2019年8月3日土曜日

夏の救急の難しいところ〜熱中症か、敗血症か、それとも・・・〜

夏本番の暑さを迎え、

熱中症の季節になりました


高齢者が発熱で来た時に、

部屋が暑かっただけで、

熱中症といってよいのでしょうか


感染症が先か、熱中症が先か・・・

夏の救急の難しいところですね

そこがテーマの昼カンファです            
(※一部修正を加えています)
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症例 85歳女性  主訴:発汗、活気低下  救急車で搬送

病歴:もともと夫と二人暮らし、つたい歩きのADL

家人より病歴聴取

3日前に夫が肺炎で入院したため、一人暮らしになっている

1日前から痰がらみの咳が出現し、食欲低下あり

来院当日はほとんど動けず、トイレには張って行っていた

夕方、家人が見に行くと発汗多量で、高温の部屋でぐったりしていた患者を発見し、

救急要請となった

バイタル
血圧163/87、脈90回/分、呼吸 22回/分、SPO2  96%(RA)、体温 36.5度、
意識 不穏状態、E3V4M5
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司会:はい、ありがとうございます

   こんな人が救急車で来院されました
   
   実際は病歴とる人がいて、診察や検査を出す人がいて、

   同時並行にいろいろが進んでいきそうですね

   まず何かしたいことはありますか?


研修医I:血糖値がみたいです


発表者:血糖は134mg/dLでした


司会:そうですね、まず意識が何だかおかしいですね

   意識障害と考えるのであれば、まずDo DONTといわれているように

   D:デキスターで

   血糖測定するのは、重要です


   さて、こういう普段のベースが分からない時に、
   
   本当に意識障害としてよいかは、どうやって確認しますか?


研修医Y:家族の人に普段と違うかを実際に見てもらっています

司会:その通りです!

   認知症の方や元々意識が清明でない方はたくさんおられますので、

   本当にいつもと違うのかを家族の人に確認しましょう

   逆に家族が来ていない時や普段のことを知らない家族が来たりすると、
   
   とても大変です


   さて、他に何か聞きたいことやしたいことはありますか?


研修医E:食事や水分はとれていましたか?

発表者:前日はパンを食べていたそうですが、当日はとれていなかったようです


研修医E:薬と既往を教えてください

発表者:既往は腰椎圧迫骨折や子宮筋腫で手術歴があります
  
    内服はエディロール、ベタニス、酸化マグネシウムを内服しています

研修医I:部屋は暑かったのですか?

発表者:はい、閉め切った部屋でとても暑かったようです


研修医I:汗もかいていたんですね?

発表者:はい、汗もたくさんかいていたようです


司会:それはどうして聞いたんですか?


研修医I:意識障害までくるような熱射病の場合、汗はかいていないことが多いと記憶していました

司会:そうですね、西伊豆の仲田先生がNEJMの熱射病の総説(NEJM,June 20,2019)を
   
   日本語訳でまとめてくれていましたね

   熱射病の観点からも汗はヒントになりますが、

   トキシドロームの観点からも汗はヒントになります
   (→参考:トキシドローム)

司会:他はいかがですか?

   何かやりたい診察はありますか?



研修医E:項部硬直をみたいです

発表者:項部硬直はありませんでした

司会:ありがとうございます

   では他の診察所見も教えてください
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見た目 もぞもぞと落ち着きなく、ストレッチャーから降りようとする
「トイレ行きたい」「トイレ行きたい」と何度も言う

頭頚部 項部硬直なし
    眼瞼結膜蒼白なし、眼球結膜黄染なし、充血なし
    咽頭発赤なし、扁桃見えず
    口腔内粘膜疹なし
    頸部リンパ節触れず 
    頸静脈 怒張なし、頸動脈雑音なし
胸部 呼吸音 左右差なく清
   心音 収縮期雑音あり 3/6 @3LSB
腹部 手術痕あり、下腹部 膨隆あり、圧痛なし
関節 腫脹なし

手足の粗大な麻痺はなし

診察後、尿カテ挿入し、混濁した尿が500mlあり

その後、やや不穏状態はおさまった
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司会:はい。ありがとうございます


   では今後の対応をどうしましょうか?


研修医I:意識障害があるので、頭のCTはとりたいです

    あとは、尿路感染症の可能性もあり、血培や尿培はとっておきたいです


司会:はい、ありがとうございます

   他、どうですか?


専攻医K:ガスも取りたいですね

     この時期でもまだCO中毒で運ばれてきた人いました


     閉め切った部屋で、自分で塗った壁のペンキをかわかすのに、

     暖房器具使って、COで運ばれてきた人がつい最近いましたね


司会:そんなこともあるんですね

   では、ガスもとりましょう

   結果はどうでした?

発表者:PH 7.49、PCO2 27、PO2 62、HCO3 20、乳酸 1.16、COHb上昇はありませんでした


司会:はい、ありがとうございます

   他にプランがある方はいますか?


指導医T:しゃべってもいいですか?


司会:ダメです 

   冗談です(笑)
 
   お願いします



指導医T:(全く・・・・)

 この状況で最も悩むのは、髄膜炎対応するかどうかです


    血培とって、すぐにステロイドいれたり、

    髄膜炎doseで抗生剤を入れるかどうかを非常に悩むと思います

    
    低体温の時もそうですが、熱射病の時も同じです

    結果的に体温の異常をきたしていて、
 
    体温の異常による意識障害なのか

    それとも体温の異常を引き起こした原因による意識障害なのか


    そこが毎回、このセッティングでは迷います

    そして、大抵迷った時は、やってしまうことが多いですが、
    
    マンパワーとその場の空気感も重要です

    
    おそらくこの状況では尿閉を解除して、意識が改善しているので、

    本気の髄膜炎対応はしないと思います



司会:はい、ありがとうございます

       はあ・・・

   それねー

   俺も今言おうと思ったのに、言っちゃうだもんなー


   そうなんです、ここで迷うのは髄膜炎対応するかです


   T先生には最後でコメントもらいますので、
   
   ちょっと静かにしててください (笑)



   では、実際はどうなりましたか?



発表者:はい、実際は頭部CTや感染のfocus探しのため、胸腹部でCTがとられています

    頭部CTは意識障害の原因になるようなものはなかったです

    胸腹部のCTでは、下肺の背側にわずかに浸潤影を認めました

    腹部には、目立った異常所見はありませんでした



司会:ありがとうございます
  
   では残りの採血はどうでした?

   AIUEOTIPSで考えると、電解質やアンモニアも出しますかね


発表者:電解質異常はありませんでした、アンモニアは提出されていません

    血算では、WBC上昇はありませんでしたが、NETは81%と上昇していました

    Hbや血小板の低下はなかったです

    生化では、CKが180と軽度上昇ありましたが、肝酵素やLDHの上昇はなかったです

   腎機能はBUNが22と軽度上昇していましたが、Crは0.7と正常範囲でした

   CRPは1.23でした


司会:尿検査はどうでしたか


発表者:えーっと、尿の比重は1.01でPHが・・・

司会:膿尿はありましたか?

発表者:ありました、白血球3+で細菌尿も3+でした

    グラム染色では、GPR多数、GPC chain少数、GNR middle少数がいました


司会:はい。検査も出そろいましたね

   では今回は肺炎がありそうで、尿路感染もありそうで、

   熱中症も鑑別になるといったところですかね


   さて、みんなだったらどう治療しますか?


研修医E:肺も尿路もカバーするとなると、

    肺が誤嚥だったら、アンピシリン/スルバクタムとかですかね


専攻医Y:尿閉もあったんですよね

     なんでなっているのかは分かりませんが・・・・

     やっぱり尿路感染がメインで、肺炎のCTはかなり微妙ですよね
  
     尿路感染症として治療するかな・・・



専攻医K:自分だったら、髄膜炎が否定しきらない状況であれば、

     CTRXの髄膜炎doseで治療します
   
     抗生剤投与後も意識障害が持続すれば、どこかでルンバ―ルします


     髄膜炎かもわからない状況で、

     最初からリステリアやPRSPによる髄膜炎を疑って、

     VCMやビクシリンも入れるのは、やりすぎな気もします


司会:そうですね。CTRXが落としどころですかね


発表者:実際はアンピシリン/スルバクタムで治療が開始されました

    入院後から担当になりましたが、翌日には意識もいつも通りになっていて、

    治療経過はとてもいいと思います

    そのため、ルンバ―ルはしていません


    熱も出ておらず、意識もいいので、

    細菌感染スタートで、ぐったりしたところに熱中症も合併したのかと思いました


司会:はい、ではそういうことで、今日のカンファは閉めたいと思います
   
   ありがとうござ・・・


指導医T:ちょっと待ってください!

    僕まだコメントしてませんよ!
   
    絶対わざとですよね 笑


司会:ごめん、ごめん

   じゃあ、こんな流れでよかったですか?



指導医T:ここまでの思考の流れはとてもいいと思います

     でも、惜しいんです!!

     もう一歩踏み込んでほしいです


専攻医K:レジオネラ?とかですか?


指導医T:まあ、それも考えますが、今回は違います

     専攻医Y先生がいいこと言っていました



外科Dr:尿のG染色でGPRっておかしくない?
   
    それって血流からの感染かもしれないから、

    IEの所見をしっかりとったほうがいいんじゃないですか

(※当院には、内科医にひけをとらない内科もできる外科医がいます)


指導医T:だんだん、近づいてきました


専攻医Y:ぼくなんて言いましたっけ?



指導医T:「尿閉」って言ってたよね

    なんでこの人、尿閉になっているのかな?


シーン

指導医T:風邪っぽい症状があったら、みなさんどうしますか?

    市販の風邪薬のみますよね?

    もしかしたら、この患者さんも飲んでいるかもしれません

    さらに、ベタニス飲んでますよね

    これだけでも尿閉になる人もいます

   (→参考:排尿障害)
    
    
   尿の検査で、一つかわいそうな項目があるんです


  いつも、検査結果として出ているのに、
  
  スルーされる項目があるんです


    みなさん、分かりますか?

シーン


研修医E:比重?

専攻医K:PH?


指導医T:はい、その通りです!

    PHです
    
    今回の尿のPHはいくつでしたか?

発表者:8.5とかなりのアルカリ尿になっていました


指導医T:尿のPHを積極的に見る時は限られています

  このセッティング(意識障害+UTI)は尿のPHをみる時です

     尿のPHがこれだけ高いということは、

     ウレアーゼ産生菌がいるということです

     つまり、ウレアーゼ産生菌が、アンモニアを作ってしまい、

     それが尿閉で外に出ていかないと、膀胱から体循環にアンモニアが流入し、

     高アンモニア血症を来します

     感染はあってもなくてもいいです


     
     今回はGPRがメインだったので、それはコリネバクテリウムの可能性が高いです

     そして、

      ウレアーゼを産生するコリネといったら、C.urearyticumです
  
     これは、本気で疑ったら、VCMで治療します

     βラクタム系に耐性があることも多いです


発表者:今日、尿培の結果がでて、コリネバクテリウムでした


司会:なるほど~

   確かにそうかもしれませんね(あまり腑に落ちていない感じ 笑)


   大変勉強になる症例ありがとうございました


最終診断:軽微な肺炎や尿路感染症
    (±高アンモニア血症±熱中症)
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高アンモニア血症の原因


ほとんどが、肝臓が原因ではあるが、

肝臓以外が原因の場合、

鑑別が多岐に渡り、診断が難しくなる


考え方としては、

①肝臓が悪くないか

②肝臓以外であれば、まずはシャント病態を疑う

③薬を疑う

④ウレアーゼ産生菌によるUTIや尿閉を疑う

⑤その他

そして、マクロの視点と尿素サイクルに関わるミクロの視点で考えていきます




今回のように、感染症 VS   熱中症

髄膜炎 VS    敗血症性脳症

といった図式にあてはめられてしまうと、


すっぽり、見落とされてしまうのが、

高アンモニア血症を伴うUTIです


アンモニアをとってさえいれば、気が付くのは容易です


ルーチンでアンモニアをとるのもありですが、


もともと膀胱に問題がある人が、感染症のようなプレゼンテーションできて、

尿閉になっている

ということであれば、アンモニアは狙って取りに行きます



たいてい、尿閉になっていれば、尿カテが入るので、

それが意図せずドレナージになっており、

アンモニアも減少に向かうので、レベルもよくなります



なので、尿閉に伴うせん妄や敗血症性脳症と片付けられている症例も多数あると思います




尿路感染症全例で疑うわけではありません

疑う状況があります


膀胱に問題がある×ウレアーゼ産生菌がいる×閉塞起点がある


といった状況がそろえば、尿のPHに注目します





まとめ
・熱中症と簡単に診断してはいけない
→熱中症になってしまった原因を探す努力が必要
 熱中症はただの結果かもしれない


・髄膜炎vs敗血症性脳症で悩むのもよいが、高アンモニア血症+尿路感染症も同時に考える
→いつもスルーされる尿のPHに注目する


・尿のG染色でGPRが多数みえて、尿のPHが8以上であれば、C.urearyticumの可能性大
→VCMの使い時かも

参考文献:泌尿紀要 62:421-425,2016年
     日本老年医学会雑誌 54巻4号(2017:10)
           臨床神経 2017;57:130-133
     日臨救医誌(JJSEM)2014;17:68-72
     日救急医会誌.2012;23:205-10
       日本内科学会雑誌 第102巻 第4号・平成25年4月10日 
     日集中医誌 2015;22:33-7.
          PLoS One.2015 Aug 20;10(8):e0136220.

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