2020年1月10日金曜日

ボス回診 ~自分が診断を間違える時~

専攻医「よろしくお願いします。
    コンサルテーションポイントとしては
    腎盂腎炎を疑っていますが、尿のグラム染色で菌がいなかったので、
    その場合にどう考えるかです」

ボス「了解。お願いします」
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症例 80歳男性 主訴:食思不振

Profile:前立腺がんで泌尿器科通院中、高血圧・DMで近医通院中
   ADL 歩行はよたよたではあるが、可能  
   食事は自力で摂取できていた

現病歴:入院二日前に下腹部痛と食思不振が出現
    入院前日に吐き気と嘔吐あり、下腹部痛もあり
    救急受診し尿閉がみられたので、導尿で対応
    導尿後は症状軽快したため帰宅
    しかし、入院当日、食欲不振と倦怠感あり、内科外来受診

既往:前立腺がん、糖尿病
内服:ハルナール、カソデックス、ベルソムラ、カナグル、カンデサルタン
→自己管理、食事がとれない時は糖尿病の薬は飲んでいない

バイタル問題なし、発熱なし、頻呼吸なし
見た目 顔が赤ら顔、ややぼんやりしている
家族からみても、いつもより受け答えが遅い

口腔内 舌乾燥している 総入れ歯
呼吸音 清、腹部 圧痛なし
CVA叩打痛なし
女性化乳房あり
関節炎なし

血液検査 WBC上昇あり、CRP軽度上昇
     血糖450、HbA1c 15、Cr 2.2

CT 尿閉あり、左水腎症あり
  他に熱源になりそうな部位なし

尿検査 ケトンなし、膿尿あり、細菌尿±、グラム染色 菌いない

~経過~
上司より電話
「前立腺がんにともなう腎後性腎不全+腎盂腎炎(±前立腺炎)+著明な高血糖」
で入院お願いします

すでに血培、尿培採取され、尿カテが挿入され、抗生剤投与された状態で引き継ぎ
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専攻医「という症例です。
    腎盂腎炎を疑っていますが、尿グラム染色で菌がいなかったので、
    診断がどうなのかなと思っています。
    
    ただ他に明らかなfocusもないので、まずは暫定的に腎盂腎炎疑いで、
    抗生剤を継続する予定です」

ボス「了解。
   ちなみに血液ガスは?」


専攻医「・・・ですよね、プレゼンしていてガスの所見ないなあと思っていました。
    引き継いだ時点でなかったので、抜けていました。
    すぐにガスとります。」


ボス「そうだね、この症例はDKAかもしれないから、ガスは必要だね。
   Ⅰ型DMではないけど、Ⅱ型DMでもDKAになる時がある。
   
   SGLT2阻害薬飲んでいるよね。
   
   この症例は血糖あがっているけど、
   SGLT2阻害薬内服中の時は、血糖正常のDKAがあるから注意が必要だね

   尿のケトンは出ていたのかな?」


専攻医「尿からはケトンは出ていませんでした。
    でも、DKAでは最初は尿中から検出されないので、否定にはなりませんね」


ボス「そうだね。
  
   この症例は何らかの感染症を契機に糖尿病のコントロールが悪化しているね。

   糖尿病のコントロールが悪いと、細菌感染症を起こしやすいのは当たり前なんだけど、 
   よくクイズみたいな感じで出てくる糖尿病特有の感染症があるよね

   知ってる?」


専攻医「えっと、DMfoot、気腫性○○、悪性外耳道炎、ムコール、壊死性筋膜炎とかですか?」




韓国から実習に来ている学生「クレブシエラもでしょうか?KLAを起こすタイプの」


ボス「その通りだね、よく知ってるね。さすが韓国!

   KLAの症例の多くは韓国や台湾からのレポートが多いよね。

   もちろん、日本にもあって、
   東アジアに多い強菌株で、粘調性が高いことが特徴だね。」


学生「韓国ではしょっちゅう見ます、common diseaseです。」


専攻医「そんなにみるんだ(笑)
    というか、本当によく知ってるね。」


ボス「もちろん、市中の感染で敗血症を来すような
   5+1(皮膚軟部組織感染、髄膜炎、肺炎、胆管炎、尿路感染症+IE)には注意が必要だけど、
   
  お作法的に糖尿病特有の感染症にも注意しなければならいね。


  じゃあ、見に行ってみよう」
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ボスの診察(数秒)


ボス「・・・確かに、顔赤いね。
   

   ・・・・・・・・
   

   えっと・・・・・丹毒じゃない?」


専攻医「えっ!?
    でも、両側の顔面が赤いですし、こういう顔かなって思っていました。」


ボス「うん、まあ確かに正面からみると、両側の頬が赤いように見えるね
   
   でも発赤は左右でつながっているよね、熱感もあるし、
   皮膚が張っている感じもある。
   
   痛みはなさそうだけど。」


自分「確かに・・・

   女性化乳房もあったので、肝硬変とかホルモン系の異常かなと
   漠然と流していました。

   言われてみれば、確かに真っ赤ですね。

   でも本当に丹毒ですかね?

   まだわからないと思います。」

   
ボス「いやいや、ほらここみて。

   顔は確かに両側だけど、耳介は右耳だけ真っ赤だよ。 
   厚ぼったいし、餃子みたいに腫れているでしょ。

   Milian's ear signだね。


   左の耳は全く赤くないから、これは丹毒だね。

   腎盂腎炎はなくて、丹毒単独じゃない?(笑)」


自分「(おやじギャグはつまらないけど)・・・・確かにそうですね」


専攻医「さっき、学生さんに顔赤すぎませんか?って言われたんですけど、
    まあ、そういう人もいるよね、って流してしまいました。

(→こういう状態はconfirmationという認知バイアスです
  仮説に適合する事実のみをさがして、不適合な事実を無視することです)

最初に考えた仮説に固執するanchoringバイアスも働いています)
 
 

自分「引き継いだ時点で腎盂腎炎といわれ、
  (overconfidenceバイアス:他者の仮説をそのまま受け入れる)

   まずカルテを読んで、データをみて、画像をみて、
   確かに尿閉に伴う腎盂腎炎で矛盾しないな。

   と自分の中でストーリーが出来てしまいました。


 患者さんに会う前から診断名を決めてしまっていたんです。

 それが一番の失敗です。


 自分が診断を間違える時は、いつも、
 患者さんに会っていないのに
 診断をつけてしまう時です。


  ・・・反省です。」



専攻医「僕なんてこの前、皮膚軟部組織のレクチャーしたばっかりですよ。

    Milian's ear signどや顔でしゃべってますからね(笑)

    お恥ずかしい。」


ボス「学生さんからはどうやって勉強すればいいですか?ってよく聞かれるんだ。
 
   感染症のレクチャーのために勉強したり、
   病気のことを教科書を読んで、知識をつけることはもちろん大事だけど、
   
   それをしたからといって、今回みたいに病気を診断できるわけではない。


   もっと大事なことは、

   ベッドサイドにいって患者さんに会って診察をすること、 
  そしてベッドサイドで得た情報をもとに、
  ディスカッションをすることなんだ。


   臨床の答えはベッドサイドにいけばあるし、ベッドサイドにしかない。

   教科書やカルテや画像の前にはないんだ。

   
   それを意識して、勉強してね。」


学生「ありがとうございました。勉強になりました。」

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まとめ
・糖尿病特有の感染症を知識として知っておく
→気腫性○○、悪性外耳道炎、鼻脳型ムコール症、壊死性筋膜炎


・自分が陥りやすいバイアスを知っておく
→アンカリングが多い


・自分が診断を間違える時を知っておく
→患者さんに会う前に診断名をつける時


参考文献:日内会誌 106:2559~2561,2017
     Hospitalist VOL.6No.2 2018.6

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