変な尿閉をみたら
尿閉は泌尿器科的緊急事態ですが、急性の尿閉 が、
子供や若い成人、女性に起こることはめったにありません
そのような場合には、神経学的な病因を考慮したほうがよいです
感染症で尿閉が起こる2つの神経学的な原因として、
末梢神経障害(仙骨領域の単純ヘルペスや帯状疱疹)と中枢神経障害(meningitis- retention syndrome、ADEM、脊髄炎)があります
尿閉の患者さんを見たら、
まずは物理的な閉塞や薬剤の副作用で尿閉が起こっていないかを確認し、
陰部や会陰部に皮疹がないかをチェックしましょう
無菌性髄膜炎はよくある神経疾患ですが、尿閉を合併することが稀にあります
頭痛や項部硬直がある場合、MRSが原因かもしれません
MRS:meningitis-retention syndromeについて
2005年にsakakibaraらが尿閉を合併した無菌性髄膜炎の3例の症例を報告して以来、
meningitis-retention syndrome:MRSという用 語が使われるようになり、近年報告例が増加しています
MRSという名前ではありませんが、無菌性髄膜炎による尿閉の症例報告は以前よりあり、
発症年齢は1-63歳(平均33.1歳)と幅広く、性別は40:14と男性に多かったと報告されています
発症から尿閉の出現までの期間 は1-13日(平均3.5日)、尿閉の持続時間は3-159日 (平均14.8日)であり、排尿障害などの神経学的後遺症を残した報告例はなかったとされています
原因として報告されているは、
大多数がウイルス (EBウイルス、サイトメガロウイルス、単純ヘルペ スウイルス、水痘帯状疱疹ウイルス) ですが、
リステリアや髄膜炎菌が原因の症例報告もあります
鑑別診断として、仙骨領域のヘルペス 、ギランバレー症候群、急性散在性脳脊髄炎(ADEM:acute disseminated encephalomyelitis)、脊髄炎、多発性硬化 症 、 視神経脊髄炎 ( NMO : Neuromyelitis Optica)、脳幹脳炎、くも膜下出血後の髄膜炎、他の尿閉を来すcommonな疾患(糖尿病性神経障害、腰部椎間板ヘルニア、尿路系の感染症、前立腺肥大 症、薬剤性)があげられます
自分の経験ではMRSだと思ったら、結果的にADEMや自己抗体関連脳炎だったという症例がありました
MRSは知っている人は一発診断できますが、あくまで症候群なので鑑別疾患は幅広いです
MRSと分かっても、そこから原因を突き止めていくことが大切です
この症例は、MRSだねとドヤ顔している場合ではありません
油断せずにいきましょう
MRSの症状
MRSは発熱や頭痛、項部硬直といった髄膜刺激徴候と尿閉を伴いますが、
意識障害や痙攣、失語、ミエロパチーを示唆する症状やレベルを形成する感覚障害はありません
ADEMの場合、脳炎症状や痙攣発作、脊髄炎症状がみられることが多いので、
その場合は積極的に頭部のMRIを撮りましょう
ADEMの場合、MRIで白質病変や脊髄の異常信号が見られることが多いです
MRSの予後
MRSは予後良好で、自然軽快する報告が多いですが、
原因微生物は多岐にわたり、個々の症例で治療薬を考えなければなりません
重要なのは、治療できる疾患を早期に治療開始することです
特にヘルペス感染が否定できない場合は、アシクロビルをエンピリカルに投与し、
PCR 陰性を確認し、中止を検討することが実臨床では多いと思います
免疫抑制療法(ステロイドパルス) は効果的であるという症例報告例もありますが、
エビデンスは乏しいです
初期治療としては、尿閉からの腎後性腎不全に進展させないために
膀胱カテーテルを留置しておくことが重要です
その後、泌尿器科と協力して、尿カテ抜去に向けてリハビリをおこないます
まとめ
・なぜこの人が尿閉?という違和感を感じたら、MRSかもしれないと考える
→無菌性髄膜炎の人に尿閉を合併する病態がある(MRS)
・MRSはあくまで症候群であり、診断名ではない
→原因微生物や病態が多彩であり、予後がいい病態から悪い病態まで幅広い鑑別疾患が残っている
・MRSはまずはHSVやVZVをしっかりカバーすることが重要
→ADEMでステロイドが必要な症例もあり、
意識障害や痙攣発作が合併した場合は、積極的に画像評価を行う
参考文献:
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(5):伊藤祐二郎,他:発熱と尿閉を主訴に受診した中 枢神経系炎症性疾患2例の治療経験.泌尿器科紀要 55(10): 655-659,2009
( 6 ) : Fujita K, et al.:Urinary retention secondary to Listeria meningitis. Internal Medicine.;47(12):1129–1131. 2008
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