2026年5月24日日曜日

鑑別疾患の挙げ方

   時間軸を意識する 〜working diagnosis

   空間軸を意識する 〜ABCアプローチ〜

   上達のコツ 〜まずは仮説を立てる〜

 

忙しい外来や救急の合間に病態生理を考え、鑑別疾患をもれなく挙げることは現実的ではない。実際の臨床現場では経験や直感、マニュアル本、mnemonicに頼り、鑑別疾患をあげ検査や治療に踏み切ることが多い。年次が上がれば、経験がついてくるので鑑別疾患をスムーズに挙げられるようになり、スピードは上がるだろう。しかし、経験は得られても基礎は身につかない。自分の経験したことのない症状や稀な症候群の場合は応用が効かず、お手上げになってしまう。ここでは鑑別疾患を挙げるときに意識しておくべき事柄について述べる。診断における基礎体力のようなものであり、筋トレと同じである。システム12については既存の文献でも言及されているため、今回は時間軸と空間軸という視点で鑑別疾患の挙げ方について解説する。(1 

時間軸を意識する:working diagnosis

最近ではAIで鑑別疾患の確認を行うことも珍しくない。(コラム)今後、カルテにAIが搭載されれば、リアルタイムで患者情報をAIが吸い取り、与えられた情報を元に鑑別疾患が列挙される時代が来ると思われる。AIが優秀なのは、修正力である。新たな情報が加われば、その都度、鑑別疾患や仮の診断は変わっていくし、変わらなければならない。しかし、人間は「早期閉鎖」や「アンカリング」に代表されるようなバイアスの影響で、鑑別を変えられない時がある。診断エラーの原因は知識不足だけでなく、認知バイアスである。特に忙しい救急外来や疲れている夜勤帯に発生しやすい。(2)そこに疲れ知らずのAIという第三者が客観的な鑑別を列挙してくれれば、診断性能は大いに向上するであろう。(3)


<AI時代の鑑別疾患>

 AIに個人情報に配慮しながら医学的情報を伝え、鑑別疾患を再考している先生も多いと思われる。直接患者情報を伝えて、鑑別は?と聞くのではAIの思考プロセスやどのようなバイアスがこの症例に隠されているかが分からない。そのため、一度、AIの中で議論を深めてもらうようにプロンプト(表1)を設定すると、実際の思考過程が可視化されて勉強になり、診断率も向上するという研究もある。(3

1AIに与えるプロンプト例

 

 問診票の時点、病歴をとった時点、診察をした時点で鑑別疾患は変わっている。この時間経過で変わる仮の診断を栃木医療センターの矢吹 拓先生は working diagnosis」と呼んでいる。

つまり、鑑別疾患を挙げるという作業は、必ず時間軸を意識する必要があり、非常に動的な作業である。検査と同じくらい時間は診断に寄与する。もっというと、時間によって生まれた変化(Δ)が大事なのである。

 

空間軸を意識する:ABCアプローチ

 次は時間軸を考えず、その時点でどのような鑑別疾患を挙げるかについて解説する。AIに全て任せるのではなく、あくまでAIを補助的に使うためには自分自身でも鑑別疾患を挙げられる必要がある。そのためには、Aanatomcy(解剖)を意識し、BVINDICATE-P)病因を考える。

VBの発音が似ているため、こう覚える。B:病因でも良い

VINDICATE-P」とはVVascular(血管性) IInfection / Inflammation(感染・炎症)  NNeoplasm(腫瘍)  DDegeneration(変性)  IIntoxication(中毒)  CCongenital(先天性) AAutoimmune / Allergy(自己免疫・アレルギー) TTrauma(外傷)  EEndocrine / Electrolyte(内分泌・電解質) PPsychiatric(精神疾患)  である


ABを縦軸(A)、横軸(B)におき、交点に鑑別疾患を列挙していくスタイルが「コリンズのVINDICATE鑑別診断法」である。(4) A(解剖)は表面から徐々に深部へと向かっていくように解剖学的な構造物を上から列挙していく。右下腹部腹痛であれば、皮膚→脂肪→筋肉→腹膜→腸管→血管→・・・といった順序である。(図1

1AB(V)で鑑別疾患を列挙する

 

 このBを使えば、解剖を解像度高く意識するようになり、初学者でも鑑別疾患を捻り出すことができる。例えば、皮膚・脂肪と感染症(I)であれば帯状疱疹や蜂窩織炎が思い浮かび、筋肉と血管(V)であれば腹直筋血腫が思い浮かぶ。もちろん例外もあり、尿路結石はVINDICATEのどこだ?とか、倦怠感の解剖ってなんだ?と、当てはめにくいものもある。その場合は適当に当てはめてもらって構わないし、解剖学的に説明がつけられないのであれば、病態生理に沿って考える必要がある。あくまで鑑別疾患が挙がらなくて困っている人のための思考術である。

 この方法は症例検討会といった振り返りの場面でも登場するが、実臨床でも診断に悩んでいる場面で非常に有用である。倫理カンファレンスの4分割表のような役割で、客観的に自分の頭の中を整理できる利点がある。初学者はこのようにABで多くの鑑別を挙げられるようになることから始める。鑑別疾患をあげられないと診断できないので可能性が低くても、ここでは広く挙げることを意識する。

鑑別がたくさん挙げられるようになったら、次のステップに入る。鑑別疾患の優先順位priorityを決めることである。(図2

2ABで発散、Cで収束


 優先順位を決めるためには、3Cが有名である。CommonCriticalCurable3Cである。よくある病気から考えましょう、致死的な病気を見落とさないようにしましょう、治せる(特に時間の制約のある)病気から考えましょう、という教えである。例えば、咽頭痛という主訴の場合、Commonなものは、咽頭炎・扁桃炎である。Critical かつcurableなものは、心筋梗塞や扁桃周囲膿瘍である。鑑別に上がるからといって、いきなり咽頭がんを鑑別の上位に挙げたりはしない。さらに実臨床では3Cの他に二つCを加えて5Cで考えることを提唱したい。

 

 Costと(InfectionControlである。Costはお金、時間、マンパワーのコストを考える。つまり、その鑑別疾患を診断するためにお金や時間、マンパワーはどれくらい必要になるのか?ということである。世間的にはあり得ないことではあるが、患者さんは値段も知らされずに商品(検査や治療)を買わされているのと同じ状況にある。日本の保険制度が素晴らしいことに医師はあぐらをかいており、救急で造影CTの値段も即答できない医師が多いのではないだろうか。命はお金では変え難いという暗黙知から、患者さんへの金銭的負担を後回しにしていることが多い。そろそろ、カルテに検査や処方をオーダーした場合の金額も表示されるべきだと個人的には思っている。時は金なりという言葉もあるように、時間もお金と同じくらい大事である。検査結果が出る時間を知っておき、患者さんに今後の時間軸を提示することでトラブルは減る。マンパワーを使っていいかは、周囲の環境にも依存する。tPA対応すると決めたら、その患者さんにマンパワーが割かれる。STEMIも同様である。マンパワーを割いてでもすぐに診断すべきかどうかを考える必要がある。

InfectionControlは文字通り、感染対策を意識してほしい。少し前はコロナへの感染対策であったが、2026年の春は麻疹が流行中である。つまり自分や周りへの感染対策を即座に行うべきかを検討する。結核、水痘、麻疹が鑑別になった時点で空気感染対策を行う必要がある。コロナやインフルエンザといった院内感染が懸念される場合は流行時期によっては、救急外来でのチェックの閾値も下がる。


 机上で鑑別疾患の優先順位を決めるには3Cで十分なのだが、実臨床では3Cでは足りず、Costと(InfectionControlを意識しないと、次に何をすべきか、までは進めない。鑑別疾患を挙げて正しい診断に迫ることが大事なのではない。明日も健やかに元気に生きていてもらうことのほうが重要である。診断がつかないことは多々あり、患者さんのお財布に優しく、患者さんの命を守り、患者さんの満足度も上がる診療で結果的に診断がつけば御の字である。実臨床は鑑別疾患を挙げる作業とは次元の違うものであり、ここに学生という学習者と医師というプロフェッショナルの間に明確な差がでる。

 

上達のコツ:仮説を立てること

 鑑別疾患を列挙して、優先順位をつけてそれに見合った検査を行うまでは良いが、最後に仮説を立てることの重要性を強調しておきたい。いわゆるアブダクションである。(5) 除外しなければならない疾患が鑑別にあるため色々検査は出すが、おそらくこういうことが起きているのではないか?という仮説を立てること重要である。当たり前に思われるかもしれないが、この仮説を立てるか立てないかで、今後の検査結果が返ってきた時のインパクトが変わってくる。仮説を立てつつ、その疾患・病態に「思い」をのせてほしい、もっというと「賭けて」ほしい。臨床推論は賭け事やゲームではないことは言うまでもないが、それぐらいの気概が必要である。自分が立てた仮説通りに進むかどうかを注意深く見守ることで、その後の風景が変わってくる。鑑別をあげ検査をたくさん出して、何が返ってくるかな?といった底引き網漁のような進め方は良くない。検査結果が返ってきた時に何も思わなくなってしまう。そうではなく、マグロの一本釣りの気持ちでいてほしい。現実的には一つの鑑別に絞ることは危険であり、やむなく他の検査を出すことにはなるが、気持ちは一本釣りである。(図3

3:網羅的に検査することでは、臨床推論は上達しない

  そして釣れなかった時、つまり自分の思い浮かべた仮説が外れた時はショックを受けてほしい。そうすることで、なぜ、間違えたかを考え、その疾患への解像度が上がり、ゲシュタルトが形成されていく。そして次なる鑑別へと進むことができる。この作業こそが臨床推論であり、一周回って同じ位置ではなく、螺旋状に一次元高い位置に移動している。この螺旋を登るための最初のステップは、仮説を立てる(マグロの一本釣り)ことである。間違いを恐れず「自分はこうだと思う」という仮説をぜひカルテに記載し、所信表明してほしい。「Aも考えられるが、Bも考えられる。だが、Cの可能性も否定はできない。Dもあり得るため検査する」といった無難なカルテとはさよならしよう。

Eだろう。ABCDは除外のため検査しておく」で十分である。

 

1 徳田安春.月刊保団連  No.1380.2022.9

Watari, T.,Tokuda, Y., Amano, Y., Onigata, K. & Kanda, H. Cognitive bias and diagnostic errors among physicians in japan: A self-reflection survey. Int. J. Environ. Res. Public Health 19, 4645 (2022).

Ke, Y. et al.Mitigating cognitive biases in clinical decision-making through multi-agent conversations using large language models: Simulation study. J. Med. Internet Res. 26, e59439 (2024).

4  R.ダグラス・コリンズ 著ほか:コリンズのVINDICATE鑑別診断法.メディカル・サイエンス・インターナショナル.2014.5

今井むつみ・秋田喜美著 『言語の本質――ことばはどう生まれ、進化したか』 中央公論新社 2023 

鑑別疾患の挙げ方

①     時間軸を意識する 〜 working diagnosis 〜 ②     空間軸を意識する 〜 ABC アプローチ〜 ③     上達のコツ 〜まずは仮説を立てる〜   忙しい外来や救急の合間に病態生理を考え、鑑別疾患をもれなく挙げることは現実的ではない。実際の臨床現...

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