2022年2月9日水曜日

心因性 VS 器質性 〜眼鏡を外せ〜

症例 25歳 男性 主訴:痺れ

                         (※症例は加筆修正を加えてあります)


Profile:会社員、既往なし


現病歴:来院当日の朝起きた時から右上肢、右下肢に痺れがあった

    特に外傷やスポーツは直近ではない


    ペンを握ったら、力が入りにくくて落としてしまった

    もともと頭痛持ちで、当日も頭痛があり、市販の痛み止めで軽快した

    痺れが持続しているため、夜に救急外来受診


既往:なし

内服:なし


バイタル:BP110/70,  P70,  T 36.8  , 意識 声明

見た目 お元気そう 一人で来院

歩行はスタスタ可能

痺れは右上肢と右下肢にあり


研修医「・・・上記のような方ですが、CT撮っていいですか?」と深夜にcallあり

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ディスカッション①何を考えますか?


T「はい。ありがとうございます。

  生来健康な若年男性の急性発症の痺れですね。

  夜に救急外来に一人で来院されています。

  この時点で深夜ですので、実際は疲れて寝ていたら起こされた感じですね。


  みなさん、今は昼間であり、カンファレンスなのでバイアスはかかりにくいですが、

  深夜に痺れを主訴に若い男性がきたらどう思いますか?」



N「心因性だと思います」



T「そうですね。そう思いますよね。


  それはなぜそう思うかというと、病院を受診する壁を超えてきているからです。

  ちょっと解説しますね。


  みなさん、多少調子が悪くてもわざわざ病院行かないですよね?


  ではなぜ行かないのでしょうか?


  それは時間がかかるから、お金がかかるから、大したことないと思っているから、ですよね


  でもこの人は、わざわざ深夜に救急外来に来ている。

  病院受診するための壁を超えてきているのです。


  壁を越える原動力は、

 病状の重さ(痛い、苦しい、生活に支障がある)と不安です。

  

  救急外来や初診外来に来る人の多くは、不安がある人です。

  むしろ、不安がなければ病院に来ません。

  

  なので、

 我々はこの患者さんにとって病院受診の壁を乗り越える

 原動力は何なのか?


  を見極める作業をしなければなりません。

  不安が強いのであれば、そこに応えてあげないと満足度は得られません。


  この時点では、痺れだけで深夜に病院にくるのは、不安なのか?

  もしくは相当病状が重いのか?を考えます。


  多くは前者なので、心因性を疑うという思考プロセスになるわけです。」


N「自分も心因性だろうと思ってコンサルト受けました。」


T「そうなりますよね。深夜で眠いですから。笑

  普通の思考ではいられません。

  バイアスがかかった状態で診察に挑むことになります。


  ですが、みなさんご存知の通り、バイアスがかかった状態での診察は危険がいっぱいです。

  みなさん、バイアスに負けない対策を持っていますか?」


N「いつもより閾値低めに検査をするようにしています。」


T「なるほど、それはいい策ですね。

  それでちょうどいいくらいかもしれませんね。」


M「いつもよりちゃんと診ます。」


T「笑。そうだね、それができればいいんだけどね。笑

  他はどうですか?」


M「深呼吸します。」


T「笑。いいね。他はどうですか?」



N「メタ認知するということですか?」


T「まあ、そうだね、バイアスがかかったなと自覚している時点で、

 メタ認知はできているんだけど、

 それを改めて自分で確認するような作業をするといいです。


  医療安全でよくいわれるのは、指差し呼称です。

  わざわざ、指差すのは恥ずかしい、そこまでしなくても・・・

  と思う人もいるかもしれませんが、指差し呼称のように手を使って確認する作業は非常に有用です。


  例えば、自分は四肢の皮疹を探すときは、必ず手で触れるようにしています。

  手で皮疹を見ているような感覚です。

  触りながら自分は足を隅々までチェックした、指先をチェックしたと、

  視覚と触覚で確認しています。



  そしてバイアスがかかった時に何をするかですが、

  そういう眼鏡をかけて診察しようとしているので、

  エアーでいいので眼鏡を外す動作をします。

  

  バイアス眼鏡を外しましょう。


N「この時は、めちゃくちゃバイアスかかっていました。笑

  バイアスはかかっていましたが、研修医の先生に見られている自覚があったので、

  しっかり診察はしました」


T「それはいいバイアス克服法だね。

  診察の前に他に病歴とりたい人いますか?」

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追加の病歴聴取


学「どうして深夜に病院に来たんですか?」


N「会社の上司に病院に行った方がよいと日中に言われたそうです。

  あと夜にお風呂に入った後に痺れが一段階強くなったので、病院受診されました。」


T「はい、ありがとうございます。

  痺れのonset、time course、増悪寛解因子を図に表すとこんな感じですね。」




T「入浴後に悪化する神経徴候って名前ついてますよね。Uから始まるやつ」


N「Uhthoff(ウートフ)徴候ですか?」



T「それそれ。なんだか、MSを匂わせる病歴ですね。

  M Sは地域差が大きい病気で東北とか、北海道は多いですが、
  この辺は少ないですね。

  東北では、知り合いの知り合いはMSくらいなイメージくらい多いですね。

  
  痺れの増悪寛解因子はなじみがないかもしれませんが、実はたくさんあります。



  振ると楽になるのは、手根間症候群の典型ですね。flick signと言います。
  
  帯状疱疹は温めると楽になりますね。これは冠名は知りません。


  冷たい水に触ると痛いのは、シガテラ中毒ですね。
  ドライアイアイスセンセーションと言われます。


  頸椎は圧迫すると増悪しますね。ジャクソンやスパーリングテストです。
  
  
夜に増悪するのは、腰部脊柱管狭窄症と右心不全ですね。Vasperの呪いと言われています。

  息こらえやバルサルバ手技で増悪するのは、椎間板ヘルニアです。
 
  Dejerine徴候と言います。

  
  Joseph J. Dejerine(1849-1917)により初めて報告

  腰椎椎間板ヘルニアの急性発症後において咳をする、くしゃみをする、
  あるいはトイレで排便時にいきむといった動作により、
  腰痛や下肢痛などの腰部神経根の症状が誘発または増悪される徴候を指す

  神経根の易刺激性を示唆する所見であり、この徴候がみられれば椎間板ヘルニア、
  脊髄腫瘍などのspace-occupying lesionの存在が疑われる

脊椎脊髄ジャーナル 28巻4号 (2015年4月)


T「さて、みなさん、鑑別は何が上がりますか?
  そしてどんな診察を行いたいですか?」


R「ポリニューロパチー?痺れの範囲や感覚の所見を取りたいです。」


T「そうですね。上肢と下肢にまたがっているので、多発していますね。
  他はどうですか?」


A「頻度的には頸椎症とかGBSとか、片頭痛とかでしょうか。」

T「そうですね、頸椎症は多いですね。
  GBSも最初は片側でもいいかもしれませんね。

  他はどうですか?」


M「中枢神経系でしょうか。
  急な経過なので血管系とか、脱髄とか?」


T「そうですね。かなりまれですけど、もやもや病とか、血管奇形とか、腫瘍とか、
  若くても中枢神経に病気がある時はありますからね。

  はい。では診察してみてどうでしたか?」

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診察


上記のような痺れの分布であった


N「痺れってどうやってとればいいんですか?自分は・・・

  ①red flagじゃないか?:突然や急性発症

  ②分布:単肢、四肢、片側、顔面含む、両下肢などで解剖学的に考えます。

  ③画像:上記解剖に応じた画像検索


  の順番に考えています。」



T「うん。まあ、そうだね。いいんじゃない。

  自分なりには・・・


  ①まず痺れを痺れ以外にパラフレーズしてもらいます

   「痺れ」が「動かしにくさ」に変わる人もいますね。


  ②次はやっぱり分布ですね

   痺れ診療で正解に辿り着くかどうかは、

   この分布をどれだけ詳細に取れるかどうかにかかっています。


   めちゃくちゃ大事です。


   腹痛の時と同じですが、天気図を描くように痺れmapを描きます。

   自分は紙に体の絵を描いて、診察の前に患者さんと痺れのmapを共有します。



   この分布を見れば、どこが解剖学的に問題かがわかります。


  ③最後に他の神経異常がないかです

    感覚や運動、腱反射、小脳、歩行などしっかりチェックします。

    訴えにならなくても他覚的に異常が見つかれば、器質的な疾患が高くなります。


    特にミエロパチーを疑う場合は、lineが引ける感覚異常を探します。


    手足チョンチョン診察ではダメです。

    氷でエレベーターのように上下に感覚をチェックしていきます。


    鑑別の挙げ方は解剖学的に綺麗に説明できる時は、

    感覚神経の流れの中で鑑別を進め、画像検査を行うといいです。


    ですが、画像でわからない痺れの原因もあります。


    その場合は、神経疾患に限らず、広く鑑別をとったほうがよいので、

    左側の要素を考慮します。




     
      手の痺れmapです


      
      足の場合の痺れmapです


      
     神経内科の先生に教えてもらったしれび臨床mapです



     というような感じで痺れは考えています。」


N「ありがとうございます。痺れってとても難しいですよね・・・」


T「そうですね。今回の症例は痺れmapが描けるくらいしっかり診察してくれていますね。

 右顔面外側、右前腕、右上腕(手掌に強い)、右臀部、右大腿、右下腿(足背に強い)に

 痺れがあります。体幹には痺れはないみたいです。


 腱反射や異常反射、感覚は問題なかったようです。

 ただし、MMTが右肘の屈曲・伸展で4ですね。


 さてどこが解剖学的な原因なのでしょうか?」


M「顔面もあるので、首より上ですか?」


T「そうですね。では首より上のどこでしょうか?」


M「うーん・・・」



T「悩みますよね。どこって言われても・・・・っていう感じです。

  

  このように解剖学的に説明のつけられない神経の異常を見たら、

  やはり心因性(転換性障害)を疑いたくなります。


  そうするとそちらを見つけるような診察をするというのも一つです。


  ですが、それよりも心因性を疑った時は、この公式に当てはめてみましょう。

  

  脆弱性+身体因の脳への侵襲+心因=心因反応の大きさ


  とこの本には紹介されています。



    確かに・・・と実感させられましたので、

    今後は自分の中でもこの公式で当てはめていこうと考えています。


    自論を含めて、簡単に解説します


  器質的疾患 + 心因性 + 素因 = 心因反応


    簡単にいうと、本当にてんかんの病気がある人は、

    てんかん発作ではない痙攣を起こすことはよくあると言われています。

   

    この公式は、

  心因性か器質かを白黒つけないというのが大事なメッセージです。


   心因反応の中でも器質的な疾患はあっても良いのです



    老年症候群やせん妄なども原理は同じだと思います


    自分の弱っているところに皺寄せがきます。


    高齢者の場合は圧倒的に筋力や脳機能が弱っているので、

    熱があるだけで、意識障害になったり、立てなくなります。


    これは若年でも同様でもともとイライラしやすい人が、

    具合が悪い時にさらにイライラしやすくなったりします。


    もともとFDの人がストレスを契機に、ヒステリー球になってしまうとか

    口腔アレルギー症候群や喘息の人が不安が強くなってしまい、

    パニック発作に進展してしまうとか、よくありますよね。

  

    もともと病気があって、心因性の問題で悪化するような疾患は心身症です。

    ただし、病気がなくても脆弱なところは悪化します。

    

    どこからが器質性でどこからが心因性かの線引きは非常に曖昧です。


    こういった内容は実臨床では非常によくあるcommonな病態なのですが、

    教科書的な記載はなく、教科書や論文で学ぶのが難しいと感じています。」



R「最近は心因性(転換性障害)は積極的に診察で診断しよう!って言われますが、

  どう思いますか?」



T「正直・・・


  心因性だと思われる神経診察をして、

  鬼の首を取ったように「〇〇徴候があったので、心因性が疑われます!」

    

  というのは、まだまだ浅いと感じます。

    

   オッカムではなく、クラブツリーの棍棒を思い出しましょう。

   一つ矛盾する徴候があったからといって、鑑別をガラッと変えるべきではありません。

    

   心因性反応であることをつかむには、

  もっと深いところに潜り込む必要があります。


   本当に心因性反応というためには、

   キャラクターやパーソナリティー、生育歴、家族背景などから

   形成された精神的な素因や脆弱性を判断し、

   脳へ負荷を与えるような器質的な疾患の存在と心因イベントがないかを確認します。


   その上で心因性反応の大きさとその足し算が釣り合うかどうかを考えます。」



U「なるほど〜


  実際、心因性っぽいなっていう人をみたら、どうやって対応していますか?

  さすがにあなたは心因性です。とは言わないですよね?」



T「そうですね。


  はじめましての段階で心因性だと言い切るのはやめたおいた方がよいでしょう。

 

  心因性だと言ってしまって、器質的な疾患だった場合、

  二度と自分の信頼は取り戻せません。

   

   それぐらいリスクのある診断名です。


  最初の段階は、心因性だと思っても、

  わからない振りをすることが多いかもしれません。

  

  一生懸命悩むといいますか、こちらも困っていることを相手に伝えます。


  我々は心因性だと思った瞬間、気が緩んでしまいます。

  それは相手にも非言語的に伝わります。

  

  なので心因性と決め付けず、自分は何か見逃しているに違いない・・・

  くらいに器質的な疾患を追い求める姿勢が大事です。

  それも患者さんに伝わります。

  

  一生懸命病気を探すというプロセスが大事であって、

   検査を乱発することが大事というわけではありません。


   医師の姿勢を隣で見てもらって、この医師なら信頼できる・・・

   と思ってくれた時にはじめて、心因イベントや患者さんの素因が見えてくるのです。

   

   それくらいラポールが形成されてはじめて、

   もしかすると、、、みたいな感じで自分の考えを打ち明けます。

   

   その時に出す例は円形脱毛症です。

   一番わかりやすい例えです。

   

   今までに考えられる病気はたくさん調べて、他の医師とも相談しましたが、

   現時点では明らかな病気は見つかりませんでした。

   病気が見つからなかったといっても、症状は存在するわけなので、

   今度はその症状をどうにかしたいと考えています。

   

   症状の原因はもしかすると・・・

   心にストレスがかかると、体の不調に変わってしまう人もいます。

   お腹にくる人もいますし、円形脱毛症になってしまう人もいます。

   時には手が動かない症状に変わってしまう人もいます。


   というような感じで、伝えることが多いですね。

   ポイントはゴルフのキャディーさんのように一緒に悩みながら進んでいくことです。」


N「ありがとうございます。

  この症例は美しき無関心もあったので、やっぱり心因性かなと思いました。

  

  ただ心因性だろうと思いつつも、MRIがすぐ撮れたのでMRIを撮りました。」


T「MRI撮れたんだ。それはよかったね。」

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MRI   左の橋、側脳室近傍にDWIやFLAIRで円形の高信号域あり


T「!!!!!

  

  これはMSだね。。。。

  

  やっぱり、心因性じゃなかったんだ。

  MSの初発は診断がとても難しくて、心因性にされやすいです。

  MRIに救われましたね。」


N「バイアスがかかった時には検査閾値低めに。

 という自分のプラクティスがよかったみたいですが、

 正直、狙っていなかったので、びっくりしました。」


T「そうですね。

  難しい症例でしたが、早期に発見できてよかったと思います。

  大変、学びの多い貴重な症例ありがとうございました。」


まとめ

・バイアスがかかったと思ったら、自分なりの対応策で対抗する

→エアーで眼鏡を外す素振りをする


・心因性(転換性)反応と思ったら、器質か心因かで分けることから卒業する

→器質因+心因性イベント+素因(脆弱性)=心因反応の公式を思い出す


・MSは心因性にされやすい疾患の代表

→救急外来では器質的な疾患をとことん探す努力が必要

 心因性と言って器質的疾患が見つかった時の信頼感の喪失は計り知れない


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