2020年7月13日月曜日

昼カンファレンス 〜MVPは誰?〜

症例 80歳 男性 
主訴:右上下肢の脱力、頸部痛 (※症例は一部加筆・修正しています)

Profile:ADLフルで元気

HPI:来院、当日の朝にトイレ(排尿)のため起床
   排尿後にベッドに戻ったところ、
   急に首から肩にかけての痛みが生じた
   揉んだりしたが、改善はなかった
   1時間後に右上肢・下肢の脱力が出現してきた    
   トイレ(排便)に行こうとしたが、
   歩けなかったため、妻に支えられながらトイレへ
   トイレにこもっていたら、だんだんと症状は改善
   排便後は普通に歩くことができたが、
   症状が気になったため、来院

既往:なし
内服:なし
生活歴:喫煙 40年間吸っていたが、今は禁煙
    飲酒 お酒はよく飲む


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ディスカッション①:何を聞きますか?

T(司会)「はい、では何か質問してください」

TT「痛みの強さはどうでしたか?」

F(発表者)「痛みはこれまでにないくらい痛かったそうです」

TT「性状はどうでしたか?」

F「えーっと、やっぱりこれまでにないくらいの痛みで、性状はよくわかりません」


R「今は何か症状はありますか?」

F「今は右手が少し痺れる程度です。首の痛みもほとんどありません」


R「顔の麻痺とかはどうですか」

F「特にありません」


T(司会)「いいねえ、もう少しその質問を掘り下げようか
      それは何を意識した質問なの?」


R「えっと、頸椎の硬膜外血腫を考えていました。
  じゃあ・・・
  膀胱直腸障害のような排尿や排便に関しては、いつも通りですか?」


F「はい、普通に排尿も排便もできています」

T「うーん、それもそうなんだけど・・・

  みんなこの症例は脳梗塞か、TIAだと思っているでしょ?

  脳梗塞には○回騙されるって聞いたことある?」

TT「3回ですか!?」

T「おーよく知ってるね。」


TT「勘です!」


T「当たっています。笑

  脳梗塞は3回騙されるポイントがあります。

 ①まず、症状に騙されます
 ②次にMRIのDWIに騙されます
 ③最後にMRIのDWIとADCに騙されます



参考:脳梗塞には3回騙される


  ①症状に騙されるのは今の状況ですね。
  例えばこの状況で脳梗塞の対抗馬になるとしたら、どんな疾患ですか?」


TR「頸椎の硬膜外血腫です」


T「そうだね、それが一番の対抗馬だね!
  
  例えば右上下肢麻痺があって、MRIでDWIで光らなかったら、
  まだtPA時間内だとすると、tPA投与したくなりますよね

  硬膜外血腫にtPA投与したら大変なことになりますので、本当に注意が必要です。

  首が痛い人が何かしらの神経症状を出していたら、
 まず頸椎硬膜外血腫を疑ってください。

  さらに問診で詰めるとすると、首より上の症状をひたすら探しましょう


  特にこの症例は一時的に症状が改善してしまっているので、
  今、診察しても何も出てこないかもしれません。

  病歴で首より上の神経学的な異常がなかったかを探る必要があります。

  例えば、妻と話しているときに、妻に呂律が回っていないと言われなかったか、
  洗面で顔を洗ったときに、顔が歪んでいなかったか、
  うがいをしたときに、右側から水がこぼれなかったか

  という風に生活動作に交えて質問するのが、
 神経学的な異常所見を探す時の問診のこつです

  では頸椎硬膜外血腫以外の鑑別は何かありますか?」


H「RCVSですか?」

T「そうですね、排尿後の頭痛といえば、RCVSですね。
  RCVSはSAHと同じくらいの痛みです

  人生最大と言われたら、SAHかRCVSをまずは考えます。
  RCVSは後方循環系の血管が攣縮することが多いので、
  後頭部や頸部痛も矛盾しません。

  RCVSを詰める問診をするのであれば、後方循環系の症状を確認します。
  つまり、視野の異常がないかを聞きたいところですね。

  でも視野の異常は自分でも気づかないことが多いので、聞き方にも工夫が必要です

  トイレから歩いて戻ったときに、ドアに体をぶつけなかったかどうかとか、
  新聞を読んでいて、一部が見えにくかったとか。

  これも生活動作に合わせて聞くのがいいですね。

  では最後にこの状況で、
  普通の脳梗塞ではないmimicになるのは、なんでしょうか?」


U「解離ですか?」

T「そうですね、椎骨脳底動脈解離です。
  頸部痛と神経異常と聞いたら、まずは椎骨動脈解離を思い浮かべますよね」




外科Dr「普通、解離が一番じゃない?
    鑑別の順番逆じゃない? 笑」


T「そうですね、笑。みんな優秀です。

  椎骨動脈解離を疑ったら、他に聞きたいことはありますか?」


U「マッサージとか行ってますか?」

F「行ってませんでした」


T「いいですね!
  マッサージって椎骨動脈解離の誘引になりますから聞きましょう。

  ところで、、、
  
  いつからか分かりませんけど、美容室で肩のマッサージしてくれるところ、
  多くなりましたよね。

  店員さんによってはかなり圧強めでやられるので、痛い時ありますよね。
  肩や首のマッサージされる度に、椎骨脳底動脈解離になったらどうしよう・・・

  と思って、ドキドキしています。
  
  僕はNoと言えないので、断れないのですが、みなさんいかがですか?」


聴衆「(失笑)」

T「いやいや、美容室は甘くみちゃダメですよ。

  美容室症候群って知っていますか?

  髪の毛洗うときに、頸部を後屈させますよね?

  あの姿勢で解離を起こしたり、椎骨動脈の血流不全になったりして、
  意識を失う人もいるんですよ。

  まあ、今回の人は美容室行ってなさそうではありますが。。。

  あとは解離の誘引には何がありますか?」


TT「スポーツですか、トランポリンとか。」


T「そうですね! トランポリンと言えば・・・(脱線なので割愛)

  他に何かスポーツで危ないものはありますか?」


TT「アメフトとか、柔道とか」

T「そりゃそうですけど(笑)それ、ガチの外傷だから。
  咳とかくしゃみとか、軽微な外傷といえないレベルでなってしまうのが、椎骨脳底動脈解離です。」


外科Dr「ヨガとかも」

T「いいですね、覚え方は筋肉がぎゅーっと動くような姿勢になるものが多いですね。

  今回は何か誘引ありましたか?」

F「いえ、特に誘引はありませんでした。
  でもあまりしっかり数日前に遡っては聞けていませんでした。

  えーっと、強いていえば、雨戸を閉めたらしいです」

T「うん、椎骨脳底動脈の解離の原因に、「雨戸を閉めた」って書いてあっても、
  それ、たまたまやろ!ってなりますね。

  誘引を聞くコツとしては、家の外に出る機会や趣味を聞くことです。
  
 趣味のヨガやマッサージに実は行ったとか。
 
 椎骨脳底動脈解離の場合は、何かしら誘引や原因があることが多いので、
 ここはしっかり聞きましょう」




 
 


 では症例に戻ります」
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身体所見

バイタル T 37.0, BP 168/104, P 93, RR 20. SPO2 不明  意識 清明

一般診察 頸動脈雑音なし、心雑音なし、不整なし

神経診察 脳神経問題なし 右手に少し痺れある程度 麻痺なし
歩行 安定
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ディスカッション②:脳梗塞を疑った時の診察の型は?


T「みなさん、この症例は脳梗塞かTIAだと思っているでしょう?

  その場合、脳梗塞を疑ったらどんな診察をしますか?

  型はありますか?」

F「ありません、この症例もただなんとなく、診察してしまいました」

T「では型をプレゼントしましょう。」


脳梗塞を疑った時の診察のポイント

①原因となっている部位はどこか?(神経診察)
(1)首か脳か
(2)脳ならば、前方循環か、後方循環か
(3)ラクナか、皮質を巻き込んでいるか


(1)首か脳か


一番大事なのは、首かもしれないと想起することです

首より上の症状があれば、首が原因である可能性は低くなります

そのため、顔面表情筋や眼球運動、呂律不良、嚥下不良などなど、
顔面の神経に異常がなかったのかをしつこく探すことが大事です

顔に症状がなく、首より下の症状しかなかった場合、
危険信号です

首が原因の可能性があります

その場合は、必ず頸椎の評価を行ってください


(2)脳ならば、前方循環系か、後方循環系か

前方を探すというのは、難しいので、後方循環系で出る症状を探します

例えば、目の所見です
複視や眼振、視野異常、ホルネル兆候があれば、かなり後方循環系の梗塞が疑わしいです


注意しなければならないのは、小脳失調です

小脳の異常は実は、前方循環系でも場所によっては出るので、
小脳失調があるからといって後方循環系とは限りません







(3)ラクナか皮質を巻き込んだ梗塞か

ラクナの場合、古典的な病型が5つありますね
pure motor、pure sensory、ataxic hemiparesis、dysarthria-clumsy hand syndrome、sensorimotorですね




ラクナの病型であれば、どこが原因かはだいたいわかります

皮質症状というのは、いわゆる高次脳機能です

失〇:失認、失行、失語、失算、失書

とか半側空間無視とかをとります


これらをとるのが、神経診察です


ただ何も考えずに頭から順番にとっていくのではなく、
何のために自分は神経診察をしているのかを意識しながらとると、脳梗塞の部位診断ができるようになります


次に考えることは脳梗塞の原因です

アテローム性?塞栓性?奇異性塞栓?コレステロール塞栓?IE?

これらの原因を診断するために、一般のフィジカルがあります

②脳梗塞の成因は何か?(一般身体初見)

頸動脈雑音、心雑音、橈骨動脈の左右左、鎖骨下動脈の雑音、
下腿浮腫、リベド、眼瞼結膜や手掌の塞栓兆候、足の指のblue toe


これらの所見を取りに行くことで、脳梗塞の成因がわかることがあります

全ての脳梗塞症例でこれらを愚直に取らない限り、実際に出会っても気がつきません
脳梗塞の人に出会ったら、ルーチンでとるようにしましょう

あとで上級医にドヤ顔でblue toeや頸動脈雑音を見つけられるのは、かなり悔しいものです」



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症例に戻って

結局、神経診察の結果は右手の痺れしか所見としてはなかった

そしてこの後、精査目的に頭部MRIが撮影された

T「MRIでDWIで高信号だとしたら、どこだと思う?」

N「頸部痛もあったようなので、後方循環系ですかね。
  解離も気になります」

T「そうだね、でも解離だったら、麻痺はくるかな?

 普通はワレンベルグできそうだから、麻痺まではあまり来ない気もするよね」

N「確かに。。。」


T「じゃあ、MRIで何もなかったらどうする?
  
  症状よくなってるから、TIAとしてバイアスピリンいれる?
  もしくは頸部が気になるから頸椎のMRIとる?」


N「やっぱり抗血小板薬をいれる前に頸椎の病変は否定しておきたいので、
  頸椎のMRIをとります」

T「OK。

  実際どうされました?」

F「はい、実際は頭部MRIにてDWIで高信号はありませんでした
  
  MRAやBPASでは椎骨動脈に解離を疑わせるようなやや怪しい所見があったので、
  経過観察目的に入院となりました」

T「そうかあ、やっぱり脳梗塞じゃなかったかあ。
  
  じゃあ、首とるしかないね」


F「はい、結局、その日は頭部のMRIだけとって、様子をみました
  症状も右手の痺れくらいだったので。

  ですが、夜間に放射線の先生から電話がかかってきました。

  頸椎に硬膜外血腫があるよって。」


T「えーー???

 頸椎のMRIとっていないんだよね?

 じゃあ、放射線の先生は頭部のMRIで頸椎の硬膜外血腫見つけたの?

 凄すぎない?笑」

F「はい、凄すぎます。

  BPASを再構成してみると、一番下のところに硬膜外血腫が少しだけ見えているんです。

  その後、頸椎のMRIをとってしっかり硬膜外血腫がありました。

  ですが、圧迫は軽度で症状もほとんど改善していたので、
  保存的に加療して退院となりました。」


T「まじか・・・
  
  やっぱり撮った画像はとことん、全部見ないといけないね。

  いやあ、すごい症例ですね。
  
  放射線の先生もすごいけど、頸椎の硬膜外血腫を一番最初の鑑別にあげていた
  TR先生もすごいね。笑」

F「はい、びっくりしました。」


脳外科Dr「できれば、MRI室までついていって、頭部のMRIでDWIで高信号がなかったときに、頸部を追加で撮ってもらうのがいい方法だね。

頭部と頸部って一緒に撮れてしまうから、その場にDrがつきそうといいよ。

また出たり入ったりするのは、患者さんにとっても医療者にとってもストレスでしょ?」


T「確かにそうですね。貴重な症例をありがとうございました。勉強になりました。」


まとめ
・首より上に異常がない手足の麻痺や痺れは脳梗塞を考える前に首の病変を疑う

・脳梗塞を疑った時の診察の型をマスターしよう
→漠然と神経診察するのではなく、自分が何のために診察しているのかを意識する

・頭部のMRIでも頸部の一部は見えている
→頸椎硬膜外血腫を少しでも疑ったら、自分もMRI室についていく

参考:椎骨動脈血流不全


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