。
   野兎疹といって、途中で皮疹がでることもあるんだ。

   治療がストレプトマイシンやゲンタマイシンだから、
   疑ったら即治療というのは、難しい。
   
   だからペア血清をとるために、最初に血清保存しておくことが大事だよ。」


自分「そうなんですね、知りませんでした。
   ペア血清のために血清保存はしてあります。」

自分の心の中(・・・野兎病なんて、そんなrare diseaseのわけないだろう。
       でもよく知らないなあ・・・調べてみよう・・・)
------------------------------------------------------------------------------------------------------










自分の心の中(確かに・・・勉強すればするほど、チフス型の野兎病に見えてきた・・・
       あれは野兎疹だったのかもしれない・・・
       
       でも疫学は大事にしたい
       小児の不明熱では、圧倒的にネコひっかき病による不明熱の症例の方が多い)
       →「ネコひっかき病」参照
---------------------------------------------------------------------------------------------------------
経過③
ネコひっかき病による不明熱の疑いで、アジスロマイシン処方
その後、解熱得られCRPも改善

抗体の結果まち
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------
ディスカッション③

自分「野兎病ではなく、ネコひっかき病だと思います。」

ボス「???ピンとこないなあ。CMVでしょ」


自分「でも、小児の不明熱ではネコひっかき病が多いんですよ!
   少なくとも野兎病よりは!」


ボス「(カチン)
   頻度の問題じゃないんだよ。野兎病は必ずいつか出会うし、
   僕たちが見逃しているだけなんだ。
   
   この領域の感染症は治療が少しずつ違うから、
  戦略をもって検査や治療をしないといけないんだ!

   適当に抗生剤出したら治りました、じゃダメなんだよ。」


自分「(カチン)
   ネコひっかき病は放っておくと、視神経網膜炎になるんです!
   IEにだってなりますし、もし合併症が起きたら治療期間がとてつもなく長くなります。
   動物との濃厚な接触歴があり、不明熱を呈しているのであれば、
   ネコひっかき病をまずは疑って治療すべきです。
   
   もちろん、抗体は提出しています!」


ボス「・・・まあCMVでしょ」


自分「多分、そうだと思いますが・・・」

→結局、CMVは未感染パターン、バルトネラも抗体上昇みられず
 ジスロマックでCRPは陰性化した
 本当に野兎病だったのか・・・
--------------------------------------------------------------------------------------------------------
まとめ
・野兎病は昔の疾患ではない
→必ずいつか出会う疾患:ペットブーム、海外渡航増加、検査の発達


・野兎病のゲシュタルトは、ネコひっかき病と似ている
→動物暴露(±ノミ、ダニ)+リンパ節腫脹+インフルエンザ症状や不明熱


・動物暴露がある時の不明熱は、戦略をもって検査と治療に踏み切る
→適当に抗生剤出してはいけない、感染症専門医と相談を
---------------------------------------------------------------------------------------------------------
参考文献
N Engl J Med 2010;363:1560-8. ←飼い猫に噛まれて起きた野兎病の症例
               (面白いし勉強になる、本症例に近い
                何の検査を出すべきか、参考になる)
The Pediatric Infectious Disease Journal  Volume 29,Number 2,February 2010←小児のアウトブレイクまとめた症例、野兎疹が52%に出現
Lancet Infect Dis 2016;16:113-24 ←ヨーロッパの野兎病の状況が分かる
International Journal of Infectious Disease 71(2018)56-58 ←日本のチフス型の症例
化学療法の領域 Vol.29,No.2,2013
化学療法の領域 Vol.33,No.3,2017
小児科臨床 Vol.70 増刊号2017
臨皮,35(12);1155-1160,1981←弱ったうさぎ捕まえてはいけない
日本臨床微生物学雑誌 Vol.26 No.3 2016. ←大原先生の妻りきの熱意がすごい




1 件のコメント:

  1. 突然のコメントでのご連絡失礼いたします。
    番組制作を行なっております
    厨子王株式会社の林と申します

    番組内にて野兎病に関する特集を企画を予定しており、そのためこの症例の患者様を探しており、ブログを拝見いたしました。

    番組名、詳しい内容をコメント欄ではなくメールにてご連絡させていただけないでしょうか?

    もし可能でしたら、ご連絡いただけないでしょうか
    よろしくお願い致します。

    返信削除