2021年1月4日月曜日

昼カンファレンス 〜美味しいものは最後にとっておく〜

 75歳 女性 主訴:嘔吐(※症例は一部修正・加筆を加えてあります)

Profile:豆炭使用歴なし

現病歴:来院当日の朝に上腹部に違和感があり起床した

    その後、数回嘔吐が見られた

    吐き気が持続し、一日中寝ていた

    夕方になっても改善しないため、救急車で当院搬送となった

既往歴:脂質異常症、(詳細不明の)大球性貧血

内服歴:フォリアミン、メチコバール、エゼミチブ

生活歴:夫と二人暮らし、ADL  full

飲酒なし、喫煙なし


バイタル:JCS  Ⅰ-1、呼吸数24、血圧143/83、脈78、体温36.5、SPO2 94%

瞳孔3/3、対光反射+/+

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ディスカッション①他に何か聞きたいことはありますか?


T「はい、ありがとうございます。では学生さんから他に何か聞きたいことはありますか?」


学「えっと生ものとか食べられましたか?」


N「食べていないそうです。」


T「はい、ありがとうございます。

 皆さん、この病歴いかがですか?

 何か最初に確認したいことはありませんか?」


学「えっと、いつまで元気だったかを確認したいです。」


T「そうですね!

 これは朝から症状がありましたということであって、

 いつまで元気だったかということではありません。

 実は前日の夜からムカムカして食事が取れなかったかもしれませんよね。

 1週間前から間欠的にある症状かもしれません。


 なので、いつまで元気だったかを明確にする必要があります。

 まずはそこからです。


 いつまで元気だったか?ということを確認する作業は、

 病歴のスタート地点に立つと呼んでいます(今日、命名しました)


 この症例はまだスタート地点に立っていないのです。

 もちろん、わざとそういうプレゼンをしてくれて、みんなに聞いて欲しかったんですよね?笑」


N「もちろんです、はい。すいません。笑

 えっと、前日の夜寝るまでは何ともなかったようです。

 深夜に起きて症状に気がついたようです。そこからはずっと同じ症状です。」


T「はい、ありがとうございます。

 寝る前までは大丈夫で、起きたら体調悪いというのはよくあります。

 ここで大事なのは、

 高齢者の大多数が夜に1ー2回はトイレに起きているという事実です。

 なので、夜にトイレで起きたときはどうだったかを聞くことで、真の発症時期がわかることがあります。

 この症例はどうでしたか?」


N「寝てからトイレに行ったかは聞いていませんでした。」


T「ありがとうございます。

 何でこれが大事かというと、例えばtPAの時とかに発症時期が明確になっていた方がいいですよね。この症例はtPAの時間は過ぎてはいますが、今後は意識してみてください。


 他に何か聞きたいことはありますか?」


E「上腹部の違和感もあったようですが、それは痛みですか?」


N「痛みだったと思います」


T「痛みなんですね?

 まあ、違和感でも痛みでもどちらでもいいのですが、

 痛みの場合、型のごとくOPQRST2を聞いてきましょう。」

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O:寝ていて上腹部の違和感と吐き気で目が覚めた

P:食事は取れていないが、水分はとっている

  水分とって悪化はしない、丸まって和らぐということもない

Q:何となく鈍痛

R:なし

S:下痢なし、頭痛なし、めまいなし、便は前日でた、呼吸苦なし

 動悸なし、胸痛なし、冷や汗なし

T:吐き気や上腹部痛については横ばい

2:こういう症状は初めて




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ディスカッション②何が鑑別であげられますか?


学「・・・腸管?」


T「そうですね、吐き気がメインですから、消化管の病変を考えますよね。

 他には何を考えますか?」


学「・・・」


Y「やっぱり、上腹部痛なのでまずは、心筋梗塞を考えたいです。

 それで心電図をすぐにとりたいです。

 あとは、上腹部痛なので胆石とかも可能性としてはあります。

 手術歴は無いようですが、腸閉塞も鑑別です。

 あとは、食事も取れていないようですし、少し意識も悪いようなので、

 低血糖や高血糖がないか、すぐに血糖は測定したいです。」


T「素晴らしいですね。他に付け加えはありますか?」


E「あと、吐き気を起こすとすると頭蓋内疾患の可能性もあるかと思います。」


T「皆さん、素晴らしいですね。その通りです。 

 学生さん、鑑別が研修医の先生はポンポンあがりますよね?

 皆さんと何が違うと思いますか?


 昼カンファにしばらく出ていれば、こんな感じで鑑別をすぐにあげられるようになりますので、ご心配なく。

 

 鑑別疾患の考え方としては、解剖と病態を考えてみると良いです。

 痛みであれば、ABCの考え方がとても相性がいいので、

 今回もABCで考えても良いと思います。


 例えば今回の嘔吐や吐き気で考えてみましょう。

 嘔吐の中枢はどこでしたか?」


学「延髄?」


T「そうですね、嘔吐中枢は延髄の孤束核近傍にある外側網様体の背側に存在します

     嘔吐中枢を刺激する神経刺激の経路は 3 つあります


  1 つ目は咽頭や胃、小腸などからの刺激が迷走神経を介して嘔吐中枢へ伝えられる経路です

  消化管以外にも胆管や心臓、睾丸などからの刺激もこの経路で嘔吐中枢に到達します

  腎盂腎炎や精巣捻転で、嘔吐が頻回になる人もいますね。


  2 つ目は CTZ(化学受容体引金帯)を経由する経路です

   CTZ は第四脳室底に存在し嘔吐中枢を刺激します

  CTZ は血液- 脳関門 (blood- brain barrier; BBB)の外側にあり、

  内因性や外因性催吐物質を検出します

  主に薬ですね


  3 つ目は大脳皮質、脳幹、前庭系など他の中枢神経系から伝えられる経路です。


  もっと簡単にいうと、

  嘔吐をきたす原因は頭蓋内疾患、消化管、消化管以外に分けて考えます。



  考え方のコツは、みんなが考える腸管を一番、最後に考えます。


  最初は臓器以外の薬や代謝、内分泌、頭蓋内の問題を考えて、

  次に消化管以外の臓器(特に心臓)を考えます

  そして、最後に消化管の問題を考えます。


  なぜこの順番かというと、最初に消化管と思ってしまうと、

  無理やり「腸炎」という病名をつけて、他の疾患を忘れてしまうためです。

  なので、忘れようのない消化管のトラブルは後に考えましょう。


  こうやって解剖や病態生理を思い浮かべることができれば、

  おのずと鑑別疾患も上がります。


  最初は出来る限り、たくさん鑑別疾患をあげられるようにトレーニングしてください。

  じゃないと、見逃します。


  そして、たくさん鑑別疾患をあげられるようになったら、

  次にすることは、その中で優先順位をつけることです。


  発散させて、収束するイメージです。





  今回であれば、心筋梗塞は緊急性が高いので、まず心電図をとりたいですよね。

  鑑別疾患を思い浮かべることが出来なければ、診察や検査は出来ません。


  今、思い浮かべた疾患を考えながら診察することが大事です」

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身体所見

見た目 閉眼しじっとしている

末梢 冷感や冷汗なし

眼瞼結膜 蒼白あり

口腔内 綺麗

呼吸音 清  心雑音なし

腹部 平坦 軟 圧痛は心窩部から臍周囲に軽度あり 筋性防御なし

マーフィー陰性

腸蠕動音 亢進

直腸診 黒色便なし 

下肢 浮腫なし


超音波検査 胆嚢壁肥厚なし 胆石なし

ソノグラフィックマーフィー陰性

心電図 ST-T変化なし


経過としては、吐き気が強そうであり、

プリンペラン®︎を投与しつつ、採血の結果を待ちました


採血では、特に嘔吐の原因となるようなものはなし

炎症所見も見られず トロポニン上昇もなし

Hb 8台(MCV120)、BUN/Crの上昇はなし

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ディスカッション③追加でとりたい所見や検査はありますか?


T「さあ、この身体所見や検査でさっきあげた鑑別疾患がどうなりましたか?

 心筋梗塞の可能性はいかがですか?」


学「減ったと思います。」


T「そうですね、トロポニンは6時間以内だと感度悪いですが、

 朝から発症で夕方こられているので、さすがに心筋梗塞なら上がっていますよね。

 では、胆石はどうですか?」


学「エコーでなければ、ないのではないでしょうか。」


T「そうですね、さすがになさそうですね。

 では、腸閉塞は?」


学「うーん。わかりません。」


T「腸閉塞も普通、診察と超音波があれば大体わかるので、

 ないんだろうね。

 血糖の低下や上昇もなかったね。

 じゃあ、頭蓋内疾患の可能性はどうだろう?」


学「まだ、わかりません。」


T「そうだね、だって診察してないもんね。笑

 なので、追加でとる診察は神経診察ですね。

 どうでしたか?」


N「この時点では神経診察はしていませんでした。


 嘔吐と上腹部痛がメインだったので、腹部のC Tを撮りましたが、

 嘔吐の原因となるものはありませんでした。

 そして、ベッドから移動するときに初めて、めまいがするとおっしゃったので、

 頭蓋内疾患もあるかもしれないと思い、頭部CTを追加しました。

 

 頭部CTでは、小脳に低吸収域はありましたが、これが新規のものか、

 古い梗塞かわかりませんでした。

 

 実際に診察すると、確かに左手は小脳失調とも取れる稚拙さはありますが、

 元々こんな感じですと言われてしまったので、

 新規の小脳梗塞からの吐き気や上腹部痛でよいのかは判断に迷いました。


 ですが、翌日にMRIを撮るとしっかり新規の小脳梗塞がありました。

 

 一応、貧血もありましたので、上部消化管内視鏡検査も入院後行いましたが、

 特に所見はありませんでした。


 最初から小脳梗塞をあまり疑えておらず、CTとっても診断出来なかったので反省です。」



T「なるほどね。

 この症例は頭痛やめまいの訴えが乏しく、

 かわりに貧血があったり、腹痛があったりして、目眩しがたくさんあって難しかったですね。 

 でも実際は心臓のことも考えているし、直腸診もしっかりしているので、

 プラクティスとしては素晴らしいと思います。


 確かに、腹痛の訴えがあって、診察でも圧痛があると、

 小脳梗塞だけで片付けてよいか、迷いますね。


 結果的には、嘔吐が頻回だった事による心窩部の不快感ということだと思います。

 皆さんも嘔吐しまくった後は、心窩部が不快な感じになりますよね。


 この人も何度も嘔吐していたということなので、二次的に出てきた症状だったのでしょう。


 この症例のように消化器症状というのは曲者です。

 全身疾患の一部として出ることもありますし、消化管以外の臓器の病気でも、

 消化器症状は出ることがあります。

  

 なるべく、消化管以外から考えるくせを作っておくと、

 見逃しが減ると思います。ありがとうございました。」





まとめ
・いつまで元気だったかを確認する作業は、病歴に置いて「スタート地点に立つ」ということ
→いつ発症したのではなく、いつまでいつも通り元気だったか?から聞くようにしましょう

・嘔吐や腹痛といった消化器症状は、消化管以外の病変から考える
→美味しいものは最後にとっておく精神で


・鑑別疾患を挙げるコツは、最初のうちはたくさん挙げられるように

→慣れてきたら、そこから優先順位をつける練習をする



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