2022年10月27日木曜日

体動困難パート2 〜病歴の始まりはいつも同じ〜

症例は80代 女性 主訴:体動困難

(※症例は加筆修正を加えてあります)


既存症に帯状疱疹後の疼痛、糖尿病、うつ病があり、
フォシーガ、メトグルコ、グリミクロン、タケプロン、ジェイゾロフト、ブロプレス、コンスタンを内服中
ADLはフル


近医より紹介状を持参し来院

紹介状の内容
1日前から四肢の関節痛と頸部痛があり
血液検査でリウマトイド因子は陰性、ACPA陰性、ANA陰性でした
食事もとれず、体動困難であり、精査をお願いします



T「この紹介状をよんで、みなさんどんな病気を疑いますか?」


K「頸椎症とか、PMRとか・・・

 でも1日前からとなると・・・」


T「そうですね。一日前からとなると、PMRにしては早い印象ですね。


 体動困難のアプローチは昨日やりましたね。笑

 昨日の復習ですが、体動困難のアプローチは二つに分かれます。

 ①解剖や病態生理を元に考える
 ②老年症候群として考える

 のどちらのアプローチでいきましょうか?」



K「今回は関節痛があるので、関節が痛くて動けていない可能性があるので、
 ①で考えるのがよさそうです」


T「そうですね。痛くて動けていない可能性が高そうですね。
 解剖学的にどこが痛いかを考えていけば、疾患に辿り着きそうですね。

 では追加で聞きたいことある人はいますか?」


M「どこが痛いんですか?」


I「左肩が一番痛いそうです。あとは右の股関節も痛いとのことでした」


C「いつから痛いんですか?」

I「1ヶ月前から首は少し痛かったみたいです。

 6日前にも首が回らないほど痛くて、救急外来を受診しています。
 その時にクラウンデンス症候群疑いで、NSAIDsが処方されています。」


M「NSAIDsは効きましたか?」

I「あんまり効いていなかったみたいです」


M「CRPは前医でとっていましたか?」


I「CRPはとられていませんでした」



T「みんな大好きCRPですね。笑
 
  確かに、このセッティングはCRP非常に重要です。


  他にみなさん、聞きたいことはありますか?」



・・・・



T「みなさん、病歴とるのは得意ですか?」

M「苦手です」

K「苦手です」

C「苦手です」


T「まあ、こういう聞き方したら「得意です!」とはなかなか言えませんよね。笑

 病歴をとって病気を考えるのは、
 自分にとっては、音楽を聞いて何の曲かを当てる作業に似ています。


 病歴はメロディです。

 病気が曲名です。


 みなさんが聞いてくれた病歴は、曲の中のサビのパートです。
 一番、盛り上がる部分ですね。


 症状が出始めて症状について詳しく聞くことは、
 いきなりサビから始まっている感じです。


 ですが、曲はいきなりサビからは始まりません。

 イントロがあります。


 曲の始まりであるイントロ部分が、病歴にもあります。

 

 それはいつまで元気であったか?です。


 NEJMのcase recordsにも冒頭に必ず書いてあります。



 いつまで元気だったか?が確認できなければ、


 目の前の患者さんの病気が
 慢性なのか、亜急性なのか、急性なのか、超急性なのか、突然なのか
 acute on crhonicなのか、全くわかりません


 病歴をopneで聞くと、ほとんどの人がいきなり症状のことを話されます

 その場合、曲の途中を聞いているような感覚に陥ります


 自分の場合はまず患者さんにopenで話してもらった後に、
 第一の質問として、

 「〇〇前から症状がでたとのことですが、振り返ってみて、
 〇〇より前は全く症状がなくて、
 いつも通りの生活が送れていた。ということでよかったですか?」

 と聞きます
 

 コツは患者さんの日常の生活を早めに知ることです。

 学生で学校に毎日通っているのか、
 社会人で毎日仕事に行っているのか、
 主婦として家事ができているか、


 そういった患者さんの日常を早めに理解し、
 その日常から逸脱し始めた時が病気の始まりです


 逸脱の具合で病気の緊急性や重症度がわかります。
 そして患者さんの困り度もわかります。



 聞き方としては、いつから症状がでたかを聞くのではなく、
 いつまで普段通りの生活ができていたか?と聞きます。



 これはよくある落とし穴ですが、

 いつから症状が出たか?

 と

 いつまで元気だったか?

 を一緒に考えてしまっている人が多いです。


 患者さんは、いつから症状がでたか?と言われると、

(痛くて身動きがとれなくなって体動困難になったのは)1日前からです

 となります

 この聞き方ですと、真の発症日が分かりません。

 
 必ず、普段の生活が問題なく、送れていた時期を確認する必要があります。

 というわけで、本症例はいつまで普段通りの生活ができていたのでしょうか?」



I「2週間前までは普段通り生活できていました。

 1ヶ月前から頸部痛は少しあったみたいですが、普通に生活はできていたようです。

 2週間前くらいからだんだん、肩が痛くなり、
 股関節や体全体に痛みが出るようになりました。

 そして1日前からは痛みで寝返りもできないほどになり、
 体動困難となったという経過です」


T「なるほど、ありがとうございます。
 それでは急性から亜急性の経過でどんどん悪化しているということですね。

 そうなると鑑別は何になりますか?」


M「PMRだと思います。」



T「そうですね。この症例の道筋は見えましたね。

 今後はPMRを軸に考えていくのがよいでしょう。
 PMRを一番の鑑別の中心におき、それ以外の鑑別疾患を除外していきます。

 鑑別疾患を挙げる時に重要なのは、
 鑑別の中心においた疾患と治療が対極にあるものを必ず除外するということです。

 
 PMRの治療はステロイドですので、絶対に除外しなければならないのは、
 感染症です。
 特に感染性心内膜炎(からの化膿性関節炎や硬膜外膿瘍、脊椎炎)です。



 他にはtPA対応の脳梗塞の場合は治療の対極にあるのは、
 大動脈解離です。


 このように鑑別疾患を挙げるときは、治療の禁忌のものを対極に考えます。

 そして、その間に残りの鑑別疾患が存在します。



 PMRであれば、ステロイドが効く疾患群
(結晶誘発性関節炎、高齢発症リウマチ、副腎不全、ANA関連疾患)、
 ステロイドが効かない疾患群(骨メタ、パーキンソン病、薬剤性、筋膜疼痛性疾患)
 ステロイドが害になる疾患群(感染症、多発骨折)


 といった感じで鑑別疾患を考えていきます。


 ではPMRを疑った場合、たった一つだけ検査を行えるとしたら、
 何の検査がしたいですか?」


Y「免疫関係の血液検査とかですか・・・」


T「それもしたいですよね〜」


K「超音波検査とかですか?」


T「それもしたいですよね〜 笑

 でも違います。


 PMRを一発で診断できる検査はありません。

 PMRの診断はあくまで除外診断です。

 最も重要な鑑別疾患である感染症を除外しなければなりません。


 ひっかけ問題のように聞こえるかもしれませんが、

 PMRを疑った時に最も大事な検査とは、血液培養なのです。




身体所見では両肩関節炎、肩の挙上が困難、股関節の痛みなど

PRMに矛盾しない所見が得られた

塞栓徴候や心雑音はなかった


血液検査ではCRPは上昇していた

血液培養が採取されたが、陰性であった

CTでも感染を示唆する所見はなく、PRMとして治療が開始された


ステロイドが開始となり、連日、症状は軽快しPRMに矛盾しない治療経過を辿った


T「はい。ということで、典型的なPMRの症例でしたね。


 PMRの典型的な経過としては、ある日を堺に急に両肩や股関節周囲、頸部が痛くなり、

 徐々に悪化していき、寝返りも打てなくなってくる。

 

 まさに体動困難という主訴で来院されますね。


 PMRは高齢者ではコモンな疾患ですが、認知症があったり介護者が傍でみていないと、

 病歴がとれなくなるので、診断が難しくなります。


 PMRの診断が遅れると、フレイルが進み、

 原因不明の寝たきりの高齢者になってしまうので、予後が悪くなります。


 今回の症例は早めに診断がつき、治療もうまく行ってよかったですね」



I「PMRの診断は初めてでした。


 病歴を聞いても、最初はPMRとは思えなくて、だんだん聞いているうちに

 もしやPMR?・・・と思えました。


 病歴を聞いてもまだ、曲のようには聞こえないので、頑張りたいと思います。」


T「ありがとうございます。

  

 皆さん、PMRという疾患は教科書で習いましたよね。

 でも実際に目の前にPMRの患者さんがいると、診断は難しいものです。


 教科書をよんで手に入れた知識は、曲の楽譜をみて音を聞いていない状態と同じです。


 実際に患者さんから病歴(音楽)を聞くことで、

 初めて病気(曲)が実態化してきます。」


I「なるほど〜」


T「知らない曲を聞いてもピンとこないのと同じで、

 診断したことない病気の病歴を聞いても、ピンときません。


 ですが、一回診断したり、こうやってカンファで議論したことがあると、

 次のPMRの患者さんの病歴を聞くとすぐに診断ができるようになります。


 ここにいる皆さんとはPMRの奏でるメロディ(病歴)が共有できたのではないかと思います。

 ありがとうございました。」


まとめ

・病歴の始まりはいつも同じ

→いつまで元気であったか?から始まる


・メロディを聞いて、曲の名前がピンとくることは、

 病歴を聞いて病名がピンとくることは同じ


・鑑別疾患の挙げ方は、まずは中心となる疾患を想定する

 治療が真逆の疾患を対抗馬におく

 他の鑑別疾患はその間に位置する

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