2018年4月4日水曜日

病歴聴取


病歴聴取 History taking



病歴聴取というのはあまりいい訳ではありません。英語のままhistory takingの方が納得できます。なぜならHistory takingは「病歴」つまり、「病気の歴史」を聴取するという意味だけではないからです。「病(illnes)の歴史」を知るという事なら多少納得できますが、「患者の語る物語」を聴取することが本来の意味です。



患者の語る物語

医師と患者の対話のデータは客観的な事実だけではありません。客観的な情報は国家試験の問題に出てきた「病歴」の部分です。医師が患者に病歴を聴取することは、患者の人生の一部を語らせているのだと認識すべきです。このプロセスは「物語にもとづく医療(narrative-based medicine)」と呼ばれます。

病は「患者の人生」と「人生-世界」という大きな物語の1章として理解することができます。患者は語り手であると同時に物語の主人公でもあります。医師との対話のなかで新しい物語が生まれることがあり、この物語が病を治癒させる力をもつことがあります。

患者が医師に不調を訴えるときには、比喩的には「私の物語は破綻しているので、修正するのを手伝ってほしい」と願っているのです。







ここでは細かい病歴の取り方は省略します。それは症候群ごとに教科書に書いてあるので、参考にしてください。今日伝えたいのは、病歴聴取の3つの重要な意義です。それはあまり教科書には書いてありません。





  疾患を診断する

病歴聴取だけで8割の病気は診断できるといわれています。病歴聴取はお金もかからず、侵襲もない最も重要な診断ツールです。ただそれは、熟練した医師が行えばという話であり、病歴聴取の技術がない医師は、8割など到底無理です。そのような医師の場合、CTの方がはるかに役に立つということも残念ながらあります。



Whyから始まるhistory

上手に病歴を聞くにはどうしたらよいでしょうか。病気を診断するには、ただ漠然と聞くだけでは無理であり、鑑別診断を挙げ、その鑑別診断にあうような病歴を狙ってとらなければなりません。つまり何を聞けばいいのかを覚えるよりも、なぜそれを聞く必要があるのかを理解する方がはるかに重要です。サイモンシネックは、これをゴールデンサークルと名付けました。つまり、WhatHowについては、皆理解できているが、Whyについては理解している人は少ないと彼は言っています。病歴聴取について考えてみると、腹痛の人にWhat(何)を聞けばよいかは皆知っていると思います。突然発症だったのか、性状はどうか、随伴症状はないか、などです。痛みの場合は、OPQRST2という語呂があり、何を聞けばよいかはわかります。どのように聞くかも、皆知っています。最初はopenで話してもらい、徐々にclosedで聞いていきます。しかし、why(なぜ)それを聴取しなければならないかについて、理解している人は少ないです。ですが、Whyの部分が最も大事です。例えば、onset発症を聞く理由は、突然であれば、大血管系の問題が想起されるからです。大動脈瘤が破裂した、解離が起きたなどです。

つまり、Whyは想起される鑑別疾患、特に見逃したくない致死的な疾患であり、これらをひっかけるために、whatを聞いているのです。なので、病歴聴取はWhyから始まるのです。鑑別疾患が想起出来なければ、攻める問診は出来ません。





カンファレンスではたくさんの質問が飛び交います。よい訓練方法は誰かがした質問の意図を読み取る作業を行うことです。わからなければ、自分自身の中にその鑑別診断を想起出来ていないという事です。例えば、アナフィラキシーの症例にペットの飼育歴を聞いた人がいるとしましょう。なぜ、ペットを聞く必要があるのでしょうか。それはハムスターに噛まれて、ハムスターの唾液が体に入り、アナフィラキシーショックを起こすような人がいるからです。わからなければ、質問しましょう。「今、なぜそれを質問したのですか?」と。



地図(空間軸)と年表(時間軸)

病気を診断するために、病歴聴取を行いますが、年表(時間軸)を頭の中で描けるように病歴をとっていきます。時には、紙に年表を描いて、患者と一緒に完成させます。そちらのほうが、患者の言っている内容をお互いが確認でき、信頼に足る病歴と言えます。年表を作る時に気をつける原則があります。それは「いつまで本当に元気であったか」ということを明確にすることです。これは疾患のtime courseをもとに病気を考えるうえで非常に重要です。コツは症状が始まった日を聞くのではなく、いつも通り元気であった日を探ることです。例えば、認知症を含む神経疾患は発症がいつか明確でないことが多々あります。その場合、いつもできていた趣味や運転、家事動作はいつまでだったかを聞きます。それが出来なくなった時をプロットしていくと、なんとなく発症日が理解できてきます。

年表と共に大事なことは地図(空間軸)を描くことです。患者の内なる環境と外の環境を探ることです。内なる環境とは患者背景とも考えることができ、基礎疾患であったり、内服歴やアレルギー歴、飲酒歴、喫煙歴などが含まれます。体の外の環境とは、どこで生活しているか、仕事は何か、ペットや動物の暴露はあるのか、幼い子どもとの接触はあるのか、国はどこか、季節は何かなどです。患者に体の外から影響を与えるものすべてが含まれます。







病を知る
病気や生活歴について話すということは、人生の一部を語るということです。あなたは自分の人生について、初めてあった見ず知らずの他人に話すでしょうか。時には仕事の内容や性行為などかなりプライベートな部分まで聴取されることは、患者にとっては気持ちのよいものではないでしょう。そのため、患者が話す内容は患者によって選択されたものであると認識すべきです。これくらいなら話してもいいかな?と思ったことしか、話していません。もしくは患者自身が関係ないと思っていて、話さないこともあります。スペインのチェロ奏者Pablo Casalsは「音楽において最も重要なものは音符に書かれていない部分だ」と語っています。病歴聴取で本当に重要なことは「何を語らなかったか」に思いをはせるということです。この人、まだ何かを言っていないな、という心構えが必要です。それをカウンセラーの世界では「第三の耳で聴く」という言い方をします。そこには知られたくないようなSTIのリスクとなるような行為があったり、知られたら家族と自分の関係を崩してしまうようなこともあるかもしれません。



例をあげます。定期外来にきているanorexia nervosa(神経性無食欲症)の人が、徐々に腎機能が悪化していました。患者は元気そうにしています。他のデータも問題ありません。どうしてかな、と頭を悩ませていました。そこで、自分が出している薬以外に何か薬を飲んでいないか聞いてみました。すると、「海外から利尿剤を輸入している。浮腫みが嫌だからたくさん飲んでいるが、最近は倍量飲んでも尿がでない。」とのことでした。

なるほど。ボディーイメージのゆがみの問題なので、少しの浮腫みも気に食わないのか。と納得できた瞬間でした。利尿剤をやめるように伝え、利尿剤以外で浮腫みをとる生活指導を行ったところ、腎機能は改善していきました。このように、本当に大事なことは語られないのです。



疾患と病

信頼が得られていない状況では情報を引き出すのは難しいです。ではどうしたら、信頼を得ることができるのでしょうか。まずは「疾患(disease)」と「病(illnes)」との違いを認識することから始めましょう。それは「住居(home)」と「家庭(home)」といったような関係です。

病歴をとっていると、患者は診断には必要のない情報や自分なりの解釈を話すことが多々あることに気が付くと思います。質問した内容と全く違う答えが返ってきたり、話を始めているとどんどん脱線し、まったく関係ないと思われる昔の戦争の話に至ることもあります。そういう時、医師は修正します。なぜなら、疾患を診断するには必要のない会話だからです。多くの医師にとって興味があるのは「疾患(disease)」であり、この患者がどんな疾患をもって自分の前に現れたのかを考えます。当たり前ですが、疾患を診断しないことには治療ができません。疾患とは肺炎や腎盂腎炎といったような生物学的・精神的な異常を意味します。しかし患者は「病(illnes)」を語ります。病とは、疾患だけでなく、患者が疾患に罹り経験した痛みや苦しみ、経済的な打撃、家族への負担、仕事への打撃なども含まれています。



例えば、偏頭痛のため、市販の痛み止めを使っている若い女性が、喘息発作を起こしたとしましょう。疾患はアスピリン喘息と容易に想起できます。医師は痛み止めを使用しないように指示すると思います。果たしてこれで解決でしょうか。今度は患者が語る「病」について考えてみましょう。患者は30歳の若い女性であり、結婚しているが、子供はまだいない。この夫婦は実は子供がおらず、これが最近の悩みの種になっている。最近、偏頭痛の発作が増えており、頻回に痛み止めを使用するようになってきた。ある時、痛み止めを使ったら急に苦しくなり、死んでしまうのではないかという気持ちになり、病院を受診した。病院では痛み止めを今後使用しないようにだけ指示されたが、痛み止めが使用できなくなれば、この女性にとっての頭痛はさらに大きなストレスの原因となってしまい、また頭痛が来るかと思うと途方に暮れている。頭痛のせいで、仕事も休みがちになり、抑うつ状態にあるかもしれない。



このような「病」に対して我々は耳を貸さなければなりません。一歩進んだ臨床医は、アスピリン喘息に対して、使ってはいけない薬のリストを記載した紙を渡したり、次回医療機関に行くときに持っていくべきカードを渡したりする医師もいるでしょう。しかし、それでは足りません。患者が真に困っているのは、アスピリン喘息ではなく、偏頭痛の発作であり、もっと根元には夫婦間の悩みの種である不妊が隠れているからです。本当に優れた医師は、「疾患」を治すだけではなく、「病」を治すことができます。今回の場合は、「病」に耳を傾けていれば、偏頭痛の予防投与を勧めたり、痛み止めが実は不妊の原因になっているかもしれないと情報を伝えることできます。そして葉酸の投与を勧めることが、この患者の「病」を解決するということです。「疾患」を解決するだけでは、患者のニーズには答えていません。「病」にアプローチすることで、はじめて満足してもらえます。



患者の病を理解するためには、「医師が患者の世界に入り、患者の目を通して病を見ようとする」のが理想的であるといわれます。時には直接、患者に聞いてみることも必要です。「かきかえ」と呼ばれる手法であり、解釈、期待、感情、影響です。

ですが、「かきかえ」はあくまで「病」を理解するための道具です。本来人間は想像する力があります。患者自身の立場になって、自分がその状況だったら、どんなことが問題だろう、どんなことが不安だろう、と一瞬でも考えれば想像できることはたくさんあります。例えば、入院した患者さんはどんな気持ちでしょうか。自宅なら、カーテンをあけると、すがすがしい朝の光が入ってきたが、入院中では、カーテンをあけても建物が目の前にあって、憂鬱になる。

ちょっと考えれば想像できます。他にも例をあげます。著明な高血糖が新規に見つかったが、入院を拒む高齢男性のことを考えてみましょう。医師としては、高血糖状態が長く続くと脱水になったり、意識障害を来すかもしれないので、入院の説得を試みますが、患者は断固拒否の姿勢です。なぜ、入院を拒否するのでしょうか。もしかしたら、介護しないといけない妻がいるかもしれません。最近はペットの場合もあります。仕事が忙しいのかもしれません。もしくは、準備していた田植えがあるからかもしれません。このように、診断がついてもすぐに治療ということにはなりません。診断がついても、人となりが分かっていなければ、治療に入ることはできません。


患者が「どんな疾患」を持っているのかを知るよりも、その疾患を「どんな患者」が持っているかを知ることのほうが重要なのです。

入院中の患者さんは、みんな同じ服をきて、同じ食事を食べ、同じ部屋にいます。患者さんの人生は、目の前にはありません。そのことに私たちは意識的でなければなりません。それを考えると、どんな患者さんに対しても、敬語で話すのは当然だと思いませんか。




信頼関係を結ぶ
患者の信頼を得るもっとも簡単な方法は、患者に必要とされた時に、患者のそばで寄り添うことです。Phillips and Haynesは「知っているふりをすることはできる。気遣っているふりをすることもできる。けれども、そこにいるふりをすることはできない」と語っています。これは非常に大事なことで、私の失敗例をあげて説明します。在宅診療でみていた90歳の癌の末期の患者がいました。いよいよという時に、その患者から電話がかかってきました。本当は自宅で最期までみたいが、不安が強くなってきたため、やはり病院に行きたいという希望を伝えてきました。そのため、ベッドを手配し、入院できる準備をして、14時に直接病棟へ入院することになりました。しかしちょうどその時、他の患者の造影CTの検査によばれ、私はCT室に向かい、点滴をとっていました。CT室から急いで病棟にいくとすでに患者と家族は病棟にいました。いつ亡くなるかわからないような不安の極期にいる中で、自宅を離れ入院してきたのに、いつも見てくれている医師がいないということはどれだけ患者や家族にとって、不安だったでしょうか。裏切られたと思われてもおかしくはない状況でした。もちろん、この事例は自分で気が付いたわけではなく、上司に指摘されました。この時、私はこんな未熟な私でも自分にしかできない仕事というものがあるのだ、ということを強く感じました。造影の検査は誰でもできるが、患者の不安をとってあげられるのは自分しかいませんでした。



cure sometimestreat oftencomfort always 「癒すことは時々できる、苦しみを軽くすることもしばしばできる、しかし患者を支え、慰めることはいつでもできる」といったのは、ヒポクラテスです。患者の信頼を得た医師は、自分自身がどんな状況でも患者の薬になれるのです。例えそれが、研修医でも。そして、医師でなくても。


まとめ







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