2020年2月15日土曜日

ボス回診 ~がん患者さんが熱を出した~

(前回の症例の続き)

症例  85歳 男性 主訴:意識消失

ボス「がんの患者さん、特にこの患者さんは進行胃癌でしょ。

   腺癌系は過凝固病態を起こしやすい。
   だから、失神したというのは、DVTからの肺塞栓を念頭に置くんだ

   肺塞栓を頭に置いておかないと、
   この後のバイタルのちょっとした低酸素血症や頻脈、頻呼吸をスルーしてしまうかもしれない。

   熱があるからと片付けてはいけないんだ

   なんの鑑別疾患を念頭においておくかで、
  バイタルや身体所見の意味合いが変わってくるんだよ

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バイタル
38.5度の発熱あり、SPO2 96%、血圧120/76、脈90、RR 頻呼吸なし
見た目 お元気そう

身体所見上は明らかな熱源となりそうなものはなし
両側下腿浮腫にあり

直腸診 フェロミア便

インフルエンザ 陰性

血液検査 WBC 12000、NET優位
     Hb7.9(横ばい)、CRP 10(これまではとっておらず比較できず)
     肝胆道系酵素上昇なし、腎機能悪化なし

尿検査  膿尿なし、細菌尿なし

CXR 肺炎像なし

単純CT 肺炎像なし、これまでになかった腹水少量出現
    腸管浮腫像なし、フリーエアーなし
    憩室炎や虫垂炎、胆嚢炎を疑う所見なし

心電図  洞調律、ST-T変化なし、QT延長なし、新規の変化なし

血培採取
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ディスカッション②:さあどうする?

ボス「ここまででどう思う?」

学生「そうですね、熱はありますが、お元気そうであまり他に何もないですので、
   経過観察にしようと思います

   あ、そういえば、心雑音はありましたか?」


専攻医「ありませんでした」


ボス「いいね、重度のASを狙った質問だね。
   あとはもちろん、IEの可能性もあってもいいよね。

   失神の場合、見逃してはいけないのは、何かな?」

学生「大量出血に伴う起立性低血圧と心原性です

   この人の場合、腹水が新たに貯留してきているので、腹腔内出血だと嫌だなと思いました。
   CT値はどうですか?」


専攻医「CT値だとあまり高くはありません。」


ボス「するどいね、でも腹水っていってもそこまでたまっていないでしょ?
   ここでは腹腔内出血からの失神の可能性は低いと思う」


専攻医「先生ならどうしますか?抗生剤いれますか?」


ボス「発熱があるけど、バイタルはいい
   
   血培もとってある
   感染症かもしれないけど、それは明日死ぬ病態ではない

   じゃあ、どうするかというと、
   なんといっても肺塞栓の除外なんだ
   

   ここではDダイマーなんかどうだっていい
   検査前確率が高い状況だから、Dダイマーで除外してはいけない
   

   造影CTをすることが大事だね」


専攻医「そうですね、なるほど。分かりました

    実際は造影CTはとっていません。

    発熱の原因として腹水があることからSBPを念頭にCTRXを開始しました」


ボス「そうかSBPかあ。

   SBPは主に腹水のある肝硬変の人に起こる病態だね
   癌性腹水の人に起こることは少ないから、積極的にあげる鑑別ではないと思う

   腹膜炎は3つに分類されるのは知ってる?


   primaryとsecondaryとtertiary peritonitis

   つまり、原発性と二次性と三次性だね」

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急性細菌性腹膜炎

分類は原発性、二次性、三次性、特発性、腹膜透析関連腹膜炎にわけるといいと思います


原発性と特発性を同じ意義で分類されていることが多いですが、
あえてそこは分けて考えたほうが臨床では役に立つことが多いです


原発性(Primary peritonitis)

原発性というのは、腸管穿孔や腹腔内の感染源がないのに、いきなり腹膜炎でくるパターンです

血流由来やリンパ、性器由来と考えられていますが、
原因がわからないので特発性(Spontaneous)と同義になっていることが多いです

多くは血流感染なので、繰り返し血培をとることが非常に大事です
2セット×3回目でようやく生えた症例もあります

単一菌が原因となることが多く、近年の報告例はA群β溶連菌が多いです


原発性腹膜炎という疾患概念があることを知っておくことがまずは大事ですが、
非常に診断が難しいことも知っておきましょう


原発性というためには腸管の穿孔がないことを証明しないとなりませんが、
CTで100%虫垂炎や憩室炎の微小な穿孔はないと言い切れるかというと、難しいのが現状です

症状も二次性の腹膜炎と同じなので、多くの症例で試験開腹や腹腔鏡で手術がされています

そして腸管が穿孔していないことを確認し、
腹腔内のちょっとした白苔や腹水の細菌培養を提出し、証明することが多いです

もちろん、細菌性かはその時点では分からないことも多く、腹膜や腹膜脂肪の病理を提出し、非細菌性の鑑別に役立てることも目的の一つです


二次性(secondary peritonitis)

普通のよく出会う腹膜炎です

虫垂炎からの穿孔、憩室炎からの穿孔、胃がんや大腸がんの穿孔、
胆嚢炎からの穿孔、直腸潰瘍からの穿孔、外傷による小腸穿孔・・・etc

そりゃあ腹膜炎になるよねという病態です

多くが手術が必要になり、ドレナージがしっかりできるかで三次性になるかが決まってきます


三次性(Tertiary peritonitis)

原発性や二次性の治療を行い48時間以降に持続もしくは再発したものを指します

簡単にいうと二次性の腹膜炎の治療がうまくいかず、こじれた腹膜炎です

カンジダが原因となることが多いので、二次性の治療中に熱が下がらず、
腹水が濁っているようなら、カンジダを疑いましょう



臨床で使える分類は、まずもともと腹水があるかどうかで分けます

腹水がある場合、腹膜透析している人か、
それ以外の肝硬変やネフローゼ症候群で腹水がたまっている人かで考え方が違います


PD腹膜炎

腹膜透析(PD)関連の腹膜炎は他の腹膜炎とは一線を画します

PD腹膜炎はせっかくの腹膜透析を台無しにする可能性がある疾患だという認識が重要です
そして二次性、つまり専攻に腹膜炎とは全然病態が違います


PD腹膜炎を疑うのは

①排液がにごる/変化する
②腹痛
③発熱

のどれか一つでもあった時です

検査は腹腔穿刺を行う必要はありません
溜まっているPD液を排液させ、それを検査(鏡検、グラム染色、血培ボトルに入れる)に提出します

ですがSBPと同じく、菌量がとても少ないため培養の20%は陰性になります

なので、白血球数>100/μL or   多核球の割合が50%以上で診断します


診断のイメージはSBPですが、治療が全然違います
抗菌薬をPD液に混ぜて腹腔内に6時間以上貯留させるという普段は行わない治療です

なのでPD腹膜炎を疑ったら、腎臓内科Drに相談するのがいいと思います

放っておくと、せっかく作った腹膜透析が使えなくなってしまいます



SBPについてはこちらを参照

腹水がもともとない人であれば、
原発性、二次性、三次性を考える

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症例の経過

翌日に血培が陽性となった
血培はGPCであり、肺炎球菌っぽいということが分かった

後日、肺炎球菌がやはり血培から生えてきた

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ディスカッション③:肺炎球菌が血培から生えた意味

専攻医「・・・という経過です」

ボス「えー!肺炎球菌が生えてきたの?

   それってやっぱりSBPじゃなくて、primary peritonitisじゃない?」

専攻医「確かにそうかもしれません」


ボス「肺炎球菌が血培から生えるのってよくあると思う?」

学生「あんまりないと思います
   こういう場合はIEの検索も必要だと思います」

ボス「その通り、肺炎球菌が血培から生えるのはめったにないんだ。

   有名なのは、Austrian症候群といって、
   肺炎と髄膜炎と感染性心内膜炎が合併したなんじゃそりゃっていう病態だね

   中年男性やアルコール過剰摂取、免疫抑制者がリスクファクターと言われている」
(Int J Cardiol 2006;108:273-5.)

ボス「この症例は液性免疫不全が背景にあるんじゃないかな

   液性免疫不全といえば有名なのは、多発性骨髄腫だね
   
   今回の症例は栄養状態不良の影響で免疫グロブリンが下がっていたり、
   脾臓が腫瘍で置換されていたり、何らかの液性免疫不全が背景にあると思うよ

   しっかり調べるなら補体やIgGのサブクラス欠損とかも鑑別にはなるけど、
   ハウエルジョリー小体くらい調べてもいいかもね」


専攻医「そうですね、わかりました」


ボス「侵襲性肺炎球菌感染症は届け出疾患だから、届けてね
   確か4類だったよね?」

T「そうだったと思います」


学生「いえ、5類です」


専攻医「本当すごいね(笑)」

まとめ
・急性細菌性腹膜炎には原発性というものがあることを知る
→原発性はいきなり腹膜炎、二次性はそりゃあ腹膜炎、三次性はこじれた腹膜炎


・肺炎球菌が血培から生えたら、背景に液性免疫不全があることを疑う
→IgG、補体、脾機能のチェック


・PD腹膜炎は特殊
→疑う閾値は低めに、腎臓内科に相談を

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