2022年4月9日土曜日

主治医交代①

主治医交代


スポーツの世界なら試合の途中で選手が交代することは当然ですが、医療の世界で主治医が交代するときは、引き継ぎを除いては稀ではないでしょうか


医療者側の申し出の交代ならまだしも、

患者さん側から申し出があることは、

何かトラブルがあった可能性が高いと思います


みなさんはこれまでに何度、担当医や主治医を交代することになりましたか?


私はこれまでに二度経験しました


その経験は私の医師人生において忘れ難い事件になっており、もはやトラウマになっています。


ですが、医師としての自分を形成する重要な出来事だったと今では思います。


1回目の主治医交代劇は、初期研修医になって3ヶ月目のことでした。



ある大学病院の血液内科で研修医としてスタートした私は、

充実した日々を過ごしていました。



血液内科の患者さんは採血が非常に難しく、

毎朝早朝から苦戦しながら採血をしていました。


採取した血液を自分でスライドガラスにうつして塗抹標本を作り、グラム染色のように顕微鏡を覗く毎日でした。



ある日、悪性リンパ腫疑いで入院した患者さんの血液を顕微鏡でみると異型リンパ球がたくさんおり、

結局EBV感染による伝染性単核症だったこともありました。



病棟業務にも慣れ始めた頃、

悪性リンパ腫の高齢女性の担当になりました。



その患者さんは明るく非常に元気でしたが、

中枢神経浸潤が疑われたため、

メソトレキセートの髄注を行うことになりました。



すでに髄注は何度か経験していたため、

いつものように髄注を行いました。



手技中は特にバイタル変化もなく、滞りなく終了しましたが、問題はその後でした。



患者さんが、髄注の数時間後に急に頭を痛がり始めました。



やや錯乱したような痛がり方であり、

只事ではないと思いすぐに上級医に一報を入れつつ、

クモ膜出血疑いでCTを撮影しました。



しかし、出血はありませんでした。


続いてMRIを撮影しましたが、出血や血管攣縮はありませんでした。



ほっと一安心しつつも、原因不明の頭痛であり、

頭を悩ませました。



頭痛が少し治ったところで診察を行うと、

眼球運動障害や複視、めまい、吐き気が見られました。



自分が投与した髄注に何か問題があったのではないか、と非常に不安でした。




患者さんは頭痛の訴えが強く、食事摂取が低下しADLが落ちていきました。


そんな中、弱っていく母の姿を見ていた娘さんが医療事故ではないかと憤慨されておりました。




髄液注射に何か問題があったのではないか?と疑われ、

実際に現場にいたスタッフや物を用意して現場検証が行われました。




当時は、自分の医師人生はこれで終わった・・・と本気で思いました。



そんな状態で仕事を続けるのは、

とても辛かったですが、なんとか仕事は続けました。



ですが、毎日、上司や同僚のもとで泣いていた気がします。



もちろん、その患者さんの担当は外されましたが、

毎日、患者さんのもとには行きました。



よくよく病歴を聴取すると、

座位や立位で増悪する頭痛であり、

症状からは硬膜穿刺後頭痛(もしくは低髄液圧症候群)であろうと目星はついていました。



「硬膜穿刺後頭痛は腰椎穿刺後の合併症であり、どれだけ予防策(細い針にする、抜く時には内筒を入れて抜くなど)を講じたところで発症してしまうことはあります」


と伝えた所で患者さんやご家族には言い訳のようにしか聞こえません。



今さら診断名を患者さんに伝えるより、

もっと大事なことは患者さんをよくすることだと考えました。




数日が経過し、頭痛や他の脳神経症状は改善していきましたが、


「抗がん剤を打って治療するはずだったのに、病院にきてもっと具合が悪くなってしまった」と


明らかに精神的に落ち込んでいました。



抑うつ傾向であった患者さんを励ます方法はないかと考えました。





医師になって間もない自分に何ができるだろう・・・




そこで考えたのは、

患者さんの経過を記録する日記を病室に置き、

毎日の様子を書き込むことでした。



自分だけでなく、病棟のスタッフやリハビリスタッフの方にもお願いし、

介入したことやできるようになったことをノートに書き込んでいただくことにしました。



自分の中で1時間は患者さんと話すことを業務の一環として毎日、病室に通いました。



正直、病室に入るのは怖かったですが、

自分にできることをやろうと思い、毎日、患者さんの顔を見にいきました。




そこにいた自分は初期研修医ではなく、

患者さんを心配する一人の人間だったのだと思います。



幸い患者さんは後遺症もなく、1ヶ月後に退院されました。





最後に患者さんは、



「今度、入院するときもあなたが担当になってね」と声をかけてくれました。





この事例で学んだことは、


「医師としてできることがなくても、

 一人の人としてできることはある」ということです。





医療の世界は時に残酷で、

患者さんを良くしようと思って行った行為が

逆に患者さんを苦しめてしまうことがあります。




私たちは合併症や副作用を避ける努力や事前の説明は行いますが、

もっと重要なことは、その後の対応です。



「責任は自分にはなく、ある一定数起こる副作用であり仕方なかった」


「事前に説明したのだから、後で文句を言われても困る」



という態度は、誠実な対応とはいえないでしょう。







研修医のみなさん




医師としての勤務が始まり、辛いことの連続だと思います。

今はただ辛いだけかもしれませんが、数年後にその意味が分かります。



大事なことはいつも後にしか分かりません。



今はただ、目の前の患者さんをよくすることだけを目指して頑張ってください。




みなさんは医師としては微力かもしれませんが、

一人の人としてできることはたくさんあります。


それを忘れないで下さい。


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