2020年1月17日金曜日

昼カンファレンス ~神経診察!その前に・・・~

症例 59歳 女性 主訴:痙攣後の意識障害

状況:休日の午後の救急勤務中

救急隊より
「59歳女性、昼寝していたら、痙攣発作があり夫が発見しました。
 痙攣はすぐにおさまったようですが、その後から攻撃的な感じになり、
 普段と様子がおかしいので、搬送してもよろしいでしょうか?

 バイタルは意識レベルJCS1-3、BP119/74、P106、SpO2 96%、T35.0度
 瞳孔は4/4、対光反射あり/あり です」


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ディスカッション①:救急隊に絶対に聞きたい項目は?

司会「はい。ありがとうございます。
   じゃあ、皆さんここで、救急隊の人に絶対に聞いておきたい項目って何かありますか?

   救急隊は早く搬送したいので、たくさんの質問はダメです。」


研修医「夫はその痙攣発作を見ていたのですか?
    夫は一緒に来てくれますか?
    ゴミ箱に何かなかったですか?」


司会「ありがとうございます。
   早口で聞いてくれたので、たくさん質問ありますがOKとします。

   ゴミ箱のことを聞いてくれたのはどうしてですか?」


研修医「薬を飲みすぎたりしている可能性もあるかなと思ったからです」

司会「はい、ありがとうございます。そうですね。
   薬を飲みすぎたかどうかの動かぬ証拠を見つけるのは、ここしかないですね。
  
   病院に来てからだと、他の鑑別疾患に夢中になってしまうので、   
   最初が肝心です。すばらしい!」


発表者「夫は痙攣発作を見ていました
    夫は自分の車で後から来るようです
    ゴミ箱や薬の殻とかは、聞いていませんでした。」


司会「はい、ありがとうございます。他に何か聞きたいことはありますか?」

専攻医「あと、どれくらいで来ますか?」

司会「それはとても大事な質問ですね。忘れがちですが、必ず聞きましょう。
   準備に時間をとれるかどうかの目安になります。」


発表者「15分後に来るようです」


司会「わかりました。ではここから15分間は妄想です。
   
   この15分間を有意義に使いましょう。」

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ディスカッション②:患者さんが搬送されるまでに何を考え、何を準備する?

司会「まずは頭の中で何を考えますか?

  そして実際に何を準備しますか?


研修医「意識障害なので、Do Don'tを考えます
    
    D:デキスタ(血糖測定)
    O:酸素投与
    N:ナロキソン
    T:ビタミンB1
     
    です」

司会「そうですね、ただここは日本なのであまり麻薬中毒の患者さんはみませんね。
   都会ならあるのかもしれませんが。

   ナロキソン使ったことある人いますか?」

シーン

司会「あんまり使わないですよね。

   自分も救急の現場では一度だけしか使ったことはありません。


   その時は・・・

   原因不明の意識障害の60歳台の男性で、自損事故を起こして運ばれてきました
   事故後、周りの人が救急要請しましたが、
   搬送中も来院後も、運転手の意識がずっと悪かったのです
 
   目立った外傷もなく、痙攣もありませんでした
   
   一般的な血液検査やガス、頭部CT検査などを行いましたが、
   意識が悪い原因が不明でした
  
   仕方なくカバンをあさると免許証が入っており、名古屋に住所がありました
   どうやらこちらには一人で、旅行かドライブ?で来られていたようです。

   飲んでいる薬も不明で基礎疾患も不明でした。

   さて困ったと思っていたら、
   呼吸数がやたら少ないことと縮瞳していることに気が付きました。

   これはもしや麻薬中毒?と思い、ナロキソンを使うと、
   
   だんだんと意識が戻ってきて、会話が可能になりました。

   あとで分かったことですが、大腸がんで肝転移や骨転移があり、
   モルヒネで鎮痛を行っていました。
   
   主治医に問い合わせると、麻薬による傾眠のためか、
   これまでにも交通事故は何度か起こしていたようです。

   
   自分が救急の意識障害で使ったナロキソンはこの症例だけです。

    
   はい。では症例に戻りますが、
   意識障害と聞いたら、みなさん鑑別をどうやって考えていますか?」


研修医「AIUEOTIPSです」

専攻医「僕もそうです」

スタッフ「俺も」


司会「そうなのですね!みなさん、大好きですね。AIUEOTIPS。

   自分は嫌いなんです(笑)
   
   理由はずばり使いにくい

   
   最近はもはや、直感にたよって勘になってきていますが、言語化すると、
   
   意識障害の鑑別で大事なのは、頭か頭じゃないかです

   もっというと、CTやMRI、脳波、ルンバ―ルで分かるものか
   
   そうじゃないものです

   
   頭か、頭じゃないかを見極めるヒントは何だと思いますか?」


専攻医「血圧ですか?」


司会「その通りです。血圧が上がっていれば、頭蓋内疾患の可能性が高くなり、
   血圧が低ければ(具体的にはsBP120以下)、頭蓋内が原因の可能性は下がります

   今回の症例はどうですか?」


発表者「血圧は119/74です」

司会「あまり高くないですよね。
   これは第一印象としては、頭蓋内が原因ではない可能性を考えたくなります。
  
   つまり、頭部CTで原因が見つからない可能性があるパターンです。


   さて、頭以外の可能性による意識障害の原因を思い浮かべつつ、
   他に待っている間に何かやることはありますか?」

研修医「過去のカルテがあれば、見ておきたいです」

発表者「過去カルテはあって、以前に睡眠薬をフィルムごと飲んでしまって、
    内視鏡で取り出したということがありました
    
    もともとうつ病やアルコール多飲歴もあるようです
  
    今、通院しているかや薬を何飲んでいるかは不明です

    他の既往歴としては、視床出血の既往がありますが、ADLは自立しています
    あと、高血圧、脂質異常症、憩室炎があります」


司会「はい、ありがとうございます。
   
   過去カルテは今回の症例を解きほぐす上でとても大事な情報でしたね。

   アルコール多飲、精神科の薬、脳出血の既往といった全く違った疾患の可能性が、
   一気に上がってきてしまいました。

   頭(脳出血や症候性てんかん)か頭じゃないか・・・という気分で待ち受けます」


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経過

搬送される前に、車内で強直間代発作が3分あり、自然にとん挫

座位の状態で搬送

バイタルはBP185/115、P103、T36.7度、RR24、SpO2 95%
意識 開眼しているが、反応なし 指示は入らず 発語なし

眼は開いているが、ぎょろっとしている
視線は合わない
眼球偏倚はなし

バイタルを測ったり点滴をとろうとすると、四肢をばたばたと動かして抵抗する
落ち着きがない状態

痙攣はしていない

四肢の動きは不随運動ではなく、無造作に動かしている
麻痺はないようだ

口から少量の出血あり
口腔内の詳細な観察はできないが、舌から血が出ている
辺縁を噛んでいるかはよく見えない

指示が入らず診察に非協力的・・・
さてどうしましょう?


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ディスカッション③:次どうしますか?

司会「この患者さんは今、どういう状況なんだろうね。
   医学的にプロブレムリストを作ると、何でしょうか?」

研修医「意識障害です」


司会「そうだね。でも意識障害で本当にいいんでしょうか?

   他の可能性はありますか?」


研修医「・・・わかりません」


司会「この状況は失語の可能性があります。

   ただ言葉が話せず、何を言っているか理解できないだけかもしれない。


   意識障害なのか失語なのかを評価をしないといけない。

   たとえば、ジェスチャーを使って指示を出したり、復唱させてみたりです。」


発表者「この時は失語のことは全然考えていませんでした」


司会「わかりました。
   おそらく意識障害でよいとは思いますが、そういうピットフォールもたまにあります。

   言い忘れましたが、意識障害について自分が大事にしている原則があって、
   
   一つは先ほどの血圧です。

   もう一つは、不穏のように暴れているタイプの意識障害か、
  ちーんと落ち着いた状態の意識障害かです

   

   暴れているタイプの意識障害の場合は、病態の傾向として、
  何かが急に足りなくなった状態のことが多いです

   例えば、酸素が足りない状態、血液が足りないショックの状態、
   アルコールが足りない離脱の状態などです

   

   何かが急に足りなくなると、人は死にそうになるので、もがきますし暴れます


   逆にちーんと落ち着いた意識障害の場合は、
  何かがあり余っている状態のことが多いです

   例えば、尿毒症や肝性脳症、CO2ナルコ―シス、アルコール中毒などです

   
   一つの臓器が機能不全状態になると、生きていけなくなります
   そして、臓器ごとに何かが蓄積してきます
   
   そうすると、その溜まった物質が良い感じに鎮静作用をもたらし、
   苦痛なく逝けるという、体にもともと備わったシステムがあります

   なので溜まる系は落ち着いた状態の意識障害になる傾向があります

   あくまで、傾向です

   
   この原則を知っておくと、意識障害=AIUEOTIPSという短絡思考から、
   もう少し意識障害の原因を絞ることができます

   今回の症例はどうでしょうね」


専攻医「痙攣の後の意識障害なので、post ictal stateによる意識障害と思いました」


司会「そうだね、普通そう思うよね。
   でももう少し診察や検査しないと、痙攣の原因が分からないね。

   痙攣の原因も意識障害とほぼ同じだから、考えることは一緒です

 
   さあ、原因をつかむために次に何しますか?」

研修医「バイタルを再検したいです。
    血圧が来院時高いのは、痙攣や不穏で暴れているせいかもしれません」

発表者「再検しても血圧は高いままでした」


研修医「わかりました、ではできる限りで神経診察をします」


司会「だよね!そうなるよね。でも違うんだなあ~

   ここで神経診察に行く前にやってほしい診察があるんだ。

   何かわかりますか?」


シーン


専攻医「トキシドロームを意識した診察ですか?」


司会「その通り!

   つまり、瞳孔をみて、皮膚の汗ばんだ感じがないかをみて、
   腸蠕動音をきいて、筋トーヌスをみる!

   これがとても大事です!」

発表者「・・・その視点はなかったです。
    汗ばんでいたかは分かりません。」

司会「そうだね、意識しないととれない診察です
   
  意識障害の人に神経診察するのは、学生でもわかる。
  だからそれを忘れることは絶対にない。

  でもトキシドロームの診察は忘れてしまうから、神経診察の前にやるんだ。


発表者「わかりました。」



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経過

暴れている状況で、検査も診察もままならなず、セルシンで興奮を抑えた
その後、徐々に落ち着きを取り戻し、診察や会話ができるようになってきた

神経診察では特に異常はみられなかった
項部硬直なし
頭痛なし

夫から追加の病歴としては、昼ごはんを食べようとしたら手が震えていた
その時は会話は出来ていた

調子が悪そうだったので、ベッドに寝かせていた
すると30分後に両側の四肢をがくがくとさせる痙攣発作があった
1-2分でおさまった

頭部CT 出血や血腫なし 

血液検査 意識障害になるような異常はみられず

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ディスカッション④:ここで考えることは?

司会「セルシンで何だか普通の状態に戻ってきたみたいだね。
   本当は筋注は推奨されていないけど、まあ効きます

   さて、この状況で悩むことは何かわかりますか?」

専攻医「痙攣の原因ですか?」

司会「そうです。具体的にいうと、髄膜炎や脳炎として対応するかどうかです

   セルシンの後、しっかり会話ができて、頭痛もなく発熱もない状態であれば、
   あまり考えないかもしれません

   ですが、意識障害が遷延しているならば髄膜炎や脳炎対応していいと思います
   
   髄膜炎や脳炎はover treatmentを恐れる必要はありません
   
   誤診して治療を開始したとしても、だれも非難しません

   ですが、治療が遅れてしまうと非難されます。


   なので、
  脳炎や髄膜炎は少しでも考えたら、閾値低めに治療を開始してください


発表者「わかりました
   
   実際は追加で夫から病歴を聞くと、かなりお酒をもともと飲んでいたようで、
   それが2日前くらいから飲まなくなったようです。
  
   なので一応、診断としてはアルコール離脱に伴う痙攣発作と考えました。
   
   その後、BZで置換し入院して問題なく退院となっています。」


司会「はい、ありがとうございました。
   意識障害や痙攣の対応を学ぶ非常に勉強になる症例でしたね。」

まとめ
・意識障害=AIUEOTIPSから卒業しよう
→①血圧をみて頭蓋内疾患かそうでないか
 ②暴れているタイプとちーんと落ち着いているタイプで鑑別が異なる


・意識障害の人の診察で大事なのは、バイタル、トキシドローム、神経診察
→トキシドロームを使った診察を忘れないように!


・痙攣や意識障害が主訴の場合、そうでないと分かるまで髄膜炎や脳炎として考える
→閾値低めに検査や治療を

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