2022年7月3日日曜日

誤嚥性肺炎から始まる物語②

 前半は誤嚥性肺炎の診断とマネージメントについて議論が交わされました

後半は実際に誤嚥性肺炎から始まる物語を見ていきましょう



この症例は2度目の誤嚥性肺炎であり、誤嚥性肺炎の診断は矛盾しないものでした


A:特になし

B:常食を自分で食べていた

C:問題なし

D:抗精神病薬がたくさん処方されており、日中も傾眠の状態だった

E:少しずつ痩せてきた、よく転倒していた


画像:下葉の背側の浸潤影

痰G染色:ポリ


除外診断:他の疾患の可能性を示唆する所見はなし



もう少し誤嚥性肺炎のドミノを遡っていくと、興味深い病歴が聴取されました


4、5年前までは非常に元気であったのに、

交通事故をきっかけに様々な症状が出現してきた


不眠、筋肉が硬い、うつ、転びやすいなど・・・


そして精神科を受診され、抗精神病薬がたくさん出されるようになり、

日中も傾眠状態となっていました




今までとても元気だった高齢者が調子を崩す時の一つのパターンとして、
「交通事故後」があります

他には「入院」や「コロナワクチン後」もあります



もともと素因(こだわりが強い、ASDやADHD器質、医療や薬にnegative、将来変性疾患になる人)を持っている人が、
なんらかのきっかけで、精神症状が出てくるというイメージですね


こういった方は交通事故の被害者になるパターンが多く、
「交通事故」に対して強い恨みを持っていることが多いです


あの事故さえなければ元気だったのに・・・


という強い恨みが、精神的荷重となり、
多彩な神経症状(痺れが多い)、あちこちの痛み、
不眠、焦燥感、不安、抑うつ、パニック障害、PTSDといった精神症状などが現れます


実際は交通事故が関係ない症例もありますが、
自他ともに記憶に残りやすいイベントなので、交通事故のせいになっているケースもあります


そしてそれは、修正が不能なことが多いです



この方の場合も交通事故を契機に体調が悪化し、精神症状が出現し、
精神科を受診されていました



一般論として、
高齢者のうつ病をみた時には、DLBを疑うことが重要です


そして、
薬の調整がうまくいっていない難治のうつ病をみたら、
DLBを疑います



DLBが進んでしまうと、診断が非常に難しいです
精神科を受診しているケースも多く、
薬のせいなのか、よくわからないこともあります




これまで経験したDLBの中で印象的だった症例は


①きっていいのは薬だけ

 うつと診断され、他院で抗うつ薬や睡眠薬がどんどん増えていったら、
 さらに悪化して、自分で頸を切って自殺しようとして入院した高齢男性

→病歴を聴取すると明瞭な幻覚や不眠がもともとあることが分かった
 DLBの診断で薬を全てきり、アリセプトを導入したところ、
 抑うつは消退し元気になった


②骨とともに心が折れた

 骨折を契機に入院したら、人が変わったように塞ぎ込むようになってしまった
 主治医がうつと診断し、SSRIやセルシンを処方していたが、一向に改善せず
 食事量低下や抑うつ症状は激しさを増すばかりで、
 農薬を飲んだり自殺企図がみられるようになった

→主治医交代を契機にDLBと診断し、SSRIを中止しセルシンを減量
 アリセプト導入し、元気を取り戻した
 幻覚症状に対しては抑肝散を導入し、コントロールできるようになった
 


というような感じで、DLBのゲシュタルトを掴むことが大事です

DLBのゲシュタルトは

①高齢者の新規のうつ(きっかけはあってもなくてもいい)
②普通の治療に反応せず、変な反応を示す難治例です


疑った場合は、夜間の睡眠障害や明瞭な幻覚、パーキンソニズム、認知症など
パズルのピースを集めるような感覚で診断していきます



果たしてこの人もDLBなのでしょうか?


DLBを疑うことは慣れてくると比較的容易ですが、
DLBを考えた時にあえてクラスターとして考えてみましょう



DLBのクラスター

・他のPismを呈する疾患:PSP,CBD,NPH,MSA-P,脳血管性,薬剤性,CO中毒
・他に認知症を呈する疾患:AD,FTLD/ALS,CJD
・treatble dementiaの範疇:VB12欠乏,梅毒,橋本脳症,てんかん発作


・まれな自己抗体介在疾患
 
・抗VGKC抗体関連疾患
  VGKC複合体抗体はアイザックス症候群の過剰興奮症候に加え,
精神症状,不眠,自律神経障害を呈するモルヴァン症候群,
さらに近時記憶障害とてんかんを主徴とする辺縁系脳炎でも陽性となる一群

BRAIN and NERVE 68巻9号 (2016年9月)

・ stiff-person spectrum disorder(SPSD)
 progressive encephalitis with rigidity and myoclonus (PERM)
PERM は 1970 年代から報告されてきているまれな疾患
stiff-person 症候群(SPS)の亜型と考えられており,四肢・体幹の筋硬直に加え,
眼球運動障害,嚥下障害,hyperekplexia,myoclonus, 錐体路徴候あるいは
自律神経障害をともなう重篤な疾患

臨床神経 2015;55:111-114

・IgLON5抗体疾患
  抗 IgLON5 抗体関連疾患は,2014 年に睡眠時随伴症,
閉塞性睡眠時無呼吸症候群などの睡眠障害とタウオパチーを示唆する病理所見を呈する疾患として報告 

臨床神経 2021;61:825-832


こんなところでしょうか


下の3つは抗体が関係するまれな疾患ですが、

若い症例や急激に進む症例、非典型症例に関しては、検討しても良いかもしれません


大事なのは、こんなまれな疾患をいきなり疑うのではなく、

上の3つをしっかり鑑別していくことです


神経変性疾患を疑って病歴をとるということは、

その人の歴史を知るということです


腰を据えて、患者さんの人生史を振り返ります


それぞれの疾患群の鑑別のポイントは・・・

・他のPismを呈する疾患:PSP,CBD,NPH,MSA-P,脳血管性,薬剤性,CO中毒
歩行形式や易転倒(姿勢反射障害)が重要です
 PDでは進行しなければ、転倒は多くありません

 特徴的な画像所見も重要になります


・他に認知症を呈する疾患:AD,FTLD/ALS,CJD
→untreatble dementiaの範疇ともいえます 
 長谷川式の時の態度や内容が重要です

 画像所見も重要です


・treatble dementiaの範疇:CSDH(低髄液圧),VB12欠乏,梅毒,橋本脳症,てんかん発作
検査ごとに分けて考えるのが重要です
 血液検査でわかるもの
 CTやMRIでわかるもの
 髄液検査でわかるもの
 脳波でわかるもの
    薬を止めてわかるもの


結局、本症例は診察の結果、

首が後屈しており、易転倒性があり、垂直運動の眼球運動障害を認め、

PSPのリチャードソン症候群の診断がつきました


変性疾患を診断し告知するということは、癌の告知と同じくらい重要です

変性疾患は診断も難しいのですが、実は診断してからのほうが大変です




ということで、誤嚥性肺炎から始まる物語を紐解いていくと、


①交通事故まではとても元気だった


②交通事故をきっかけ?に精神症状や体が硬くなる症状が出てきた

(本当は交通事故は関係ない可能性も大いにあるが、

 症状が出現したタイミングと重なると、

 本人・家族・医療者も交通事故がきっかけと考えてしまう)


③精神科を受診し、薬がどんどん増えていった


④傾眠がちになり嚥下機能低下もみられ、誤嚥性肺炎を起こすようになった


⑤2回目の誤嚥性肺炎でPSPリチャードソン症候群の診断がついた



という症例でした


まずは、本当に誤嚥性肺炎で矛盾しないのか?を前半で議論し、

次に、どうして誤嚥性肺炎になってしまったのか?を後半で議論しました


明日からの誤嚥性肺炎診療にお役に立てていただければ幸いです


まとめ

・「交通事故後」など何かのきっかけに調子が悪くなる高齢者の中に、変性疾患が発症してきた一群が存在する

→医療者も一緒になって交通事故のせいにしてはいけない


・DLBのゲシュタルトを知っておく

→高齢発症のうつ病、難治のうつ病


・DLBを疑った時のクラスター

→他のPismを呈する疾患群、treatble とuntreatble dementiaの疾患群

 まれな自己抗体関連の疾患群を考える

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