2023年10月29日日曜日

キーワードよりも文脈が大事 〜Context is more important than keywords〜

本日の夜カンファレンスも大変勉強になりました

高齢女性のGPA疑いの症例でしたが、ディスカッションポイントがたくさんありました

※症例は加筆修正を加えてあります


70歳 女性 主訴:発熱、咳、痰

現病歴:
2週間前に孫が風邪をひいていた
7日前から咳、痰が出現し、症状が持続
近医受診し、解熱剤や咳止め処方されたが改善なし
2日前から難聴・耳漏が出現
症状が持続し、高熱を認めたため来院

既往:高血圧
内服:降圧薬

身体所見

頻脈と低酸素血症あり
呼吸音 清
耳鏡では左耳から耳漏あり

CTにて肺に多発する腫瘤影と空洞あり
両側の乳突蜂巣炎あり、篩骨洞炎・上顎洞炎あり

血液検査では炎症反応高値
腎機能軽度増悪

尿蛋白陽性

痰と耳漏のグラム染色はGPC chainとGPDC多数あり
インフルエンザ迅速 陽性

診断は?
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70歳 女性

# 多発する腫瘤・空洞影
# 炎症反応高値
# 副鼻腔炎
# 耳漏・難聴
# 尿蛋白陽性
# インフルエンザ陽性


確かにこの情報だけ、キーワードで並べると、GPAっぽいですよね

ステロイドいきたくなりますか?


ディスカッションになったところをピックアップしていきます
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ディスカッション①多発する腫瘤影・空洞影の原因は?


空洞性病変を見たら、まずはなんといっても結核です


他の鑑別は感染症だと、結核、NTM、真菌(アスペル、クリプト、コクシジオイデス、ヒストプラズマ、など)、細菌性(壊死性肺炎/肺化膿症、septic emboli、ノカルジアなど)

非感染症だと、多発肺転移、肺がん、GPA、アミロイドーシスなどです


画像ではそれぞれの疾患に特徴はありますが、確定はできません
空洞性病変はとりあえず、結核の否定から始まります


5Cの1つの「infection control」です

鑑別疾患やマネージメントの軸に感染対策を入れることが大事です



本症例は結核対応で入院となり、
細菌性肺炎の治療をしつつ、GPAをmost likelyに考え経過していきました

セフトリアキソン、クリンダマイシンの点滴で治療が開始されました


三連痰は陰性、結核Lump陰性、アスペルギルス抗原陰性、クリプトコッカス抗原陰性
血培は陰性、痰培養はS.pyogenesのみ、ANCA陰性


気管支鏡検査も施行され、BALや生検もされましたが、
器質化肺炎のみの所見であり、血管炎や肉芽腫はなし

腫瘍性病変もありませんでした
真菌や抗酸菌も検出されませんでした

結論としては、抗生剤のみで治療経過良好であり、
septic emboliだったのではないかという結論になりました


個人的な印象としては、血培も陰性であり、
壊死性肺炎/肺化膿症でよいのではないかと思われました


レジオネラも細胞性免疫不全があると空洞形成することがありますので、
レジオネラもチェックしてもよいかと思われました


レジオネラの空洞病変


November 2021Case Reports in Pulmonology 2021:1-4


今回のように腫瘤や空洞があるからといって、癌やGPAとは限りません

肺炎も腫瘤のように見えることは時にあります


〔日内会誌 103:2688~2700,2014〕


さらに壊死すると空洞形成を伴い、壊死性肺炎と呼ばれたりもします


市中肺炎の中での壊死性肺炎の割合を調べた研究があります





本研究の対象となった830人の患者のうち、壊死性変化は103人(12%)に観察された

壊死性変化は市中肺炎(CAP)患者の約10%に認められ、
より重篤な臨床症状と胸腔ドレナージの必要性の増加が特徴であった

壊死性変化は、CAP患者における入院期間(LOS)の予測因子であったが、
死亡率の予測因子ではなかった

                                                          Respirology (2017) 22, 551558





肺炎球菌、クレブシエラ、黄色ブドウ球菌、連鎖球菌、緑膿菌などが多いですね


中でも黄色ブドウ球菌 は市中肺炎の原因とはなりにくいので、
注意しなければなりません

壊死性肺炎を見たら、黄色ブドウ球菌の関与を考えます


中でもPVL毒素を産生するブドウ球菌が多いです

さらにインフルエンザの関与が疑われています




本文より

壊死性肺炎は急速に進行する疾患で、致死率が高い
主に健康な小児や若年成人が罹患し、最初はインフルエンザ様症状を呈する

インフルエンザ流行期にPVL陽性S.aureusの多い場所を旅行していた場合には、
壊死性肺炎を考慮すべきである

                               

1999年、LinaらはPVL陽性の壊死性肺炎患者がしばしば素因となるウイルス感染症にかかっていることに気づいた 
LöfflerらはPVL陽性壊死性肺炎におけるインフルエンザの役割に関する理論を発表

インフルエンザや黄色ブドウ球菌のような微生物が肺組織に侵入すると、
好中球・顆粒球が炎症部位に最初に動員される細胞である

好中球は、取り込まれた微生物を分解するためのプロテアーゼやその他の化合物を含んでいるが、好中球顆粒球がPVL毒素に出会うと、急速な細胞破壊が開始され、
好中球顆粒球中の強力な抗菌化合物が取り残され、肺組織の壊死を引き起こし、
壊死性肺炎に至る可能性がある

 Infect. Dis. Rep. 202214, 12–19. https://doi.org/10.3390/idr14010002




今回の症例と似たようなケースが本邦からの報告でありました




本文より

肺炎球菌は市中肺炎の起炎菌として代表的であるが, 壊死性肺炎,肺膿瘍への進展は稀とされる.肺炎 504 例 の検討で肺炎球菌による肺膿瘍はなかったとする報告が ある

一方,Pande らの成人肺炎球菌性肺炎 351 例の検 討では,6.6%に壊死性変化を認め,壊死性肺炎と非壊死性肺炎で年齢,重症度,併存疾患に差はなかった

インフルエンザウイルスと肺炎球菌の合併感染による壊死性肺炎は小児で複数報告があるが,検索した限り成人の報告例はない.

インフルエンザウイルス感染は 呼吸上皮の傷害による細菌の増殖,
サーファクタントの 消失や分泌物の増加による末梢気道閉塞を促進するとされる

また H1N1 パンデミックインフルエンザウイル ス感染では CD4 リンパ球,
B リンパ球の減少および制御 性 T 細胞の増加により肺炎球菌に対するサイトカイン応答が欠如することが報告されている

しかし,インフルエンザ感染が壊死性肺炎の誘因となるかは不明であり, 
今後の検討が必要である.

日呼吸誌 10(5),2021  


報告例はインフルエンザ後の壊死性肺炎が多い気がします
この症例はseptic emboliのようにも見えますね




         Roux S, et alBMJ Case Rep 2017. doi:10.1136/bar-2017-222542



壊死性肺炎だけでなく、壊死性気管支炎もあります




                                                       日臨救急医会誌(JJSEM)2020;23:616-9

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ディスカッション②インフルエンザ後の合併症は?



今年、初めてインフルエンザを診断したDrも多いのではないでしょうか



今年はインフルエンザがすでに流行していますので、
インフルエンザ後の合併症についても知っておきましょう


インフルエンザ後には黄色ブドウ球菌の感染が多いことは有名です
最近はコロナ後にも黄色ブドウ球菌の感染が多いと言われています


つまり、コロナとインフルが増えるということは、
黄色ブドウ球菌感染も増えるということになります

嫌な時代ですね・・・

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ディスカッション③難聴の原因は?


CTでは両側の乳突突起に液体貯留が著明であり、炎症が疑われました

耳鼻科の診察では、右は中耳炎の所見はなく混合性難聴がありました
左は中耳炎の所見がありました

OMAAVを疑う所見はありませんでした


副鼻腔炎や中耳炎があり、GPAを疑うのは自然な流れです

GPA(OMAAV)のせいで聴力障害が起こっているとしたら、
難聴の後遺症が残る前にステロイドを使いたいという気持ちもわかります


ですが、感染でも矛盾ありません
耳漏のG染色でも菌はしっかり見えています


乳様突起炎はGPAの典型な所見ではありません

今回の症例の中耳炎や聴力障害も感染に伴うものと思われました



いずれも本邦からの古い報告ですが、乳様突起炎に伴った聴力障害についての考察です















J Otolaryngol Jpn 101: 841-848,1998



なんと、こちらもインフルエンザが関連しているのですね



というわけで個人的な最終診断は、

インフルエンザ感染後の肺炎球菌による壊死性肺炎・
副鼻腔炎・乳様突起炎(±内耳炎)・中耳炎で矛盾はないかと思いました




もう一度、本症例を振り返ってみると・・・



孫からもらったウイルス感染(おそらくインフル)後に徐々に呼吸器症状が悪化しています
二峰性経過と捉えてもよく、ウイルスから細菌感染に変わってきたことが疑われます


ウイルス感染後の細菌性副鼻腔と肺炎が疑われ、
画像でも証明され、グラム染色でも証明されています

そして抗生剤のみで軽快しました


GPAが入院時は一番疑われていましたが、
その理由はプロブレムリストにすると、そう見えてしまうためです

# 多発する腫瘤・空洞影
# 炎症反応高値
# 副鼻腔炎
# 耳漏・難聴
# 尿蛋白陽性
# インフルエンザ陽性


これがプロブレムリストの弊害です

キーワードよりも文脈の方が大事です



やっぱり病歴が大事だということが、
よくわかる症例でした

ありがとうございました




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