2020年2月14日金曜日

ボス回診 ~がん患者さんが失神した~

症例  85歳 男性 主訴:意識消失

Profile:進行胃癌で手術はせず外来フォロー中、Hb7台の貧血あり、ADLフル

HPI:来院当日の2日前に歩行時に倦怠感あり
   ふらつきがあり、倒れた
   一時的に意識は失ったようだが、すぐに会話はできる状態だった
   本人はよくそのことを覚えておらず
   発熱が38台あった
   その後は普通に生活

   来院当日、発熱が持続し倦怠感もあるため、内科外来受診

ROS:いままでふらつきはあったが、意識を失ったことはなかった
   腹痛なし、頭痛なし、胸痛なし、咳なし、下痢なし
血便なし、嘔吐なし

既存症:進行胃癌があり、貧血あり 

内服:フェロミア
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ディスカッション①:ここまででどう考える?

ボス「ここまででどう考える?」

学生「歩いている時の失神だと、心臓に負荷がかかったかもしれないので、
   心原性が心配ですね。
   もしくは、立ち上がったりした動作があれば、起立性低血圧かもしれません
   胃癌がもともとあって、そこからじわじわ出血している人だと思われるので、
   出血に伴う失神だと嫌だなあと思いました
   
   でもそれだと、発熱が直接あわないですね・・・」


ボス「優秀だね!何がいいかというと、自分でロジックを立てて、
   しかもそれがかなりいい線をいってる。

   しかもロジックに合わないことまでケアしている。素晴らしい。
   他にはどう考える?」

学生「発熱だけだと腫瘍熱とかもあってもいいかと思いました」


ボス「なるほど。

   僕の意見としては、このエピソードは肺塞栓なんだ。


専攻医「肺塞栓ですか?全く考えていませんでした」


ボス「腺癌系は過凝固病態を引き起こすことがある。

   DICを起こしたり、DVTを起こしたり、
   表在性の血栓性静脈炎やmarantic endocarditisを起こして、脳梗塞を起こすこともある

   印環細胞がんとかみたことある?

   ぴゅっぴゅっと何か分泌しそうな感じでしょ(笑)」

専攻医「その表現は分かりやすいのですが、急に学術的じゃなくなりますよね(笑)」
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がん関連血栓症(Cancer associated thrombosis:CAT

がん関連の血栓症というと、過凝固病態なかでもトルーソー症候群が有名ですが、
「トルーソー症候群」の意味するものが、人によって異なるので使い方には注意したほうがよいです


過凝固病態でなくてもがん患者さんは血栓ができやすい誘因がたくさんあります
例えば治療薬や長期臥床にともなって、血栓ができることもあるでしょう

ですので、がん患者さんの血栓症=トルーソーではありません

なんでもかんでもトルーソーというのは思考停止になるので、
なるべく使わないでおきましょう

がん患者さんに血栓が起こる病態をCancer associated thrombosis:CATといいます




例えば、がん患者さんにDVTが起きた時に、まあトルーソーでしょう
と流してはいけません

しっかり原因を精査することが大事です

例えば、長期臥床がなかったかどうか
血栓症を誘発するような薬(ピルなど)の使用はないか
腫瘍による圧排はないかどうか
                      

そういった原因をチェックして予防できることがあれば、介入します

何もなければ、仕方がないので
ゴミ箱的にがん関連の過凝固病態を考えます



がん関連血栓症のリスクは、

がん要因(種類や部位、治療内容)×患者要因×検査データ 

の組み合わせで決まります



Afのある人に抗凝固入れるかを検討する時に、CHADsVASCスコアがあるように、
がんの人の血栓症のリスクファクターを調べたスコアがいろいろあります

Khorana scoreやVieena Scoreです


Khorana score

胃癌、膵癌(2点)
肺癌、リンパ腫、婦人科腫瘍、膀胱がん、精巣がん(1点)
血小板 35万以上(1点)
Hb10以下、またはESA製剤の使用(1点)
WBCが1.1万以上(1点)
BMIが35以上(1点)
      ↓

VTE発生リスク(2.5か月)

低リスク(0点):0.3%
中リスク(1-2点):2.0%
高リスク(3-6点):6.7%

ですが、これらはアジア人がほとんと入っていないデータなので、
これを直接日本人に合わせてよいかは疑問が残ります


がん患者さんが過凝固病態になる機序は様々あって、
たくさん機序があるんだなあくらいで覚えておけばいいと思います




大事なのは、たくさんの機序があるため、ワーファリンだけでは役不足ということです
歴史的に低分子ヘパリンが治療には使われていました

しかし、近年DOACのエビデンスが出てきています

最近はNEJMにものったように、DOACが予防に使えるかもといわれてきています
N Engl J Med 2019;380:720-728.:CASSINI試験
 N Engl J Med 2019;380:711-719 :AVERT試験


しかし、この二つの試験をもとにKhoranaスコアをつけて、
すぐにDOACを使うのはまだ時期尚早だと思われますので、今後の動向に注目です


ようやくDVTの領域でエビデンスが出始めたばかりで、脳梗塞になるとまだぜんぜんエビデンスがありません

DOACでDVT防げたから、じゃあ脳梗塞も防げるか?というとまた別問題ですので、
悩ましいところです



  
トルーソー症候群について

フランスのArmand Trousseauが1865年に報告しました

そして1867年に自分自身がトルーソー症候群が出現し、膵癌で死亡した(といわれる・・・所説あり、胃がんともいわれる)ことでも有名です

トルーソー先生は、剖検時に胃の病変が慢性胃炎か胃潰瘍か癌かを見極めるときに、
painful white edma(有痛性白股腫)の存在をみつけると、これが癌であることのサインであることを示しました

なのでトルーソー症候群というのは、
元々は再発性の血栓性静脈炎が癌によって起こる病態のことを指します


ですが、1977年にJohns Hopkins Hospitalからでた論文でNBTE:non-bacterial thrombotic endocarditisという病態が加わったことで、トルーソー症候群の概念が徐々に拡大解釈されるようになってきました


そして、最初にがんと血栓症との関連を示したのが、トルーソー先生だったので、
現在はがん関連血栓症(CAT)のことをトルーソー症候群と呼ばれることが多くなりました


ですが、トルーソー症候群を明確に定義したものはありません

カンファレンスで「トルーソー症候群」という単語が飛び交う時には、
狭義の表在性の血栓性静脈炎のことをいっているのか、
広義のがんに伴う過凝固病態を総称していっているのかを確認しなければなりません



VTEと癌

新たにVTEがみつかった場合、明確なリスクがなければ癌の検索を行います

VTEは癌の初発症状になることがあるのは、よく言われることですが、
実際は10%程度しか癌の診断が下ることはありません


いつまでVTEが見つかった人に癌の検索を行うかは議論のあるところで、
VTEがみつかった直後に癌の検索をすると、そこでみつかることがほとんどです(60%)

その後に癌がみつかることは徐々に下がり、1年以上たつと一般人口と変わらないくらいになります            

なので、VTEが見つかった直後から最初の6か月は癌の検索を積極的に行い、
1年以上たったら、癌が発生する可能性は低いので、
他の人と同じような悪性腫瘍スクリーニングでよいと思われます

                         (N Engl J Med 2015;373:697-704)

まとめ
・がん患者さんが失神した場合は、肺塞栓を念頭におく
→Khorana スコアをつけてみるのもあり


・がん患者さんは血栓症を発生しやすい
→がんの要因×患者要因×検査


・トルーソー症候群という言葉を使う時は注意
→表在性の血栓性静脈炎を意味しているのか?、それとも悪性腫瘍の過凝固病態を意味しているのか?
   

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