2025年1月30日木曜日

タミフルで嘔吐?本当にそれでよいですか? 

 70歳 男性 主訴:嘔吐  ※症例は加筆修正を加えてあります


現病歴:2日前から咳、倦怠感、節々の痛みが出現

    1日前に近医受診し、インフルエンザの診断 

    タミフルを処方された


    来院当日、朝食は普通に摂取できた

    タミフルを内服

    その後、吐き気が出現し嘔吐あり

    wak inで救急外来を受診


ROS:頭痛なし、後頸部痛なし、胸痛なし、腹痛なし、めまいなし


既往:高血圧、脂質異常症


内服:アムロジピン、アトルバスタチン

タミフル、カロナール(1日前に処方)


生活:ADLフル、会社員、妻と長男と生活



T 36.9  BP 130/80  P  90  SpO2  98%  

見た目 お元気そう

診察室に入ってくる時に一度嘔吐あり

嘔吐後は吐き気は治ったとのこと


会話可能だが、ややぼーっとしている印象


右下顎骨の下の右頸部にピリピリとした痛みあり

下顎骨を押しても痛み誘発されず

痛みの部位を触っても圧痛なし 触覚左右差なし

皮疹なし

LN腫大なし 頸動脈の圧痛なし


眼振なし 眼瞼下垂なし

瞳孔 左右差なし 対光+/+

眼球運動 フル 複視なし

顔面 表情筋 左右差なし 感覚左右差なし

構音障害なし

カーテン兆候なし 舌正中


運動 バレー 陰性

指鼻指や回内回外 問題なし


歩行させると気持ち悪くて嘔吐あり


US

心収縮 良好 asynergyなし 

腸管拡張なし 胆嚢腫大なし 胆管拡張なし

頸動脈 解離なし


ECG sinus ST-T変化なし


血液検査 目立った異常なし


(考察)

タミフル内服後の吐き気・嘔吐であり、タミフルの副作用と診断


点滴でプリンペランを投与した後に帰宅の方針としたが、

プリンペラン投与後、歩行させようとしたら再度、嘔吐あり

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診断は?


タミフルによる吐き気・嘔吐


で良いでしょうか?


いつも心に薬と結核・・・と言われますが、

本当に薬のせいにしてよいのでしょうか


救急外来では正しい疾患をつけることも大事ですが、

それ以上に致死的な疾患の除外が大事です



薬かどうかは、やめてみるまでは分かりません


薬を中止することで、症状が改善すれば

正しい診断になりますが、現状、他の疾患が否定できていません



今回の症例では安静時には吐き気は治り、体動にて嘔吐が誘発されています

他のROSとしては、右下顎の下の痛みのみです


「体動での悪化」が気になり、BPPVを疑いました


フレンツェル眼鏡をつけて、再度眼振を観察しました

そうすると、わずかに左向きへの水平方向固定性眼振がありました

ですが、すぐに消えてしまいました


よくわからなかったので、頭を動かしてBPPVの誘発を行いました

右下頭位にした瞬間、潜時なく右向きの眼振が出現し、

めまいが出現しました 30秒ほどで眼振もめまいも治りました


続いて、左下頭位にしたところ、すぐに左向きの眼振とめまいが出現し、

30秒ほどで治りました


その後、Dix hall pikeもしようとしたら嘔吐してしまったので、

一度、休憩にしました


わずかに右>左の方が眼振が強かった気がしたので、

外側半規管の半規管結石型のBPPVだろうと考え、Gufoni法で治療しようと思い、

吐き気が治ってから、また見にいきました


ただ潜時がほとんどなかったので、本当にBPPVだろうかという疑念はありました



すると、今度は安静時に右向きへの水平方向固定性眼振が出現していました

本人もめまいの訴えがありました


???


一体何が起きているのでしょうか???



症例をまとめると、

1日前にインフルエンザと診断されて、タミフルを飲み始めたばかりの人が

体動で悪化する吐き気・嘔吐で来院しています


めまいの自覚症状はなく、右下顎の痛みのみでした

心筋梗塞を示唆する心電図変化やUCG所見はなく、トロポニンも陰性です



プリンペラン投与後も改善なかったため、

BPPVを疑い誘発手技をすると、外側半規管型のBPPVに矛盾しない眼振がみられました


ですが、その後に安静時の右への水平方向固定性眼振が急に出現し持続しているという状況です



BPPVの誘発手技は頸椎骨折や椎骨動脈解離が疑われる場合は、

行わない方が良いでしょう


今回の症例では後頚部の痛みではなく、右下顎の前頚部のピリピリした痛みであり、

椎骨動脈を強くは疑っていませんでした



ですが、誘発手技で悪化してしまったため、

新たな脳神経学的な異常がないことを確認しつつ、

椎骨動脈解離と延髄外側や小脳梗塞の否定のため、MRIを撮像する方針としました



MRIは何を予想しますか?



全く予想していなかった結果が返ってきました



研修医の先生「せんせーーーーーー、SAHです!!」



T「えー??そんなわけないでしょ・・・


  あ、本当だ。SAHだ・・・」



MRIでは右前頭葉の脳表に沿ったSAHがありました


MRAでは動脈瘤はなく、SWIで脳静脈洞血栓を示唆する静脈のうっ血はありませんでした

椎骨動脈の解離もなく、脳幹の梗塞もありませんでした



どうしてSAH?? めまいで転んだ?

でも、めまいはないって言ってたけどなあ・・・


脳表のSAHは普通の動脈瘤が原因ではなく、

RCVSや静脈洞血栓症、脳アミロイドアンギオパチー、末梢の動脈瘤(感染性含む)

血管炎、腫瘍、外傷などが挙げられます



今回の症例では何度聞いても、頭痛の訴えもなく、

転倒のエピソードもありませんでした


MRIの後にCTをとると、MRIと同じ場所に脳表のSAHがありました

CTから帰ってくると眼振は消えていました



SAHはあったが原因は?

SAHが今回の嘔吐や眼振の原因?

右下顎の痛みは?



色々釈然としませんでしたが、SAHの原因だけは分かりました


CTをパッとみただけでは分かりませんでしたが、

再構成してもらうと頭蓋骨に骨折線があり、

よくみると小さく硬膜外血腫もありました


そのため、今回は外傷性SAHの診断で良さそうです


おそらく、めまいによって転倒か、頭をぶつけたものの、

脳震盪の影響で逆行性健忘が起きたのだろうと考えました


右下顎の痛みはC2-C3の痛みとも考えられ、頸椎のCTを取りましたが、

頸椎の骨折や血腫はありませんでした


眼振は外傷からのBPPVの可能性は残ると思います



というわけで、確実な診断は外傷性SAH・硬膜外血腫でした

ですが、今回の症状と結びつくかは ? です



他に脳震盪や右C3領域の痛み、外傷によって起きた外側半規管型BPPVがあるかもしれません


病歴で転倒歴も頭痛もないのに、最終診断が外傷性SAHは難しすぎましたね・・・


振り返りまとめ

・転倒があるのに、転倒のエピソードを覚えていない場合、

 診断が非常に難しくなる


・いつも心に薬と結核の精神は大事だが、

 救急外来では致死的な疾患を除外しに行く姿勢が大事


・今回であれば、心筋梗塞を真っ先に除外しにいったが、

 頭痛や後頚部痛がなかったので、

 SAHや椎骨動脈解離の検索への初動が遅れた


・今回の症例は帰宅させようとしたが、

 歩かせると嘔吐したので帰宅を踏みとどまることができた 

 原因は何であれ、歩けない(めまいの)人は

 帰してはいけないという格言通りだった





ECMO

 

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