2022年7月21日木曜日

この症例に必要なのは? 〜緊急〇〇〇!〜


90才 女性 主訴:上腹部痛(※症例は一部、修正加筆を加えてあります)

Profile:ADL自立、自宅で生活

現病歴:3日前の夕食後に一過性の上腹部痛が出現
    痛みはその後消退し、就寝
    1日前にも夕食後に一過性の上腹部痛が出現
    痛みはまた消失したが、夜中に再び上腹部痛が出現
    今度は改善せず、徐々に悪化していった
    来院当日、上腹痛を主訴に初診外来受診

既往:高血圧

内服:アムロジピン

身体所見 バイタル T 38.3, BP 150/90, P 100 reg, SpO2 92%
見た目 とても上腹部を痛がっている
腹部 上腹部を中心に圧痛あり
力が入っているためか、硬い印象
tapping painはっきりしない

CTにて肝臓内にガスを伴う膿瘍疑いの病変が多発していた
総胆管拡張は見られず  腸管気腫なし

参考

Intern Med 59: 591, 2020) (DOI: 10.2169/internalmedicine.3793-19)より



血液検査にてWBC 20000, Hb9.0 , Plt 12万 凝固 測定できず

AST 1200 ,ALT 300, ALP 100,  γGTP  20, T-bil  3.0, LDH 7000,CK  80,  AMY 50
Na 133, K 5.0,  BUN 14 , Cr 0.8, CRP  3
溶血3+

血液ガスにて呼吸性アルカローシス、代謝性アシドーシス、乳酸上昇を認めた

血液培養採取の上、TAZ/PIPCが投与され消化器内科コンサルトとなった
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Q1、この症例の診断は何でしょうか?


Q2、この症例で診断に必要なのは何でしょうか?


Q3、この症例で治療に必要なのは何でしょうか?

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Q1、この症例の診断は何でしょうか?



この症例の経過のゲシュタルトはただ一つです


診断は

高度の血管内溶血を合併したClostridium perfringens の劇症感染

Clostridium perfringens Septicemia with Massive Intravascular Hemolysis

です



腸管壊死や腸管気腫を伴っていないにもかかわらず、

肝ガス壊疽 + 血管内溶血をみたら、
即座にこの疾患を念頭におきます



他の鑑別はありません


普通の肝ガス壊疽や肝膿瘍の場合は、
Klebsiella pneumoniaeや大腸菌の可能性もありますが、
高度の血管内溶血を伴っているということがポイントです


糖尿病や担癌患者、高齢者に発症しやすいですが、
特に目立った基礎疾患がなくても発症することがあり、恐ろしい病気です


この病気の特徴は、

①致死率が高いこと(70-90%)と
②病態の進行が極めて早く、激烈であるということです


病院に来てから平均8-9.7時間以内に死亡し、
ほとんどの症例が24時間以内に亡くなっています

Front. Microbiol. 12:713509. doi: 10.3389/fmicb.2021.713509



感染症の中で最も早い経過を辿る疾患だと思っています


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Q2、この症例で診断に必要なのは何でしょうか?



血液培養




ではありません



もちろん、血液培養をとることは必須ですが、

ほとんどの症例で血液培養が陽性の時点で亡くなっています



この疾患であると早期に確定したければ、
buffy coatのグラム染色を行ってください


buffy coatとは血液を遠心分離した際に血球成分の上に出現する
白血球の層をいいます





buffy coat染めるのはハードルが高いという場合は、
普通に末梢血の塗抹標本をグラム染色してください


末梢血の塗抹標本の染色でも18%で菌が見えたという報告もあります
溶血して変形したRBCも多数見えます


buffy coatを染めることで、もう少し感度は上がると思っています



これがbuffy coatを染めたグラム染色像です

残念ながら菌はいませんでした



そんなはずはない・・・


二枚目を作ってもらって、
技師さんに菌を探してもらうと・・・・


やはり、いました




思ったよりもいませんでした

もっと、わんさかいるかと思いましたが、
見つけられたのは、一枚のスライドで3菌?でした


buffy coatや血液を染めて菌が見え、早期診断に有用だったという報告は多数あります




Shibazaki S, et al. BMJ Case Rep 2018. doi:10.1136/bcr-2017-223464





調べてびっくりしたのですが、この二つの論文ともに当院の卒業生でした 
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Q3、この症例で治療に必要なのは何でしょうか?



緊急ドレナージ?

緊急手術?

緊急挿管?




違います


この病態に出会った時に必要なのは、緊急ACPです


致死率がほぼ100%に近く、
平均入院期間が9時間という恐ろしい勢いで進行していく病気です


さらに患者さんのほとんどが、いろんな病を抱えている高齢者です


もともと余力がありません


緊急ドレナージや手術でさえ、タイミングを逸してしまった場合は、
とどめを刺すことにつながります


そのため、本当に全力で対応すべきかどうかをよく話し合う必要があります



本症例の診断はすぐにつきました


心肺停止になる直前まで家族と話し合い、
挿管や心臓マッサージはしないという結論になり、
ICUで家族に見守られながら穏やかな最期を迎えることができました


来院して4時間後の出来事でした



緊急ACPがされなかった場合、
挿管され、CVが留置され、Aラインが留置され、
それでも病態の進行が止められず、
心肺停止になり、心臓マッサージが開始され・・・


という最期が待っていたのだろうと思います




この疾患を早期に診断する意義は、もちろん救命のためです


ですが、point of no returnを超えた場合、
QOD(Quolity of death)を意識して、全力で緩和ケアに振り切ってください



来院したその日に亡くなる疾患です


フルで戦って、体を傷つけても、勝てる相手ではないのです


ならば、最期は穏やかな最期を迎えていただくために
できることを全てやるのが、医者の役割だと思っています



助けられないからといっても、何もできないわけではありません

患者さんの苦痛をとってあげたり、家族への説明だったり、
やることはたくさんあります



医者の役割は病気を治すことだけではありません

治せない病気にどう対応するか?


これが医師としての技量が最も試されているのだと思います



まとめ
・肝ガス壊疽 + 高度の溶血(LDH著明上昇)の症例に出会ったら、Clostridium perfringens の劇症感染を想起する
→進行が早く、救命は非常に困難
 フルで戦うなら早期のドレナージや手術

Clostridium perfringens の劇症感染を早期に診断するためには、buffy coatまたは血液塗抹をグラム染色する
→四角のGPRが見えたら診断確定
 血液培養が生える時には亡くなっていることが多い

・Clostridium perfringens の劇症感染の症例に必要なのは、緊急ACP
→QODを意識し、全力で緩和に振り切る勇気も必要



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