2022年9月11日日曜日

見えない力

 本日の症例はまだ診断はついておりませんでしたが、

診断がつかないことはよくありますよね


小学校から大学までの教育では、数学でも国語でも化学でも・・・

問いがあって、答え。がありました


その答えを我々は必死に考え、

「適切な答えに、いかに早く辿り着くか」を競わされてきました


そのせいで、

「答え(診断)があることが前提」という刷り込みを我々は植え付けられてきた気がします



ですが、実際はどうでしょう?



実際の臨床現場には答え(診断)がないことがほとんどではないでしょうか



学校の教育は問題の答えを求められ、知識を問われることが多いです

それは点数化することができて、みんなに「見える力」です



ですが、診断がつかなかった場合にどうやって対応するかの能力は、

点数化することは難しく、みんなには「見えない力」です



病歴や身体所見から的確に診断を下すことができるのは素晴らしいことですが、

それは「診断学」という見える力です


診断学はもちろん、医師が身につける能力の一つではあります


ですが、あくまで一つであり、

診断学を極めれば素晴らしい医師になれるわけではありません


もっと重要なことは、診断がつかない時や答えのない状況にどう対応するかです



学生から医師になっていく中で、

「適切な答えにどう辿り着くか」よりも

「答えのない問いにどのように答えを探し続けるか」が求められます



今回のカンファレンスでは、「見えない力」が言語化・可視化されて、

とてもよかったです


60歳 男性  主訴:動くと息苦しい

(症例は一部修正・加筆を加えてあります)


Profile:GERDで近医通院中、P-CAB、アコファイド内服中

   5年前まで喫煙、呼吸苦あり禁煙した

   2年前から悪化

   歩行時や会話時に呼吸苦あり

   4ヶ月から数分の歩行でも呼吸苦出現

   会話でも呼吸苦あり、休むと軽快


BP 160/98, P 70, SpO2  96%, T 35.9 




病歴聴取のポイント


悪化したタイミングは診断のヒントになっていることが多いです


病気が悪くなるきっかけを探しましょう

「なるべくして、こうなっているはず」です


原因もないのに急に症状や病気は生まれません


まずは患者さんに聞いてみることから始めます

ですが、「特に思い当たることはないですね」と言われることがほとんどです


その上で、次に狙って聞いてみます

例)
薬を変えた
薬を始めた
仕事場が変わった
ライフイベントの変化(子供が出て行った)
運動やめた、始めた
趣味やめた、始めた
ペットかいだした

などです


薬や環境、精神状態の変化などに注目しましょう


こういった質問をしていると、
「そういえば・・・」と患者さん自身が考えてくれるようになります


聞き方としては、「季節」を意識して問診を行います


今回であれば、冬から増悪ということで、

「豆炭こたつ」を使っていないかは気になるところです




もう一つ、聞きたいことは、数ヶ月の間、精査はされてこなかったため、


「なぜ病院に来なかったのか?」は非常に重要な質問です



本当に呼吸が苦しければ、すぐに病院に行きますよね



症状がそれほどひどくなかったのか

症状はひどくてすぐにでも病院に行きたかったが、仕事が忙しくてこれなかったのか

家族から行くように勧められたのか

結婚式のスピーチを頼まれており、息が上がってうまくしゃべれないと困るからなのか


など


私たちが思っている以上に病院にくる理由は様々です

ですが、真の理由を言っていない人が多く、そこに隠れたニーズあります



家族の要請であれば、家族を満足させなければ、ニーズが満たされたことにはなりません

お金がなくて病院に来れなかったのであれば、あまり検査を乱発することは望ましくありません



なぜ、このタイミングで病院を受診することになったのか?を
嫌味のないように上手に聴けるようになると、
患者さんの背景やニーズを深掘りできるようになります




さて、たくさん病歴聴取を行いましたが、みなさんはどのタイミングで身体所見に移行するでしょうか?


もちろん、救急外来や初診外来、他の患者さんの混み具合などいろいろな環境要因はあると思います


では、時間無制限に使ってよくて、命に関わるような疾患ではない場合はどうでしょうか?


病歴聴取から身体所見へ移行する時



①病歴で疾患がある程度、想起できた時(仮の診断名がつけられた時)

 身体所見を取ることで確信に向かいます

 これは音楽を聞いて曲名を当てるクイズに似ています
 ある程度、病名が分かった時点で次に進みます

 病名がわかったにも関わらず、ずっと細かく病歴をとり続けることはしません


例)長身の若い男性の呼吸苦
  カラオケにいった時に、胸痛が出現
  日に日に増悪し、歩くと息切れがする

→これだけで気胸かな?と思いますよね
 身体所見で呼吸音減弱を確認すれば、診断はほぼ確定です


 一般的に病歴は感度が高く、身体所見は特異度が高いと言われています


 そのため、病歴聴取の時点で、なるべく多くの鑑別疾患を想起します

 そして、想起した鑑別疾患を病歴で除外する作業を行います

 

②病歴を聞くよりも、診察した方が診断に早く迫れる時

 病歴とほぼ同時進行で診察を行います


 例えば、喘息や帯状疱疹を疑う時です

 お腹がちくちく痛いと言われたら、早々にお腹を見れば一発で診断できます
 喘息の既往のある人が、ゼエゼエ苦しいと症状があれば、呼吸音で喘息発作を確認します


 救急の現場ではこうなっていることが多いです

 致死的な疾患が多いので時間の省略のためです



③病歴を聞いていても全く診断がつかない時(①の逆です)

 病歴をうまく伝えられない高齢者、小児、精神疾患・認知症がある方の場合は
 病歴を諦めて早々に診察へ移行することも多いです


 または病歴をたくさん聞いても、仮の診断さえつかない時があります


 例えば、ALSの初期は不定愁訴になることがあります
 診察しながら、診断へのヒントが見つかることがあります
 
 ALSであれば、筋萎縮が目立つとか、線維束攣縮があるとか
 クッシングであれば、多毛や皮膚線状とかです
 

 患者さんは医学のプロではありません
 
 自分の体に出てきた異常を全て伝えているわけではありません
 
 うまく伝えられていないこともありますし、気がついていないこともあります

 ですが、体には何かしらの変化が刻まれていることがありますので、
 体に直接尋ねるようなイメージです





今回は病歴では肺塞栓が鑑別の上位に上がりました
背部痛の訴えもあり、膵癌からのトルーソー症候群やDVT/PEが考えられました

ですが、会話で呼吸苦が出るというのは、神経筋疾患を疑う状況でした


病歴聴取で、このように仮の診断をつけつつ、診察を行いました

診察では目立った異常はなく、除外も確定もできず、
検査へ進むことになりました



結局、血液検査は異常は見られず、
造影CTでは肺塞栓、膵癌、間質性肺炎などはありませんでした

6分間歩行を行っても酸素化低下は見られないものの、呼吸苦の症状は出現しました

UCGでは肺高血圧の所見はなく、心機能は問題ありませんでした


耳鼻科にて手術が予定されており、手術が行われましたが、
症状の改善はありませんでした


ここまで精査を行ってきましたが、診断が不明な状態です

さあ次どうしましょう?



ここからが、それぞれの医師の腕の見せ所です




診断がつかない時にどうするか

・病名を探すことよりも本人の困りごと(呼吸苦)にフォーカスする
→暫定、COPDとして吸入薬を開始してみる

・困っていることに対応する方法を伝える
→特に薬以外で生活の中でできること

・患者さんに変化を促し、その経過を観察する
→体重を減らした結果、どうなったか

・信頼関係を作ることで、何度か通院してもらえるように努力する
→診断がつけられないことで信頼が失われると、
 Drショッピングになることがあります

・今わかっている異常にフォーカスをあてて対応する
→SASの治療、肥満の治療

・BPSモデルを駆使して、身体疾患以外の原因がないかを探す
→これも信頼がないと難しいですね

・自分以外・患者さん以外から情報を引き出す
→看護師さんから病歴をとってもらったり、妻から病歴を聴取する


など


たくさんの意見が出ました

どれも素晴らしい意見だと思います



このカンファレンスの目的や意義は、

教科書的な医学知識を身につけることではなく、
実践で使える知恵をつけることです

自分で考え、問題を解決できる能力を身につけていただくことを目的としています




今日はみなさんの見えない力が見えた気がしました




0 件のコメント:

コメントを投稿