2021年3月23日火曜日

昼カンファレンス 〜病院へ行こう〜

 症例 70歳 男性 主訴:下腹部痛 (※症例は一部修正・加筆を加えています)


Profile:4年前に肺炎・膿胸で入院加療歴がある方 

    ADLフルで元気、現役医師、旅行者


現病歴:来院7日前から下腹部痛が出現

    同日に悪寒もあり、発熱もあった

    腎盂腎炎と自己診断し、クラビットを内服した

    その後、徐々に解熱し軽快していった

    来院2日前にクラビットを中止した

    来院1日前に下腹部痛が再度出現してきた

    痛みの性状は同じだった

    来院当日、発熱が出現し救急外来を受診


既往歴:GERD、不眠、BPH、肺炎・膿胸(4年前)→結核ではなかった

内服:ネキシウム、マイスリー、ユリーフ

生活:喫煙 24本/日 50年、アルコール:機会飲酒

----------------------------------------------------------------------------------------------------------

ディスカッション①他に聞きたいことはありますか?


T「はい、現役医師の方の発熱、下腹部痛ですね。

 ご自身で腎盂腎炎と診断されて、クラビットを内服しています。

 なんでクラビット持っているんだろうね。笑


  腎盂腎炎だとしたら、途中でやめたら再発しちゃうよね。

  色々ツッコミどころはありますが、他に何か聞きたいことはありますか?」


S「嘔吐や下痢はありますか?」


N「ありません。」


S「排便はいつも通りですか?」


N「毎日出ています。下痢はなく、いつも通りとのことでした。」


S「頻尿や排尿時痛はありますか?」


N「ありませんでした。」


T「はい、ありがとうございます。

 下腹部痛と発熱以外には症状が乏しいようですね。

 この方の病気は何っぽいですか?」


S「感染症?ですか・・・」


T「そうですね。感染症っぽいですね。

 熱ありますし、抗生剤効いてそうですし。

 感染症かなと思った時は、いつもの三角形を考えます。」



T「宿主の状態を考える時は、
   免疫・余力・曝露の3つの観点から考えることが重要です。

     この方は70歳の男性です。
     免疫状態としては、DMや悪性腫瘍の既往はありません。
 免疫抑制剤の内服もなく、一見問題なさそうです。
 
 ですが、膿胸の既往が気になりますね。
 多喫煙歴があるので、気管支の局所免疫の破綻は考えた方がいいかもしれません。

 あとはBPHもあるので、排尿に関してうまくいっていない可能性もあるので、
 尿路感染は起こしやすいかもしれません。


 余力はこれからバイタルを確認したり、見た目のsickさを確認します。


 曝露は色々ありそうですね。笑
 自分でクラビット内服しているのは、今回だけじゃないかもしれませんね。
 
 医師であれば、患者さんから病原微生物をもらう可能性が高くなります。
 特に結核が心配です。


 そして、院内の耐性菌が常在菌として体に住み着いている可能性もあります。
 大腸菌であれば、ESBL産生の大腸菌だったり、
 鼻腔にはMRSAがいるかもしれません。


 では次に感染臓器について考えていきましょう。
 病歴では他のROSも引っかからないので、バイタルと身体所見を教えてください」

--------------------------------------------------------------------------------------------------------------
バイタル
T 39.0, BP  140/90, P  120 reg,  RR 24, SPO2  97% RA、レベル 清明

見た目はsickではない
---------------------------------------------------------------------------------------------------------------
ディスカッション②腹部診察で意識するべきことは?


T「はい。では腹部の診察ですね。
  何を意識してお腹の診察をしていますか?」

S「痛いところは一番最後に触るとか。
 腹膜刺激徴候があるか。とかですか?」


T「そうね。それはその通り。

  自分が腹部診察で大事にしていることは、3次元で考えて欲しいということです。」



N「これあんまり、浸透してませんね。笑」


T「そうだね。笑
  普及活動が足りてないね。
  
  では腹部診察の極意について、全力で普及させていただきます。


  ①まず平面の軸で考えます
   お腹のどこが痛いかです。

   ここで大事なのは、自発痛と圧痛範囲と最強点を区別するということです。

   これがごっちゃになっている人が多いので、まずはこの3つを意識してください。


   自発痛:押す前にどこが痛いか?放散痛はないか?
  圧痛範囲:押して痛い場所はどこか?手のひらサイズ?
  最強の圧痛点:あるのか、ないのか?あるなら指1本の範囲か?

   そして痛みの天気図をお腹にイメージします。
   病気によって天気図が変わってきます。




  ②次に痛い場所がわかったら、深さを確認します。
   
   ここで大事なのは、腹膜刺激徴候とカーネット徴候です。

   カーネット徴候が陽性であれば、腹壁より浅いところに問題がある可能性が高いです。
   腹膜刺激徴候があれば、腹膜炎が疑われます。

   腹痛の割にお腹が柔らかい場合は、後腹膜臓器や血管の閉塞を疑います。
   

  最初のうちは、①と②を一緒に診察しようとせずに、
   分けてやるのがコツです。



   ③最後に時間軸です。

   一回、お腹触って、ハイ終わりではありません。

   胸痛の心電図再検と同じです。
   

   腹痛の場合は、何度も診察することで所見が顕在化することもあります。

   腹痛で外科にコンサルトして、外科の先生が触ったらカチカチになっていて、
   おいおい板状硬じゃないか!どこが軟らかいんだ!

   みたいな感じでお叱りを受けたことがある先生もいるのではないでしょうか。

   これには2つ理由があって、一つは所見をしっかり取れていなかっただけ。
   もう一つは、時間がたって所見が顕在化してきた。ということです。



   この3次元腹部診察法以外にも腹部診察が上達するコツはたくさんあります。 

  
   自分が意識しているのは、必ず腹部超音波と一緒に診察することです。

   腹痛の場合、超音波は聴診器みたいなものです。
   
   診察 ⇄     腹部超音波 ⇄ CT


   この行ったり来たりが非常に重要です。

   超音波検査をしながら、腹部診察をすることで、
   触っただけで超音波画像をイメージできるようになります。

   そして、超音波をみてCT所見をイメージします。
  
   思い過ごしかもしれませんが、
   超音波検査と単純CTのイメージは、かなり一致するようになってきました。

   腹部超音波検査で原因がわからない腹痛は、造影CTが必要だと思っています。


   最後にCTを見てから、もう一度お腹を触ることです。
   この行き来を繰り返していけば、究極の腹部診察に近づくと信じています。
   
   最終的には、お腹を触っただけでCTの画像がイメージできることを目指しています。


N「自発痛は下腹部正中あたりに、手のひらサイズでありました。
  圧痛は下腹部正中からやや右側に、手のひらサイズでありました。
  最強点は正中からやや右側に、指3本のサイズでありました。


  筋性防御もありました。
  tapping painもありました。
  踵おとし試験も陽性でした。」


H「陰嚢は腫脹していたり、痛かったりしましたか?」

N「陰嚢は問題なかったです。」

K「直腸診はどうでしたか?」


N「直腸診をすると、硬便が触れました。
  直腸全体の壁を押すと、どこも痛みが誘発されました。

  前立腺に著明な圧痛があるという感じではなかったです。」




------------------------------------------------------------------------------------------------------------

ディスカッション③診断は?


T「はい、70歳男性の7日前からの下腹部痛と高熱ですね。

 クラビットでpartial treatmentがあり、経過としては長くなっています。

 腹部診察では下腹部に腹膜刺激徴候を伴う痛みがあります。

 診断はなんでしょうか?」


S「憩室炎か虫垂炎ですか?」


T「どっちですか?」


S「うーん、虫垂炎で。」


T「ありがとうございます。

  では虫垂炎だとしたら、この経過はいいんでしょうか?


  7日前から下腹部痛と発熱が急に出現してますね。

  虫垂炎は発熱は遅れてくるので、同時に起きているのが変ですね。

  他の方はどうですか?」


Y「どちらかというと、憩室炎かなと思いました。」


T「その心は?」


Y「前にもこんな経過の人を見たことあるからです。」


T「それはね。バイアスっていうんだよ。笑

 representativeness(利用可能性)やね。


 憩室炎っぽくも見えるんだけど、7日間たってるからね。

 途中で抗生剤も入っているから、この経過だと膿瘍を考えたくなりますね。

 

 憩室炎が穿孔して膿瘍でもいいんだけど、最初からこんな高熱出るかな?

 なんとなく違和感を感じますね。」


K「僕も最初は憩室炎かなと思いましたが、違和感があります。

  病歴に戻っていいですか?

 

 もともとこの方は今回のような腹痛は今までにもなかったのですか?」


N「はい、実はこの方はこれまでにも同じような腹痛を繰り返していたようです。

  何度か血便もみられたこともありました。


  ですが自分では便秘や痔だと思っていて、病院受診はしていませんでした。

  発熱も何度かあったみたいですが、クラビットで自分で治していたようです。」


T「なんと!


  最初は憩室炎をクラビットで散らして、CD腸炎になったのかなと思っていましたが、

  その病歴聞いちゃうと、全然鑑別変わるね。


  それは潰瘍性大腸炎やクローン含めたIBDを疑いたくなる病歴です。

  ですが今回は高齢者ですのでまずは、大腸癌を疑いますね。

  大腸癌の穿孔が一番あり得る状況になってきました。


  バイタルも派手に異常だしね。」


N「はい。造影CTを撮るとS状結腸には憩室はありませんでした。


  S状結腸に腫瘤があり、壁肥厚もありました。

  腹腔内には、フリーエアーや腹腔内膿瘍が散在していました。


  診断としては、S状結腸癌の穿孔に伴う汎発性腹膜炎で手術になりました。

  

  最初は腎盂腎炎という解釈だったので、

  あ〜そうなんだ〜

  と思っていたのですが、

  

  実際に診察してみると、絶対に腎盂腎炎じゃない!と思いました。

 

  改めて病歴を聞くと、何度も腹痛を繰り返していることや

  血便があったということがわかりました。



  病院受診はせず自分で治療や解釈をされていたので、

  やっぱり病院にはかかるべきだなと思いました。」 



T「そうだね。

  いやあ、やっぱり病歴や診察は大事ですね。

  K先生が病歴に戻ってくれなかったら、わかりませんでしたね。


  患者さんの解釈モデルは大事だとはいうけど、

  プロとしては解釈を鵜呑みにしてはいけないですね。


  たとえ、患者さんが自分より先輩のDrでも・・・


  大変勉強になりました。ありがとうございました。」



まとめ

・腹部診察のコツその①「3次元診察」、その②「診察・US・CTを行ったり来たりする」

→平面と深さの診察は分けて行う、何度も触る、超音波と一緒に触る、CTの後に触る


・病歴がやっぱり大事

→解釈ではなく、客観的な事実を優先させないと誤診につながる


・医療者は自分や家族を治療してはいけないという言い伝えは本当

→体調悪ければ、病院へ行こう



  


0 件のコメント:

コメントを投稿

今さらきけない疑問に答える 学び直し風邪診療

風邪の本といえば、岸田直樹先生や山本舜悟先生の名著があります 自分もこれらの本を何回も読み、臨床に生かしてきた一人です そんな名著がある中で、具先生が風邪の本(自分も末席に加わらせていただきました)を出されるとのことで、とても楽しみにしておりました その反面、何を書くべきか非常に...

人気の投稿