2022年11月6日日曜日

Who is the Poor Historian ?

今日の症例のポイントは


・陰性感情にどう対応するか

・病歴がうまくとれない時、どう対応するか


です


Poor Historianという言葉を聞いたことはありますか?




Who Is the Poor Historian ?

というタイトルで1984年にJAMAにもありますね




このPoor Historian という表現はアメリカでは、
インターンや学生がプレゼンテーションの際に用いることが多い言葉です


この表現の意味するところは、患者さんの語った症状や医学的な説明が、
矛盾していたり、適切ではなかったり、証拠がなかったり、
無関係であったり、ということです


Poor Historian と呼ばれる人の多くは高齢者であり、
英語がうまく話せない人、認知症の人、失語の人、
構音障害の人、せん妄状態の人、精神疾患の人などで用いられることが多いです

Age Ageing. 2016 Jan;45(1):11-3.



この言葉は日本ではあまり一般的ではありませんが、使わないでください




なぜ、使わない方がよいか?



それがよくわかる症例でした




症例は79歳 男性です(症例は修正・加筆を加えてあります)

主訴は左上下肢の違和感で、救急搬送となりました


救急隊からの情報では転倒して怪我をしているようです


どんな軽微な外傷であっても、転倒した状況がわからなければ、
JATEC対応をしておくのが無難です


JATECコースがありますので、早いうちに受講しておくことをおすすめします

JATECは身に付いたら一生ものです

車の運転免許みたいなもので、外傷診療の免許みたいなものです




救急隊が来るまでに情報収集を行います

かかりつけが自分の病院であれば、カルテをチェックします


この症例もそうでしたが、
「なぜこの状態や怪我で救急車を呼んだのか?」


と疑問に思うことがあります


それは「なんでこんな軽症なのに救急車で来るんだ!」

怒っているわけではなく(怒っている人もまれにいますが)


純粋に気になりますし、
そこに医学的な問題以外の問題が隠れている可能性が高いからです



例えば、

交通手段がなかった
どうしたらいいか、不安でしょうがなかった
家族がパニックになって呼んだ
以前も同じ症状で〇〇(心筋梗塞、脳梗塞)だった

など


事情を説明していただければ、了解可能なことが多いです


もし、陰性感情が沸いてしまっていても、
事情を聞くことで陰性感情は和らぎます


救急車を呼んだ理由を患者さんに嫌な思いをさせないように、
さりげなく聞けるようになれば、救急に慣れてきた証です




最近、気になることは
救急隊の人から情報をとっている人が少ない、ということです



みなさん、救急隊の人とお話していますか?


救急隊に聞く情報は、病歴ではありません


病歴は本人と家族から聞けばよいので、救急隊に聞く必要はありません



では救急隊員に何を聞くか?



それは、救急隊員が患者さんと接触した状況です


家の中のどこにいて、どんな姿勢で待っていたか?

会話はできたか?

救急車までは歩けたか?

家の中の様子は?

部屋の温度は?

アルコール飲料や薬が散乱していなかったか?

救急車内での様子は?


もちろん、これらは患者さんや家族から聞いてもよいのですが、

病歴を立体的にするために、救急隊から聴取します


椅子に座って、救急隊を待っていたのであれば、元気そうだな・・・

救急車まで歩けていたのであれば、足の粗大な麻痺はないな・・・


といったように、神経学的所見をとる前から予想を立てることができます




次に本人から病歴をとりますが、この方の場合は、

病歴を取ると、ころころ言っていることが、変わるようです


病歴をとるたびに、2、3日前だったり、2時間前だったり、

いつからどんな症状があったかが、パッとしなかったようです



そんな時は「病歴」は「音楽」であるというメタファーを思い出しましょう


人が奏でる「音楽」が毎回違うのと同じで、

人が語る「病歴」も毎回違うのも当然です



とはいうものの・・・


陰性感情は湧きますよね 


カルテに2、3日前と書いたら、次に聞いた時には、2時間前と言っている・・・

病歴がうまくとれず要領を得ないと、だんだんイライラしてくるのは、当然だと思います



病歴がうまく取れない時は、誰でも陰性感情は沸いてしまいます



陰性感情に対してみなさんはどう対応していますか?


・陰性感情を解消する方法

→来院前に口に出して発散する。来院後は笑顔で対応(笑)

 相手の事情を知る

 

・陰性感情が湧いている時の臨床レベル低下に対する対策

→当直明けと同じくらいの質低下と考える

 普段よりも閾値低めに検査や入院を考える

 他の人にも一緒に診てもらう


・そもそも陰性感情を生まれさせない

陰性感情が湧きそうな事柄・状況を医学的な問題やProblemとして考える

 (これは秀逸でしたね)



色々、みなさん陰性感情に対して対策をしていて、素晴らしいと思いました

陰性感情についてもっと詳しく知りたい方は ↓   がおすすめです

 



診察では左肩から左手の違和感や痺れがあるようです


麻痺はありません

首から上の症状もありませんでした


鑑別は何でしょうか?

次の検査はどうしましょうか?






頭の問題(stroke)は誰でも思いつきますが、頸椎病変を忘れがちです


首から上に症状がない場合、首の病変を疑いましょう


何気なく、項部硬直の診察をしてしまうと、大変なことになります



妻からも情報が聞けましたが、転倒は誰も見ていなかったようです

本人は左手を下に寝ていたとのことで、
起きたら左手が痺れていて、転んだとのことでした


圧迫による橈骨神経麻痺にしては痺れの範囲が変ですね


やはり、頭か頸椎に問題がありそうです


まずは頭部と頸椎のCTが撮られましたが、
どちらも異常はありませんでした



MRIは緊急でとれなかったので、入院してから検討されました



しかし・・・入院後、左上下肢の麻痺が出現してきました


左肩から左手の冷覚の感覚障害も出現しており、
頸椎病変が疑われ、すぐに頸椎〜胸椎のMRIが撮像されました


頸椎〜胸椎のMRIでは異常を認めませんでした


となると・・・


頭しかないですね


頭部のMRIが撮像され、多発脳梗塞が見つかりました




最終診断は脳梗塞でしたが、この脳梗塞は診断が難しくなるパターンです


それは皮質症状や視床がやられているパターンだからです


皮質症状(失行、失算、失認、失語、記憶障害、視野異常)は

何気なく診察していると、軽微な場合は見落とします


一見普通に見えますし、会話も成り立つからです


ですが、なんとなくおかしい・・・とは感じます


それでも、初対面でその患者さんの日常を知らなければ、脳梗塞を疑うのは難しいです



なんとなくおかしい・・・と感じた場合は、

普段を知る外来主治医に診てもらうという技を覚えておきましょう



今回は、病歴がころころ変わってしまって、病歴がとりにくい症例でした


さらに神経異常も主観的な「痺れ」のみであり、

客観的な異常(麻痺、呂律不良)がなかったため、

脳梗塞を疑うことが難しい状況でした



ただ、振り返ってみると、病歴がころころ変わってしまうのは、

海馬がやられたことによる短期記憶障害だったことがわかります



病歴がうまくとれないことを、

医学的な問題に落とし込むことで、

短期記憶障害というProblem を想起できれば、

脳梗塞への診断に近づけていたかもしれません


病歴がうまくとれないことで陰性感情湧いている場合ではないですね





Who is the Poor Historian ?


それは患者さんではなく、Drです


Poor Historianとカルテに書くと、

「自分自身の病歴聴取の技術がpoorです」と表明しているようなものです


カルテに書くのであれば、ありのままを書きましょう


(病歴が聞くたびにころころ変わる)

(泥酔状態での病歴聴取)

(興奮状態でうまく病歴がとれない)


日本にPoor Historianと書く文化がなくて、本当によかったと思いました


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