2021年2月26日金曜日

昼カンファ 〜あたったものは何?〜

今回はNEJMのclinical problem solving的な解説でお届けします

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閉経後の中年女性が「頻回嘔吐」という主訴で、
午後の救急外来にwalk inでこられました


本日の午後から吐き気と嘔吐が出現しています
嘔吐は頻回で数えきれないくらいでした

嘔吐の他に、身の置き所のなさもありました
下痢や腹痛、頭痛、胸痛はありませんでした

内服薬はありません
特記すべき既往もありません
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ここまで聞いて、まず何を考えますか?


特記すべき既往がなく、常用薬のない元気な中年女性の頻回嘔吐という症状です


今回は嘔吐がメインの症状であり、下痢や腹痛がないため、
胃腸炎という診断をつけるには、まだ情報が足りません

そもそも胃腸炎の胃は病態に関係していないので、腸炎というべきですが、
腸炎と一括りにするのもよくありません

腸炎と言いたいのであれば、小腸型・回盲部型・大腸型のどれか

原因微生物は何か、ということまで考えます


参考:腸炎


小腸型の中でも特に上部に病変があれば、吐き気や嘔吐といった症状がメインとなります
下部小腸であれば、下痢や嘔吐がみられ、回盲部〜大腸に病変の主座がある場合、
発熱や腹痛、血便といった症状が出現してきます

今回は嘔吐のみであり、腸炎であれば上部小腸病変が疑わしいです


原因微生物も同時に考えます

多くは細菌性の食中毒か、ウイルス性の腸炎ということになり、
ここ数日の食事歴を丁寧に聞く必要があります

家族内での腸炎症状の流行や小さな子供との接触歴があれば、ウイルス性腸炎の可能性が高くなります

外来を消化器症状を主訴に受診される患者さんの多くが、
直近の食材が傷んでいたからかな〜とおっしゃることが多いですが、
直近の食べ物が原因であることはほとんどありません

ただし例外的に、直近の食べ物が消化器症状の原因のこともあります


それはその食べ物でアナフィラキシーと中毒を起こした場合です


なのでこの方に最初に聞くことは、
これまでにアナフィラキシーの既往がないかどうかと、
直近で食べたものの詳細を聞くことです

そして、食後⇨運動でアナフィラキシーが出る人もいるので、
食事後に何をしていたかも聞くことは重要です
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アレルギー歴:えびでアナフィラキシーを起こしたことがある
昼食で食べたものは、屋台のカレー(馬肉入り、魚介類はなし)

カレーを食べたあとは、運動はしていない


バイタルは頻脈はありましたが、血圧低下はありませんでした

診察上、顔面が紅潮しており、瞳孔は2/2mmと縮瞳していました
他、特記すべき所見なし
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次に考えることは?


この方は以前にアナフィラキシーの既往があり、嘔吐と頻脈があることから、
まずはアナフィラキシーではないか?という視点で対応することが重要です


この時点で、すぐにエピネフリンを打った方が良いというわけではなく、
アナフィラキシーかもしれないので、すぐにルートをとったり、
血圧を頻回に測定したり、全身の皮膚の紅潮がないかをチェックしたり、
看護師さんに一声かけておく、という人と物と心の準備が重要ということです


今回の症例では、他のアナフィラキシーを疑わせる気道症状や呼吸器症状がなく、
皮膚症状としては、顔面の紅潮しかないようです

血圧低下もられていないので、
この時点ではエピネフリンの投与は様子見ても良いかと思いますが、
来院後も嘔吐はあるようですので、輸液と吐き気どめを使うことがまずは人道的です


直近で食べたものは馬肉入りカレーでした


シーフードカレーでなくてよかったです

直前にシーフードを食べられていた場合、アナフィラキシーやアニサキスもそうですが、
たくさんのseafood poisoningを考えなければなりません

fish poisoningでは、スコンブロイド中毒、シガテラ中毒、テトロドトキシン中毒
shellfish poisoningではparalytic shellfish poisoning(PSP)、Diarrheic shellfish poisoning(DSP)が日本でも見られる貝毒です

スコンブロイド中毒は、マグロ、サバ、カツオなどのサバ科またはサバ亜目(scombroid)が原因となることが多いため、scombroid poisoningと言われていました

しかし、シイラやサーモンのようなそれ以外の魚も原因となるため、
最近ではhistamine fish poisoningと言われます


魚の中に含まれるヒスチジンがヒスタミンに変換され、ヒスタミンが高濃度で蓄積されることにより、毒化します

これは加熱処理でも分解されませんので、注意が必要です

経口摂取後数分から3時間程度で発症し、悪心・嘔吐・下痢・腹痛・全身の皮膚紅斑といった症状が出現します
症状は数時間持続し軽快します

基本的には臨床診断で、抗ヒスタミン薬で治療します
アレルギー反応ではありませんので、ステロイドは無効です

よく、さばでアレルギーが出ました、という人がいますが、
その中には、histamine fish poisoningの方がたくさんいると思います


沖縄などの亜熱帯、熱帯地域では、シガテラ中毒に注意が必要ですが、
当地ではあまり考えなくてもよいと思います


paralytic shellfish poisoning(PSP)は、毒化したホタテ貝やアサリ貝を摂取することによって起こります
食後30分ほどで唇・舌・顔面の痺れ感が出現し、やがて首や腕、手足に広がり、麻痺に変わります
重度になると、言語障害や呼吸筋麻痺などが出現し、死にいたることもあります

昭和56年に食品衛生法により二枚貝に対する麻痺性貝毒の点検が実施され、
規制値以下であることを確認してから出荷する体制が作られていますので、激減しております


Diarrheic shellfish poisoningは毒化したホタテ貝やムール貝、アサリなどでを摂取することで生じます

経口摂取後、30分〜4時間で発熱を伴わない悪心、嘔吐、激しい下痢、腹痛が起こります



シーフード以外に気をつけないといけない食べ物の代表はキノコです
キノコ中毒は毎年、一人くらいはいますが、秋が多いです



今回であれば、症状が出る数時間前に食べたものは、馬肉入りのカレーでした


おにぎりであれば、ブドウ球菌による毒素性の腸炎ですが、

作りおきのカレーやパスタ、チャーハンの場合、
まず疑うべき微生物はバシラスセレウスによる毒素病態の食中毒です



〜以下、up to dateより〜

嘔吐症候群 — 嘔吐症候群は、プラスミドDNAによってコードされる小さなリング状ペプチドであるセレウリド毒素の直接摂取によって引き起こされます
催吐性毒素に関連する芽胞は熱処理に耐えることができます

セレウリドは熱安定性があり、胃酸に耐性があります

したがって、セレウス菌を殺すのに十分な加熱にもかかわらず、
病気を引き起こす可能性があります

  嘔吐症候群は、腹部のけいれん、吐き気、および嘔吐を特徴とします
下痢は約3分の1で発生します

症状の発現は通常、摂取後1〜5時間以内ですが、
汚染された食品の摂取後30分以内から最大6時間以内に発生することもあります
症状は通常6〜24時間で軽快します

主な鑑別診断は黄色ブドウ球菌エンテロトキシン関連腸炎で、こちらも催吐性ですが、
通常は下痢を伴います

〜引用終了〜


今回の病歴では、バシラスセレウスによる嘔吐症候群が今回のmost likelyな疾患です


同じものを食べた人が、同じ症状を呈していれば、さらに疑いは強まりますが、
それで除外できるものではありません

食べた量(摂取した毒素の量)や発症スピードには個人差があります



もう一つ、ここで重要な問診項目があります


それは、「これまでにもこのような症状がなかったかどうか?」です
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こういった症状ははじめてとのこと
サプリの摂取や違法薬物もしていない
他に同様の症状の人はいない
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何度も同じ症状があった場合、何を考えますか?


このように嘔吐が頻回、身の置き所がなくなるといった症状が、これまでにもみられるようであれば、「周期性嘔吐症」というカテゴリーで考えます


小児領域で多いとされていますが、腹部片頭痛の可能性があります
成人でも見られます


成人の頻回嘔吐の既往が何度もある場合、
カンナビノイド悪阻症候群は、必ず鑑別にあげるべき疾患です

この疾患は、熱いシャワーや風呂で改善するという、ユニークな特徴があります

大麻を慢性使用している人が、ある時、カンナビノイド悪阻症候群を発症し、
頻回嘔吐や身の置き所のなさで、救急受診します

ただ自然に軽快するので、腸炎疑い?というカルテが溜まっていきます


そしてある時、これはおかしい、と思ってとったトライエージで大麻が検出されて、
大慌てするというのが、よくある流れです


ただ、この病気は大麻中毒ともまた違いますので、大麻使用直後になるわけではありません




今後、大麻解禁の流れが米国で進んでおり、この流れはいつか日本にもやってくると思いますので、知っておくといつか出会うかもしれません


今回ははじめての症状であり、鑑別の上位ではありませんが、
発症したばかりの可能性は否定できませんので、違法薬物の使用歴の確認は必要です
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他の鑑別疾患を挙げるとすると?


アルコールの摂取が直近であったり、腹痛が診察上もしっかりあれば、
急性膵炎の可能性が高くなります

「嘔吐しない急性膵炎はない」と言われるくらい、急性膵炎は嘔吐や吐き気が目立つ疾患です


個人的な経験では、膵頭部に限局するgroove膵炎の場合、
嘔吐も腹痛もほとんどなかったことがあります

お腹が張るという主訴で、腹部の圧痛が全くなく、
便秘の診断で帰宅の方針としようとしましたが、
本人希望でCT撮影したところ、膵炎でびっくりしました



あと見逃したくない疾患群としては、
心筋梗塞、甲状腺クリーゼ、小脳出血・延髄梗塞が挙げられます


それぞれの疾患を示唆するような症状やvascular riskの確認が必要です


今回の症例であれば、甲状腺クリーぜの可能性は残ると思います
原因不明の吐き気や腹痛で、甲状腺中毒症だったという症例も経験したことはあります


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本症例の考え方


最初はcommonかつcriticalな疾患であるアナフィラキシーから考え、
アナフィラキシーの可能性を常に頭の片隅におきつつ、診療を開始します


病歴を聞く中で、他のcommonな疾患を鑑別の上位にあげながら、
そうはいってもcriticalな疾患も最後に考えていきます



結局、今回の症例の結論はなんだったのか・・・

次回へ続く


まとめ
・食事摂取後に頻回嘔吐が出現した場合、考える疾患はアナフィラキシーと中毒(毒素病態)
→食べたものが何であるかは非常に大事、食べた後に運動していないかも大事

・シーフード、キノコ、カレー、チャーハン、おにぎり・・・
→これらの食中毒は感染症のスピード(急性)ではなく、毒を摂取しただけなので、超急性に症状が出現する



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