2021年6月23日水曜日

37歳女性の腹痛と大動脈拡張 〜ぶれない軸をもつ〜

今回の症例は大動脈炎や大動脈周囲炎のいい勉強になりましたが、

あまりお勧めしません 笑


オススメ度:★★☆☆☆

すっきりしない結末ですが、感染症が好きな方は読んでみてください


でもこれが本当の臨床です

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ポイント
・大動脈に炎症がありそうだと思ったら、大動脈周囲炎か大動脈炎かを見極める

 
・大動脈周囲炎の場合、IgG4や特発性が多く、ステロイド治療になることが多い


・大動脈炎の場合、感染から軸をずらさないことが大事





37歳の女性が腹痛大動脈拡張の精査加療目的に当院搬送となった

患者は入院3週間前まで元気であった

入院3週間前右側腹部痛が生じ、背中への放散痛も認めた

嘔気、嘔吐、発熱、悪寒等を伴っていた

2週間前に、他院救急科を受診

身体所見では、腹部全体に圧痛があった

脈拍は正常で、血圧は両側上下肢間で差は認めなかった

WBC 9800/μl480010,000)、ESR 41 mm/hr020)、CRP 44.0mg/lで(010.0)であった

その他の検査結果を表1に示す。好気、嫌気性血液培養を施行した。


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コメント

これは難しそうですね 笑

若年女性が急性の経過で発熱や大動脈拡張を起こすとなると、


1に感染(血液培養で判明する)
2に感染(血液培養で判明しなかった:血液培養では陽性にならないもの、生えにくいもの)
3に高安動脈炎
4にベーチェット病
5にSLE
6にその他(マルファン、IgG4など)という印象です


今回は亜急性から急性の経過なので感染性動脈瘤からまずは考えます

当たり前ですが、血液培養が必須です
3セットくらいとってもいいと思います


感染性の動脈炎の原因微生物は、
サルモネラ、梅毒、結核、黄色ブドウ球菌が有名ですが、なんでもありです


梅毒は胸部の大動脈に多いです
サルモネラは大動脈と親和性が高く、古典的に有名な菌です


感染性大動脈炎にはジレンマがあります
抗生剤を早く投与したいけど、投与しにくいというジレンマです


感染性大動脈炎は放っておくと、大動脈瘤を形成し破裂の危険があります
そのため、いち早く抗生剤治療を投与したいのですが、
早々に抗生剤を入れてしまうと原因微生物が不明という事態になることがあります


エンピリックに投与すると、原因微生物が判明しないとde-escalationできず、
延々とゾシン・バンコみたいな点滴が続くことになります

感染性動脈炎の治療は、6週間を超える長期の治療になります
出来れば原因微生物はわかっておきたいですよね


感染性大動脈炎は血液培養で分かりそうですが、残念ながら100%ではありません
陽性率は50-85%とも言われます
報告によっては25%は陰性になります


血液培養が陰性の時が一番厄介です


血液培養は陰性だけど、やっぱり感染症だったということもあります


大動脈炎は他の感染症よりも特に、
絶対に感染かどうかを見極めたい + どの微生物か判明させたい のです


そのためには血液培養だけでなく、
抗体検査(コクシエラ、バルトネラ、レジオネラ)や
組織や血液以外の検体の質量分析(MALDI-TOF MS)、
16SrRNAを用いて網羅的に微生物を同定する必要があります


どうしてそこまでして、感染かどうかを見極めたいのでしょうか?


もちろん、非感染性の動脈炎の場合、ステロイドがメインの治療になるからです


感染症と真逆の治療になります


治療を急ぐ場合(動脈瘤が破裂しそう、症状が強い、他の血管が閉塞しかかっている)は、ステロイドや抗生剤をどちらも投与せざるを得ません

投与する前には、大量の血液を採取し、網羅的に出すものを出して、
結果を待つしかありません


大動脈のように生検がしにくい部位(他は脳の白質病変)はいつも困ります


残念ながら画像では、感染と非感染の鑑別は難しいこともあります






そして大動脈炎なのか、大動脈周囲炎の鑑別も難しいです

大動脈炎と大動脈周囲炎を厳密に画像だけで鑑別することは難しく、
結局は病理頼みになってしまうこともあります


そして、大動脈炎も大動脈周囲炎も長引けば、
動脈壁が脆弱化して、動脈瘤を形成することがあります


感染が原因で動脈瘤が起きた場合は感染性動脈瘤と呼ばれます
感染が原因でなければ、炎症性動脈瘤と呼ばれ、多くはIgG4関連疾患です


IgG4関連疾患は大動脈炎も大動脈周囲炎もどちらも起こします



ややこしいですね〜

一度、整理してみましょう

     





大動脈(ここでは主に腹部)に炎症がありそうだと思ったら・・・

①大動脈周囲がメインか、大動脈壁がメインか

大動脈周囲を取り囲むような軟部組織があれば、
大動脈周囲炎の可能性高いです
mantle signが有名ですね

動脈瘤がない場合は、後腹膜線維症や慢性大動脈周囲炎と呼ばれたりします



一方、大動脈の壁肥厚や周囲の脂肪濃度上昇、
造影にて外側の高吸収域(double ring like sign)を認めた場合は、動脈炎の可能性が高いです



ただし、クリアカットに分けられないことも多いです
分けられない場合は、どちらもあり得ると思いながらフォローすることが大事です











②大動脈周囲炎(後腹膜線維症)っぽい場合

特発性 VS    IgG4関連疾患 VS    結核 VS  リンパ腫 VS  その他の構図 です

一番ネックなのは、結核が鑑別に入ってしまうことです
画像だけでは鑑別できません





この症例は一見、特発性の後腹膜線維症と診断されそうですが、
よく見ると胸部でリンパ節が腫脹していました

その後、気管リンパ節の生検で結核が検出されました
後腹膜の検体はPCRは陰性でした


抗結核薬だけでリンパ節も後腹膜線維症が治ってしまっています・・・

著者たちは結核感染によって惹起された免疫反応に関連して
後腹膜線維症が発症したのではないかと推測しています



特発性というには、道のりは長いですね・・・



後腹膜線維症の場合はできれば後腹膜を生検して、
結核やリンパ腫の除外を行なってからステロイドを投与したいです

外科Drと相談が必要です


ステロイド投与前のIGRAが陽性の場合、さらに厄介です
「ステロイド投与と一緒にイソニアジドで治療していいのか!?」問題に発展します

今、結核がactiveと考えるのであれば、イソニアジド単剤は禁忌に近いです

他の施設ではどうしているのか(後腹膜線維症の場合、全例生検するのか?、IGRAが陽性だったら、どうするのか?)、聞いてみたいですね





後腹膜線維症をみた時にもう一つ、迷うのは、AAVかIgG4か問題です
AAVもIgG4もプレゼンテーションはそっくりなことがあります


IgG4関連疾患でもANCAが上がったり、
AAVでもIgG4が上がることもあり、どちらなのかを迷うことはあります

Int J Rheum Dis . 2019 Oct;22(10):1926-1932.  doi: 10.1




この文献では、AAVとIgG4関連疾患が合併した症例はなかったようです
他の文献では両方の疾患の基準を完全に満たした症例が2例ありました

IgG4とANCAがどちらも上がることはありますが、両者が共存することは稀だと思われます





このように、後腹膜線維症は悩みどころが多い疾患です



③大動脈炎っぽい場合

感染 VS   非感染の構図です

この場合は、感染から軸足をずらしてはいけません


ただ、若い女性の長引く不明熱で頸動脈や鎖骨下動脈に狭窄や炎症所見があれば、
血液培養陰性を確認し、ステロイド投与されるでしょう
典型的な高安病や高齢者のGCAの場合は、感染の可能性は低いと思われます


問題は中高年以上の腹部の大動脈炎・大動脈瘤の場合です

まずは感染性大動脈炎・大動脈瘤を起こす背景を考えます

・血管損傷:自傷、心臓カテーテル検査時、モニタリングのためのルート、CV
・先行感染:半数に他の部位の感染があります
      大動脈に直接波及して感染することもあります
・免疫抑制状態:ステロイド、抗がん剤使用中、DM、肝硬変、透析患者、  
        アルコール依存症、HIVなど
・アテローム性動脈硬化
・先天的な血管異常
・既存の動脈瘤


加えて、急性の経過で出現してきた症状や急激に増大傾向の場合は、感染性を疑います

画像では、
・嚢状の偏心性動脈瘤または多葉性動脈瘤  
・軟部組織の炎症
・血管周囲の腫瘤  
・壁内のガス
・血管周囲の液体貯留

があれば感染を疑います


感染が少しでも疑われれば、いつもに増して原因微生物を探す努力をします

血液培養は何度もとります

何度もとっても陰性であれば、
血液培養が陰性になるような菌の検索を検討します
Let's HACEK ABC(血液培養陰性のIEの時の鑑別で出てくるものたち)

Lesionella
Erysipelothrix rhusipathiae
Trepheyma whipplei
Staphylococcus epidermidis
Haemophilus spp.
Actinobacillus actinomycetem comitans
Cardiobacterium hominis
Eikenella  corrodens
Kingella kingae
Anearobes
Brucella,Bartonella
Coxiella burnetii,Chlamydia,Candida


これらの検出のためには、抗体検査や16srRNA、質量分析が必要になることもあります

感染性動脈炎も否定できず、早めに抗生剤投与が必要な場合は、
感染症の先生と相談しましょう

そして破裂リスクがあれば手術するか、血管内ステントを留置するか、心外と相談です
以前は手術しないと予後悪いと言われていましたが、
最近は血管内ステントでなんとかなる症例報告や研究も増えてきました

ただステント入れてもステント感染することもあり、
結局手術になる人もいます

ステントはあくまで応急処置で、そのまま治療完遂できたら、
ラッキーくらいの心づもりでいた方がよいと思われます


手術のメリットは検体を出すことで、原因微生物が分かるかもしれません
抗生剤入っていることが多く、培養で生えないこともあるので、
質量分析を提出することも検討されます


このように感染性動脈炎や動脈瘤は、
感染症科、リウマチ膠原病内科、心臓血管外科のコラボレーションになります

この3科が揃っている病院は、なかなかないので
大病院での治療が望ましいと思います








結局、今回の症例は・・・・


画像では
大動脈周囲炎にも見えますし、感染性動脈瘤にも見えますね・・・

この症例は血液培養だけ採取して、早々にステロイドが投与されました
それでも治らないということで、抗生剤が追加されました


抗生剤が追加された後も動脈瘤は拡大傾向でした
そのため、動脈瘤の破裂防止で血管グラフトが挿入されました

(以前は感染性動脈瘤は手術が原則でしたが、
最近はこのようにグラフトを入れて、抗生剤投与することも増えてきているようです
ただし、その場合、治療失敗することもあり、追加で手術が行われることもあります)

その後、残念ながら、グラフト感染(MRSA)を起こしてしまい、
血管再検術が行われました

結局、病理では高安動脈炎を示唆する炎症所見はありませんでしたが、
否定はできないとのことで、ステロイドは継続投与されているようです




この症例はややこしくて、最初から感染があったのか、
途中に入れたグラフト感染を起こしたのか、よく分かりませんでした


途中で質量分析を行なっていますが、できれば最初のステロイドを入れる時点で
質量分析を行って欲しかったですね・・・


最初から感染だったんじゃないか?と思ってしまった症例でした


やはり、感染の軸を簡単にずらしてはいけないという教訓的な症例でした


まとめ
・大動脈に炎症がありそうだと思ったら、大動脈周囲炎か大動脈炎かを見極める
→画像だけではどちらとも言えないことがある
 
・大動脈周囲炎の場合、IgG4や特発性が多く、ステロイド治療になることが多い
→どこまでやれば特発性と言えるのか?生検は全例にすべきか?結核、リンパ腫の否定はどのようにすればよいのか?(誰か教えて欲しいです)

・大動脈炎の場合、感染から軸をずらさないことが大事
→血液培養だけでなく、組織の質量分析や抗体検査を行い、原因微生物の同定に全力を尽くす
 安易にステロイドを入れない

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