2019年11月28日木曜日

気道管理

恐怖心によって人の判断は稚拙になる。
さらに恐怖心は身体の動きにすら影響を及ぼす。
心拍数が115回/分を超えるような恐怖心では細かい作業が正常にできなくなる。
心拍数が145回/分を超えるような恐怖心では、粗大な動きの作業にすら影響が出る

Dr.Richard Levitan

恐怖から徹底的に避けるか、
その恐怖の対象を深く理解し、抱擁するか

恐怖心によるヒューマンエラーから患者を守る唯一の道は、
気道管理というシステムを正常に運用するための準備を確実に行うことにより、
気道管理に対する恐怖心をせめて「コントロールされた恐怖心」にすることではないだろうか

Intensivist Vol.11 No.4 2019 気道より










参考文献:Intensivist Vol.11 No.4 2019 気道
     藤田医科大学病院救急総合内科 植西憲達教授 レクチャー
          必勝気道管理術 ABCははずさない

酸塩基平衡 ~症例解説しながら~

~症例解説~

前回の症例はPH7.2であり、明らかにアシデミアです
HCO3 13、PCO2  32であったため、代謝性アシドーシスと分かります

そしてAGを計算すると13.8であり、AG非開大性の代謝性アシドーシスと分かります

最後に呼吸性の代償をみて、PCO2低下の予想される代償性変化が13であったのに、
実際は32であったため、呼吸性のアシデミアがかぶっているという流れになりました


AG非開大性の代謝性アシドーシスは鑑別が絞られ、これはこれでとても有用ですが、
検査データが出ると、検査の解釈に頭を使ってしまい、
病歴があまりとられていないということがしばしばあります


検査データの計算や解釈はもちろん大事ですが、
病歴から検査データを予測する方がもっと大事です


今回の症例では、病歴や診察の鑑別でAKAが上位にあったため、
AGが開大していないことに「驚き」があったのです

この驚きが重要です


「ふーん、AG開いてないんだぁ」じゃないんです


「えっ!AG開いていないの??嘘でしょ!!」という驚きが大事です


データを予測するからこそ、その予測と違った時に新たな流れに移れます


すぐに新たな思考の流れとして、病歴の時点で「下痢」が分かっていたので、
AG非開大性の代謝性アシドーシスだったとしても、
まあ「下痢」でしょう、ということになりました





ここからは、酸塩基平衡の保持機構の解説です
尿細管性アシドーシスを理解するために必要な知識です


酸塩基平衡の保持

酸とはH+を放出するもので、塩基とはH+を受け取るものです(Br«nstedの定義)
例えば、H₂CO₃は酸で、H⁺+HCO₃⁻のHCO₃⁻は塩基です

1日に食事や細胞代謝(硫酸、硝酸、リン酸イオンなど)で負荷されるH+量は1mEq/kg/day で(50kgの人で50mEq)、これを不揮発性酸と呼びます

そのほかに細胞呼吸でCO2として産生される酸が 15,000~20,000 mEq/day であり、
これを揮発性酸と呼びます

揮発性酸は呼吸により肺から排泄されますが、不揮発性酸は腎臓から排泄されます

急激な 血液pHの変化を少なくするために生体は緩衝系という機能を持っており、

ヒトでは炭酸–重炭酸 緩衝系が重要です


腎臓での酸塩基平衡の保持


腎臓からの酸排泄は尿細管からのH+分泌によるもので、

①尿pH低下(HCO3⁻の中和)
②滴定酸排泄
③ アンモニウムイオン排泄

の3つの方法によって行われます

ですが、酸負荷に反応して腎臓からの酸 排泄を増加させるのは主として③アンモニウムイオン排泄です


①尿pH低下(HCO3⁻の中和)
尿pHは最高に酸性化したとしても(pH=4.5)0.004 mEq/Lしか排泄できません
1日の中で体の中に負荷される酸は50meq/dayなので、
これだけでは不十分です


そのままH⁺として排泄するのではなく、
塩基をバッファーとしてH⁺を捨てることで、大量のH⁺を尿中に捨てることができます
尿細管に流れてくる塩基はHPO₄²⁻とアミノ酸から代謝されるNH₃です

この二つはH⁺を受け取っても、イオンでいられます


滴定酸排泄
滴定酸はほとんどがリン酸イオン(HPO₄²⁻)です
滴定酸は10~40 mEq 程度の一定量の緩衝能力しかもたないので、多くのH⁺を捨てることはできません


アンモニウムイオン排泄
アミノ酸から代謝されるNH₃(アンモニア)にH⁺がくっつくことで、
NH₄⁺(アンモニウムイオン)として、大量のH⁺を捨てることができます

そして、NH₄⁺はCl⁻とくっついて、尿中に排泄されます



尿細管が行っていること

近位尿細管では重炭酸イオンの再吸収をメインで行います
糸球体で濾過された4000-5000meq/日のHCO₃⁻のうち、80-90%を再吸収します
その後、ヘンレループ上行脚で15%再吸収されます

→この近位尿細管での重炭酸イオンの再吸収ができなくなった病気が、
 近位尿細管性アシドーシスです


遠位尿細管においては、酸の排泄です
NH₄⁺として、H⁺を排泄します
NH₄⁺はCl⁻とくっついて、尿中に排泄されます


→この遠位尿細管でのアンモニウムイオンの排泄ができなくなった病気が、
 遠位尿細管性アシドーシスです




酸負荷時、腎臓では何が起こるか

NH₄⁺として、大量にH⁺を排泄されます
NH₄⁺はCl⁻とくっついて、尿中に排泄されるので、尿中Clも一緒に捨てられます



尿アニオンギャップの意味

腎臓からの酸排泄が適切に行われているかをみるには、
尿中のNH₄⁺が増えているかをみたいわけです

しかし尿中のNH₄⁺は簡単には測定できません

そのため、尿中AGで代用します

尿中AG=Na⁺+K⁺-Cl⁻

で表されます

酸負荷時に腎臓が正常で尿中NH₄⁺をしっかり排泄していれば、
尿中NH₄⁺にくっついている尿中Cl⁻も増えるため、計算すると-になります

つまり腎臓は頑張って、酸を排泄しようとしているということです


本症例では尿中AGが+でした
つまり、腎臓からの酸の排泄障害があるという事です


下痢ではこの尿中AG+が説明できなかったのです


尿中AGの意義として、
①腎か、腎外因子かの鑑別
②RTAの鑑別

に使われます


近位尿細管性アシドーシスの場合、
遠位での尿中NH₄⁺は排泄できるので、尿中AGは-になります
そして、遠位での尿のH⁺の排泄は保たれているので、
尿は酸性尿(尿PH<5.5)になります


遠位尿細管性アシドーシスの場合、
尿中NH₄⁺が排泄できないので、尿中AGは+になります

そして、遠位での尿のH⁺の排泄ができないので、
尿を酸性化できなくなります(尿PH>5.5)



本症例の尿PHを覚えていますか?
尿PHは6.0でした


尿中AG+であるということと、尿PHが5.5以上であることから、
遠位尿細管性アシドーシスが強く疑われるというわけです



尿浸透圧ギャップの意味

遠位尿細管性アシドーシスをみつけて、そこで我々は満足してしまいました

CT見直すと腎結石があり、遠位尿細管性アシドーシスによくみられる所見です

遠位尿細管性アシドーシスの原因検索に走ってしまって、その先を計算し忘れていました


尿浸透圧ギャップを計算すれば、本症例は尿中にNH₄⁺が捨てられていることが分かったのです


???ですよね



尿中AGが+であった時点で、腎からの酸排泄がうまくいっていない、
つまり尿中からNH₄⁺が捨てられていない

という思考になるのですが、
そこには落とし穴があるのです


NH₄⁺はCl⁻以外にも、他のマイナスイオン(例えばA⁻)にくっついて排泄されることがあるのです

そうすると、尿中Cl⁻は増えないので、計算上尿中AGは+になります
でも尿中のNH₄⁺は増えているのです


尿中のNH₄⁺さえ測定できれば簡単なのに、測定できないからこそ、
こんなピットフォールがあるのです


そのため、今度はNH₄⁺が浸透圧形成物質であることを利用して、計算します

そこで出てくるのが、尿浸透圧ギャップです


NH₄⁺が大量に排泄されていれば、計算式と実測の浸透圧にギャップが生まれます

遠位尿細管性アシドーシスの場合は、尿中のNH₄⁺は増えていないので、
尿浸透圧ギャップはほとんどありません(40mmol/L以下)


ですが、A⁻が増えている病態ですと、A⁻にくっついてNH₄⁺が捨てられてしまっているので、尿浸透圧ギャップが開大します(150mmol/L以上)


そのA⁻の代表こそが、トルエンの代謝産物である馬尿酸なのです


極論をいうと、尿浸透圧ギャップを測定する意義としては、トルエン中毒を探しに行くときです


本症例の尿浸透圧ギャップは220と高値であり、尿中にはNH₄⁺は捨てられていたのです

つまり遠位尿細管性アシドーシスだけでは説明できない所見であり、
トルエン中毒が疑われたという結論です


トルエン中毒から遠位尿細管性アシドーシスに至ることもあり、
どちらの病態かを区別することは難しいです




トルエンの代謝産物の馬尿酸は腎臓から効率よくすてられるので、腎機能が正常な場合、
非AG開大性の代謝性アシドーシスになります

しかし腎機能が悪いと、馬尿酸が蓄積するためこれは外部からの酸性物質のため、
AG開大性の代謝性アシドーシスになります

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酔っぱらった先生にこんな計算が必要な症例を用意して、姑息に勝ちにいったのですが、
見事に病歴や身体所見で当てられてしまいました

検査よりも病歴や身体所見の重要性を再認識することができてよかったです
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まとめ
・血ガスの所見は予測して待つ


・血ガスの診断をするのではなく、目の前の患者さんを診断をする


・病歴がうまく話せない時は血ガス所見も有用


2019年11月24日日曜日

清田先生との症例対決 ~薄目の男~ (後半)

(症例の続き)※一部症例は修正しております
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動脈血ガス
PH 7.2, PCO2 32, PO2 68, HCO3 13, Na  140, K  2.9, Cl  113, Lactate 1.8
AG 13.8

血液検査
WBC 12000, Hb16, MCV 90, Plt 18万
凝固異常なし
AST  100, ALT 90, LDH  250,  ALP  430, γ GTP  580
CK  77, Na  137, Cl  115, K 3.3
Glu  94, CRP  0.06, HbA1c  6.5
甲状腺機能 正常

尿検査
比重1.025、PH  6.0、潜血(1+)、ケトン(-)

12誘導心電図 80bpm、洞調律、Ⅱ、Ⅲ、aVF 異常Q波あり

CXR  肺野に異常陰影なし

頭部CT  陳旧性の小さな脳梗塞所見あり

胸腹部単純CT 肺野に特記すべき異常なし 腎結石あり

UCG 下壁のakinesisあり、左房拡大あり、疣贅なし
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・ここまででいかがですか?

K先生:PH低!
    えーっと、AGが・・・13!?

    本当?

    えー!?13?

    
    AG非開大性の代謝性アシドーシスを起こしている

    うーん、それは下痢だね 下痢だ

   
    じゃあ、代償はどうでしょう?
    えーっと、CO2もちょっと溜まっているね
    呼吸性のアシドーシスも少し絡んでいるね
    乳酸アシドーシスは少しだけ上がっている程度だね


    Kが低いね
    普通は代謝性のアルカローシスになっているはずなのに、   
    代謝性アシドーシスだね

    
    この場合、下痢かRTAです

    4型RTAもあってもいいけど、Kが低いからこれは下痢だね

    明らかに慢性の下痢をしているね


    ビタミンB1欠乏で下痢はしません


    いやあ、これは一回見てみたいペラグラですかね?

    4Dといわれるdiarrhea、dementia、dermatitis
   
    そしてdeathですね

    
    ペラグラだったら、日光に当ててほしいですね
    光線過敏があるので、服に一致した赤い皮膚炎がでます


    来たな!ペラグラ!
    ナイアシン投与してみますか?

    ってことで、慢性下痢ですね


発表者:はい。そうですね、ペラグラ
    みてみたいものですけれど・・・


K先生:尿中のケトンは陰性でしたね
    ま、これはときどきAKAで問題になります

    こういう風に尿中のケトンが陰性のことがあります

    ケトンにはβヒドロキシ酪酸とアセト酢酸、アセトンの3つがあります

    尿定性試験ではアセト酢酸をみています
    βヒドロキシ酪酸は反応しません
   

    AKAの場合、βヒドロキシ酪酸が著明にあがって、
    アセトン酢酸があがらない病態ですので、こういうことはあり得ます
    

    ですがそれだったら普通AG開大の代謝性アシドーシスを来します
  
    今回は、そもそもAG非開大性の代謝性アシドーシスなので、
    ケトアシドーシスではありません

    ってことで、無視です(笑)


発表者:一応、βヒドロキシ酪酸出していますが、陰性でした


K先生:当然陰性です(笑)

    他の血液検査をみると、肝酵素が上がっています
    これは脂肪肝かもしれない
  
    低血糖があったわりに、A1cが高い
    低血糖が慢性にあれば、もっと低くなっている可能性がある

    やや多血ですね
    喫煙歴があるので、ベースにCOPDなのかもしれない
    二次性の多血症になっているのかもしれない

    それだったら、最初の低酸素はCOPDで説明できるかもしれない

    
    で、ちなみに血中の浸透圧はどうでした?


発表者:浸透圧は264でした
    ギャップ計算すると、-10でした


K先生:あーよかった
    もうよっぱらって、計算できませんでした


発表者:大丈夫です
    計算してあります(笑)
   
    多分、計算できないだろうなぁと思って(笑)


聴衆:(笑)

   
K先生:これでエチレングリコーゲンではなさそうですね


発表者:そうですね
    
    頭部CTはどうですか


K先生:そんなのいりません、storkeではありません!
  
    問診と診察が大事です!!
    
    といいつつ、みますけど(笑)

    陳旧性の脳梗塞くらいですね

    
    あれ?そういえば、タイトル何でしたっけ?

発表者:「薄目の男」です

K先生:薄目の男・・・・うーん
    わからないなあ・・・

聴衆:そこから考えるんですか!!(笑)

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プロブレムリスト
# 意識障害
# 低血糖
# AG代謝性アシドーシス
# 肝胆道系酵素上昇
# 下痢
# 陳旧性心筋梗塞、陳旧性脳梗塞
# 喫煙歴
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発表者:ここまででいかがですか?

K先生:一番大事なのは、低血糖を起こした原因です
    なぜ、低血糖を起こしたのか?

    そして下痢がなぜ起きているのか?

    肝臓はどうでもいい


    下痢をしていたのがなぜかが気になる

    こういうわけがわからないのは、どこかで下剤をもらっていることがあります
    病歴にはなかったが、わけのわからない薬を飲んでいたのではないかと思います


発表者:なるほど
    ですが、本人はどこか遠くへいって、
    薬をもらうようなことはできなさそうでした


K先生:うーん、なぜ下痢をしているだろう・・・

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入院後経過

意識レベルはクリアではないが、緊急性は低いと考えた
まずしっかり食事摂取していただき、低血糖が再燃しないか?
また血液ガスでPHが正常化しないか経過観察とした

血培は念のため採取、抗生剤は投与せず様子をみた

入院後、食事は全量摂取できました
血糖は100-150を推移して、問題なかった

アルコールとBZ離脱の予防のため、ワイパックス®の予防内服を開始しました

翌日の血ガス
PHは正常化せず PH7.2
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K先生:いやあ、慎重ですね
    僕だったら、予防しないなあ
    
    なぜかというと、また薬の影響を考えなければならなくなる
    
    そして、この病歴は嘘はいっていない
    この人はお酒を買うお金もないと思います

    本当にお酒はのんでいない


発表者:なるほど・・・
    
    では症例の続きです
    
    入院翌日の血ガスもPHは正常化しなかったです
    そして尿中のAGをみてました

    尿中Na 19、尿中K 42、尿中 20   →尿中AG 40


K先生:ありましたね、尿AG(笑)
    
    えーっと、尿中にアンモニアがでていて、、、その結果として、、、
   
    ってやつですよね
    でも、こんなのより病歴が大事です

    これは下痢です

    何と言われても下痢です


発表者:はい、ありがとうございます

    一応、解説すると、この尿AGは正の値でした
   
    そういえば、CTで腎結石がぽつぽつありました


    腎結石があって尿中AGが正だった・・・

    ということで、、、、


K先生:・・・なんですか?

    RTAといいたいわけですか?

    ま、下痢ですけどね(笑)


発表者:はい、我々は1型RTAとして、重曹の補充を開始しました


K先生:でも下痢しているんでしょ?

発表者:入院してからは、1日1-2回で軟便くらいでした


K先生:おもしろいね
    それが、本当にRTAだとすると、
    尿閉のシナリオとか、、、、

    トルエンを吸っていたとか、、、

    気になりますね

発表者:Kも低いのでKも補充しました
    補充したら、当然ですけどPHはよくなり、
    Kもよくなりました

K先生:ま、当然です

    これはAG非開大性の代謝性アシドーシスなので、
    本来lossの病態です
   
    腸からでているか、尿からでているかです
   
    だから下痢のエピソードがしっかりあるなら、これは下痢が原因です
  
    なのでKも下がります
    そりゃ入れれば治ります


発表者:はい。ということで、我々は1型RTAと診断しました


K先生:なるほど、おもしろい

  
    1型RTAは山ほど鑑別があります
   
    例えば、尿閉で起こった人、トルエンを使用している人、
    つまり、シンナーを吸っている人は起こります
  
    他にはシェーグレン症候群とか、結石とか、、、

    あとなんだろう・・・
    
    あ、ファンコニーとかもありますね
    薬剤性で起こることもあります

    でもこの人は薬はのんでいない・・・

    他には・・・

    あー、もう酔っぱらって思い出せない

    うーん、まあ、そんなもんです

    ま、ファンコニーにしとこう(笑)


聴衆:(笑)

発表者:はい、ありがとうございます

    おしゃる通り、1型RTAの原因検索をしようとうことで、
    シェーグレンや肝酵素も上がっていたのでPBC、
    ウィルソンを調べましたが、すべて正常でした

    はい、次からはもう答えになります


K先生:そうですか。うーん

    ・・・・・・

    やっぱり、最初の話に戻ると、
   
    この人はシンナーを吸っていたのではないか?
   
    そしたら、この話は全て説明できる・・・


    そういえば、匂いが気になります

    これは薬をやっていたのに違いない!


    ファンコニーではありません(笑)
   
    シンナーをやっていたに違いないです!!


発表者:はい、ありがとうございます

    実はこの症例には、シャーロック・ホームズがいたんです

    
    当院の精神科部長です

    この方が今回の症例のキーパーソンです

    
    実は入院後、この人が急に無断で外出をはじめました
    
    自主退院したのかな?と思ったら、
    また夜に戻ってきました

    翌日、本人と話すと、精神科の先生と話したいと言ってきました
    睡眠薬の調整をしたいと

    ということで、リエゾンの面談のため、
    精神科の先生と話してもらうことになりました

    リエゾンの面談が終わった直後に、また勝手に外出してしまいました
    
    そして、また帰ってきて、
   「このまま入院を続けるのなんておかしい! 早く退院させろ!」
  
    といってきました


K先生:それは家に何かがあるはずです
    
    なぜかというと、家に帰ったのに、また戻ってきている

    家に帰りたがっている・・・
   

発表者:早く退院したいのか、家に帰りたいのか?どっちなんでしょうか・・・


K先生:それは家に帰りたいんです!

    この人は一人暮らしなので、家に家宅捜索にいかないと、答えはでません!


発表者:はい・・・
    
    そして、精神科のカルテの終盤に驚くべき一文が書いてありました


K先生:家にシンナーがある!
























20台からシンナーを吸い続けている






聴衆:おーーーー!!(拍手)



K先生:シンナーというのはですね
   
    「thinner」っていって、薄くするっていう意味があるんです

  

聴取:(笑)タイトルの解説まで始まった(笑)


K先生:シンナーっていうのは、物質名ではありません

    物質はトルエンなんです

    トルエンが問題をおこします

    シンナーというのは、臭いが特徴的ですよね

    トルエンがこの臭いの原因です



発表者:はい、、、、
 
    これが判明して僕らはとてもびっくりしました

    正直、頭の中にはありませんでした


K先生:残念だったのは、尿AGを忘れてしまっていたことですね(笑)
  
    それでRTAと分かったら、尿中浸透圧をだして確信できていたはずです


発表者:そうです

    実は僕らは最初から尿中浸透圧を測っていたんです
    

    尿浸透圧ギャップは220でした

    これはとても高い値です


    これを計算できていたら、実はもっと早くに診断できていたと思います

    
    ・・・ということでシンナー中毒が疑われますが、

    尿中馬尿酸をださないと証明できません



K先生:いや、違います
    病歴が勝負です!!


聴衆:(笑)格好いい


発表者:確かに。。。

    一応、尿中馬尿酸は高値でした


    はい・・・ということで、シンナー中毒でした


    もう解説するモチベーションはありません(笑)


聴衆:(笑)
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今回の診断過程

発表者:最初はフルーティーな臭い、低血糖、
   そして病歴がうまく取れないことから、ケトアシドーシスを疑いました

    PHもかなりのアシデミアだったので、
   やはりアルコールにともなうケトアシだと思いました
 
    しかし、AGが開大していませんでした

    CTを見返すと、腎結石もあり1型RTAらしさが高まりました

    そして、血液検査にて肝酵素上昇があり、
    1型RTAの原因疾患検索として、
    PBCや他の自己免疫疾患を探る方向へ行ってしまいました

    そうではなく、
     AG非開大性代謝性アシドーシスの鑑別をもっと素直にやるべきでした



K先生:いえ、違います


  データは最後の答えじゃない


    最後は本人に起こっている現象が大事です


    本人に起こっていること・・・



  それは社会生活から、
     その人の人生を見つめることによって、
  見えてくるものです



    ありがとうございました



聴衆:拍手

                                  (終わり)









    

2019年11月23日土曜日

清田先生との症例対決 ~薄目の男~(前半)

毎年恒例の教育回診で、清田先生をお招きして症例対決を行いました

面白かったです

流石でした
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症例 57歳 男性 主訴:倦怠感、意識障害

現病歴:入院当日、倦怠感が強く、近医を受診
    そこで徐々に意識レベル低下あり
    血糖測定すると、50台と低血糖を認めた
    ブドウ糖投与した上で救急要請となり、当院へ転院搬送となった

    当院到着時は意識レベルE4V4M6であり、再度血糖測定すると62であったため、
    ビタミンB1投与の上でブドウ糖を再度静注した
    その後、精査加療目的に総合診療科へ入院依頼があった

バイタルサイン
意識GCS E4V4M6、JCS1-1、体温36.1度、血圧113/77mmHg、脈拍89回/分(整)、
呼吸数16回/分、SPO2 93%(room air)
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ディスカッション①

発表者:自分の胸中としては、低血糖で意識障害かぁ・・・
    今の血糖は100超えていて、補正されているけど、
    なんだか意識がはっきりしない
    JCS1-1ってこんな感じですよねっていう感じでした

K先生:JCS1はすばらしいよね
    
発表者:はい、無限大の可能性を秘めたJCS1-1だなと思いました
    まずはやっぱりアルコールかなあ、という気持ちでした

    問診を追加していくと、
    ROS陽性の症状として、食思不振、倦怠感、下痢がありました
    頭痛、吐き気、嘔吐、悪寒戦慄、背部痛、胸痛、腹痛、排尿時痛はありませんでした

K先生:下痢があるの?それはだめだねえ
    やっぱりアルコールかもしれないね


発表者:既往歴ですが、
    下壁の心筋梗塞(10年前)、脂質異常症(10年前)、不眠症があります
    ですが、かかりつけには受診したり、しなかったりと
    内服のアドヒアランスも非常に悪かったです    

K先生:ってことは、47歳で心筋梗塞ってことですか
    脂質異常症だけのリスクでそんな若い時に心筋梗塞起こりますかね?
    普通は起こりません
    家族性高コレステロール血症とか、他のリスクがあるはずです

発表者:まあ、JCS1なのでどこまで本当かは分かりませんでした
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既往歴:下壁の心筋梗塞(10年前)、脂質異常症(10年前)、不眠症

内服歴:内服したりしなかったりだが、睡眠剤は飲んでいた
    クロピドグレル、カンデサルタン、アトルバスタチン、カルベジロール
    オメプラゾール、エチゾラム、トリアゾラム、ニトラゼパム

アレルギー:食物なし、薬物なし

嗜好歴:機会飲酒(時折、焼酎750mlのむ)
    喫煙 20本/日 37年間
生活歴:一人暮らし
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ディスカッション②

K先生:僕が最初に気にするのは、何かというと
    ブドウ糖を投与してどうなったかです

    何とかの三徴ってあるじゃないですか?
    あれ?
    何でしたっけ?よっぱらってますね(笑)

聴衆:ウィップルですか

K先生:はい、そうです、ウィップルの三徴ってあるじゃないですか
    1938年ですよ

聴衆:(笑)そこは覚えてるんですね


K先生:血糖が低いからといって、本当にこれが症状と関係があるかは、    
    ちゃんと考えなければなりません
    この人は、50でも意識障害の原因でないかもしれない

   ウィップルの三徴というのは、
   投与して症状がきえないといけない


    もし、僕みたいに普段から血糖がちゃんとある人がいきなり50台になったら、
    必ず自律神経障害が出ているはずです

    低血糖に対するレスポンスがないとおかしい


    これがacuteに低血糖を起こしているのであれば、ただ意識が悪いだけではなくて
    発汗しているとか、何らかの自律神経症状が先に出ているはずです
   
    だから、数字だけを見るのは賛成ではありません
    数字だけをみて血糖が50だから、糖をうつのはだめです

    末期の肝硬変の人とかは、50で糖をうってもずっと50だったりします
    そしてケロッとしています
    これって低血糖症っていうんですか?
   
    低血糖症というのは、ウィップルの三徴が必要です


    あとは、VB1投与してますよね
    低血糖とVB1欠乏があったら、VB1から投与しなければならないと
    よく習いますね

    本当ですか?

    ヨーロッパのガイドラインに書いてありますが、 
    ブドウ糖から先に打っていいんです  
    
    ウェルニッケ脳症のリスクをあげる以上に低血糖を放置する方がまずいんです
   
    なので、ブドウ糖から投与していいんです
    そのかわり、できるだけ速やかにVB1をうちます 
 
    だからこのプラクティスは必ずしも悪くない

K先生:あとは、下痢があるのはアルコール飲んだ時だけですか?

発表者:アルコール飲んだ時だけではなく、常日頃からあるようです
    2.3回くらいの軟便のようです

K先生:だろうと思いました
    あやしいですもん
    下痢に答えがあるに違いない

    食欲低下や倦怠感は酒飲みならだれでもあります
    
    下痢が怪しい・・・

発表者:どうですかね・・・  
    続いて、社会歴です

    もともと生活保護を受けていました
    ですが、仕事復帰を理由に生活保護を中断しています

K先生:すばらしい、いい人です
    もうすぐ定年なのに、働こうとしている
    とてもいい人です

発表者:ですが、仕事は勝手にやめてしまいました 
    なので現在、収入はありません
    ここ数日はお金がなくてご飯がたべられないので、水ばかり飲んでいました

    水じゃなくて、それは本当はお酒ではないのか?と
    何回聞いても、飲酒は機会飲酒であるとのことでした

K先生:違います
    本当にこういう話をする人は、本当にお金がありません
    なので、お酒は買えません
    
    絶対にお酒は飲んでいません
    僕は生活保護の人を何人もみているので、分かります

    
    あとは、この数日の数が何日かが大事です

発表者:3日です 
    ここ3日は食事は食べていないとのことでした

K先生:だとすると、この2週間、何を食べていたかが気になります
    
    なぜなら、我々は肝臓にグリコーゲンというものがありますよね

    絶食になっても、3日間は生きていけます
    グリコーゲン様があるので、低血糖にはなりません

    アルコールを飲んでいると、グリコーゲンからの糖新生がブロックされて、
    低血糖が起こります
   
    だから、アルコールをのんでいると、低血糖が起こりやすくなりますが、
    きっとこの人はお酒は飲んでいません

    水ではブロックされませんから(笑)
    
    多分、この人はお酒は飲んでいないので、
    ちゃんとグリコーゲンはグルコースを出していたのだと思います
    
    そうすると、3日前から食べなかったからといって、
    この低血糖が本当に起こるか?ということです

    それよりも前にグリコーゲンのリザーブがないと、低血糖は話があいません
   

    つまり、この時点で必ずVB1は欠乏があるに違いないという事です
    
    そうすると、このなんとなく変な感じは神経障害じゃないかと思いますよね
    そして、SPO2も気になりますよね

    
発表者:なるほど・・・

    ただですね、僕はお酒飲んでいないのは嘘だろうと思いました
    なぜなら、口臭がフルーティーだったんです

K先生:そりゃあ、フルーツ食べてたんでしょ!

聴衆:(笑)

K先生:甘い感じでしたか?

発表者:そうですね、甘い感じでした
    ずっと話していてもいいなぁという感じでした
    

K先生:それは浸透圧ギャップがみたいですね
    
発表者:ということで、僕らはお酒を飲んでいないのは嘘だと思いました

K先生:いや違う
    この人は、本当にお酒は飲んでいないし、
    この切実な社会歴は嘘はいっていないと思います

発表者:なるほど。では次は身体所見です
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身体所見
SPO2 97%(測り直すと正常値でした)、RR16回

見た目 良好 
頭頚部 眼瞼結膜蒼白なし、点状出血なし、副鼻腔叩打痛なし
    口腔内異常なし、舌乾燥あり
    フルーティーな口臭あり
胸部 呼吸音 清、心雑音なし
腹部 やや膨満 軟 圧痛なし
関節 腫脹なし 

神経診察
脳神経 眼球運動異常なし 眼振なし
    その他、異常なし
運動 麻痺なし
腱反射 亢進・減弱なし 
感覚 低下や異常感覚なし
失調 指鼻指・膝踵試験・回内回外 すべて流暢
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・ここまでで、いかがですか?

K先生:まあ、VB1欠乏はとりあえず考えますよね
  
    あとは低血糖が本当に低血糖症なのかというのが、キーワードです
    
    低血糖の原因は食事を食べなかったからなのかもしれない・・・
    しかし、それだったら、3日間より前の食事が気になります
    
    生活保護がきれて、困窮した時期が必ず3日より前にあるはずです
    いきなり水にいかないでしょ?
  
    そしたら、栄養障害がおきてグリコーゲンの枯渇が起こって低血糖になる
    
    ただし、それだと普通、糖いれればよくなります
   
    
    あとは、SPO2 が落ちていたことも気になる

    一つは不当な数字を出している可能性です
    脈がとれてなかったのか、モニターがうまくつけれていなかったとか

    もう一つは本当に正しい数字を示していた可能性です
    呼吸音に異常がなかったとすれば、肺実質に問題はないはずです

    その場合、肺内シャントのような病態がないかが気になります

    肺内シャントを起こすような病態として、有名な病気として肝硬変があります
    
    同じような病態を起こすとすれば、血管拡張を起こすようなベリベリですね
    だから絶対にこの人はVB1欠乏があると思います
  
    ですが、そうだとするとなぜフルーティーな口臭がするのか・・・?
    それはVB1欠乏ではない


    フルーティーな口臭には何か原因があるはずです

    この人はお酒はそうはいっても好きだったはずです
    だって、焼酎750mlも飲んでいる時があります
    そんな人は酒好きです

    この人が困窮した時に何を飲むでしょうか?
    手に入るアルコールって何でしょうか?
    

    それはエチレングリコールです
    つまり、不凍液を飲んだのではないかという事です

    だから甘い香りがするのではないでしょうか?

    なので浸透圧をみたいです

    そして尿をみてシュウ酸結石があれば確定的です


    ケトンは甘いと言えば、甘いっちゃ甘いですが、うーん
    ケトアシドーシスかあ。うーん

    まあ、チェックはしておきますけど

発表者:ちなみに、3日前より前は何を食べていたのかも聞きました
    
    お酒のつまみのようなものしか食べていませんでした
    するめとか、刺身とかでした

    ごはんや主食は食べていませんでした


K先生:なるほど、それはやばいですねえ

発表者:ただそれが具体的に、いつからそうなったのかは分かりません

K先生:それはそうでしょう
    細かい食生活に関して正確には覚えていないでしょう
     
    その日暮らしで、一日一日を頑張ってきたのでしょう

    そこは臨床医が推し量るべきところです

    きっと、こういう生活をしているから、
    こういう食生活をしているのであろう
    こんなことをしているのであろう
  
    だからこんな臨床症状がでているのであろう、と

    うーん
    VB1欠乏は絶対にあるに違いない
    

~前半終了~