2020年10月22日木曜日

昼カンファレンス 〜神経変性疾患を疑った時の問診〜

 72歳 男性 主訴:構音障害(※一部症例は加筆・修正を加えてあります)

Profile:HTやDLで治療中のADLフルの男性

現病歴:1年前から食後にむせるようになってきた

    近医耳鼻科に通院し、嚥下造影やファイバーが行われ、左声帯麻痺と診断された

    声帯の腫脹もあったため、腫瘍の検索のため造影MRIが施行されたが、

    腫瘍性病変は認めなかった

    神経内科の診察が加わり、球麻痺の診断となった

    上肢の腱反射亢進もみられた   

    言葉の出にくさもあり、FTDの原発性進行性失語症が疑われた

    半年前から呂律不良が悪化し、

    電話の際に会話のやりとりが困難になってきたため、再度精査目的に入院となった


既往:高血圧、脂質異常症、変形性頸椎症、亜鉛欠乏、肘部管症候群で手術後

内服:ARB、CCB、スタチン、ノベルジン

生活:ADLフル

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ディスカッション①他に聞きたいことはありますか?


T「はい、ありがとうございます。経過が長い人ですね

  では他に聞きたいことある人いますか?」


学「手足の動かしにくさはありますか?」


R「明らかな動かしにくさはありませんでした。」


I「体重減少はありましたか?」


R「ありませんでした。ずっと同じ体重です。」


N「夕方から夜になると悪化するというのは、どの症状が悪化するのですか?」


R「喋るのが一番大変になるようです。」


Y「眼瞼下垂はありましたか?」


R「ありませんでした。昔の写真まではみていません。

  財布生検はしていません。」



T「はい、ありがとうございます。他、いかがですか?」


参加者 ・・・・・


T「では、この方、何が疑われますか?

  病気というよりは、ジャンルで」


N「日内変動が目立つので、重症筋無力症とか」


T「そうですね、神経筋接合部疾患とか鑑別になりますよね。

  もう少し、大きなくくりで考えてみましょうか。」

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ディスカッション②難しい症例はしっかり悩みましょう


T「この症例はとても難しいので、snap diagnosisでは無理です。

 そんな場合は、ときほぐすイメージで考えていきます。

 いつものABCですね。困ったらABCを考えてみましょう。」


 A anatomy

 B VINDICATE P

 C 3C


 いつものやつです。

 まず経過がわかったので、病態を掴みにいきます。

 病態はVINDICATE-Pのどれでしょうか?


 Vascularでしょうか?」


学「いや、違うと思います。」


T「そうですね、vascularつまり血管性の場合は突然発症というのが、key wardsですね。

 ではI infection,inflamationはどうでしょうか?」


学「ありうる???」


T「そうですね、慢性炎症パターンとかならあってもいいかもですが、

 それにしても長すぎますから、やや可能性は落ちますね。

 例えば、VZVは下位脳神経麻痺をきたす有名な疾患ですが、

 徐々に進行するという経過は合いませんね。


 ではN neoplasma 腫瘍はいかがでしょうか?」


学「あっても良いと思います」


T「そうですね、腫瘍のように徐々に大きくなって症状を出すパターンはあってもいいと思います。

 例えば、腫瘍の頭蓋骨への骨メタで下位脳神経障害が出ることはあります。

 同時に肥厚性硬膜炎も鑑別になりますね。ここら辺はクラスターとして覚えておきましょう。


 ではD degeneration 変性疾患はどうでしょうか?」


学「うーん、わかりません。」


T「これが一番あり得ますよね。

 変性疾患とはつまり、アルツハイマー型認知症やALSとかですが、

 年単位で徐々に進行してくるものが多いです。

 今回の経過では一番、変性疾患を考えたいところです。


 ではI in toxin 中毒。これはどうでしょうか?」


学「ないと思います。」


T「そうですね、例えば市販薬のナロンエース®️という薬を飲み続けていた人が、

 複視やめまいできて、ブロム中毒だったことはありました。

 なので、中毒はまだ捨て切れないと思います。

 違法薬物の慢性中毒とかもよくわからない神経症状で来ることがあります。

  

 はい、ではC congenital 先天性疾患はどうでしょうか?」



学「この歳なので、ないと思います。」


T「そうですね、普通、先天性の例えば代謝性疾患や神経・筋疾患などであれば、

 子供の時から症状あって欲しいですよね。可能性は低いでしょう。


 では、A autoimmuno,allergy 自己免疫やアレルギーはいかがでしょうか?」


学「アレルギーは急に起こるイメージなので、ないと思います。

 自己免疫性疾患はあってもいいと思います。」


T「そうですね、自己免疫性疾患には、重症筋無力症もありますし、

 あってもいいでしょう。

 

 では、T trauma 外傷。」


学「ないと思います。」


T「そうですね、外傷も急激に完成する病像なので合わないですね。

 では、E endocrine 内分泌や電解質は?」


学「あってもいいと思います。」


T「そうですね。甲状腺疾患やクッシング症候群も筋疾患のミミックになります。

 ではPの精神疾患は?」


学「経過からはなさそうです」



T「はい、ありがとうございました。

      病態はある程度、病歴でわかることが多いです。

  ですが、解剖までは病歴から突き止めるのが難しいので、

  診察や検査が必要になります。


  参照:嚥下障害





 イメージ図を描くのは、痛みの場合だけではありません。

 このイメージ図が描ければ、どんな病態かだいたい推測することができます。


 つまりこの症例の経過からは変性疾患や自己免疫性疾患、腫瘍性病態が疑われるということです。


 中でも神経の変性疾患を疑った場合、もっと病歴を細かくとる必要があります。

 どうやってとりますか?自分なりの型はありますか?」


R「うーん、神経のセグメントごととかに取るとかですかね?

 ちょっとわかりません。」


T「セグメントごとに取るのもとても大事ですね。

 ALSの場合は特に、脳幹・頸髄・胸髄・腰髄の領域に分けて考えることが重要です。


参照:ALS


 あとはどうですか?」


I「何ができなくなったかを聞く。ですか?」


T「その通り。つまり、日常生活の動作を事細かく聞くことが重要です。


 例えば、文字を書くのが下手になってきたとか、

 箸を使うのが大変になって、スプーンを使い出したとか、

 階段登るのがしんどくなって、一階で生活することが多くなったとか、

 すぐに息切れがするので、階段を使わなくなったとか、

 食事の際に、時間がかかるようになってきたとか、

 趣味のウオーキングが億劫になって、やめてしまったとか、です

 

 そして、神経変性疾患を疑った場合の病歴は症状が出たタイミングから聞くのではなく、

 人生史を描けるくらいに、子供の頃にまで遡ります


 子供の頃は体育や運動が得意だったか、学校教育や成績はどうだったか、

 成人になってどんな仕事についていたか、

 中年になって趣味としてどんなことをしているか、


 というように、

     問診というよりは、

 その人の人生を振り返る作業が必要になると思っています。


 もしかしたら、人生を振り返ったところで診断にはつながらないかもしれません。

 ですが、人生史を聞くことは診断以外の面でも非常に重要だと思っています。


 なぜなら、神経変性疾患の場合、どんどん進行していくと、

 認知機能が低下したり、失語になったりすることで、

 自分の物語を誰にも語ることができなくなっていく可能性があるからです。



 そしてもう一つ、今後の治療に関わります。

 胃瘻を作る作らない、人工呼吸器に繋ぐ繋がない、という話が出る病気もあります。

 そんな時に、

 その人の人となりがわかっていないと、一緒に悩むことができません。


 診断と治療のためにも、変性疾患を疑った場合は、

 その人の人生史を描けるくらい問診をとってください。


 それが神経内科ではない我々にできることです。


 じゃあ、他に何か聞きたいことはありますか?」


Y「ペットボトルとかは開け閉めはどうですか?」


R「それは大丈夫です。」


Y「階段の上り下りとかはどうですか?」


R「それも大丈夫です。髪を洗うのとかも大丈夫です」


T「それは近位筋の筋力低下を狙った病歴ですね。


 神経変性疾患を疑った場合は、

 ①日常生活動作で困っていることや変わってきたことを聞く

 ②人生史を描けるように、これまでの人生を聞く


 のが大事でした。


 そして筋力低下の訴えがあった場合は、

 ①神経のセグメント(脳幹、頸髄、胸髄、腰髄)に分けて聞く

 ②近位筋と遠位筋の分けて聞く


 のが大事になります。





  

 他に首下がりとかはありませんでしたか?

 頭を支える筋力が低下すると首や肩が凝るという表現になる人もいます。

 首下がりと神経変性疾患は相性がいいというか、よくみますね。」


R「首下がりはありませんでした。」


T「あとは筋肉がつったり、ピクついたりということは自覚されていますか?

  ALSの場合、線維束攣縮を身体初見でみたりしますが、

  本人も自覚している時があります」


R「それは聞いていませんでした」


T「はい、ありがとうございました。

  時間配分を間違いまして、時間がきてしまったので今日はこれくらいにしましょう。

  この症例はまだ診断がついておらず、いまだ精査中とのことです。


  ありがとうございました。」


まとめ

・月〜年単位で悪化してきている神経症状を見た場合は、神経変性疾患を疑う

→診断は難しいのでsnap diagnosisで考えず、ときほぐすイメージで腰を据える


・変性疾患を疑ったら、①生活動作に合わせて症状を聞いていく、②人生史を把握する

→命(Life)だけでなく、生活(Life)と人生(Life)を守れるように


・筋力低下の訴えがあったら、①セグメントに分けて聞く、②近位と遠位の筋に分けて聞く

→これも生活動作に合わせて聞いていく

 


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