2021年12月26日日曜日

中毒診療 〜治療編〜

 前回のまとめ


若い女性が過量内服で夜間の当直にやってきました

飲んだ薬はベンゾジアゼピン系の薬、市販の風邪薬でした


バイタルは傾眠で頻脈がありましたが、呼吸状態は安定していました

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治療編


T「バイタルが問題なくて、原因薬物がわかったら、次は治療です。

  中毒治療の原則のおさらいをしよう。

  いいかげんWHATと覚えよう!と福井の林先生が言っていたよ。」








研「付き添いの人に聞いたところ、のんだところは見ていないということでしたが、

  おそらく2〜3時間前にのんだんじゃないか?ということでした。

  もう1時間は経っているので、胃洗浄の適応ではないですね。」


T「そうだね。今回は致死量にも満たないし、必須ではなさそうだね。

 でも抗コリン作用が含まれている薬の場合は、

 胃の中にまだ残っている可能性が高いから、1時間を超えても検討してもいいんだよ。」



Pt「あいたたた・・・気持ち悪い・・・」


T「なんだか心窩部を痛がっているね。筋性防御とかはないけど、

 胃が張っているのかな?」


Pt「この風邪薬をのむと、いつもこうなります。」


T「ふーむ・・・一回、画像評価しておきますか。」


CT  胃内に高吸収域を示す領域を認める

  他に腹痛の原因となるものはなし




中毒研究 24:215-216.2011より


研「あ、まだ胃内に薬がたくさんありそうですね」


T「そうだね、一般的に放射線透過性は物質を構成する原子の原子量が大きいほど、
 密度が高いほど低下すると言われています。

 睡眠薬では原子番号が大きいbromineを含むブロモワレリル尿素が、
 Xpで観察されることが多いね。
 
 錠剤やカプセルも密度が高いから発見されることが多い。

 ある研究では腹部CTで急性薬物中毒の診断能は
 感度100%、特異度82%だったという報告もある。

 原因のよく分からない意識障害の時とか、心肺停止状態の時にも有用だね。
 
 あとは石油誤飲の時も特徴的な画像になるよ。
 みたらすぐにわかる。液体の三層構造になるから。笑

 石油の場合は、胃洗浄や活性炭は行わないことが多いから注意が必要だね。」


研「わかりました。で、結局胃洗浄はやるべきなのでしょうか?」


T「そうだね、がっつり胃洗浄はかなりきついんだよね。

 だから活性炭入れるついでに、なんちゃって胃洗浄しておこうか。

 コツは太めの経鼻胃管(腸閉塞時に使うようなもの)を用意して、
 先端の穴をハサミでトリミングして、広くするんだ。

 こうすると、大きな薬も取りやすくなるよ。」


研「なるほど〜
 
  で、活性炭はどうやって入れるんですか?」


T「のんでもらってもいいけど、ドロドロだしのみにくいから、
  胃管から入れることが多いよ。

  もちろん、意識が悪くて嘔吐して窒息してしまいそうな人の場合は、
  まず気管挿管で気道を守ってからやらないといけない。




T「今回の人は意識もまだ保たれているから、挿管せずに胃管をのんでもらいましょう。

  意識がなくなる前に胃管をのんでもらうのがコツですね。」


研「胃管入りました。」

T「微温湯入れて吸引してみてください。」

研「薬らしきものがたくさん引けてきますね。」


T「いいね。たくさん洗えそう。じゃあ、できる限り、薬を回収しちゃってください。

  こっちは活性炭スープ作ってます。


  活性炭にマグコロールPを入れて、微温湯を一緒に入れて、ぐるぐるまぜ合わせます。
  魔女のスープみたいになります。」



研「薬はかなり回収できました。
  では活性炭を入れていきますね。

  ううう、結構入れるのに力入りますね。」


T「だんだん硬くなってくるんだよね〜 黒いのが飛びやすいから気をつけてね。

  活性炭や胃洗浄はやるかやらないか、迷う症例が多いけど、
  今回はCTでまだ胃内にたくさん薬がありそうだったので、判断の一助になりましたね。」














T「緩下剤は活性炭と一緒に投与することが多いですが、
  単独で投与することはあまりないですね。

  あとは、原因薬物に応じて血液浄化や拮抗薬があるか確認しましょう。」







拮抗薬





T「拮抗薬がある薬って実はあんまりないんですよね。
 
 あとは入院後に精神科的な評価を行いましょう。」






今回は死のうとは思っていなかったようで、気持ちが楽になりたかったとのこと

今は死のうという気持ちはないとのことであり、
退院した足で、かかりつけの精神科受診をお願いした

まとめ

・中毒治療の原則は「いいかげんWHAT」の順番で考える

→胃洗浄、活性炭、下剤、全腸洗浄、血液浄化、拮抗薬


・胃洗浄や活性炭をするか迷ったら、腹部CTが有効かもしれない

→がっつり胃洗浄ではなく、なんちゃって胃洗浄も効果的(私見)


・精神科的評価を忘れないこと

→予防は今回から始まっている




2021年11月21日日曜日

中毒診療 実況中継 〜原因薬物はABCの後で(診断編)〜

薬を出す側が最も気にしなければならないのが、

自分の薬が自殺に利用されることです


過量内服の人がやってきた時の考え方を症例を通じて、復習してみましょう

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夜の当直(※症例は修正・加筆を加えてあります)


救急にwalk inで若い女性がやってきました

待合室で倒れ込むような形になり、看護師さんがストレッチャーで救急室へ


T「どうされたんですか?主訴はなんですか?」


Ns「何か薬をたくさん飲んだみたいです!」


研「えーーー、どうしよう・・・。オーバードーズですか!?

  えーっと、何の薬飲んだんだろう・・・」


Pt「ううう・・・(眠そうにしている)」


研「だめだーしっかり病歴がとれない・・・」


T「過量内服の時は何を飲んだかも大事だけど、もっと大事なことがあるよ。

 それはバイタルを安定化させることだね。

 飲んだ薬はバイタルのABCの後です

 

 まずはバイタル測定してください!」


Ns「バイタルはBP140/90、P130、SpO2 97%、RR20です。

  意識は傾眠状態で話しかければ、会話できます。」

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研「脈が早いですね・・・
  モニター上は洞性頻脈ですが・・・
  
  やっぱりいきなり病院にきて、緊張しているのでしょうか?
  どうしたらいいですか?」


T「脈が早いのは、交感神経賦活されているのかもしれないね。

  だけど、まだ何をのんだかわからない状態だから、
  一番いやなのは三環系抗うつ薬(TCA)だね。
  
  TCAの場合、QRSがwideになってきて、致死性の不整脈が起こることがある。
  メイロン投与が治療になるんだ。
  だからまず、心電図をとるのが大事だね。」




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Ns「心電図取りました。ただの洞性頻脈みたいです。QRSはwideではありませんね。」


研「ST-T変化もありません。」


T「そうだね。じゃあ、ABCはひとまずOKとして、採血、輸液をしておこう。


 あとは何の薬を飲んだか探ることにしよう。

 さて、どうやって探る?」


研「付き添いの男性が待合室にいました。

  その人から病歴とってきますね。」


T「そうだね。じゃあ、お願いします。

  こちらはトキシドロームの観点で身体診察してみるね。」


研「トキシドローム?目とか見るやつですね。」


T「そうそう、その目でみないとスルーしちゃうからね。」


研「トキシドローム以外で何の薬飲んだかわかるヒントとかってあるんですか?」


T「色々あるよ。

 有名なのは尿のトライエージだけど、

 トライエージは偽陽性が色々あるからちゃんと特性を理解して使った方がいいね。

 あとで解釈に困ることが多いから、とりあえずトライエージは賛成できない。

 

 他には3つgapがある。ガスを取り忘れないことが大事です。」



 







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T「瞳孔は3/3、対光+/+か。

 皮膚は発汗は見られないな。どちらかというと乾燥している。
 口腔粘膜も乾燥している。

 震えはみられない。腸蠕動音は減弱している。

 トキシドロームだと、皮膚・口腔粘膜は乾燥していて、

 頻脈があるから副交感神経遮断かな?交感神経賦活もかぶっているかも。


  
 匂いは若干、アルコール臭がする。

 意識はまだ保たれている。頑張れば会話もできそうだな・・・」


研「先生ー聞いてきました。
  飲んだ薬を持ってきてくれていました。」


デパス:80T
メイラックス:80T
市販の風邪薬:2瓶


研「風邪薬たくさん飲んだみたいですね。風邪でも引いてたんですかね?」


T「いやいやいや、そんなわけないでしょ。

 おそらく、この人は慢性的にブロン®︎を飲んでるみたいだね。

 ブロン®︎は市販薬で最も乱用されやすい薬です。

 慢性依存状態になっているんだろうね・・・」



松本俊彦,他.全国の精神科医療施設における薬物関連精神疾患の実態調査.2019.




T「それより、「市販の風邪薬」で止まってはいけない。

 市販の風邪薬といっても色々あるし、基本的には合剤のことが多い。
 
 合剤やたくさんの薬を飲んだ場合、トキシドロームを使う時にスッキリいかないこともあります。

 BZやコデインで縮瞳するけど、エフェドリンや抗コリンで散瞳する。
 結果的に瞳孔は普通の大きさっていうことがよくある。


 今回はブロン®︎という市販の鎮咳薬ですね。
 
 市販の痛み止めの中では、 ブロムワレリル尿素が入っているような
 ウット®  , ナロンエース® , 奥田脳神経薬®に注意が必要です。
 
 昔の文豪が自殺した時に使った薬で有名ですね。

  
 ブロムワレリル尿素は急性中毒だけでなく、
 日頃から痛み止めで使用している場合は、
 慢性中毒になって変な神経異常が出ることもあるよ。

 血液検査で高クロール血症があれば、ヒントになるね。」

総合診療 29巻2号 (2019年2月) 
特集 意外な中毒、思わぬ依存、知っておきたい副作用—一般外来で!OTCも処方薬も! 


Ns「今回飲んだ市販の風邪薬の内容は、



  でした。」


研「たくさん入ってますね・・・」


T「そうだね。ブロン®︎という名前でドキッとしたけど、

 ブロムワレリル尿素は入っていないようだね。

 

 でもカフェインやエフェドリンが入っているね。 

 それぞれの成分で致死量でないかを確認しないといけないね。」


研「それぞれ、調べましたが、致死量には至っていないみたいです。」



日臨救急医会誌(JJSEM)2020;23:702-6


研「今回はどれも致死量には至っていませんが、頻脈がありますね。

  これはやっぱりエフェドリンやカフェインのせいですか?」


T「そうだね。致死量でなくても致死的な不整脈を起こすこともあるので注意が必要です。


 もう一つ、過量内服で気をつけなければならないのは、

 飲んだ薬や物質が他にもあるかもしれないということです。

 

 今のところ、ベンゾジアゼピンとブロム®︎だけですが、

 他にも実は・・・というのが後でわかることもあります。


 頭の片隅におきながら、経過を見ましょう。」


研「過量内服の人を見たことないのですが、胃洗浄とか活性炭は使うんですか?」


T「そうだね、次は治療をどうするか考えよう。」


〜後半へ〜


まとめ

・過量内服をした人を見たら、原因薬物はABCの後で

→まずばバイタルの安定化を目指す


・原因薬物は病歴と診察と検査の3つで推理する

→トキシドロームはその眼で見ないとスルーしてしまう


・過量内服のピットフォールは判明した薬が全てでは限らないこと

→睡眠薬とお酒を飲みながら、練炭自殺しようとしていた とか



今さらきけない疑問に答える 学び直し風邪診療

風邪の本といえば、岸田直樹先生や山本舜悟先生の名著があります 自分もこれらの本を何回も読み、臨床に生かしてきた一人です そんな名著がある中で、具先生が風邪の本(自分も末席に加わらせていただきました)を出されるとのことで、とても楽しみにしておりました その反面、何を書くべきか非常に...

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