2019年10月29日火曜日

昼カンファ ~入院は遠足と同じ~

この症例のkey point

①高齢者が具合が悪くなった時にまず疑うことは?

②各症例で絶対にやらなければならない身体所見というものがある、今回は何か?

③診断して、治療するだけで終わりでよいのでしょうか?

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症例 90歳女性 主訴:左季肋部痛

Profile:ADLほぼ自立、要介護1、巨大門脈瘤あり
    門脈-肝静脈シャント塞栓後(昨年)、腎盂腎炎の既往多数

HPI:当院内科外来かかりつけ
   前日のデイにいったときに、ふらふらしており、元気がなかった
   38度の高熱あり、腹痛の訴えもあった
  
   当日、発熱と腹痛を主訴に内科外来受診
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発表者D「という患者さんです」

司会T「はい、ありがとうございます。この患者さんは自分で話せますか?」

D「話せますが、年齢相応の感じで細かい表現は難しいです。
  お腹の痛みに関しても、左の季肋部をさすって、この辺が痛いというくらいでした
  性状や強さに関してはうまく訴えることはできません」


司会「はい、では何か聞きたいことがある人はいますか?」

研修医E「食事はとれていますか」


D「はい、とれています」

研修医E「吐き気とか、下痢といった消化器症状はどうですか?」

D「吐き気や嘔吐はありません、下痢もないです」

上級医ST「悪寒戦慄はありましたか?」

D「ありませんでした」

研修医「背部痛はありましたか?」

D「ありませんでした」

研修医E「黒色便はありましたか?」

D「来院前日に一度、おむつに黒っぽい便が付いていたそうです」」

研修医「血液さらさらの薬は飲んでいましたか?」

D「飲んでいません」





司会「はい、みなさんありがとうございます。では既往と薬も教えてください」


D「既往にDVTがあります。それに対してエリキュース内服していた時期もありましたが、下血があり、貧血が進んでしまった経緯もあり、今は中止となっています。」


既往:門脈瘤、門脈-肝静脈シャント塞栓後(昨年他院で施行)、腎盂腎炎の既往多数
骨粗鬆症、VB12欠乏症、腰部脊柱管狭窄症、便秘、不眠

内服:フォサマック、マイスリー、リリカ、メチコバール、エディロール、ピアーレ、酸化Mg、センノシド






D「こんな感じです」

司会「はい、ありがとうございます。ではこの時点でどんな印象や鑑別が頭の中にあがりますか?」


研修医「心膜炎や肺塞栓とか、あとは左季肋部なので脾梗塞とかですかね」


上級医ST「すごいね、センスあるね。」

司会「すごいですね。腹痛っていってるのに、腹部以外の臓器から考える。
       これは鉄則ですね。素晴らしいです。」


研修医「あとは憩室炎とかですかね」

上級医ST「急に普通のになったね(笑)」

司会「はい、ありがとうございます。他はいかがですか?」


研修医E「急性膵炎や腎梗塞、あとは帯状疱疹とかも鑑別ですかね」


司会「センスあるね。いいね。でももっとコモンな疾患は?」

研修医E「腎盂腎炎ですか?」

司会「そうだね、腎盂腎炎の既往が何度もあって、高熱がでているのであれば、
   真っ先に疑いたくなるよね。他はどうですか?」

専攻医K「黒色便のことも含めて考えると、虚血性腸炎、上部消化管出血、さらに穿孔とかもあるかもしれません」


司会「そうだね、黒色便があるらしいからね。そこをどう考えるかだね。
  はい、ありがとうございます、では診察に・・・」


上級医ST「ちょっといい?発熱や黒色便はあわないけど
     一度は高カルシウム血症を疑わないといけなんじゃないかな?
     エディロール飲んでるでしょ。」


司会「そうですね、高カルシウム血症も腹痛を来しますからね、
   鑑別にあげないとカルシウム測定しませんからね。とても大事な鑑別です。
   他に薬関係で症状と関連できそうなものはありますか?」


上級医ST「あとはフォサマックかな
     高齢者で朝いちばんにたくさんの水とビスフォス飲めないよね
     とどまって潰瘍を起こして出血ということも鑑別にはなる。」


司会「はい、ありがとうございます。その通りですね。
   高齢者が具合が悪くなった時は、とりあえず薬が原因でないかを考えます。

   思考の癖として、
 病気の鑑別をあげる前に、
 この症状を説明できるような薬の副作用はないか?

   ということを常に考えるようにしています。こじつけでもいいんです。

   病気の鑑別を考えるのも大事ですが、
   薬の副作用でないかを考えることは同じくらい大事です。」





司会「はい、では前半の小まとめですね。

   薬でこの症状・主訴を起こすとしたら、
   何があるか?を常に考える癖をつけましょう

   では後半戦にいきます。バイタル教えてください」


D「血圧157/73、脈75、体温 37.2、SPO2 94%、RR 不明、意識清明です
  見た目はややふらふらしていました」

司会「では診察した所見もお願いします。」

D「外来時の診察の所見では、
  眼瞼結膜蒼白なし、黄染なし、腹部は平坦 軟でした
  左腎に把握痛あり、左CVA叩打痛あり、
  マックバーネー陰性、マーフィー陰性でした
  腸蠕動音は記載がありませんでした」


司会「はい、ありがとうございます。この診察で、何か鑑別変わりましたか?」

研修医「いやあ、難しいです」


司会「そうですね、これだけだとよくわかりませんね。他にしたい診察はありますか?」


上級医ST「直腸診は?」

D「施行されていません」


上級医ST「!!!!!

     この状況で直腸診がされていないのは、バイタルとってないのと同じだよ!

     直腸診しないと、何も進まない!
     黒色便があったら考えることが、がらっとかわるんだ!!」


司会「そうですね、黒色便が病歴で分かっていたとしたら、やるべきですね。

   まあ、擁護するわけではありませんが、
   忙しい外来であったり、患者さんの体位変換が難しかったりして、
   省略されてしまったのかもしれませんね・・・」


上級医ST「いやいや、僕は別に非難はしているわけではない。
    このカンファレンスで僕たちはこの症例から学ばないといけないんだ。
    
    ここで直腸診が省略されているのを許容したら、次も省略するでしょ。
    次に同じ症例にであったら、絶対に直腸診はしないといけないんだ。
 
    カンファレンスは、後追いでどーだった、あーだったと議論する場ではない。
    前向きに情報を集めて、限られた情報の中でどう考えていくかということを
    学ぶ場なんだ。」


司会「その通りですね
  僕は直腸診のないという限られた情報で考えようとしてしまいましたが、
  確かに自分がこの場で診察をしていたら、(多分・・・)直腸診はしています。

  それで黒色便があったら、この症例の進む方向や治療も違っていたでしょう。
  診察する人によって、患者さんの未来も違いますね。」


司会「はい、ではまとめ②です。

  このように、状況、状況で必ずやらないといけない診察というものがあります。

  例えば、めまいの人では絶対に眼振は確認しますよね。
  今回は黒色便のエピソードがあるなら、
  直腸診はバイタル並みに重要な所見です。」





司会「さて、実際の症例はどのように進みましたか?この診察の流れだと、 
   診察したDrは腎盂腎炎狙いといった感じがプンプンします。
   尿培、血培、腹部CT、血液検査といった感じでしょうか?」


D「そうです。血液検査は白血球の軽度上昇あり、貧血はなし、肝胆道系酵素上昇はなし、AMY上昇なし、LDH上昇なし、腎機能悪化なし、電解質異常なしでした」

上級医ST「電解質というのは、カルシウムも測られていますか?」


D「測定されていませんでした」


司会「まあ、鑑別にあげてないと、測りませんよね。CTはどうでした?何を狙って読みますか?」

研修医「腸炎とか、膵炎とか、脂肪織濃度の上昇とかをみたいです。あとは腎盂腎炎を疑っているので、周囲の脂肪織濃度の毛羽立ちをみたいです」

司会「腎盂腎炎の時の周囲の毛羽立ちの感度特異度って知ってる?」


研修医「知りません」

司会「確かにたまにあるけど、特異度はかなり低いね
   感度は70%くらいで、特異度は60%くらいかな。
       まあ、前回なくて今回からある。とかそういうのは意味があるかもしれないね」
                      参考文献:Int J Gen Med.2017;10:137-144.


司会「CTだと目立った所見はないように見えますね。
   膵臓や肝胆道系、腸管はあまり異常はなさそうです。
   これだとおそらく、膿尿があって、細菌尿があるでしょうから、
   腎盂腎炎として治療するしかなさそうですね。」


D「はい、膿尿もあって、細菌尿もありましたので、抗生剤が開始されています」


司会「果たしてこの症例は腎盂腎炎でよいのでしょうか。これが最後の質問です。」



聴衆 シーン


司会「腎盂腎炎の診断はリンゴの最後の芯みたいなものです。

   腎盂腎炎を診断するということは、
   他の疾患をひたすら除外していくということなので、非常に難しい。」



上級医ST「腎盂腎炎は暫定的にあるものとして対応するしかないと思う。
    その上でプラスα、例えば高カルシウム血症とか、他の何かがないかは、
    経過を追わないといけないと思う。」


外科U「実はね、CTで骨盤の方の腸管が、ちょっとぐるんってなっているんですよ。」


司会「えーーー。そうなんですか。内ヘルニアってことですか?
   確かに小腸の腸管にはガスが目立ちますね。
   一部、二ボーにもみえる部位もあります。
   でも腎盂腎炎に伴う麻痺性でもよさそうですし、痛みの部位とも一致しないので、
   見逃していました。」


D「はい、この所見があったので、造影CT施行し、
 その場で外科Drにコンサルトされています。
 結果としては虚血はなく、血流も保たれており、腹部所見もほとんどなかったので、
 手術とはならず、抗生剤投与しつつ経過観察入院となりました。

  入院後、腹部所見は改善し、元気に退院となりました。
  読影ではそもそも腸閉塞とは読まれませんでした。」


司会「??なんだったんだろね。ヘルニア門が緩かった内ヘルニア?
   でも、腎盂腎炎に伴う麻痺性イレウスでもいい気がします。
   腎盂腎炎が起きた時に麻痺性イレウスの症状が強くでる人って、たまにいますよね。」


D「はい、何だったのか、もやもやが残る症例でした。」

司会「そういう、もやもやした症例からの方が学びは大きいものです。
   きれいに診断した症例は実は学びは多くはない。

   カンファの場に出して議論することが、学びにつながります。
   
   今回はやっぱり、腸管の動きが悪かったり、カルシウムの問題は気になりますね。
   ところで、カルシウムはその後どうでしたか?」


D「結局、とっていませんでした」


司会「わかりました。入院した症例は診断があると、
   一直線でその疾患を治療することに専念しがちですが、
   せっかく入院したのだから周辺事項も整えて退院してもらうと、
   その人にとってよりよい入院だったかもしれませんね。


   僕はこの理論を「遠足理論」と呼んでいます。小学校の時に言われますよね。

 遠足で山に登ったり、公園にいったら、
 来た時よりもきれいにして帰りましょうと。
 来た時よりも美しく、と。


 入院する前よりも薬を調整したり、ACPをしたり、サービス調整をしたりすることで、   
    入院後の生活が整っているということを心がけています。

 
 今回なら今後、起こりうる高カルシウム血症を防ぐためにエディロールの内服を
 継続するか検討してもよかったかもしれません。」


司会「はい、これが最後のまとめです。

   入院前よりも周辺事項を整えて帰す
   入院は遠足と同じ
   
   終わりです。ありがとうございました。」

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この症例のkey point

①高齢者が具合が悪くなった時にまず疑うことは?
→薬の副作用じゃないかと疑う


②各症例で絶対にやらなければならない身体所見というものがある、今回は何か?
→直腸診でした


③診断して、治療するだけで終わりでよいのでしょうか?
→周辺事項まで整えて帰す





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