40歳 女性 主訴:倦怠感、食思不振
※症例は架空です
アルコール依存症と神経性食思不振症で通院中の女性が
1週間前からほとんど食事が取れず、倦怠感を主訴に来院されました
軽度の意識障害もあり、採血をしてみるとNaが102であり、
症候性の低Na血症と診断され入院となりました
加えて低K、低Mg血症、AKIもありました
低Naの原因は食事がとれていないにも関わらず、飲酒は続けており、
beerpotomaniaの病態と考えらえ、生食500mlを投与するとNaが106になりました
そして、Naのタイトフォローのため、ICU入室となりました
ICU入室後、血圧が下がり、尿路感染症からの敗血症性ショックとして対応されました
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今回の症例でメインプロブレムは、重度の低Na血症や敗血症ですが、
このような背景の方が入院されるメインプロブレムは様々です
心筋梗塞でもいいですし、膵炎でも、静脈瘤破裂でもいいです
何が言いたいかというと、
メインプロブレムごとに各科に入院となると思われますが、
それは「光」にあたります
当たり前ですが、主治医としては「光」に当たるメインプロブレムを治すことに注力します
ですが、食事がしばらく取れていない人やアルコール依存症の人の場合は、
「影」とも言える問題が隠れています
それは栄養障害です
栄養はどの科が主科になったとしても考えなければならない問題です
今回の症例では、低Naの治療をしないといけないので、
Naの増加は24時間で6以下に抑えたいですが、
脱水やAKI、敗血症性ショックになっているので積極的に輸液をしたいです
→ですが、過剰な輸液でNaの補正が過剰になり、ODSのリスクがあります
低Kと低Mgがあり、積極的に補充しなければならない
→ですが、Kを補充することで、Naが上がるリスクがあります
食事摂取がしばらくできておらず、Refeedingリスクが非常に高いので、
カロリーは10kcal/kgまでに抑えたいです
意識障害はウェルニッケ脳症(WE)の可能性もあり、
VB1はWE doseで投与したいところです
→ですが、WE doseでアリナミンFを入れることで、
カロリーが多くなりすぎてRefeedingが起こるリスクがあります
・・・と非常に難しい治療となります
何に重きを置いて治療を行うかが、問われている状態です
今回の症例は、
ショック>低K>低Na>WE治療>Refeeding予防のpriorityで治療します
さて、今回は影の部分である栄養障害が目立ちますが、
他の栄養障害の問題についてはどこまで考えますか?
下痢していますが、ペラグラの可能性はどうでしょうか?
ほとんど食事とっておらず、VC不足からの壊血病の可能性はありますか?
VB12や葉酸、Cu、亜鉛欠乏の可能性はどうでしょうか?
カルニチン欠乏もあってもよさそうですね
セレン欠乏はどうですか?
これらの欠乏を証明するために検査を提出しますか?
それとも検査出さずに、補充しますか?
症状がなければ、検査も補充もしませんか?
上記の質問に対する答えは、ケースバイケースですが、
〇〇欠乏の可能性が背景からも高く、
かつ、その病態が現状で明らかな悪さをしているのであれば補充します
例えば、原因不明に拡張型心筋症のような低心機能であれば、セレンの補充を考えます
セレンは、アセレンドという薬が使えるようになってから、脚光を浴びています
皮膚が分厚く、ガサガサしており、露光部に湿疹や角化が目立ち、
下痢がみられるようなら、ペラグラを想起し治療を開始します
低血糖が目立つようならカルニチン欠乏を考慮します
というように、〇〇欠乏と〇〇欠乏症は違います
背景からは〇〇は欠乏していそうでも、
それに伴う症状があるかが重要です
ただ、その症状が本当に〇〇欠乏のせいなのか?という問題は常に付き纏います
これがビタミンや微量元素の難しいところです
アルコール依存症の人や神経性食思不振症のように、
しばらく食事摂取が不十分な人は、起こる病態が似通っています
性行為感染症と同じで、どれか一つを鑑別に挙げたのであれば、
他のビタミンや微量元素欠乏も全て想起しましょう
今回はビタミンのまとめです(微量元素まとめは、またどこかで)
ビタミンには水溶性と脂溶性があります
脂溶性ビタミンは肝臓や脂肪内で蓄積されますが、
水溶性ビタミンは蓄積が少ないのが特徴です
特にVB1は体内での貯蔵が少なく、
VB1のない食事を続けていると、2週間で枯渇してしまいます
覚え方は
VB1は2週間
葉酸は2ヶ月
VB12は2年で枯渇します
2の数字を3にしてもいいです、個人差が大きいので大雑把でOKです
ビタミンの中でも最も重要なのが、VB1です
VB1欠乏は、
commonかつ、curableかつ、criticalな3拍子揃った疾患であり、
積極的に疑い、治療閾値低く治療しても構いません
そのため、救急医や総合診療科医はアリナミンFを多用します 笑
そんなVB1やアリナミンについて今回は詳しくみていきます
ビタミンB1が体内でどういった挙動をとるかの俯瞰してみてみましょう
VB1は4種類の総称です
中でも活性のあるTDPが重要です
TDPは赤血球内に90%存在し、残りは組織中に存在します
普段、測定しているVB1は全血の検査なのですが、
全血の理由は赤血球内にTDPが多く含まれているからです
血液中のVB1の検査では、組織中のVB1の量や濃度は不明です
さらに、TDPだけを測定しているものではないので、
VB1の検査が正常だからといって、VB1不足がないとは言えません
VB1検査正常のウェルニッケ脳症はよく経験されます
つまり、日本でできる検査では、検査でVB1不足の白黒はつかないのです
ではどうやって白黒つけるかというと、投与前後の比較です
一応、傍証としてVB1の検査は出しておいて、
評価すべき症状(眼球運動障害、意識障害、浮腫、血管抵抗)や
検査(乳酸値)の値を注目します
元同僚のプラクティスが印象的だったので紹介します
ネオラミンスリービーを使うと、他のビタミンも入ってしまうので、本当にVB1欠乏だけだったかはわかりません
そのため、VB1だけのアリナミンFを入れて、症状の改善をみることで、VB1欠乏が原因であるという証明をするプラクティスをしているとのことでした
自分はそこまでこだわりはないですが、VB1欠乏は治療の反応性でしかものを言えない象徴的なエピソードかと思います
beriberiはwet,dryだけではなく、
gastrointestinal beriberi(胃腸脚気)もあります
一度だけ絶対、gastrointestinal beriberiだ!と思ったことはありますが、
その目で見ると意外に多い気がします(今日も出会いました)
症状は悪心・嘔吐、食思不振、腹痛といった非特異的な症状です
アルコール依存症の方だと、膵炎や急性肝炎、感染性腸炎にされそうですが、
いずれも否定された場合は、gastrointestinal beriberiを疑ってください
妊娠中の方の場合は悪阻だと簡単に決めつけず、
しっかりVB1を補充しましょう
救急外来では、
VB1欠乏のリスクがある人や脚気心を疑う場合は、最低100mg
リスクが高い人(Refeedingのリスクあり)は、200-300mg
WE の疑いの人は、500mgをまず投与します
その後は反応性をみながら、継続の有無を判断します
ちなみにウェルニッケ脳症(WE)の際には、大量のVB1投与が推奨されていますが、なぜ、WEの時だけこんなに大量に必要なのか考えたことはありますか?
普通の内服のVB1にもかなりの量が入っており、
一日で必要なVB1の量は軽く超えています
WEを内服で治療してはいけないのでしょうか?
もちろん、ダメです
いろんな理由があります
血液脳関門があり、大量のVB1を入れて濃度勾配を作らないと受動的拡散が起きない
普段よりもVB1の消費量が多い
アルコール依存症の人は吸収障害を伴っていることが多い
などが挙げられます
実際、意図せずビタメジンの内服だけになっていた症例をみたことがありますが、
日に日にWEが悪化していきました
その後、気がついてWE doseをIVで投与すると、数日かかりましたが、
フルリカバリーしました
WEはご存知の通り、コルサコフ症候群になると
後遺症が残るので、疑ったのであれば内服でお茶を濁すのではなく、
しっかり治療しましょう
最後はよく使うアリナミンFについてです
アリナミンではなく、アリナミンFです
救急外来でよく使う薬の3本指に入るのではないかと思っているアリナミンFですが、意外に知られていない薬だと思っています
まとめ
・病態には光と影がある。影にも光を当てられるように
→栄養障害はどの科でも対応が必要
・栄養障害を一つ思い浮かべたら、他も全て想起する
→全て検査に出したり、補充する必要はない
大事なのは検査を出すことではなく、疑った状態での診察
・VB1不足はcommon,curable,criticalな疾患
→アリナミンFを閾値低く使える医師になろう