2019年11月25日月曜日

酸塩基平衡 ~症例解説しながら~

~症例解説~

前回の症例はPH7.2であり、明らかにアシデミアです
HCO3 13、PCO2  32であったため、代謝性アシドーシスと分かります

そしてAGを計算すると13.8であり、AG非開大性の代謝性アシドーシスと分かります

最後に呼吸性の代償をみて、PCO2低下の予想される代償性変化が13であったのに、
実際は32であったため、呼吸性のアシデミアがかぶっているという流れになりました


AG非開大性の代謝性アシドーシスは鑑別が絞られ、これはこれでとても有用ですが、
検査データが出ると、検査の解釈に頭を使ってしまい、
病歴があまりとられていないということがしばしばあります


検査データの計算や解釈はもちろん大事ですが、
病歴から検査データを予測する方がもっと大事です


今回の症例では、病歴や診察の鑑別でAKAが上位にあったため、
AGが開大していないことに「驚き」があったのです

この驚きが重要です


「ふーん、AG開いてないんだぁ」じゃないんです


「えっ!AG開いていないの??嘘でしょ!!」という驚きが大事です


データを予測するからこそ、その予測と違った時に新たな流れに移れます


すぐに新たな思考の流れとして、病歴の時点で「下痢」が分かっていたので、
AG非開大性の代謝性アシドーシスだったとしても、
まあ「下痢」でしょう、ということになりました





ここからは、酸塩基平衡の保持機構の解説です
尿細管性アシドーシスを理解するために必要な知識です


酸塩基平衡の保持

酸とはH+を放出するもので、塩基とはH+を受け取るものです(Br«nstedの定義)
例えば、H₂CO₃は酸で、H⁺+HCO₃⁻のHCO₃⁻は塩基です

1日に食事や細胞代謝(硫酸、硝酸、リン酸イオンなど)で負荷されるH+量は1mEq/kg/day で(50kgの人で50mEq)、これを不揮発性酸と呼びます

そのほかに細胞呼吸でCO2として産生される酸が 15,000~20,000 mEq/day であり、
これを揮発性酸と呼びます

揮発性酸は呼吸により肺から排泄されますが、不揮発性酸は腎臓から排泄されます

急激な 血液pHの変化を少なくするために生体は緩衝系という機能を持っており、

ヒトでは炭酸–重炭酸 緩衝系が重要です


腎臓での酸塩基平衡の保持


腎臓からの酸排泄は尿細管からのH+分泌によるもので、

①尿pH低下(HCO3⁻の中和)
②滴定酸排泄
③ アンモニウムイオン排泄

の3つの方法によって行われます

ですが、酸負荷に反応して腎臓からの酸 排泄を増加させるのは主として③アンモニウムイオン排泄です


①尿pH低下(HCO3⁻の中和)
尿pHは最高に酸性化したとしても(pH=4.5)0.004 mEq/Lしか排泄できません
1日の中で体の中に負荷される酸は50meq/dayなので、
これだけでは不十分です


そのままH⁺として排泄するのではなく、
塩基をバッファーとしてH⁺を捨てることで、大量のH⁺を尿中に捨てることができます
尿細管に流れてくる塩基はHPO₄²⁻とアミノ酸から代謝されるNH₃です

この二つはH⁺を受け取っても、イオンでいられます


滴定酸排泄
滴定酸はほとんどがリン酸イオン(HPO₄²⁻)です
滴定酸は10~40 mEq 程度の一定量の緩衝能力しかもたないので、多くのH⁺を捨てることはできません


アンモニウムイオン排泄
アミノ酸から代謝されるNH₃(アンモニア)にH⁺がくっつくことで、
NH₄⁺(アンモニウムイオン)として、大量のH⁺を捨てることができます

そして、NH₄⁺はCl⁻とくっついて、尿中に排泄されます



尿細管が行っていること

近位尿細管では重炭酸イオンの再吸収をメインで行います
糸球体で濾過された4000-5000meq/日のHCO₃⁻のうち、80-90%を再吸収します
その後、ヘンレループ上行脚で15%再吸収されます

→この近位尿細管での重炭酸イオンの再吸収ができなくなった病気が、
 近位尿細管性アシドーシスです


遠位尿細管においては、酸の排泄です
NH₄⁺として、H⁺を排泄します
NH₄⁺はCl⁻とくっついて、尿中に排泄されます


→この遠位尿細管でのアンモニウムイオンの排泄ができなくなった病気が、
 遠位尿細管性アシドーシスです




酸負荷時、腎臓では何が起こるか

NH₄⁺として、大量にH⁺を排泄されます
NH₄⁺はCl⁻とくっついて、尿中に排泄されるので、尿中Clも一緒に捨てられます



尿アニオンギャップの意味

腎臓からの酸排泄が適切に行われているかをみるには、
尿中のNH₄⁺が増えているかをみたいわけです

しかし尿中のNH₄⁺は簡単には測定できません

そのため、尿中AGで代用します

尿中AG=Na⁺+K⁺-Cl⁻

で表されます

酸負荷時に腎臓が正常で尿中NH₄⁺をしっかり排泄していれば、
尿中NH₄⁺にくっついている尿中Cl⁻も増えるため、計算すると-になります

つまり腎臓は頑張って、酸を排泄しようとしているということです


本症例では尿中AGが+でした
つまり、腎臓からの酸の排泄障害があるという事です


下痢ではこの尿中AG+が説明できなかったのです


尿中AGの意義として、
①腎か、腎外因子かの鑑別
②RTAの鑑別

に使われます


近位尿細管性アシドーシスの場合、
遠位での尿中NH₄⁺は排泄できるので、尿中AGは-になります
そして、遠位での尿のH⁺の排泄は保たれているので、
尿は酸性尿(尿PH<5.5)になります


遠位尿細管性アシドーシスの場合、
尿中NH₄⁺が排泄できないので、尿中AGは+になります

そして、遠位での尿のH⁺の排泄ができないので、
尿を酸性化できなくなります(尿PH>5.5)



本症例の尿PHを覚えていますか?
尿PHは6.0でした


尿中AG+であるということと、尿PHが5.5以上であることから、
遠位尿細管性アシドーシスが強く疑われるというわけです



尿浸透圧ギャップの意味

遠位尿細管性アシドーシスをみつけて、そこで我々は満足してしまいました

CT見直すと腎結石があり、遠位尿細管性アシドーシスによくみられる所見です

遠位尿細管性アシドーシスの原因検索に走ってしまって、その先を計算し忘れていました


尿浸透圧ギャップを計算すれば、本症例は尿中にNH₄⁺が捨てられていることが分かったのです


???ですよね



尿中AGが+であった時点で、腎からの酸排泄がうまくいっていない、
つまり尿中からNH₄⁺が捨てられていない

という思考になるのですが、
そこには落とし穴があるのです


NH₄⁺はCl⁻以外にも、他のマイナスイオン(例えばA⁻)にくっついて排泄されることがあるのです

そうすると、尿中Cl⁻は増えないので、計算上尿中AGは+になります
でも尿中のNH₄⁺は増えているのです


尿中のNH₄⁺さえ測定できれば簡単なのに、測定できないからこそ、
こんなピットフォールがあるのです


そのため、今度はNH₄⁺が浸透圧形成物質であることを利用して、計算します

そこで出てくるのが、尿浸透圧ギャップです


NH₄⁺が大量に排泄されていれば、計算式と実測の浸透圧にギャップが生まれます

遠位尿細管性アシドーシスの場合は、尿中のNH₄⁺は増えていないので、
尿浸透圧ギャップはほとんどありません(40mmol/L以下)


ですが、A⁻が増えている病態ですと、A⁻にくっついてNH₄⁺が捨てられてしまっているので、尿浸透圧ギャップが開大します(150mmol/L以上)


そのA⁻の代表こそが、トルエンの代謝産物である馬尿酸なのです


極論をいうと、尿浸透圧ギャップを測定する意義としては、トルエン中毒を探しに行くときです


本症例の尿浸透圧ギャップは220と高値であり、尿中にはNH₄⁺は捨てられていたのです

つまり遠位尿細管性アシドーシスだけでは説明できない所見であり、
トルエン中毒が疑われたという結論です


トルエン中毒から遠位尿細管性アシドーシスに至ることもあり、
どちらの病態かを区別することは難しいです




トルエンの代謝産物の馬尿酸は腎臓から効率よくすてられるので、腎機能が正常な場合、
非AG開大性の代謝性アシドーシスになります

しかし腎機能が悪いと、馬尿酸が蓄積するためこれは外部からの酸性物質のため、
AG開大性の代謝性アシドーシスになります

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酔っぱらった先生にこんな計算が必要な症例を用意して、姑息に勝ちにいったのですが、
見事に病歴や身体所見で当てられてしまいました

検査よりも病歴や身体所見の重要性を再認識することができてよかったです
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まとめ
・血ガスの所見は予測して待つ


・血ガスの診断をするのではなく、目の前の患者さんを診断をする


・病歴がうまく話せない時は血ガス所見も有用


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