2019年11月16日土曜日

症例カンファレンス ~我々が探るのは、変化率だ!~

ボス回診(※症例の内容は一部修正しています)

当院にはボスの回診が毎週あります

各チームリーダーが基本的には全てのマネージメントを行いますが、
ボス回診で診断が覆ることが多々あり、
リーダーとしては非常に心を痛める回診です

勉強にはなりますが、自分の至らなさを痛感します
反省症例です
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症例 82歳 男性 主訴:歩行困難

Profile:左視床の脳梗塞の既往あるが、手引きや伝い歩きで歩行可能な全盲の高齢男性

現病歴:妻と二人暮らし。妻より病歴聴取。
    来院の2日前に「どん」という音がして、妻が振り向くと、
    倒れている本人を発見
    後ろ向きにひっくり返って転んでいた
    どうして転んだのかきくと、「足が滑った」とのこと
    その後、自分で立ち上がり、伝い歩きは可能であった
    自室のエアロバイクをこいだり、いつも通りであった
    頭痛や頸部痛、腰痛の訴えはなかった

    来院1日前の夕方までいつも通り
    夕方、入浴させようと妻が介助していると、
    左足があがらず、浴槽に入れなかった
    入浴が好きなのに、「今日はやめておく」ということで、
    自室に手引き歩行で戻った
    
    夜中、トイレに何度も行こうとしていたが、
    妻が介助してもうまく立ち上がれず、トイレに連れていけなかった
    「お願いだから、おむつで我慢して」ということで、おむつで対応した
    
    来院当日、前日同様、ベッドから立ち上がれず、歩行もできない状態であった
    そのため、救急車にて来院

ROS:頭痛なし、頸部痛なし、嘔吐なし、めまいなし、明らかな麻痺なし、痺れなし

既往・既存:左視床の脳梗塞(10年前)、心房細動、高血圧、脂質異常症、全盲(10年以上前から)、糖尿病
内服:ワーファリン、ブロプレス、アトルバスタチン、トラゼンタ
生活:妻と二人暮らし、ADL 麻痺はなく、手引きや伝い歩きであれば可能
食事も自力でとれる、飲酒なし、喫煙なし
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身体所見 バイタル BP148/89、P90、T36.7、SpO2 95%、RR16、意識 清明
口数は少ないが、意思疎通は可能
全盲の影響か、細かい指示は入りにくい

頭頚部や胸腹部所見 問題なし
四肢 浮腫なし 関節痛なし 頸部や胸椎、腰椎に圧痛なし 叩打痛なし

神経診察 
脳神経 問題なし 
運動 バレー陰性 ミンガツィーニ陰性 MMT 下肢4-5はとれる
反射 上肢 +/+、下肢-/-
異常反射 バビンスキー +/-、チャドック +/-
線維束攣縮 なし
感覚 触覚異常なし  振動覚10/12秒 
小脳 回内回外 両側でやや稚拙  膝踵 両側でやや稚拙
   座位の姿勢とれる   
歩行 立ち上がると、最初は後方に重心がかかってしまうが、立位は自力で可能
   2人介助でようやく、右に傾きながらではあるが何とか歩行可 
   wide baseあり
   
不随運動 振戦なし 
長谷川式 21点
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血液検査 特記すべき異常なし
頭部CT 出血なし 以前と変化なし
頸椎CT 明らかな外傷性変化なし 骨折なし 
胸腹部骨盤CT  外傷性変化なし 骨折なし
頭部MRI  新規梗塞なし CJDを疑うような所見なし 脳室の軽度拡大
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入院して5日経ちましたが、全然歩けません・・・
所見も特に変わりません・・・・
意識はずっと清明で、食事も全量食べています


本人に困っていることを聞くと、「目が見えないこと」が困っているとのこと

主治医チームとしては、まっすぐ歩けないことが困っている
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①チーム内のディスカッション
・次の一手は?

研修医:最初は絶対、脳梗塞だと思ったんですけど・・・
    原因がよくわかりません
    なんで歩けないんでしょうか

指導医:麻痺はないし、あの筋力なら歩けると思うんだけどね
    右足の方が確かに左より弱いけどMMT4はあるよね
    まあ、もともと左の脳梗塞あるし、高齢だしこれくらいの筋力でもいいよね

    なぜか、立ち上がって歩かせると、右側に傾いていってしまう・・・
    失調なのかな
    
専攻医:頭部の画像をみると、脳室拡大してませんか?
    EVANS indexも0.3以上です
    高位円蓋部もなんとなく、狭い印象です
    水頭症の可能性はあってもいいんじゃないでしょうか

研修医:確かに!歩けないですし、排尿障害のような訴えも最初ありました
    認知機能は微妙ですけど、水頭症でしょうか?

指導医:うーん、magnetic gaitじゃないし、右に傾くというのが変だけどね
    なんか違う気がするんだけどなあ
    でも、髄液検査をすることは意味があるね
    慢性髄膜炎や癌性髄膜炎はあってもいいかも
    tap testしつつ、髄液検査してみようか
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tap test 施行したが、何も変わりなし
髄液検査 細胞数 0、蛋白軽度上昇、糖低下なし

専攻医:・・・何も変わりませんでしたね

指導医:仕方ない、ボスに回診してもらおう
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②ボス登場
・研修医がフルプレゼンして、その後、ディスカッション


ボス:へー、興味深い病歴だね
   転んだあとに、一度はよかったけど、そこから悪くなったんだね?
   それは絶対だね?

研修医:はい、ご家族もそう言っていました
    
ボス:それが本当なら、じわじわ出血してきた系なんじゃない?

   つまり、血腫だ
   硬膜外血腫が可能性としてはあるね

指導医:でも、ほとんど麻痺もないですし、痺れもないです
    CTでも骨折もないですし、脊椎も全く痛みないんですよ

    まあ、次検査するなら脊椎のMRIだとは思っていましたけど、
    そもそもどこの脊椎とるかっていう話になるので、保留にしていました

ボス:・・・まあ、診察しに行こう
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氷を使って、四肢、体幹を丁寧に感覚をとっていったが、どこにも左右差なし
冷覚は正常

よく見ると安静臥位で、右下肢がやや膝が屈曲している
常にではないが、時折、くねくねしたり、ピクっとわずかに動く


ボス:右でバビンスキーが陽性になるし、少し麻痺肢位じゃない?

指導医:でも左で脳梗塞がありますからね
    後遺症といってもいいのではないでしょうか?

ボス:まあ、そうだね

   歩き方はいつもこういう歩き方じゃないんだね?
   全盲だし、左の脳梗塞後だから、この歩き方が元々なのか、
   新しく出てきたのかが重要だ

   それは家族に聞いた?

研修医:聞きました
    奥さんはいつもは、一人で介助して手引き歩行が可能だったそうです
    
    それに一人で家の中のものを伝って、トイレも自分でいけていたようですが、
    今はとても無理です


ボス:例えば、歩き方の何がいつもと違うの?
   少しも傾かなかったの?

   あとは何だか、右足だけぴくって動くけど、これもいつもはなかったの?

   
研修医:そこまで詳細には聞いてないです


ボス:わかりました

   我々が探るべきは、変化率です



   特にもともと既往があったりすると、
   今出ている異常所見が、ずっとあったものかもしれない  
  
   ある一点で評価してもだめで、ベースとの変化を線を描くように評価するんだ
   

   病歴に戻ると、転倒するまではいつも通り元気で、
   明らかに転倒してから歩き方がおかしくなっている

   そして、転倒して一日のタイムラグがあること
   ワーファリンを飲んでいること

   これはじわじわ出血していることを意味している
   硬膜外血腫を狙って、全脊椎のMRIをとるべきだよ


研修医:なんで全脊椎なんですか?足の症状だから、腰椎じゃないんですか?

ボス:足の症状はそれより上ならどこでもありなんだよ

   脊髄の解剖って覚えてる?
   神経線維って、外側から足に行く神経がならんでるから、
   外からの圧迫の場合、足から症状でることがあるんだ




指導医:まあ、確かに。とるしかないですね
    よくみると、この動き、ミオクローヌスに見えてきますね


ボス:そうだね
   
指導医:脊髄性のミオクローヌスかもしれませんね

ボス:そうだね

専攻医:ミオクローヌスって、脊髄でも起こるんですか?

指導医:うん、簡単にレクチャーすると・・・






ミオクローヌスは色んな部位が原因になる


多いのは皮質性




見逃したくないのは、脊髄性








指導医:とまあ、見逃したくないといいつつ、見逃してたけど・・・
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翌日、全脊椎のMRIを撮影すると、胸椎のT4-6で硬膜外に腫瘤物あり
胸髄を右後ろから圧迫している

そこを狙って、造影MRI施行
腫瘍よりは、血腫っぽい・・・

すぐに整形コンサルトし、手術となりました

術後、右足はMMT5に改善し、まっすぐ歩けるようになりました
ぴくつきも消失しました
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診断:硬膜外の腫瘤による胸髄圧迫からの右下肢の脱力+
   脊髄性ミオクローヌス

ボス:!!
   びっくりだね
   やっぱり血腫っては怖いね
   
   病歴って大事だね!!


指導医:そうですね。
    でも整形の先生に聞いたら、血腫じゃなかったみたいですよ
    ヘルニアなのか、何なのかよくわからないみたいで、今、病理待ちです


ボス:そうなの!?
   臨床って難しいね!!


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