2020年2月26日水曜日

新型コロナウイルス ~臨床の現場~

症例 中年の男性 主訴:発熱

Profile:生来健康

現病歴:2週間前から鼻汁、咳が出現
    近医受診。インフルエンザ検査実施され、陰性だった

          10日前から発熱出現(38度前後)
    近医受診。インフルエンザ・溶連菌検査実施され、陰性

    その後も発熱持続
    7日前に発熱・倦怠感あり、当院受診
    酸素化低下はみられず、crackleはなし
    
    CTにて両側下肺野の気管支壁肥厚と肺炎像あり
    GGOはみられず
    痰のグラム染色にて、GNR(インフルエンザ桿菌)がみえたため、
    BLNARカバー目的に、LVFX処方し帰宅
  
    その後も発熱持続し、倦怠感あり
    本日、再診

    全身状態の改善がみられず、発熱や倦怠感は残存
    呼吸数は20回以下、SPO2低下はみられず
    画像上の悪化はみられず

    尿中レジオネラと肺炎球菌抗原は陰性
    痰培の結果はnormal flora
    抗酸菌染色は陰性


暴露歴:結核なし、子供が風邪ひいていた、渡航歴なし

上記経緯であり、肺炎としてLVFXで治療を行ったが、改善が乏しく、
新型コロナウイルス肺炎が疑われ、保健所に連絡し検査することになった
軽症例であり、入院はせず自宅待機で経過観察中
-----------------------------------------------------------------------------------------------------
ディスカッション

感染症科Dr「今回の症例に関しては、
    治療反応が悪く、経過が長い肺炎というパターン
      新型コロナウイルスの検査が行われた症例です。
      非定型の治療をしていましたが、1週間の経過で改善がみられておらず、
      他の代替診断もなかったので、保健所に相談して検査となりました。

      これはとても難しいパターンでしたが、保健所からは、
      検査しなくていいとはいわれず、検体を送ってくださいと言われました。」


担当したM Dr
    「今回はLVFXを使ったので、これで効かなかったら他に考えられる病原菌がないなと思っていました。
  でもオグサワで始めていたら治っていなかった時に、非定型のカバーが出来ていないので
  例えば今日はジスロ加えて・・・とかになっていたと思います。

  今後は暴露歴がない人が多く来ると思いますので、今回のような症例が多くなると思います。
  今回の人はご自分で保健所に電話しておりましたが、適応ではないといわれたようです。」


T「そうですね。こういう症例が増えてくると思います。

  普段の診療ではよくならない風邪は、肺炎かなと思って検査します
  そして今回もしっかり検査されて、肺炎の診断をつけられている
  
  痰からもインフルエンザ桿菌っぽいのが見えていたら、
  いきなり、新型コロナウイルスは疑わないし検査もしないよね

  対応としては全く問題なかったと思います。」


膠原病科Dr「こういう症例の場合、
      新型コロナウイルス感染症(COVID)らしさがどこまであるのかも考えないと、
      ウイルス性肺炎が疑われた症例全てで検査しないといけなくなりますね」


M「まだCOVIDの症例を経験したことがないので、
  COVIDらしさやCOVIDのゲシュタルトが分からない状況です。

  ですので今回のように
 除外していって残ったら検査に踏み切るしかないと思います。

 マイコのランプを出したり、レジオネラの検査などできる範囲でオーバーではありますが、検査していく必要があるかと思います。」


E「今回の症例は、検査というよりは治療で他の疾患を除外できた感じですけど、
 実臨床では痰も出ない人もいますし、外来では起因菌が不明でも軽症例であれば、
 検査せずジスロやオグサワで治療して経過をみることはよくあります。

 今の感染の流行状況では、
 肺炎治療の初手として普段よりもオーバーに検査をすることで、
 次の手が取りやすいのかなと思います。

 痰がでる場合は比較的検査しやすいですが、痰がでなかった場合、
 尿中肺炎球菌・レジオネラ抗原、マイコ、インフルといった検査は最低必要なのでしょうね。

 治療薬に関しても最初から定型・非定型をカバーして様子をみたほうがよいのでしょうか?」


M「今の感染のフェーズなら仕方ないかと思います。
  ただ肺炎のフォローをする時は、
  予約外来の場合、外来の診察室で待たせるのはよくなくて、 
 例えば車の中で待ってもらう方がよかったと思います」


感染症科Dr「いつもはよくなることを前提で非定型の微生物検査をせずに
      治療していることも多いと思います。

      ただ今は治療が上手くいかなかった時のために、
      微生物検査をしておいたほうがよいと思います。」
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------
実際の症例をディスカッションすることで、なんとなく検査に踏み切る流れが見えてきました。感染の流行状況によっては対応もまた変わっていくでしょう。

今回のディスカッションで感じたことは、
・マニュアルを作っても結局は個別の症例のバリエーションが多すぎて、あまり役には立たない

・コロナ対策チームに閾値を低めに症例相談していく

・肺炎に対して日頃のプラクティスではいけない

・経過観察という武器が使いにくくなった

・検査や治療がややオーバーになるのは致しかたないフェーズにいる

・肺炎のフォローの方法を変えないといけない
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------
新型コロナウイルス肺炎

コロナウイルスはエンベローブをもつRNAウイルスです
動物(哺乳類や鳥類)やヒトに感染し、呼吸器症状や消化器症状を引き起こします

コロナウイルスは世界中に広がっており、いるいわゆる「風邪」を起こすウイルスです
遺伝子的な多様性がとても大きく、遺伝子の再構成が頻繁に起こります

ヒトと動物との接触する機会が多くなり、
近年、動物からヒトへ感染し重症化するウイルスが新規に出現してきました
2001年、2003年にアウトブレイクしたSARSや2012年にアウトブレイクしたMERSです

そして今回のSARS-Cov-2によるCOVID-19です

基本再生産数は2.2とされていますが、暫定なのでもう少し増える可能性があります
コロナウイルスは院内で流行しやすいという特徴があり、
院内の基本再生産数はもう少し高いと思われます

院内感染を防ぐことが非常に重要になります


臨床像は暴露歴がなければ、ただの風邪です

発熱、倦怠感、咳といった普通の症状が初発症状として多くみられます
インフルエンザlikeな筋痛や頭痛、関節痛も起こります

なので毎年であれば、
「インフルエンザの可能性が高いですね。検査しますか、しませんか?」
の流れに持ち込んで、

「抗インフルエンザ薬はありますが、
 飲んでも1日から半日、熱が短くなるという効果しかありません、
 健康な人であれば自然になることがほとんどであり、
 タミフルは必須ではありません」という説明になります

普段なら検査しなくてもインフルエンザの可能性が高いという判断で、
タミフルを処方したり、しなかったりというプラクティスでよかったのですが、

今年はそれではだめです

ちゃんとインフルエンザの検査をして診断をつけたほうがよさそうです


今年の呼吸器感染症のプラクティスとしては、
出せる検査はしっかりだして、
微生物学的な診断をしっかりすることが大事だと思います


臨床像からCOVIDを疑うことはできますが、それ以上は詰め切れません

特徴的な症状や検査データ、CT所見がないため、
保健所にお願いしてPCR検査するしか診断方法がありません


極論、ただの風邪や気管支炎の人は全員、COVIDの疑いがあります
ですが、風邪や気管支炎の人を全例検査するメリットはありませんし、キャパもありません



私達ができるのは、
新型コロナウイルス以外の病原微生物による感染症であることを証明することで、COVIDの可能性は低いと証明することです

これは診断学において基本的な考え方です

COVIDの早期診断は、治療や予後という側面では現時点では意味がありません
治療薬がないからです

もちろん、全身状態のサポートという側面では意味はあるかと思いますし、
感染拡大を防ぐという側面においては意味があります

ですが感染拡大に関しては、検査をしなくても感染が疑われれば自宅待機していればいいだけです
なので2月25日に厚労省から「軽症例は自宅療養の指針」が出されたのは、とても良かったと思います





今、私達にできることは、
「治らない肺炎」「原因不明の肺炎」「重症な肺炎」をみたら、
COVIDを疑い、他の微生物による感染症を検査や治療によって否定し、
保健所に新型コロナウイルスの検査せざるを得ない状況を作っていくことが重要だと思います


閾値を低めに対応し、院内感染を防ぐことが最大の目標で、
ハイリスク患者や医療従事者への感染を減らすことが、
死亡率を減らすことにつながっていくと思います

病院・診療所・クリニックで置かれた状況が異なるので、各施設で対策を検討していかないといけないと思いました

追記:本症例の検査は陰性でした

参考文献:






3 件のコメント:

  1. 突然のご連絡にて申し訳ございません。先生がお書きになられていらっしゃるマンガ(イラスト)のことにつきまして、お伺いしたいことがございます。お時間のあるときで結構ですので、ご返事をいただければ幸いでございます。どうぞ、よろしくお願いいたします。

    返信削除
    返信
    1. どのようなご用件でしょうか

      削除
  2. 日経メディカル(http://medical.nikkeibp.co.jp/)という医師向けの雑誌で記者をしております、山崎と申します。COVID-19のことをいろいろと調べていて、先生のページに行き当たった次第です。もし可能であれば、先生と直接お話をさせていただけないでしょうか? 私どものメールアドレスはyamasaki@nikkeibp.co.jp です。よろしくお願いいたします。

    返信削除

今さらきけない疑問に答える 学び直し風邪診療

風邪の本といえば、岸田直樹先生や山本舜悟先生の名著があります 自分もこれらの本を何回も読み、臨床に生かしてきた一人です そんな名著がある中で、具先生が風邪の本(自分も末席に加わらせていただきました)を出されるとのことで、とても楽しみにしておりました その反面、何を書くべきか非常に...

人気の投稿