2021年3月26日金曜日

昼カンファ 〜諦めたら診察終了です〜

 87歳 女性 主訴:食思不振(※一部症例は加筆・修正を加えています)


Profile:認知症が進行しており、会話はうまくできない。施設入所中


現病歴:来院の2ヶ月前から徐々に食事量低下

    他に変わった症状はなかった


    来院の2週間前から食事は3食のうち1食しか食べられなくなった

    食べても1/3の量程度

    ここ数日は水も飲めていない 


    来院10日前から発熱あり

    嘱託医より、セフゾンが3日分処方

    解熱得られず


    来院8日前に食思不振も続いているので来院

    バイタルは問題なし

    血液検査ではCRP4以外に目立った異常なし

    胸腹部CTでは少量胸水のみ 背側の肺は無気肺で潰れている

    腹部 便秘気味 目立った異常なし

    入院してもせん妄のリスクもあり、施設でお看とりの方針で帰宅


    その後はすぐに解熱得られたが、食事は取れず

    食事も水分もとれない状態が続いた

    嘱託医より、補液目的に再度紹介となった


    輸液で改善するかみて欲しいとの依頼

    改善しなければ、施設で看取るので戻してくださいとのこと


既往:腰部脊柱管症、認知症、慢性心不全、高血圧、便秘

内服:アムロジピン、フロセミド、スピロノラクトン、アリセプト、酸化Mg

   →ここ1週間は内服もできていない

生活:施設入所中、もともと伝い歩きだったが、食事量が減ってからは寝たきり


バイタル BP 150/100, P 90 reg, SPO2  96% , RR20 , T 36.8

見た目 横向きに寝ている 眉間に皺が寄っている

意識 見当識障害あり、指示はいらず

触ると全身痛がる

「痛い痛い」と

粗大な麻痺はなし

口腔内 乾燥目立つ 残歯は汚い

頸部LN触れず

心雑音なし 呼吸音 清

四肢 浮腫なし 関節 腫脹なし

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ディスカッション①どう対応しますか?


W「はい、ありがとうございます。

  ではみなさんどう対応しますか?」


N「やっぱり高齢者が具合が悪くなった場合は、

 薬が悪さをしていることが多いので、薬の関与を考えたいです。」


W「大事だね。

 この人はどうかはわからないけど、

 一般的に薬が原因で食事が取れないというのは多いよね。


 今回はすでに薬は飲んでいないみたいだけどね。」


N「そうですね・・・じゃあ、違いますね・・・」


R「自分はやっぱり、高齢者でよくある感染症を考えたいです。

  少し前にセフゾンを内服されているので、感染性心内膜炎は考えます。

  血液培養は必ず取りたいです。塞栓徴候はありましたか?」


T「ありませんでした。」


N「関節は他動的に動かしたり、自動的に動かすとどうでしたか?」


T「じゃあ、診察してみてください。

  自分が患者さん役になりますので。」

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追加診察

腹部 どこを押しても痛がる

「痛い痛い」


上肢を動かそうとすると、嫌がる 

時折、痛がる


肩を挙上させると、嫌がる

時折、痛がる


首は硬くない 

回旋運動で痛み誘発されず


下肢 膝触ると痛がる 腫脹や熱感はなし


N「熱感や腫脹はないですね・・・」


T「熱感までは再現できませんよ。笑」


N「よくわかりません・・・」


T「最初みてくれた研修医の先生も全身痛がって、よくわかりません・・・

 という感じで、諦めていました。

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ディスカッション②全身痛がる人をみたらどうするか?


R「病歴に戻っていいですか?

 痛がるのはいつからですか?いつも痛がるのですか?」


T「大事ですね。

  施設の人に電話で聞いたところ、半年前くらいからどこ触っても痛がっていたようです。

  特にお風呂とかで、お腹のお肉のところを触ると痛がっていたようです。」


R「うーん・・・今回のような痛がり方も同じなのですか?

  食事とかで痛みが出ますか?」


T「そうですね、ここ数日は痛みの訴えも多かったようです。

  触らなければ、痛がらないのですが、オムツ交換とか移動で痛みが出るみたいです。

  食事はそもそも食べていないので、食事で痛くなるかはよくわかりません。


  全身を痛がる人の診察はコツがあります。

  ブログ読みました?」


N「読んでません。笑」


T「今、調べていいよ。」


W「検索しにくいんだよね、ブログ・・・」


N「Ever noteに貼るのがおすすめです。」


T「すいません・・・・」











T「こういった全身を触ると痛がる人の診察にはコツがあります。

  

  まず大事にしていることは、痛みがない部分があるかということです。


  痛みがない場所を見つけることが大事です。


  そうすると、上肢や首、胸を触ったり、押しても痛みの訴えはありませんでした。

  再現性を確認することが大事で、何度も触ることが大事です。

  何度も触って、再現性があることもわかりました。

  

  そして、両側の大腿部〜下肢を触ると痛がりました。

  お腹も痛がりました。これも再現性がありました。


  本当にどこを触っても痛がる人の場合は、診断はとても難しいです。

  ですが、今回のように痛みがない場所がある人の場合は、

  丁寧に診察すれば、診察はちゃんとできます。


  痛みがある場所を見つけたら、

  次に、痛みが出る条件を探します。

  

  触っただけで痛みが出るのか、

   動かすと痛みが出るのか、

   押すと痛みが出るのか、

   叩くと痛みが出るのか・・・


     そうすると、大腿部から下肢にかけては、触っただけで痛みが誘発されました。

  押しても痛がりますが、あまり痛みは誘発されませんでした。


  お腹も触っただけでも痛みは誘発されました。

  押すとさらに痛みが誘発されました。


  最後に痛みの強さの比較が重要です

  

  場所の比較:大腿と腹部の比較、左右の比較、

       胸と腹部の比較

  時間の比較:ずっと触ってどうなるか

  誘発の比較:触る、押す、動かす、叩く

 

 痛がる部位と条件が分かれば、どこが最も痛いかを探します

 

 均等に痛がるようなら、全身的な問題(PMR、低K、甲状腺機能低下、薬剤、副腎不全など)を考え、

 不均等に痛がるようなら、局所的な問題(骨折、炎症など)を考えます

 

 痛みの強さは

 声だけ「痛い痛い」というのか

 表情が変わって、明らかに苦悶様か

 手が出てくるほど、嫌がるかどうか で見極めます。


 この方は足とお腹を触ると圧倒的にお腹を痛がりました。


 足は最初の数秒は触っていると、痛がりましたが、

 ずーっと触っていると、痛みの訴えは消えました。

 途中で押したりしても痛みの訴えはありませんでした。


 ですが、お腹は押している間中、ずーっと痛がりました。


 右と左の腹部を押すと、右で痛み方が強かったです。

 

 丁寧に診察をすると、全身痛がる人ではなく、

 腹部全体に痛みがある人になりました。

 足の痛みと腹部の痛みは別問題ということがわかりました。


 そうすると、鑑別も変わってきますよね。

 この方の診断は病歴と診察でほぼ決まります。


 患者さんが認知症でコミュニケーションとれないからといって、

 諦めてはいけません。諦めたら診察終了です。」


W「そうですか〜

  他に聞きたいことや診断何かわかる人いますか?」


N「腸閉塞でしょうか?

  蠕動音はどうでした?」


T「普通でした。

  ではヒントを出していきますね。血液検査とCTを出します。


  血液検査ではCRP10まで上がっていました。

  WBCも上昇していました。あとは脱水で腎機能が悪くなっていました。

  肝胆道系酵素は上昇していませんでした。


  CTでは頭部には何もなかったです

  胸部にはわずかに肺炎像がありましたが、ごく軽度でした。

  胸水は少し減っていました。

  腹部では、結腸全体に軽度の壁肥厚がありました。

  前回のCTでは便秘でしたが、便が全てなくなっていました。」

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診断は?

 

T「診断はなんでしょうか?」


聴衆・・・・


T「実は、この方の病歴でもう少し聞いて欲しかったことがあります。


  抗生剤が数日入った経緯があったので、施設の人に追加で聞いてみました。


  下痢はありませんでしたか?


  そうすると、ここ数日は下痢が頻回でオムツの交換が大変だったとのことでした。

  

  この下痢のエピソードと腹部の痛がり方と、

  炎症反応とCTの結果をみて、CDIだと確信しました。

  

  オムツをずらすと、案の定、泥状の便があったので、

  自分でそれをすくってCDの検査を提出しました。

  提出後、すぐにアネメトロ®︎の点滴を開始しました。

  

  その後、CDトキシン・抗原陽性という報告を受けました。


  入院後はアネメトロ®︎投与して、下痢は改善し腹痛も改善傾向です。

  CRPも下がりました。


  ただ食事は相変わらずとれていないので、

  食事摂取不良や大腿部痛に関しては、違う原因があるのだと思っています。

  おそらく認知症がかなり進行していることによる食事摂取不良や

  腰部脊柱管狭窄症に伴う下肢痛だと思います。

 

  残念ながら、こちらはtreatbleではない気がしています。」


W「なるほど〜

  ありがとうございます。

  確かにCD腸炎は治せるから、見逃したくはないですね。


  食思不振はよく消化管以外から考えようとは言うけれど、

  やっぱり消化管のトラブルのことも多いよね。

  

  今回はそれ以外にも嘔吐とかの病歴も聞けなかったので、

  消化器症状のROSはしっかり聞くべきでしたね。」



N「CD腸炎かぁ・・・それは鑑別で言えたなあ・・・」



T「そうですね。全員知っている病気ですよね。

   

  ただ、この人はいろんな目眩しがありました。

 

  ・点滴だけしてほしいという紹介

  ・看取りが近い

  ・認知症でうまく病歴や所見がとれない

  ・数日前にフルワークアップがされている

  ・全身をもともと痛がる(慢性経過?)

  ・最近食べられていない(亜急性経過?)


  ですが、

  

  抗生剤が数日前に入った後に下痢が出現して、

  食事がとれず、お腹を痛がっている


  と聞けば、誰もがCD腸炎を想定できたと思います。」


W「そうだね、最初の方に薬は大事だよ〜っていったのに、

  今飲んでいる薬だけではなくて、少し前に入った薬も大事だね。


  いつも心に薬と結核とCD腸炎ですね。」



T「実臨床はCDのような綺麗に出来上がった音楽を聞いて、

  何の歌かを当てるゲームではありません。

       これは国試です。



  臨床推論は人混みの中の雑音に混じったかすかな声を聞き分けて、

  答えにたどり着く非常にむずかしい作業です。

  

  地下鉄の駅を歩くと、いろんな音が聞こえてきます。

  同じように病歴をとればとるほど情報は増えますが、雑音かもしれません。


  何が雑音で、何が重要か・・・

  ここが実はAI診断の苦手なところです。

  

  臨床で一番むずかしいのは、

   何が雑音で、何が真の音かを見極める作業です。

 

  改めてそのことに気がついた非常に教訓的な症例でした。ありがとうございました。」


まとめ

・全身を痛がる人の診察にはコツがある

→痛がらない部位を探す、痛がる条件を探す、痛みの強さを比較する


・高齢者が具合悪くてやってきた時は、まず薬が原因でないかを疑う

→入院中はCDIを想起しやすいが、外来ではCDIを想起しにくい


・実臨床の病歴は雑音だらけ

→雑音の中で本当の答えにたどり着く音を聞き分ける力が診断力

 

2021年3月23日火曜日

昼カンファレンス 〜病院へ行こう〜

 症例 70歳 男性 主訴:下腹部痛 (※症例は一部修正・加筆を加えています)


Profile:4年前に肺炎・膿胸で入院加療歴がある方 

    ADLフルで元気、現役医師、旅行者


現病歴:来院7日前から下腹部痛が出現

    同日に悪寒もあり、発熱もあった

    腎盂腎炎と自己診断し、クラビットを内服した

    その後、徐々に解熱し軽快していった

    来院2日前にクラビットを中止した

    来院1日前に下腹部痛が再度出現してきた

    痛みの性状は同じだった

    来院当日、発熱が出現し救急外来を受診


既往歴:GERD、不眠、BPH、肺炎・膿胸(4年前)→結核ではなかった

内服:ネキシウム、マイスリー、ユリーフ

生活:喫煙 24本/日 50年、アルコール:機会飲酒

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ディスカッション①他に聞きたいことはありますか?


T「はい、現役医師の方の発熱、下腹部痛ですね。

 ご自身で腎盂腎炎と診断されて、クラビットを内服しています。

 なんでクラビット持っているんだろうね。笑


  腎盂腎炎だとしたら、途中でやめたら再発しちゃうよね。

  色々ツッコミどころはありますが、他に何か聞きたいことはありますか?」


S「嘔吐や下痢はありますか?」


N「ありません。」


S「排便はいつも通りですか?」


N「毎日出ています。下痢はなく、いつも通りとのことでした。」


S「頻尿や排尿時痛はありますか?」


N「ありませんでした。」


T「はい、ありがとうございます。

 下腹部痛と発熱以外には症状が乏しいようですね。

 この方の病気は何っぽいですか?」


S「感染症?ですか・・・」


T「そうですね。感染症っぽいですね。

 熱ありますし、抗生剤効いてそうですし。

 感染症かなと思った時は、いつもの三角形を考えます。」



T「宿主の状態を考える時は、
   免疫・余力・曝露の3つの観点から考えることが重要です。

     この方は70歳の男性です。
     免疫状態としては、DMや悪性腫瘍の既往はありません。
 免疫抑制剤の内服もなく、一見問題なさそうです。
 
 ですが、膿胸の既往が気になりますね。
 多喫煙歴があるので、気管支の局所免疫の破綻は考えた方がいいかもしれません。

 あとはBPHもあるので、排尿に関してうまくいっていない可能性もあるので、
 尿路感染は起こしやすいかもしれません。


 余力はこれからバイタルを確認したり、見た目のsickさを確認します。


 曝露は色々ありそうですね。笑
 自分でクラビット内服しているのは、今回だけじゃないかもしれませんね。
 
 医師であれば、患者さんから病原微生物をもらう可能性が高くなります。
 特に結核が心配です。


 そして、院内の耐性菌が常在菌として体に住み着いている可能性もあります。
 大腸菌であれば、ESBL産生の大腸菌だったり、
 鼻腔にはMRSAがいるかもしれません。


 では次に感染臓器について考えていきましょう。
 病歴では他のROSも引っかからないので、バイタルと身体所見を教えてください」

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バイタル
T 39.0, BP  140/90, P  120 reg,  RR 24, SPO2  97% RA、レベル 清明

見た目はsickではない
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ディスカッション②腹部診察で意識するべきことは?


T「はい。では腹部の診察ですね。
  何を意識してお腹の診察をしていますか?」

S「痛いところは一番最後に触るとか。
 腹膜刺激徴候があるか。とかですか?」


T「そうね。それはその通り。

  自分が腹部診察で大事にしていることは、3次元で考えて欲しいということです。」



N「これあんまり、浸透してませんね。笑」


T「そうだね。笑
  普及活動が足りてないね。
  
  では腹部診察の極意について、全力で普及させていただきます。


  ①まず平面の軸で考えます
   お腹のどこが痛いかです。

   ここで大事なのは、自発痛と圧痛範囲と最強点を区別するということです。

   これがごっちゃになっている人が多いので、まずはこの3つを意識してください。


   自発痛:押す前にどこが痛いか?放散痛はないか?
  圧痛範囲:押して痛い場所はどこか?手のひらサイズ?
  最強の圧痛点:あるのか、ないのか?あるなら指1本の範囲か?

   そして痛みの天気図をお腹にイメージします。
   病気によって天気図が変わってきます。




  ②次に痛い場所がわかったら、深さを確認します。
   
   ここで大事なのは、腹膜刺激徴候とカーネット徴候です。

   カーネット徴候が陽性であれば、腹壁より浅いところに問題がある可能性が高いです。
   腹膜刺激徴候があれば、腹膜炎が疑われます。

   腹痛の割にお腹が柔らかい場合は、後腹膜臓器や血管の閉塞を疑います。
   

  最初のうちは、①と②を一緒に診察しようとせずに、
   分けてやるのがコツです。



   ③最後に時間軸です。

   一回、お腹触って、ハイ終わりではありません。

   胸痛の心電図再検と同じです。
   

   腹痛の場合は、何度も診察することで所見が顕在化することもあります。

   腹痛で外科にコンサルトして、外科の先生が触ったらカチカチになっていて、
   おいおい板状硬じゃないか!どこが軟らかいんだ!

   みたいな感じでお叱りを受けたことがある先生もいるのではないでしょうか。

   これには2つ理由があって、一つは所見をしっかり取れていなかっただけ。
   もう一つは、時間がたって所見が顕在化してきた。ということです。



   この3次元腹部診察法以外にも腹部診察が上達するコツはたくさんあります。 

  
   自分が意識しているのは、必ず腹部超音波と一緒に診察することです。

   腹痛の場合、超音波は聴診器みたいなものです。
   
   診察 ⇄     腹部超音波 ⇄ CT


   この行ったり来たりが非常に重要です。

   超音波検査をしながら、腹部診察をすることで、
   触っただけで超音波画像をイメージできるようになります。

   そして、超音波をみてCT所見をイメージします。
  
   思い過ごしかもしれませんが、
   超音波検査と単純CTのイメージは、かなり一致するようになってきました。

   腹部超音波検査で原因がわからない腹痛は、造影CTが必要だと思っています。


   最後にCTを見てから、もう一度お腹を触ることです。
   この行き来を繰り返していけば、究極の腹部診察に近づくと信じています。
   
   最終的には、お腹を触っただけでCTの画像がイメージできることを目指しています。


N「自発痛は下腹部正中あたりに、手のひらサイズでありました。
  圧痛は下腹部正中からやや右側に、手のひらサイズでありました。
  最強点は正中からやや右側に、指3本のサイズでありました。


  筋性防御もありました。
  tapping painもありました。
  踵おとし試験も陽性でした。」


H「陰嚢は腫脹していたり、痛かったりしましたか?」

N「陰嚢は問題なかったです。」

K「直腸診はどうでしたか?」


N「直腸診をすると、硬便が触れました。
  直腸全体の壁を押すと、どこも痛みが誘発されました。

  前立腺に著明な圧痛があるという感じではなかったです。」




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ディスカッション③診断は?


T「はい、70歳男性の7日前からの下腹部痛と高熱ですね。

 クラビットでpartial treatmentがあり、経過としては長くなっています。

 腹部診察では下腹部に腹膜刺激徴候を伴う痛みがあります。

 診断はなんでしょうか?」


S「憩室炎か虫垂炎ですか?」


T「どっちですか?」


S「うーん、虫垂炎で。」


T「ありがとうございます。

  では虫垂炎だとしたら、この経過はいいんでしょうか?


  7日前から下腹部痛と発熱が急に出現してますね。

  虫垂炎は発熱は遅れてくるので、同時に起きているのが変ですね。

  他の方はどうですか?」


Y「どちらかというと、憩室炎かなと思いました。」


T「その心は?」


Y「前にもこんな経過の人を見たことあるからです。」


T「それはね。バイアスっていうんだよ。笑

 representativeness(利用可能性)やね。


 憩室炎っぽくも見えるんだけど、7日間たってるからね。

 途中で抗生剤も入っているから、この経過だと膿瘍を考えたくなりますね。

 

 憩室炎が穿孔して膿瘍でもいいんだけど、最初からこんな高熱出るかな?

 なんとなく違和感を感じますね。」


K「僕も最初は憩室炎かなと思いましたが、違和感があります。

  病歴に戻っていいですか?

 

 もともとこの方は今回のような腹痛は今までにもなかったのですか?」


N「はい、実はこの方はこれまでにも同じような腹痛を繰り返していたようです。

  何度か血便もみられたこともありました。


  ですが自分では便秘や痔だと思っていて、病院受診はしていませんでした。

  発熱も何度かあったみたいですが、クラビットで自分で治していたようです。」


T「なんと!


  最初は憩室炎をクラビットで散らして、CD腸炎になったのかなと思っていましたが、

  その病歴聞いちゃうと、全然鑑別変わるね。


  それは潰瘍性大腸炎やクローン含めたIBDを疑いたくなる病歴です。

  ですが今回は高齢者ですのでまずは、大腸癌を疑いますね。

  大腸癌の穿孔が一番あり得る状況になってきました。


  バイタルも派手に異常だしね。」


N「はい。造影CTを撮るとS状結腸には憩室はありませんでした。


  S状結腸に腫瘤があり、壁肥厚もありました。

  腹腔内には、フリーエアーや腹腔内膿瘍が散在していました。


  診断としては、S状結腸癌の穿孔に伴う汎発性腹膜炎で手術になりました。

  

  最初は腎盂腎炎という解釈だったので、

  あ〜そうなんだ〜

  と思っていたのですが、

  

  実際に診察してみると、絶対に腎盂腎炎じゃない!と思いました。

 

  改めて病歴を聞くと、何度も腹痛を繰り返していることや

  血便があったということがわかりました。



  病院受診はせず自分で治療や解釈をされていたので、

  やっぱり病院にはかかるべきだなと思いました。」 



T「そうだね。

  いやあ、やっぱり病歴や診察は大事ですね。

  K先生が病歴に戻ってくれなかったら、わかりませんでしたね。


  患者さんの解釈モデルは大事だとはいうけど、

  プロとしては解釈を鵜呑みにしてはいけないですね。


  たとえ、患者さんが自分より先輩のDrでも・・・


  大変勉強になりました。ありがとうございました。」



まとめ

・腹部診察のコツその①「3次元診察」、その②「診察・US・CTを行ったり来たりする」

→平面と深さの診察は分けて行う、何度も触る、超音波と一緒に触る、CTの後に触る


・病歴がやっぱり大事

→解釈ではなく、客観的な事実を優先させないと誤診につながる


・医療者は自分や家族を治療してはいけないという言い伝えは本当

→体調悪ければ、病院へ行こう



  


2021年3月21日日曜日

日本一朝早いカンファレンス 〜〇〇〇でも攻める問診〜

 症例 80歳 男性 主訴:食思不振 (※症例は一部修正・加筆を加えてあります)

セッティング:休日日中の救急外来

Profile:内科的には特記すべき既往のないADLフルな方

    妻と二人暮らし

現病歴:来院の1週間前から食欲がなくなった

    それでもなんとか食べられてはいた

    来院1日前から食事が全く食べられなくなった


バイタル:BP 150/90,P 90,SpO2 98%, T 38.0, RR 20 意識 清明

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ディスカッション①この問診票をみて、まずどう考えますか?

学「高齢の方が具合が悪くなると、食べられなくなることはよくあるので、

  なんでもありかなと思います。

  でも今回は急性に出現して、熱もあるので感染症を探した方が良い気がします。」


T「そうだね、素晴らしい!

  高齢者の食思不振は老年症候群の一つとも言えるので、なんでもありです。笑


  なんでもありですが、考え方としては、

  消化管に病気がある場合と重症病態によって食思不振が起きている場合があるので、

  この2軸で考えるのが良いかなと思います。

  

  まずは救急なので、重症病態として致死的な疾患や感染症がないか?

  という視点は非常に重要です。」

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現病歴

来院1週間前からきっかけなく、食欲が落ちてきた

それでもなんとか食べられていた

同じ頃からGERDみたいなゲップが出てきた

来院1日前に少し食べたが、その後は何も食べたくない

つっかえるような感じがする

熱は自分で測っていたが、なかった


ROS:嘔吐なし、排便あり、当日朝も排便あり

   周りに同じような症状の人いない

   体重減少なし

既往:もともと頻尿で泌尿器通院中

   もともと腰痛で近医整形外科通院中

内服:上記で何か飲んでいるが、お薬手帳持参なし

   何を飲んでいるか不明

生活:妻と二人暮らし、近所に娘さんがいる

喫煙なし、機械飲酒

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ディスカッション②追加でききたいことはありますか?


学「GERDは自分の解釈ですか?胸焼けはありますか?」


Y「GERDと診断されたことはないようです。胸焼けはありませんでした」


学「検診歴や検査歴はありますか?


Y「上部・下部消化管内視鏡検査を去年受けられていますが、

  特に問題なかったようです。」


T「それ、すごい大事だね。いい質問です。

 高齢者診療の原則の一つです

「歴史に聞く」ってやつです。


 他はどうですか?」


学「喉の痛みはありますか?」


Y「ありません」


学「つっかえるのは、何がつっかえるのですか?水ですか?」


Y「何でもつっかえるようです。水でもつっかえると言っていました

  つっかえるんですけど、飲み込みにくさはないと言っていました。」


学「冷たい水とお湯だとどうですか?」


Y「そこまでは聞いていませんでした」


T「それはどういう意図ですか?」


学「アカラシアであれば、冷たい水で増悪するのが特徴と習いました」


T「素晴らしいですね。つっかえるといえば、アカラシアも考えたくなりますよね。

  この場合、つっかえる感じをどこで自覚しているかが重要になります。

  嚥下の時点ですぐにつっかえるのか、食道でつっかえる感じか。

  これはジェスチャーでやってもらった方が早いです。」


参考:嚥下障害


Y「喉仏のあたりをさすっていました。」


T「なるほど、それだと咽頭の問題か食道の問題か分けられないかもしれないね。

  両方ありうると思って考えた方が良いかもしれません。


  ただ、つっかえる感じはあるけど、飲み込みにくさはないっていうのは、

  どういうことだろうね。」




ではここでSGDしてみましょう
急性に出現した高齢男性の # 高熱 # つっかえる感じ ですね


自分は目の前の患者さんの問題をどういうアプローチをすれば、
解きほぐせるかを考えています


例えば、この症例であれば「高熱と嚥下障害の軸」で考えるか、
それとも「高熱の軸」だけで考えるか、
はたまた「嚥下障害の軸」で考えるかといった感じです


二元論でいくか、一元論でいくか、
一つの症状を深掘りしていくか・・・

アプローチの仕方は様々です

自分だったら、どんな風にアプローチするか話し合ってみてください
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ディスカッション③どうアプローチする?

Y「救急のセッティングで発熱があり、食思不振があるとすると、
  感染症をメインに考えてたいです。

  感染症のフォーカスを探るような診察や検査を行います。
  腰痛がもともとあるので、化膿性の椎間板炎は心配です。」


T「なるほど。
 ものがつっかえるという症状は一旦脇に置いておく感じでいいかな?」


Y「そうですね。そちらの原因は一元的にどう説明できるかわかりません」


S「私も同じで感染症は落としたくないと思いました。

 つっかえる感じが実は脳梗塞であれば、
 脳梗塞で嚥下障害が出て、誤嚥性肺炎になってしまったというのは、
 一元的に説明が可能なのかなと思いました。」


T「いいね。なるほど。

 みんな感染症の軸で考えたいという感じですね。

 では感染症かなと思ったら、いつもの三角形と逆三角形で考えていきましょう

 
 真ん中に宿主がいて、感染臓器、微生物、治療を考えます。

 宿主が一番大事と言われますが、何を聞けばいいかというと、
 免疫状態はどうか?余力はどうか?曝露はどうか?

 この3つを宿主の状態として把握する必要があります。


 そして、感染臓器と微生物が推定・確定できたら、それが病名になります。

 大事なことは病名がわかっても、すぐに治療に入るわけではなく、
 患者さんの状態を考えて、治療に入るということです。」


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各班のディスカッション内容

T「発熱とつっかえる感じがりますが、
 まずは発熱メインで考えるというグループが多かったですね。

 特に致死的なものから考えると、killer sore throatは見逃したくないという意見もありましたね。
 開口障害があるかどうかはチェックしたいですね。

 あとはつっかえる感じはアカラシアや神経の問題を疑うので、
 神経診察もしたいとのことですね。

 内服薬が結局、何かを知りたいという意見もありました。」


T「では身体所見にいきましょう」


T「診察では熱源になりそうな場所はなかったようですね。
  ぱっと見の問題はなさそうで、詳細な神経診察はできていません。
 
  さて、この身体所見から鑑別疾患はどう変わったでしょうか?
  今後の検査やプランを考えてみてください。」

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ディスカッション④この後、どうする?

Y「やっぱり感染症に重きを置いて、検査を組んでいきたいです。 
  血液検査、尿検査、血液培養、尿培養、出れば痰培養も出したいです

  CTも撮りたいです。」

T「ありがとうございます。
  市中の感染症で敗血症になりやすい、いわゆる5+1の鑑別をしていくことになるね。

  あとは5+1に当てはまらない時は何を考えますか?」


S「副鼻腔炎や前立腺のような他の臓器の感染を探します」

T「そうだね、その時の考え方としてこの前4つのグループに分けてみました。

  診察に一手間かけないとわからない病気
  痛いと言わない病気
  検査でしかわからない病気
  時間かけないとわからない病気


   この4つのどこかな〜と思いながら、もう一度診察してみますかね。
  例えば肝巧打痛や歯に痛みがないか一本ずつ叩くとかね。

  あとはつっかえる感じはどう考えますか?」

Y「ワレンベルグも鑑別なので、脳神経の診察をしたいです。」


T「そうだね。
 ワレンベルグは狙ってないと絶対に診察できないよね。

  診察に一手間かかるものが多いです。
  
  部屋を暗くしてホルネル兆候を確認したり、
  氷を使った冷覚のチェックとか、狙ってとらないと普通はとらないよね。」


S「あとは実際に水を飲んでもらって、どうなるかみたいです」


T「いいね、水飲み試験だね。
  そこで盛大にむせたり、飲み込みにくそうかどうかわかるね」



T「他のグループもだいたい同じですね

  CT撮るときに単純か造影か、首を入れるかどうかが、ポイントでしょうか。
  あとは食思不振が実はCSDHとかもあるので、頭部を含めるかどうかですね。」

-------------------------------------------------------------------------------------------------------------
実際の流れ

Y「実際も感染症を疑い、血液検査や尿検査、画像検査を行いました。
  血液検査では、CRPは0でWBCも上がっていなかったです。
  Naが126と低下していました。
  
  尿検査をすると、尿中Na+Kが血清Naよりも高かったです。
  尿の浸透圧は400mOsm/kgで、SIADHパターンでした。

  CTは熱源となるようなものはなかったです。

  入院してよくよく聞くと、数日前からトラムセットが追加処方になっていました。
  トラムセットによる食思不振やSIADHを考えて、トラムセットを中止し入院となりました。」


T「なるほど〜
  
  実は飲んでいた薬がトラムセットで、しかも新規に処方されていたんですね。

  お薬手帳を持ってきていない人はたくさんいます。
 ですが、薬が原因かなと疑っている時は、そこで諦めません。

  被疑薬はだいたい限られていますので、質問によってお薬を推定できます。

  
  例えば、1日3回のむやつですか?2回ですか?
  3回であれば、ロキソニン、2回であればセレコックスかもしれない

  胃薬も一緒に出ませんでしたか?
  胃薬が一緒なら、NSAIDs、出ていなければ、カロナールかもしれない

  痛み止めのんでから、便秘や口が乾きませんか?
  抗コリン作用が出ていれば、トラムセットかもしれない

  痛み止め飲んでから、ふらつきや眠気はありませんか?
  高齢者が通常量のリリカをのむと、ふらつきや眠気が出ることがほとんど
   

  痛みどめに限らず、他の薬でもこちらから薬の名前をひたすらあげると、
  あー!それです!となることも多いです。」


I「薬も攻める問診ですね
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本日の学び

・お薬手帳がなかった時点で、薬のことを考えられなくなってしまった
・発熱とつっかえ感を同時に起こすものを考えようとしたら、
 考えがぐちゃぐちゃになってしまった
・まず何を優先させて考えるべきか、ということが分かってよかった



お薬手帳を忘れた際の薬の聞き方

①何の薬をのんでいますか
 →血圧と便秘と痛み止め

②何種類のんでいますか?  
 →血圧は2種類、便秘は1種類、痛みどめは1種類

③1日に何回のんでいますか?   
  →分1、分2、分3
  
④薬剤名を挙げていく。ロキソニン?セレコックス?カロナール? 
 →ロキソニンです    

⑤最後は薬の写真を見せる

  

2021年3月20日土曜日

食後の腹痛 〜腹部アンギーナ〜

50代 女性 主訴:食後の腹痛(※症例は一部加筆・修正を加えています)

 

Profile:ITPの既往があるADLフルな方 
 
現病歴:3ヶ月前から食後に腹痛が出現するようになった
最初は痛みは弱かったが、1ヶ月前より痛みが強くなってきた
食事の10分から30分後に心窩部から臍部にかけて痛みが出現する
食後1時間くらいで治るが、数時間続くこともある
吐き気はない 下痢もない
食欲はあるが、腹痛が出現してしまうので、食事を避けるようになった
体重は3ヶ月で5kg減った
 
既往:20年前にITP
内服:なし
生活:元気な主婦

バイタル 発熱なし 
身体所見 腹部 圧痛なし
血液検査 ESR促進あり、CRP上昇なし、他特記すべき異常なし
上部・下部消化管内視鏡検査 異常なし

    造影CTにて腹部大動脈や腹腔動脈、SMAの血管壁肥厚を認めた

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食後の腹痛について


「食後の腹痛」で調べると「腹部アンギーナ」ばかり出てきて、

いいまとめがありませんでしたので、とりあえず自分の考えをまとめてみました


腹痛の増悪寛解因子で「食事で悪化するか?」聞きますよね


ただし食後の腹痛といっても、いろんなパターンがあります

まずは3つのパターンに分けることが重要です


「食後の腹痛」がある人は、

パターン①:今回はじめて食後に腹痛が出現

パターン②:よくよく聞くとあまり関連はないかもしれない

パターン③:完全に食事が原因


に分けます

この3つは鑑別疾患が全く違います

 


パターン①:今回初めて食後に腹痛が出現してきた

食事が原因でない虫垂炎のような病気の可能性もありますが、
食事が原因のこともあります


食事が原因で腹痛が生じる場合、消化器系疾患、アナフィラキシー、中毒があります


患者さんは直近に食べたものが原因と思っていることが多く、
「冷蔵庫に残っていた7日前の〇〇が悪かったかなあ〜」
と何かしら思い当たるものを教えてくれます

ですが、「確かに!その食事が原因ですね!」となることは少ないです


食後に腹痛が出現している場合でも、
こちらから狙って食事歴を聴取しないと診断できないことが多いです


まずは消化器系疾患です

消化器系に悪さをするような食事は教科書的でわかりやすいです
アルコールの膵炎や油物の胆石発作、もちの腸閉塞などです


一方、
アナフィラキシーが腹痛のプレゼンテーションできた場合は、
診断が難しくなります


原因不明のアナフィラキシーの場合は、
アニサキスが入っているような魚やこなひょうダニが入っているような粉物系の食事歴を聴取します

そして、食後に運動していないかも聴取する必要があります



食事以外にも最近飲み始めた薬やサプリがないかも聴取します

ACE-Iの血管浮腫で腸管浮腫が起きて、腹痛で来院されたという人もいます



中毒系の場合は、本人もわかっていることが多く、
自分でとってきたキノコを食べた後からお腹が・・・みたいな感じで教えてくれます






パターン②言われてみれば、そうかもしれないレベル


「食後で腹痛が増悪する?といえば、するかも・・・」

みたいな感じで、患者さんが自分からは言わず、
こちらから聞いたら答えるようなパターンです


実際は食後でなくても腹痛があったり、食後で増悪しているとも限らない状況です
この状況を見極めるには、病歴聴取にて痛みの推移をグラフ化をしないといけません

腹痛の診断に行き詰まる時の多くが、病歴が足りていない時です



痛みの推移をグラフ化できれば、食事が原因かどうかはすぐにわかります
関係なさそうであれば、普通に腹痛の鑑別疾患を考えます


食事と腹痛がなんとなく関係ありそうな場合は、IBSや便秘のことが多いです

ですが、消化管のトラブルがあれば、食後で増悪する可能性もありますので、
非特異的な病歴だと思います


つまりこのパターンの場合は、low yieldで、
鑑別を絞ることはできず、多くの疾患が鑑別に残ります





パターン③自分から食べる度に腹痛を訴えるレベル


食後の腹痛といえば、これです
いわゆる腹部アンギーナと呼ばれます

こちらはパターン②と違って、完全に食事が誘因や増悪因子になっています


患者さんが一番よくわかっていて、食事をすると確実に腹痛が出現するので、
食事を避けるようになります

食事をしなければ、腹痛はない(軽い)というのがポイントです

やはりこのパターンに落とし込むためにも、グラフ化が必要です



このパターン=腹部アンギーナといえますので、
腹部アンギーナの鑑別を考えていきます

こうなるとかなり鑑別が絞られるので、この病歴はhigh yieldです



腹部アンギーナ


腸管が虚血になる場合、

時間経過:急性、慢性
部位:小腸、大腸
原因血管:動脈(腹腔、上腸間膜、下腸間膜)、静脈
病態:解離、塞栓、攣縮、動脈硬化、外部からの圧迫(腫瘍、血腫、靭帯)
        血管炎、薬剤、凝固異常

で病名が変わってきます


時間経過 × 部位 × 原因血管 × 病態 = 病名  となります


急性×小腸×SMA×塞栓=SMA塞栓症
急性×大腸×IMA×動脈硬化や薬剤=虚血性腸炎
急性×小腸×SMA×攣縮=NOMI
慢性×大腸×静脈×薬剤(漢方)=特発性腸間膜静脈硬化症


では腹部アンギーナはどうやって表現されるでしょう?


(亜急性)慢性×小腸(大腸)×腹腔A・SMA・IMA× 〇〇=腹部アンギーナ

となります

つまり、腹部アンギーナの場合、〇〇が空いています

〇〇が何でもありので、「腹部アンギーナ」は病名ではなく症候群です



「腹部アンギーナ」が分かれば、第二幕の始まりです

まず大まかに炎症があるかないかで分けるとわかりやすいと思います

炎症病態であれば、血管炎を考え、
炎症がなければ、血管炎以外の病態を考えます


次に、好発年齢や性別が病気によって異なるので、疫学が大事になります


炎症がなく、中年男性の腹部アンギーナであれば、SMA解離をまずは疑います
炎症がなく、中年女性の腹部アンギーナであれば、正中弓状靭帯症候群を疑います
炎症がなく、高齢女性の腹部アンギーナであれば、動脈硬化を疑います


炎症があり若年女性の腹部アンギーナであれば、高安病を疑います
炎症があり中年男性の腹部アンギーナであれば、結節性多発動脈炎(PN)を疑います
炎症があり高齢者の腹部アンギーナであれば、MDSに合併した血管炎を疑います




冒頭の症例は、SLEによる大血管炎でした
ITPの既往がある人はSLEになることが多いので注意が必要です

稀ではありますが、SLEの大血管炎の症例報告は散見されます



Reumatol
Clin.
2016;
12(3)
:169–172

腹部アンギーナとわかってもからも診断を詰めていくのは大変です

特に血管炎は生検しにくい(というより手術でなければできない)ので、
血管造影やPET検査に頼らざるを得ません

消化器内科、消化器外科、膠原病科がディスカッションしながら、検査プランや治療方針を決めていきます




まとめ
・食後に腹痛を来した人をみたら、パターン①、②、③のどれかを見極める
→特に②と③を見極めるためには、痛みの推移をグラフ化する

・腹部アンギーナは病名ではなく、症候群である
→炎症の有無と性別・年齢で鑑別していく

・腹部アンギーナとわかるまでが第一幕、腹部アンギーナがわかってからが第二幕
→診断も治療も悩ましい病態

2021年3月17日水曜日

昼カンファ 〜現実と妄想の狭間〜

 新たなカンファレンス形式として、

限られた情報で鑑別疾患や病歴、患者さんの背景まで妄想していく試みをしてみました


やってみた感想としては、非常に面白かったです

発見もたくさんありました


①情報を大切にするようになる

情報が少ないので、いつもはスルーしていた小さな情報が、

とても大きな情報に感じます


例えば、住んでいる場所や来院した時間だけでも、いろいろ考えることができます


さらに情報が限られており、バイタルの重要性がいつもよりも際立ちます


実際に臨床現場で、全く情報がない場面は多々あるので、いいトレーニングになりました



②思考過程が普段と異なる


普段している診断は、たくさんの情報を統合して一つの解を導き出す作業です

1000ピースの散らばったパズルを完成させるイメージです


そして、パズルのピースはこちらから取りに行く必要があり(病歴聴取)、

さらに、関係のないピース(情報)を取捨選択する作業が必要になります(high yieldかlow yieldな所見の見極め)


今回は、逆に小さな情報を膨らます作業が必要で、全く別の思考過程になりました


パズルのピースが欠けており、穴だらけのパズルをみて、

完成したら何になるでしょう?という感じです


臨床推論についてT先生は、


「一番大事なのは、何を語ったかではなく、

 何を語らなかったである」とおっしゃっていました


見えていない部分に真実が隠れていることを忘れてはいけませんね


そして、語られたことだけをみて、全て見えた気になってしまうのも良くないですね



③想像力が養われる


妄想がいろいろできる人は、想像力が豊かな証拠です

家庭医系の先生は詳細に患者背景や病態を想像してくれました


さすがでした


家庭医に一番必要な力は、想像力だと思っています


「FIFE」、「かきかえ」といったスキルで、患者さんのナラティブを引き出しましょう

と、よく言われますが、もっと大事なことは想像力です


相手がこの立場であったら、こういうことが辛いだろうなあ、とか

ここが心配だろうなあ、といった想像ができれば、

こちらから助けの手を差し出すことができます


今回の妄想カンファは、想像力を鍛えるいいトレーニングになりました

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88歳 男性 主訴:呼吸苦(※一部症例は加筆・修正を加えています)

HOT LINEがなり救急車で来院

セッティングは、休日の午後の救急

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T「はい、ではこれだけの情報で妄想してみましょう。

 いかがでしょうか?」


Y「えーっとですね、この人は多分、慢性心不全が背景にあって、

 今回は急性心不全ですね。

 認知症も進んできて、薬の管理ができなくなってきています。

 奥さんと二人暮らしですが、奥さんの介護力もない状態です。

  薬の飲み忘れが多くなってきて、心不全が悪化してきたんだと思います。」


T「はい、素晴らしいですね。ありそう〜

  今回のルールとして、妄想してくれた人は一つだけ質問していいことにします。

  何を質問しますか?」


Y「じゃあ、ADLを教えてください。」


D「ADLはフルです。」


T「なるほど。いいですね。では次の人どうぞ。」


N「この人はですね、心臓や肺が原因かなと思って、レントゲンとか、

 CT撮ったりするんですけど、肺が綺麗なんですよ。

 じゃあ、PEかなと思って、DVT-USもするんですけど、それもない。

 何かな〜って思っていたら、血液ガスでCOが高いっていうのが、オチです!」



T「まるで、経験したような口ぶりですね。」


N「はい、3回くらいありました。笑」



D「豆炭は使っていませんでした。」


N「まだ質問してないやろ。笑」


T「まあ、豆炭以外でもCO中毒ありますからね。

 他に経験したものはありますか?」


N「石油ストーブや薪ストーブでもありました。

  じゃあ、質問は既往歴を教えてください。」


D「既往は高血圧、糖尿病で〇〇診療所にかかっています。」


T「はい、ありがとうございます。いいですね。では次、整った先生お願いします。」


E「はい、整いました。

 この人はですね、ADLがフルで元気なんですよ。

 妻と息子と生活しています。

 だいたい、〇〇に住んでいる人は元気な人が多くて、

 畑とかもしています。


 今回はですね、最初はCOPDや心不全や肺炎かなとか思いますけど、 

 違うんですよ。CTも綺麗で、PEもなくて、何かな〜と思ったら、

 ガスでCO2が溜まっていて二型呼吸不全パターンですね。


 でもALSやMGにしては、今までの経過がなくて急性の経過だと思います。

 となると、GBSの上腕や頸にくるパターンのやつで、

 よく聞くと、先行感染の下痢があったという感じですね。

 その後は、入院して挿管して人工呼吸器つけて、神経内科の先生に相談して、

 IVIGいく流れです。

 

 なので、下痢があるはず!」


D「下痢はなかったです」


T「笑。いやあ、面白いですね。

 でも、下痢のROSを聞いているのもヒントになりますね。


 じゃあ、次の方。」


M「はい。整いました。


  この人は、呼吸苦が出てきて、

  はあはあして、だんだん手が痺れてきて、救急車で来院したという流れです。

  バイタルはBP140/70、P80、SPO2 100%、RA24回、T 36.8ですね(※妄想)

  ガスをとってみると、CO2がはけているはずです。


  高齢者の過呼吸なので、原因疾患を探すのが大事になります。

  痛みがあって過呼吸が誘発されたのかもしれないので、

  解離を探したり、喘息を探したりします。


  でもどこにも異常がなくて、じゃあ、頭か?ということを議論して、

  頭の検査をどうするか悩みながら入院になります。


  でも入院後は治ってしまって、結局何だったのかわからないという感じです!


  SPO2 が100%だと思います。バイタルを教えてください!」


D「SPO2 94%(2L)、BP 95/50、P90、T 36.6、RR24回で、レベルはクリアです。」


T「違ったね。笑。

  しっかり低酸素だったね。


  でもバイタルが出てきたのは、かなりの情報ですね。

  では次の方〜」



N「はい。

  この人は奥さんが1ヶ月前に亡くなっています。  

  それで今は一人暮らしをしています。(※妄想)

  食事とかは全て奥さんが作っていたので、何とかそれでも冷蔵庫にあるもので、

  食い繋いできました。

  

  バイタルで血圧が低くて、酸素の値も低いので、

  これはアナフィラキシーです。

  来てみると、体が真っ赤ですぐにアドレナリンを打つ流れになります。


  だから下痢のROSも聞いたんだと思います。


  でもアナフィラキシーの原因になるようなものがありません。

  よくよく話を聞くと、冷蔵庫にあったさばを食べたという話が出てきます。

  さばに含まれているヒスタミン中毒が今回の原因だと思います。」


T「じゃあ、質問はさばを食べましたか?にする? 笑」


N「いや、体が赤いはずです。体が赤かったかどうかにさせてください。」


D「体は赤くはなかったです。」


T「笑。論理が通った妄想だったけどね、

 体赤かったら、めっちゃ盛り上がったね。笑

 では次の方〜」


S「午後の救急に救急車で来ているので、かなり急性の発症だと思います。

 そうなるとPEや気胸を考えたくなります。

 でも普通のADLの人がPEは起こさないので実はタバコを吸っていて、

 進行した肺がんが背景にあって、凝固系の異常があってDVT・PEになったんだと思います。

 タバコは吸っていましたか?」


D「タバコは吸っていません。」


T「いい論理だったけどね〜


 タバコは吸っていないんだね。大事な情報です。

 はい、ありがとうございます。では次の方〜」


S「かなり急に出現しているような印象なので、

 PEや気胸が鑑別になるかと思います。


 やっぱり発症時に何をしていたかとか、onsetが気になります。

 何をしている時に苦しくなったのですか?」


D「来院の30分前から呼吸苦があったようです。

  髭剃りをしていて、そり終わったら苦しくなってきたようです。」



T「髭剃り後の呼吸苦って・・・

  googleに入れたら、何か病名教えてくれるかな? 笑


  でもかなりsudden onsetですね。

  では次の方〜」


K「はい、この人は喫煙はありませんが、DMやHTがあり、

 家族歴で脳血管や心筋梗塞があるはずです。

 vasular riskは高いと思います。


 それで、今回は血圧低下や酸素も低下しているので、

 心筋梗塞が疑わしいと思います。

 なので、胸痛があったかどうかが聞きたいです。」


D「胸痛はありませんでした。」


E「今の妄想にコメントすると、急性の心筋梗塞だと、あまり血圧が下がらない気がします。

  もちろん、心原性ショックであれば、そういうこともありますが・・・

  

  もし心筋梗塞だとしたら血圧が下がっているというのは、

  合併症である腱断裂や心室中隔穿孔、心破裂を考慮したいです。

  

  そうすると、今回胸痛よりも呼吸苦が目立っているので、

  急性ではなくて数日前に心筋梗塞を発症したrecent MIの気がします。


  それであれば、肺水腫と血圧低下も説明できるかなと・・・」


T「いいですね!素晴らしい。

 妄想にコメントしてくれた人には、質問の権限を与えます。

 何か聞きたいことはありますか?」


E「じゃあ、心雑音があったかどうか教えてください。」


D「2LSBにLevine  4/6の収縮期駆出性雑音がありました。

  あとは心尖部に逆流性の雑音もありました。」


聴衆 おおお〜〜


T「すごいですね。なんだか、弁の問題な気がしてきました。

  では、次の方〜」


E「えーっと、症例は

  ADLがフルな88歳男性で、HTとDMで近医通院中ですね。

  今回は来院の30分前からのかなり急性に出現した呼吸苦で、

  バイタルでも酸素化の低下がみられます。

  少し血圧も下がっています。

  収縮期雑音があるので、何らかの弁膜症やVSPが疑われているので、

  やっぱり心不全を疑いたいです。

  足の浮腫があったのかは気になります。」


D「下腿前面には少し浮腫があって、足背はⅢ度くらいの浮腫がありました。」


T「いいですね〜おっと、そろそろ時間ですね。結論はどうでしょうか?」


U「その前に司会のT先生が妄想してみてよ。」


T「えー僕ですか・・・

 妄想言うのって、結構恥ずかしいですね。笑」


N「僕らもめっちゃ恥ずかしかったですよ 笑」


T「多分この人はとても元気で畑もやっているくらいの人ですね。

 妻と二人暮らしで、奥さんの言うこともあまり聞かず、

 食事とかも適当で、塩分も普通にとっていたと思います。


 近医の先生からも塩分は控えるように言われていても、多分聞いていなかったと思います。

 そして、HTに対してカルシウム拮抗薬が出されていて、浮腫もきています。


 実は数日前から苦しくても、外に出て行ったりしていて、

 本人はいつものことで、気にしていなかったのだと思います。


 今回は午前中に動いたりして、午後に本格的に酸素化が低下して苦しくなってしまいました。(※妄想)

 原因はもともとA Sがあって、それが徐々に進んでて、今回は心不全になったのだと思います。 


 すいません・・・普通で。

 じゃあ、実際はどんな流れで結論はどうでしたか?」


D「実際はCXRで肺の透過性が全体的に落ちていて、心不全がありました。

  虚血も考えて心電図をすぐに撮りました。

  V2-4でST-Tが少し上がっているように見えました。 

  T波は二相性でした。V5-6はST-Tは低下していました。

  比較はありませんでした。


  トロポニンはわずかに上がっていて、BNPは著明に上がっていました。

  UCGではSever ASがありました。

  

  この時点では、ASに伴う心不全で、虚血もあるかもしれないと思ったので、

  循環器に相談して、

  硝酸薬、ヘパリン、フロセミドで治療されました。

  後日カテをしてみると、3枝病変が見つかり、Sever ASもあるので、

  CABGを他院でお願いする流れになりました。」


T「なるほど〜

  限られた情報でもかなりいい線いって、想像できていましたね。


  途中の妄想でみんなが呼吸苦の時に大事にしていることが聞けてよかったですね。

  

 呼吸苦の時にアナフィラキシーや二型呼吸不全、CO中毒とかは見落としがちですから、

 常に意識しておくことが大事ですね。  



  どうなることかと思いましたが、意外に妄想系カンファも面白かったですね。

  また皆さん、お付き合いください。

  ありがとうございました。」


まとめ

・妄想系カンファは意外に面白い

→普段使わない思考ができる

 想像力が鍛えられる

 バイタルをより大事にする

 といったメリットがある



2021年3月14日日曜日

日本一朝早いカンファレンス 〜Radiologist ring〜

高齢者の診療って難しいですね・・・

何でもありじゃないか、と思うことはしばしばあります
そんな症例です


ですが、諦めて思考停止になるのではなく、考え続けることが重要です
高齢者の診療は難しいということを自覚することが、高齢者診療が上達するための第一歩です


高齢者診療にはヒントやコツがありますので、
症例を通じて学んでいきましょう
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95歳 男性 主訴:便秘?(※症例は一部加筆修正を加えてあります)

問診票:先週まで大腿骨転子部骨折で入院
    その後、排便なく経過し、本日受診

状況:救急のwalk in

バイタル:BP106/85, P 76 reg, RR24 , SPO2 100%, T 36.0度、意識 JCS1
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ディスカッション①問診票を見て、何を考える?

T「さあ、こんな問診票だったら、みんなはどう考える?」


学「高齢なので大腸癌が原因で、器質的に閉塞していないかが心配です。
  腸閉塞の可能性があるので、排ガスや排便の有無を確認したいです。」

T「なるほど」


学「薬が原因で便が出ないことも多いので、薬が気になります。
  骨粗鬆症が背景にありそうなので、活性型VDが処方されていれば、
  高カルシウム血症になって、便秘になっても良いかと思いました。」


T「すごいね! 笑。その通り!
  高齢者診療のコツは、薬が原因でないかと疑うことだね。
  
  高齢者が具合が悪くなって外来に来た時は、すぐに薬を確認した方がいいです。
  病気の鑑別をあげる前に、薬が原因でないかと考える癖をつけましょう。」


学「他には、痛み止めで弱オピオイドとかも処方されていれば、
  便秘になるかなと思いました。」


T「その通り、トラマドールとかよく出されているからね。
  
  物理的に腸が閉塞していたら、腸閉塞といいます。
  物理的な閉塞起点がなくて、薬で腸が動かなければ、イレウスといいます。
  
  じゃあ、みんなは腸閉塞や薬が原因じゃないかと疑っているわけだね。いいね。
  でも、もう一つこの状況で考えないといけないことがあるんだけど、どう?」


O「膀胱直腸障害の有無を確認したいです。

  問診で尿がしっかり出ているかどうかや、
  身体所見で直腸診をして、膀胱直腸障害の有無を確認したいです。」


T「素晴らしい!

  この人は多分、転んで骨折しているよね。
  ということは、他の部分も骨折しているかもしれない。
  
  最初は転子部骨折の部位が目立ってしまって、
  骨盤骨折や胸腰椎圧迫骨折が見落とされている可能性もある。

  実は脊椎の破裂骨折で脊髄を圧迫して、膀胱直腸障害が出てきているのが、
  一番嫌なストーリーだね。


  ということで、この患者さんには、これまでの画像やカルテがある。
  その歴史を紐解くことから始めよう。



  高齢者診療のコツは、いきなり診察を始めないということ。

  
  いきなり診察するということは、
  ヒントなしで、激ムズ問題を解くようなもの。
  過去のカルテや画像をみておくというのは、診断のヒントになります。


  ただ、カルテをじっくり何分も見なさいというわけではありません。
  せめて、既往、内服薬、ADL、直近の血液検査、CT検査だけでもさらっと目を通します。
  
  
  特にCT画像があれば、今回の主訴に関係なさそうでも、
  頭部、胸腹部は全てザーッとみてしまいます。


  頭の萎縮が強ければ、認知症がありそうだな・・・とか、
  前から便秘あるな・・・とか、かなりの情報がわかります。」
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診察前にカルテチェック


T「処方にはいろいろツッコミどころがありますね・・・

 ・NSAIDsが入っているのに、PPIが入っていない
 ・β遮断とβ刺激が入っている
 ・カルシウム拮抗薬で便秘の副作用

 いわゆるポリファーマシー状態です
 薬が原因でも不思議ではありませんね

 では現病歴です」



T「現病歴をとると、問診票にはなかったことがたくさん出てました
  せん妄?状態で幻視がずっとあったようです

  当日は息苦しさや痛みを訴えていたようですが、
  どこかが明確に痛いということではなかったようです」

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ディスカッション②どのカテゴリーで考える?

T「便秘というか、他にもいろいろな症状があるね。笑
  どのカテゴリーに入れて、鑑別を進めていきましょうか?」


学「何だか、いろいろな症状があってよくわかりません・・・」


T「そうだね。まず、せん妄って施設の人は思っていたみたいだけど、
  そのまません妄として考えていいかな?」


学「幻視があるので、良いかなと思いました。
  幻視の程度にもよりますかね・・・」


T「そうだね、幻視は実はどっちでもいいんだ。
  
  まずは、せん妄という言葉の定義からおさらいしよう。


  せん妄というのは、
 急性に発症する意識・注意・知覚の障害で、
 かつ日内変動を示す精神症候群です。


  つまり、意識障害や変容、注意障害や記憶障害があるんだけど、 
  いつも通りの状態に戻ったり、変動があるのが重要です。


  なので、施設ではずーっと幻視があっていつもと違う状況だったのか、
  それとも、たまには普通に会話できたりすることもあったのかを聞かないといけない。


  この患者さんを「せん妄」というカテゴリーで考えるか、
  「意識障害」というカテゴリーで考えるかを決める作業です。」






Y「施設では、ずーっといつもと様子がおかしくて、普通の状況はなかったようです。
  もともと入院するまでは認知症もなく、元気な方でした。」


T「ということは、せん妄で考えてはいけないね。
 意識障害として考えるべきかな。


   高齢者診療では病歴が詳細に取れず、
 ブラックボックスの時間が多いというのが特徴です。
 自ずと、診察が重要になってきます。

 では身体所見をとっていきましょう。」

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身体所見


T「身体所見では、眼球結膜や体に黄染がありました。
  黄染には、施設職員さんも1日前くらいから気がついていたようですね。

  意識障害というカテゴリーで考えれば、肝性脳症も鑑別に入ります。
  黄疸があるのであれば、かなり疑いたくなりますね。


  羽ばたき振戦は、みておいてもよかったですね。
  羽ばたき振戦は意外に知られていませんが、negative ミオクローヌスです。
  (※専門家に言わせると諸説あり)


  両手を前に突き出し、手関節を背屈してもらいます。
  その時に、力が一瞬抜けてしまいます。

  ポイントは左右非対称であるということと、
  ある程度、指示が入らないとできない、ということです。
 

  これを知っていれば、手関節の背屈以外の診察でも応用がききます。」

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ディスカッション③さて、鑑別と次のプランを考えましょう





T「皆様、素晴らしいですね。

 黄疸が明らかにあるのであれば、肝性脳症の可能性が高く、
 血液検査や画像検査が必要ですよね。


 熱はなくても、意識障害でくる感染症はよくあります。
 この状況では胆管炎の可能性もあり、血液培養をとることも大事ですね。


 あとは、黄疸に飛びつきたくなりますが、
 高齢者でよくあるCSDHも忘れないところが素晴らしいですね。
 
 高齢者診療のコツは、オッカムよりもヒッカムです。
 ある一つの異常に飛びつくと、他の異常を見落とす可能性があります。

 一つ異常を見つけても他の鑑別疾患の可能性が、それほど下がらないのがポイントです。


 つまり、胆管炎+CSDH(慢性硬膜下血腫)の可能性は十分あるので、
 胆管炎があるからといって、頭部CTを撮らなくていいというわけではありません。
 

 実際はどう動きましたか?」





T「何と!解離ですか・・・
  それは、きついです。
 
  高齢者の具合が悪いは、本当に何でもありですね。
  何でもありだからこそ、致死的な疾患をとりあえず、除外することが救急では大事ですね。」






Y「自分は黄疸や肝巧打痛があると思って、閉塞性の胆管炎を疑ってCTをみましたが、
  肝内胆管の拡張はなくて、原因がよくわからないなあ、と思っていました。


  そしたら、上級医の先生が上行大動脈が新たに裂けていることに気がついてくれました。
  もともと腹部しかCTは撮っていなかったのですが、
  ギリギリで一番上に写っていました。

  
T「あー、それはRadiologist ringだね。」


Y「Radiologist ring?」


T「高齢者診療では、病歴があてにならず、
 診察や検査が重要になってくることが多いです。

 今回のように、画像検査で診断がつくこともよくありますので、
 しっかりCTを読影できるようにならなくてはいけません。


 自分の中で読影の見逃しが劇的に減った魔法の言葉があります。

 それが、Radiologist ringです。


    画像を撮るときは、みたいものがあります。
 みたいものが中心にあって、それ以外はあまり見えていません。

 見逃すときは、注意してみた部分ではなく、
 注意を傾けることができなかった、思考の外側に原因があることが多いです。


 そして、それは画像の辺縁(端っこ)にあることが多く、Radiologist ringと呼ばれています。

 例えば、今回のように腹部CTでたまたま写った上行大動脈解離や、
 精巣捻転で捻転して、傾いている陰嚢
 原因不明の腹痛になることがある硬膜外血腫や膿瘍

 いずれも辺縁ですね。





 自分はこの言葉を放射線科のDrから教えてもらって、とても感銘を受けました。

 以来、画像を読むときは、Radiologist ringを強く意識して読影するようになり、読影力が飛躍的に上がった気がします


 心構えだけで、こんなに見逃しが減るんですね





まとめ
・高齢者診療はいつも通りのアプローチが通じにくい
→高齢者診療は難しく、ヒントやコツがあることを知る

・ヒントは歴史に聞くこと
→いきなり診察するのではなく、カルテや画像をチェックしてから診察を始める

・コツ①薬が原因のことが多い、②病歴よりも診察や検査が大事になることが多い、③一つの原因ではなく、複数の原因が存在することがある
→画像を撮らざるを得ないことが多いが、撮るならしっかり読影する
 Radiologist ringを意識しながら読む

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