2021年6月3日木曜日

神経線維腫症1型 心筋梗塞(冠動脈瘤) 〜解説パート〜

 皮膚科および遺伝学検査科にコンサルトした

徹底的な皮膚検査により、3つの皮膚所見が確認された

乳房、大腿部、腹部、背中等に直径1.5 cm以上の色素過剰斑が最低6か所に認め、

カフェオレ斑と合致する所見であった


腋窩のそばかす(freckling)は直径12mmの多くの色素過剰斑であった

肌色や色素過剰な直径24mmの多くの柔らかく圧縮可能な丘疹等があり、神経線維腫を示唆していた

左腕の丘疹の生検から神経線維腫と診断され、神経線維腫症を考慮した臨床的印象が確認された(図4




〇神経線維腫症1型は、NIH(国立衛生研究所)のコンセンサス基準の少なくとも2条件を満たす場合に、

純粋に臨床的根拠に基づいて診断可能で特異性が高い(表1



本患者は臨床基準の3つ満たし、神経線維腫症1型と確定診断できる

神経線維腫症1型の合併症である血管障害は、冠動脈単独または複数血管に動脈瘤を形成する可能性がある。他の血管の関与は、術前に評価する必要がある。


<経過>

術前の造影CT画像では、大動脈、腎臓、頸動脈、脳動脈等の血管異常は認めなかった

その後、患者は、CABG(左前下行枝への左内胸動脈移植+右冠状動脈への右内胸動脈移植術)を施行した


術後経過は良好であった。アスピリン、アトルバスタチン、クロピドグレル、リシノプリル、メトプロロール等が開始され、内服薬継続の指示にて退院となった



退院後、彼女は遺伝カウンセリングと遺伝子検査を受けた。NF1の一塩基ミスセンス変異(c.4267A→G)が同定された(アミノ酸1423p.Lys1423Glu)位置でのリジン→グルタミン酸への置換に対応)(補足付録の図S1) 全身MRIにより、単一の網状(plexiform)神経線維腫を呈したが、癌は認められなかった。心エコー検査再検では、左心室拡張、壁運動異常、左心室駆出率30%等が認められた

 1年後、患者には胸痛はなく、活発な生活を送っていた

 

解説

●本若年女性は、20代で最初の心筋梗塞を発症した。米国において、冠動脈性心臓病は成人の主たる死因であるが、特に女性では、30歳台(in the third decade)での心筋梗塞発症は非常にまれである


このため、若年者に冠動脈疾患が同定された場合には徹底的な評価が必要である

若年および高齢者の心筋梗塞の主な原因であるアテローム性動脈硬化症の危険因子に焦点を当てるだけでなく、


①急性や慢性の促進性疾患precipitating illness

薬物

③単一遺伝子疾患等の慎重な評価が必要である


本患者は、脂質異常症、肥満、高血圧、糖尿病、喫煙歴等がなく、心筋梗塞促進疾患としての心筋炎や心内膜炎も認めなかった


彼女は、血管痙攣誘発薬物や違法薬物使用はなかった

各冠動脈に明白な動脈瘤性変化を認め、循環器科で川崎病の可能性が検討された


川崎病は、一般的に子供に最も発症し、持続的発熱、結膜炎、粘膜炎、手掌紅斑、頸部腺炎等を呈し、

冠動脈瘤は、未治療患者の4分の1に発症する


しかし、本患者の小児期には原因不明の発熱性疾患や川崎病の臨床的特徴はなかった

診断基準を完全に満たしていない小児不完全型川崎病の可能性もあるが、除外診断である


●本患者で冠動脈瘤の他の可能性の高い原因として、カフェオレ斑、腋窩のそばかす、柔らかい丘疹等の微妙ではあるが異常な皮膚所見があり精査に値する

これらの所見は、正常と誤解される可能性があるが、神経線維腫症1型と確定診断された

本患者ではこれらの所見の認識が遅れ、一般的な遺伝病の特徴的皮膚症状に臨床医が精通する重要性が強調される。  


 神経線維腫症1型は、よく見る(common常染色体優性疾患であり、

3000人に1の有病率で、腫瘍抑制遺伝子NF16,7のヘテロ接合性生殖細胞系欠損や機能喪失型変異から生じ、ヘテロ接合性喪失や個別病変に残存する野生型対立遺伝子への2番目ヒットにより体細胞突然変異等につながる


 皮膚の特徴は通常、小児期と青年期に出現するが、家族でさえ浸透度(penetrance)は大きく異なる可能性があり、神経線維腫を全く認めない場合もある


神経線維腫症1型は、成人期に合併症が出現した場合にのみ診断される患者もいる

他の腫瘍抑制遺伝子遺伝性疾患と同様に、神経線維腫症1型は、良性および悪性腫瘍の感受性増加に関連し、特に神経鞘腫瘍の発症と関係している

罹患患者は、血管異常心臓弁膜症のリスクも高くなる



神経線維腫症1型血管障害は、狭窄、特発性冠動脈解離、血管攣縮、血栓症、動脈瘤などを呈し、通常、紡錘状血管平滑筋細胞増殖を伴い、中型および大型の弾性動脈が障害され、大動脈、腎動脈、腸間膜動脈、頸動脈、脊椎動脈、冠状動脈等を合併する可能性がある


心合併症は十分認識されてはいないが、多数の1型神経線維腫症関連冠動脈瘤の報告があり、

心筋梗塞や心臓突然死につながる症例もある


1型神経線維腫症患者の平均寿命は、癌や心血管合併症により815年短く、タイムリーな診断の重要性が浮き彫りにされる

NF1によってコードされるタンパクであるNeurofibrominは、Ras​​アノシントリホスファターゼ(GTPase)活性化タンパクとして機能し、不活性型への変換促進により癌原遺伝子Rasを不活性化する

いくつかの証拠の概略(lines)からneurofibromin機能と血管障害間の関係(link)が支持されている


neurofibromin欠損症では、血管損傷後の平滑筋増殖が促進され、閉塞性血管障害が惹起される

動物モデルでは、骨髄細胞の単一のNF1対立遺伝子の不活性化は、新生内膜増殖と動脈瘤形成を促進される

neurofibromin機能に不可欠で、神経線維腫症1型患者の心血管異常高有病率に関連するリジン1423のコード配列16を本患者は有していた

Lys1423Glu変異neurofibrominは、野生型neurofibrominRasGTPase活性よりも1000分の1以下(1000 times lower than)の活性で、本変異と結びつくRas依存性神経線維腫症1型関連血管疾患の特徴である


●専門家のガイドラインにより、神経線維腫症1型の成人における癌や高リスク病変の画像診断に関する推奨事項が提供される

悪性末梢神経鞘腫は、既存の叢状神経線維腫から頻繁に発生し、早期転移と高死亡率に関連している

そのような臨床的疑いがある場合(例えば、新規または悪化する疼痛)、


①画像診断が推奨されるが、全身MRIによる無症候性患者のスクリーニングに関してのコンセンサスは不十分である

神経線維腫症1型では乳癌のリスクが高いので、National Comprehensive Cancer Networkでは、

30歳からの毎年のマンモグラフィを推奨

30歳から50歳までには造影MRIも考慮されている

④血圧モニタリングも推奨される


新規高血圧(発症)は、腎動脈狭窄と褐色細胞腫の評価を喚起する


神経線維腫症1型患者とその近親者に⑤遺伝カウンセリング提供も重要である


遺伝子検査は、臨床表現型(clinical pheotype)が異常(unusual)または不完全(incomplete)な場合に特に有用であり、出生前スクリーニングや着床前遺伝子診断に使用可能である






20代で最初の心筋梗塞を発症し、家族歴がある本患者の症状から、冠動脈瘤を含む後遺症を伴う遺伝性基礎疾患が示された。最終的に、血管造影と皮膚所見(内側と外側の完全なInside and Out)統合から神経線維腫症1型の診断に至った

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