(前半まとめ)
潰瘍性大腸炎に対してサラソスルファピリジンを長期内服中の68歳男性
1年前からの労作時呼吸苦があり、半年前から安静時でも呼吸苦や低酸素を認めるようになった
これまで色々精査されたが、原因不明
SPO2 92%と低下しているものの、呼吸数は早くも浅くもない
心不全徴候はなく、呼吸音は清で心雑音はなし
原因不明の低酸素血症になりやすい肺高血圧やシャント疾患、
二型呼吸不全を呈する神経筋疾患の可能性が疑われるが・・・
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血液ガス所見(室内気)
PH 7.4, PCO2 37, PaO2 105, HCO3 24, Lac 1.2
⇨AaDO2 =-1.5(開大なし)
血液検査
Hb 10と軽度低下、MCV 110と大球性変化あり、Reti 5.5%
LDH 360と上昇
その他、肝酵素上昇なし、腎機能障害軽度(Cr 1.3)
甲状腺機能正常、BNP上昇なし、尿酸正常
前医で施行された検査
CXR 特記すべき異常なし、異常陰影なし
造影CT 肺動脈末梢に器質化血栓あり ⇨DOAC内服した時期もあったが、効果なし
ECG 洞調律、ST-T変化なし、正常軸
肺機能検査 異常なし
UCG EF良好、弁膜症なし、右室負荷所見なし
肺血流シンチグラフィ 特記すべき異常なし
心臓カテーテル検査 特記すべき異常なし
Problem List
# 労作時呼吸苦
# SPO2の低下(PaO2低下なし)
# LDH上昇
# 大球性貧血
# 肺動脈末梢の血栓
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ディスカッション②:診断は?
N「CTは本当に何もないのかは確認したいですね。
一応、肺動脈血流シンチはしたいですね。
あ、やってますね。。。
右心の負荷所見はないってことですね。
ただ、右心負荷がないけど、肺の血管の病気ってありますよね。
シャント性疾患もまだ考えるので、肺動脈造影はやってみたいですね。
スワンガンツで一応、PCWPはみておきたいですね。
かなり稀ですけど、肺静脈閉塞症(PVOD)みたいな病気があります。
この人は自己免疫性疾患ありましたよね、
そういう全身性疾患、特に強皮症とかがあると考えますね。」
K「PaO2が正常で、SPO2が低めっていうのは、
異常ヘモグロビンがないのかは気になりますね。
ニトログリセリンとか飲まれていないですよね?」
発表者「飲んでいないです」
K「サラソスルファピリジンでもなるんですかね?
メトヘモグロビン血症・・・
血液が黒くなったりするんでしたっけ?
あとは貧血に関しては、LDHも上がっているので、
溶血の要素はあるのかなと思います。ハプトとかもチェックしたいですね。」
T「はじめは、造影CTで末梢に血栓があったので、
慢性的に肺動脈血栓みたいな病態があるのかなと思いましたが、
SPO2 とPaO2の解離があるのであれば、メトヘモグロビン血症を一番疑いたくなりますね。
SPO2 とPaO2の解離というのは、国試的なkey wordであり、
メトヘモグロビン血症を覚えている人も多いと思いますが、
SPO2 とPaO2の解離で一番よくあるのは、爪のマニュキュアや寒冷などの末梢の血流不全でしょう。
文脈が大事ですね。
今回は「SPO2 とPaO2の解離」があることを教えていただきましたが、
実臨床では、SPO2 とPaO2の解離に気がつくかどうかが勝負だと思います。
気がつけば誰でも診断できるかもしれませんが、
気がつかなければ診断できません。
おそらく、前医でも血液ガスはとられていたと思いますが、
気がつかなかったのでしょう。
自分も言われなかったら、気がつかなかったかもしれません・・・」
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経過
血液ガス Met Hb 5!
ハプトグロビンが10以下
サラソスルファピリジンを休薬した後はSPO2上昇し、
MetHbも改善していった
貧血も改善
それに伴い症状も軽快していった
診断:サラゾスルファピリジンによる
後天性のメトヘモグロビン血症と溶血性貧血
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メトヘモグロビン血症
病態:異常ヘモグロビンの一つであるメトヘモグロビンの濃度が2%以上となる状態です
メトヘモグロビンとは、ヘモグロビンの2価の鉄イオンが酸化されて、3価に変化したものです
症状:
〜30%:労作時呼吸困難感、チアノーゼ
30〜50%:頭痛
50〜70%:痙攣、意識障害
70%〜:死亡
メトヘモグロビンが15%未満の場合、無症状のこともありますが、
4%でも呼吸困難感が強く入院した例もあります
メトヘモグロビンの%と症状の相関は絶対ではありません
特に基礎疾患(心臓、肺疾患、貧血)がある場合は、症状が出やすいとされています
本症例も溶血性貧血が存在したため、メトヘモグロビン血症の症状が顕在化したのだと思われます
原因:ほとんどが後天性、薬剤性が多いです。稀に化学物質や職業関連があります
循環器:亜硝酸塩
皮膚科:ダプソン
麻酔科:リドカイン
PCPを予防する科(膠原病科・腫瘍内科・感染症):バクタ、ダプソン
職業関連(化学物質):アセトアニリド、アニリン色素などの染料、農薬、クロルヘキシジン
今回はサラソスルファピリジンが原因でした
本症例では潰瘍性大腸炎に対して、サラソスルファピリジン4.5g/日という高用量を内服されていました
関節リウマチで使用するアザルフィジンは1000mgが保険適応のMaxであり、
小生も他の膠原病科のDrもアザルフィジンでのメトヘモグロビン血症は、経験したことはありませんでした
理由はサラソスルファピリジンの用量にも関係しているようです
サラソスルファピリジンでの有害事象(血液:溶血性貧血)は
高用量で使用している症例に多く、用量依存性で認められるという報告もあります
今回はサラソスルファピリジンによるメトヘモグロビン血症と溶血性貧血というダブルパンチでした
メトヘモグロビン血症の診断のきっかけは、
SpO2とPaO2(やSaO2)の解離!
PaO2は動脈血ガス装置を利用して酸素分圧を測定しています
SaO2 は、動脈血ガスによる PaO2 と pH、そして体温から計算により求められるもので、[HbO2]/([Hb]+[HbO2])を反映しています
SpO2は酸化・還元Hbにおける赤色光(660 nm)と赤外光 (940 nm)のそれぞれの吸光度の比率から算出し、間接的に酸素飽和度を測定しています
メトヘモグロビンはこれら2波長を同程度の割合で吸収するため、
理論的にはSpO2 85%付近で収束し、SaO2との 間に乖離が生じます
そのため、SpO2と SaO2との間に5%以上の乖離(O2 saturation gap)を認めた際は、メトヘモグロビン血症を疑う契機となります
そして、その際にとられた動脈血液ガスの色がチョコレート色であることがヒントになります
動脈からとったはずなのに、静脈からとったように血液が黒い時は、
メトヘモグロビン血症を疑いましょう
診断:施設によっては、COオキシメーターがあればメトヘモグロビン濃度を測定できますが、
一般の施設には置いていないことが多いと思いますので、ガスの値を確認することが重要です
ルーチンで血液ガスにメトヘモグロビンが記載されている施設と、記載されていない施設があります
記載されていても、馴染みがないのでスルーされていることもありますので注意が必要です
治療:20%以下で無症状であれば、支持療法+被疑薬の中止
20%以下で症状あれば、被疑薬の中止±メチレンブルー考慮
20%以上であれば、被疑薬の中止+メチレンブルー
本症例は20%以下で症状がありましたが、被疑薬の中止で事なきを得られました
感想
前回に続いて、薬害は多いですね
やっぱり、病気の鑑別をあげる前に、薬の副作用で鑑別をあげることが重要ですね
メトヘモグロビン血症を診断したことは1例しかないので、
たくさん見逃している気がしてきました・・・
メトヘモグロビン血症を引き起こす薬や化学物質がこれほど多いとは思わなかったので、
注意しようと思います
「薬を隠すなら薬の中」という名言通り、
薬害もポリファーマシーがあると見つけにくくなってしまいます
自分への戒めも込めてですが、
医師は足し算が好きですが、引き算が苦手です
自分が意識していることとしては、
何かの薬をinする時は、何かの薬をoutするように心がけています
日々の生活で断捨離や片付けが苦手な医師は、ポリファーマシーの傾向がありそうですね(笑)
どなたか研究テーマにいかがでしょうか
まとめ
・労作時の呼吸苦の原因は心臓か肺か貧血にあることが多い
→忘れがちなのは、二型呼吸不全を呈する神経筋疾患や右左シャント疾患
・貧血には2種類ある
→ヘモグロビンの絶対量が足りなければ、普通の貧血
足りているが働いてくれなければ、機能性の貧血(異常ヘモグロビン血症)
・メトヘモグロビン血症は疑わないといつまで経っても診断できない
→症状が非特異的であり、アンテナを張っていないと見逃してしまう。血ガスの色とSaO2(やPaO2)とSpO2のギャップに注目
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