2020年1月28日火曜日

ボス回診 ~戦略的な仮説を立てる~

症例 70歳 女性 主訴:浮腫

Profile:封入体筋炎で経過観察中のADLフルな方

現病歴:来院の5日前から左の下腿浮腫が出現
    浮腫が引くかと思い、湿布を張っていた
    特に痛みはなかった

    3日前から右の下腿浮腫も出現
    右下腿にも湿布を張った
    左下腿の湿布は剥がした

    1日前、右下腿の湿布をはがすと真っ赤になっていたので、
    湿布が悪さしていると思い、湿布は張らなかった
   
    その日の夜から右下腿から液体がぽたぽた出てきたので、
    右足はスーパーの袋に入れていた
    
    当日、右下腿から水がぽたぽた垂れるのが、改善ないため外来受診

既往:封入体筋炎を数年前に指摘
内服:なし
生活:ADLフル、封入体筋炎の影響で嚥下がやや悪く、リハビリに通っている

バイタル:血圧130/70、脈80、体温36.7度、SPO2 97%
見た目 お元気そうだが、上半身や顔は痩せている
すたすた歩ける 受け答え普通にできる

頸静脈 張っていない
心音 雑音なし、呼吸音 清
腹部 平坦 軟 圧痛なし
腫瘤ふれず
鼠径リンパ節 1ⅽm弱大数個 圧痛なし
両下腿に浮腫著明

左下腿は発赤あり、圧痛あり
右下腿は表皮は黒色壊死しており、水疱形成している
水疱は一部割れて、中から浸出液が漏れ出ていた

どちらも帯状に色調変化がみられ、湿布を張っていた場所に合致していた

足背は浮腫のみで、発赤や圧痛なし

血液検査 軽度の貧血あり(Hb10)、正球性
     炎症反応上昇あり、Alb低下なし
     BNP上昇なし、CK上昇なし、肝腎機能正常
     甲状腺機能正常 糖尿病なし

尿検査 蛋白なし

UCG 収縮能正常

単純CT  骨盤内でIVCを圧迫する病変なし

DVT-US DVTなし

下肢動脈のUS:優位な狭窄なし

経過
下腿浮腫があり、そこに湿布をしたことで接触性皮膚炎を起こし、
途中で感染合併(蜂窩織炎も合併)していると判断し、抗生剤治療が開始となった

壊死性筋膜炎を疑わせるような発赤範囲を超えた疼痛やバイタルの悪化はみられず、
発赤のマーキングと下肢挙上を行い、入院にて経過観察する方針となった

黒色壊死した表皮や水疱は皮膚科にコンサルトし、デブリしてもらった
その後はワセリンガーゼで保護
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ディスカッション①:湿布による接触性皮膚炎?

研修医「湿布でこんなことになるんでしょうか?」

ボス「ならないでしょ(笑)」


研修医「皮膚科の先生にもみてもらったのですが、血流不全からの問題じゃないか?
    といわれて、下肢の動脈の超音波検査もしたのですが、問題ありませんでした。

    末梢は特に血流低下を疑わせるような所見はなくて、
    血流不全という印象はありません。」


ボス「なるほど。
   動脈性の壊死というよりは、静脈のうっ滞が強そうだし、
   静脈性の潰瘍に近い病態じゃないかな。」

T「下腿潰瘍の原因はたくさんありますよね」



ボス「そうだね、まずは見に行こう」
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診察

両側大腿部の後面にもしっかり浮腫あり

その他所見は特に変わりなし
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ディスカッション②:浮腫の原因は?

ボス「大腿部の後面にも浮腫があったよね?

   大腿部の後面は浮腫があっても見た目では分かりにくくて、
   ルーズな脂肪組織があるから触らないと分からないことも多いんだ


   触ると、ぐにゅっとした厚ぼったい皮膚・皮下という感じでしょ?」


研修医「そうですね。見落としていました。

    でも両側の下腿浮腫の原因は何なんでしょうか?

    心機能もよくて、腎臓や肝臓、薬、内分泌でもないし、DVTでもない。

    しいて言えば、足を下げている時間が多いことくらいでしょうか?」


ボス「そうだね。このパターンはIVCを圧迫するような病変を考えなくてはいけない。


   よくティアニーが言っていたんだけど、診断は出会って5秒で決まるんだ

   それが最近、よくわかるようになってきたんだよ

   
   この症例は膵癌だよ」


研修医「すいがん?」


専攻医「???
    どうしてそう思うんですか?」


ボス「どうしてって言われてもなぁ、膵がん顔なんだよ。」


専攻医「膵がん顔?ってどういう顔ですか?」


ボス「なんて言うんだろう。

   外来とかずっとやっていると、
   あーこの人膵癌だなって、顔みたらなんとなくわかるんだ

   それで膵癌を診断したことが何度もあるから、
   そういう人たちと似ているなあっていう印象だよ

   この人も上半身は痩せていて、下半身が浮腫んでるでしょ?

   多分、膵癌が大きくなってきてIVCを圧迫しているんじゃないかな?」


研修医「うーん、単純CTだけだと確かに、その辺ごちゃごちゃしていてわかりませんね

    そう言われれば、膵頭部もそんな風に見えてきました

    造影CTは予定はしていたので、明日とります」


ボス「そうだね、それがいいと思う

   膵癌って変わった癌で、うつ病の発症とも関連があると言われていたり、
   不思議な症状を出すこともあるよね」
                       Natl Cancer Inst Monogr.2004;(32)57-71.


T「そうですね。Drハウスに出てきていた腫瘍内科医のウィルソンDrも、
     うつっぽい発言があった患者をみて、膵癌の再発を言い当てていました
  
  そういった描写もあるくらい、膵癌とうつ病の発症には関係がありますよね

  でもこの症例が膵癌かは、まだわかりませんよ

     僕の1st インプレッションは、封入体筋炎で嚥下機能悪化に伴い食事量が低下し、
  さらに前腕や大腿の筋萎縮を来しているので、やせているのだと思いました

  そのため大腿の筋力低下に伴い、足動かさずに下にすることが多くなり浮腫んできた

  のだと仮説を立てました」


ボス「・・・ふーん(あんまりピンときていない表情)

   まあ、そうかもしれないけど、

   膵癌という仮説はあくまで、戦略的に立ているんだよ


T「どういうことですか?」


ボス「確かに実際は足を下げている時間が多くて、
   静脈弁不全という病態があるのかもしれない
   
   でもその仮説の立て方は、戦略的じゃないんだ


   膵癌という仮説を立てると、必然的に造影CTが必要になる
   造影CTを行うことで色んな鑑別疾患が網羅されて、検索できる

   いい仮説というのは、その疾患や病態を証明するために、
  いろんな鑑別疾患が途中で検討されていくんだ
   

   うーんと・・・例えば・・・

   さっき出会った症例だと、
   施設に入っている認知症がある高齢男性が動けないっていう主訴で来たんだ
   
   病歴はうまくとれないけど、数日前から動きが悪くなってきて、
   ベッドから起き上がれなくなってきた

   診察すると、両側の肩を痛がる

   この症例をPMRと仮定して動くと、必然的に鑑別にIEが入ってきて、
   血培が必要になるし、画像検査や超音波検査が必要になる

   そして高齢男性が動けないままになると、筋力低下が進行して、
   廃用をきたして、本当に動けなくなってしまう

   だから、ぎりぎり動けていた高齢者にとっては、
   PMRと早く診断し早く治療してあげることは、すごい大事なことなんだ


   そのスピードを出すには、最初にPMRと仮定して動くことが大事


   まだみんな、理路整然とした鑑別疾患を考えて、
  詰将棋のように診断を詰めていくものだと思っているけど、実際はそうじゃない


   最初に直感でもいいから仮説を立てて、その仮説を検証していくんだ


   でも、ただ仮説を立てるだけじゃない

   それが戦略的かどうかということを考えなければいけない


   例えば、この動けない高齢の男性の仮説を
   もともとたまに痛がる人だったから、とかいう適当な仮説にしてしまったら、
   誰も真剣にみなくなるでしょ?

   リハビリも、ナースも、Drも、家族も、そういう目で見てしまう
   

   最初の仮説は、人をも動かす力があるんだ
   
   
   結核対応しかり、tPA対応しかり、髄膜炎対応しかり、
   
   最初にびしっと仮説を立てて、みんなを動かす力も僕らには必要なんだよ


専攻医「なるほど、ただ直感で鑑別を考えるだけでなく、
    それが戦略的な鑑別として、軸にしてよいかということですね。
   
    勉強になりました。ありがとうございました。」

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経過

造影CTでは膵癌はなかった
IVCを圧排するような腫瘍性病変もなし

UCGでは拡張機能低下の所見あり

収縮能が保たれた心不全、
もしくは座位の姿勢が多く静脈弁の機能不全の可能性を考えながら、
抗生剤投与と利尿剤投与で治療し経過は良好

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ボス「臨床はあて物ではないからね。
   当たったからすごいとか、外れたからダメだっていうことでもないんだ。


   ただ当たった場合も、外れた場合も自分の経験になる
 

   でも何かの仮説を立てないと、経験にもならない

   あれもこれも考えては、いつまでたっても自分の直感は磨かれない」




仮説は鑑別疾患だけに立てる時だけに出てくるものではない

その人の予後予測や未来を考える時も、仮説を立てる必要がある






                                    


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