2019年12月15日日曜日

症例カンファレンス ~ぼやっとする症例~

研修医「症例は80歳女性の左の動眼神経麻痺の人ですが、
    MRIでは右小脳に新規梗塞がありました。
    どう考えればよいでしょうか?」
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症例 80歳女性 主訴:浮動性めまい?

Profile;高血圧で治療中、糖尿病なし、小脳梗塞の既往あるが、ADLフル

現病歴:来院当日、午後までいつも通り
    午後、自分で車を運転してスーパーまで行った
    スーパーで買い物をした帰りの車の中で、
    「ぼやっとした感じ」になった
    ちょっと危ないかなと思ったが、何とか車を運転して自宅に帰った
    
    自宅で夕飯の支度を作ろうと、座位から立位になって、
    歩いたら「めまい」がした
    左目がぼやっとする感じになった
    
    夕方、救急外来を受診

ROS:麻痺なし、呂律不良なし、強いめまいなし、歩行障害なし 
   嚥下障害なし、頭痛なし、頸部痛なし

既往・既存:高血圧、右小脳梗塞

内服:Ca拮抗薬、バイアスピリン

生活:ADLフルな主婦、喫煙なし、アルコール飲酒なし
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研修医「身体所見では、左目の動きがおかしく、左目の動眼神経麻痺を疑いました
    他の脳神経は正常でした

    四肢の麻痺や感覚障害はありませんでした

    右手の回内回外・指鼻指はやや拙劣でしたが、
    もともと右小脳梗塞があるので、新規なものかは判断が難しかったです。

    めまいや動眼神経麻痺があったので、脳梗塞を疑いMRIを撮影しました。
    MRIでは右の小脳に小さな新規脳梗塞がありましたが、
    これでは病変の説明にならないと思いました。

    よくみると、右のIC-PCに脳動脈瘤がありました。
    ですが、目の動きがおかしいのは左目であり、
    これも病変ではないと考えました。
  
    糖尿病はない人ですし、
    この動眼神経麻痺についてどう考えたらよいでしょうか?
    」

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①病歴についてディスカッション

指導医「興味深いね。
    まず、病歴に戻るけど、最初の症状は何だったのかな?」

研修医「めまい?っぽくなったとも言っていましたし、   
    車を運転していたら、ぼやっとしたようです。」

指導医「ぼやっと、って何?(笑)
    それは視力低下なのか、複視なのか、視野障害なのか、半側空間無視なのかな?
    
    まずはそこを聞いてみよう。
    どうやって聞けば見分けられる?」

研修医「車がだぶって見えるとかですか?」

指導医「まあ、そうだね、
    車を運転している状況なら、センターラインや信号機が二本に見えたかどうかを
    聞いてみると、複視の有無が分かるかもね。

    もし、複視なら両眼性と単眼性のチェックも必要だから、
    片目を隠して、チェックしましたか?
    と聞くのも大事だよ。

    あとは、視野障害や半側空間無視だったらどうかな?」

研修医「どちらかによっていったり、ぶつけてしまったりとかですか?」

指導医「そうだね。視野障害と半側空間無視は、
    病歴だけだと区別するのは難しい時もあるけど、
    そういった病歴はあったのかな?」

研修医「どちらかに寄ったりすることはなかったようです」

指導医「了解、あとは左目がぼやっとするっていう病歴があるね。
    これは両目でみて左側のこと?それとも左目のこと?」

研修医「左目のことらしいです。」


指導医「えー!?   それはおかしいね。
    複視だとしても、左目の単眼性複視だとすると、脳が原因ではなく、
    目の問題になってしまうし、
    視力低下にしても、左目だけなら、それは脳が原因ではなく、
    目や視神経の問題になってしまうね。

    もう一度、本人がいう「左目がぼやっとする」という病歴を確認しにいこう」



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(追加病歴)
本人「車を運転していたら、急に左目がぼやっとする感じになりました。
   物がダブって見えたりはしませんでした。
   視力が落ちたというか、なんとなく、かすむというか・・・
   左側というわけではなく、左目がぼやっとしたり、
   普通になったりしました。

   めまいは自宅にいた時はありましたが、病院に来てからはないです。
   今も物が二重に見えたりはしません。」


指導医「なるほど・・・・そういうことですか・・・」
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②身体所見についてディスカッション

指導医「動眼神経麻痺って言ってたけど、瞳孔は?」

研修医「3/3、対光反射+/+でした」


指導医「・・・・眼位は?」

研修医「正中でした」

指導医「え?それって、おかしくない?
    だった、動眼神経麻痺だったら、外側に偏倚しそうだけど。」

研修医「確かに・・・
       でも、なんだか左目の動きが悪いんです」


指導医「OK、見に行こっか」
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追加診察

(その目で見れば)左目の眼瞼下垂あり
意識すれば、挙上できるので常にあるわけではない

瞳孔 3/5mm 対光反射 +/鈍

眼位は正面視で、正中
右向きで、右眼は外転OK、左目の内転障害あり
右向きで、時折、右眼が外側へ眼振出現する

他の方向は全て問題なし
どの方向でも複視訴えなし

輻輳 できない

残りは同じ所見

神経診察まとめ
(1)瞳孔不同:左目が散大、対光反射鈍
(2)左眼瞼下垂
(3)左目の内転障害
(4)輻輳障害
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③病態についてディスカッション

指導医「これは動眼神経麻痺じゃないね。
    いや、正確には動眼神経麻痺なんだけど、半分正解で半分違うというか。

    まあ、結論からいうと、左のMLF症候群だね。
  
    でも今回は、MLF症候群単独でないところが、難しいところだ。


    こういう神経解剖は全て、覚えきれないから、
    その都度、教科書で確認しよう!

    さてどこが病変かな?」


~教科書で勉強タイム~


(1)瞳孔不同

指導医「瞳孔不同に関しては、
    動眼神経の副交感成分が障害されているのは、間違いないね。
    やられたのが、EW核か、そこからでた髄内線維か、髄外線維か。

    でも線維成分であれば、
    副交感神経は動眼神経の体性運動神経の下行枝に並走している
    だから、外からの圧迫でない限り、副交感神経線維だけやられることはない。

    今回はICPCに動脈瘤があるけど、反対側だから関係ない。
   
    だから、線維成分ではなく、EW核がやられたんじゃないかな?

    EW核があるのは、上丘レベルの中脳背側だ。」



(2)左眼瞼下垂

指導医「そして、左眼の眼瞼下垂。

    眼瞼下垂と眼裂の狭小化はちょっと違うけど、
    ホルネルなら眼裂の狭小化と言われます。

    左眼が散瞳しているから、ホルネル症候群ではないけど、
    しっかり見極めるなら、暗がりで確認するのがいいね。

    今回も暗がりで確認して、左眼が散瞳していたから、ホルネルではないね。

    眼瞼下垂はこの文脈なら、上眼けん挙筋の不全麻痺でしょう。


    だけど、高齢者の場合、
    もともと腱膜性の眼瞼下垂になっていることもよくあります。
 

    でも今回の眼瞼下垂は急性だと言い切ることができます。

    それはどうしてでしょうか?」


研修医「??もともとの顔を確認したからですか?」


指導医「それもよく行われますが、違います。
    
    病歴です。左眼がぼやっとした、という訴えがあったでしょ?

    左眼がぼやっとしたの正体は、急に起こった左眼の眼瞼下垂だと思います。


    上眼瞼挙筋は動眼神経の体性運動神経成分が支配していますが、
    今回は、他の運動神経成分は障害を受けていません。

    それはおそらく、動眼神経核(もしくは核近傍)でやられているからだと思います。


    動眼神経核は中間核、正中核、腹内側核、腹外側核、内臓性核の5核があり、
    それぞれ血流支配が異なり、側副血行路もあります。

    そのため、動眼神経麻痺と一言でいっても、
   部分的な障害が多く、
   まだらにやられることはよくあるようです


     なので、今回はやたらと難しいのです。」






(3)左目の内転障害

指導医「そして、MLE症候群。これって毎回、考え直さないと、よくわからなくなるよね。
 
    MLFというのは、水平方向に眼球を動かすときに問題になってくるもので、
    動眼神経麻痺とは違います。

    分かりやすくいうと、目の動きは、車の車輪をイメージするといいです。

    右向くと、右眼は外転するし、左眼は内転する。
    逆に、左向くと、左目は外転するし、右眼は内転する。

    車の車輪(前輪)も一緒でしょ。
    右に曲がる時には、右のタイヤと左のタイヤは一緒の動きをする。

    ということは、右と左をつないでいるシャフトが車にはある。

    目にももちろん、あって左右をつなぐシャフト的な役割の線維が、
    内側縦束、つまりMLFです。

    MLFは下部中脳から上部橋までを走行しています。

    今回は一元的に考えれば、
    動眼神経核近くの中脳のMLFが障害されているのでしょう。」







(4)輻輳障害

指導医「じゃあ、最後に輻輳の障害だ。
    MLF症候群の多くは、輻輳はできるって書いてあるよね。
   
    でもこれは障害された場所によるんだ。

   
    そもそも輻輳の中枢はよくわかっていないと言われるけど、
    大まかな流れは分かるよね。

    目の前の近くのものに焦点を合わせるために、
    まずは視覚野(後頭葉)に刺激が入って、その後、色々あって、
    結局、中脳背側の動眼神経核(内直筋亜核)に刺激が入り、
    両側の動眼神経から両側の内直筋に作用して、両目がより目になる。


    ということは、輻輳ができない時点で、
    中脳背側がやられている可能性が高いってことだよね。

    普通のMLF症候群は動眼神経核近傍ではなく、橋で障害されるから、
    輻輳は保たれているけど、
    今回は中脳の動眼神経核近傍のMLF症候群だから、
    輻輳までやられているっているわけだね。」


研修医「なるほどー」


指導医「まとめると、この4つの症状はすべて、
    中脳背側に病変があることを示しています。
    それが急に起こったということは、間違いなく原因は脳梗塞でしょう。
    

    最初のMRIは発症して間もなかったため、写らなかっただけです。
   
    そもそも小さな脳梗塞であり、切り方によっては写らないこともあります。

    ですが、病歴と診察上は、絶対に中脳背側の脳梗塞です。
    
    確かめるために、再度、thin sliceでとりなおしましょう。」


研修医「わかりました。」









   

              入院時               入院翌日



まとめ
・「ぼやっとする」とは何を意味するのかを明確にする
→視野障害?複視?視力低下?半側空間無視?
 今回は眼瞼下垂でした


・眼球運動の水平方向の動きは、車の車輪を思い出す
→前輪をつなぐシャフトがMLF


・動眼神経核・核近傍の動眼神経麻痺は、まだらにやられることが多い
→輻輳のチェックも忘れずに行う

参考文献:神経眼科を学ぶ人のために 医学書院
     イラストでわかる神経症候 丸善出版 ←超お勧めです
     東女医大誌 第59巻 第6号 頁705~716
     神経眼科 35:270~281.2018
     あたらしい眼科 35(3):301~304,2018

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