2023年6月4日日曜日

胸痛は脊髄反射で動く 〜暫定ACSとしての動き方・考え方〜

悩ましい胸痛の症例です



救急外来で仕事をしていると、急に看護師さんから声がしました

「胸痛の方です!」


ストレッチャーに乗せられた状態で、
50歳の男性が初療室へ入ってきました


胸の真ん中を手で抑えて、ウーっと痛がっています

冷や汗もかいています


という状況で診療開始です


1st インプレッションはACSを筆頭にkiller chest painと呼ばれる疾患を疑います


胸痛の場合は、あれこれ考えません

致死的疾患の診断・否定につきます

シンプルに考えることが大事です



初動は反射的に動きます

頭で考えるとスピードが鈍るので、

頭で考えずに脊髄反射に任せて動くイメージです

診断まで一直線に動きます



①STEMIをいち早く診断するための心電図をとる(過去と比較)

②NSTEMI/UAPを診断するための心電図、トロポニン、UCG、病歴(症状、リスク因子、既往)

③大動脈解離や肺塞栓を診断するためのUCGと造影CT(造影ルートでお願いする)

④緊張性気胸を診断するためのUSとCXR(気胸は他のバイタルでわかることがほとんど)

⑤胆嚢や膵炎の可能性も考慮し、USや採血チェック(診察でわかることがほとんど)



胸痛が続いている時点で、循環器内科の待機が誰かをチェックして、

いつでも電話できるようにしておきます


強い胸痛の症例は、絶対に違うと自分で納得できるまでは「暫定ACS」です

ACSらしくないと判明すれば、「暫定大動脈解離」にシフトします


本症例はバイタル正常で強い胸痛なので、やはりACSを疑います



①心電図:ST-T上昇はなし、早期脱分極にみえる部位はあり

     比較はなし、reciprocal changeなし


心電図からはSTEMIではないと判断され、病歴や過去カルテチェックを行いつつ、

同時にUCGが施行されました



動脈硬化リスク因子は喫煙くらいです

喫煙だけでも十分ですので、やはりACSが鑑別の筆頭であることは変わりないです


UCGでは特異的な異常所見は見つかりませんでした


病歴としては、寝返りをした後から首の痛みが出てきて、

そこから胸痛に至ったということです


痛みが強くて、救急車を呼ぼうと思ったくらいだったようです

まだ痛みは10/10で続いています



ACSを疑った場合の病歴聴取ですが

・冷や汗があるかどうか → あり

・放散痛はあるか → bad な聞き方「どこか他に痛いところはありますか」

          goodな聞き方:痛みの部位を指差し確認で聞いていく


「耳は痛いですか?歯はどうですか、浮いたような感じはないですか?

 顎は痛くないですか?肩はだるかったり、痛かったりしませんか?

 腕のだるさや痛みはないですか?喉にへばりつくような変な感じはありませんか?」

→今回は肩甲骨の間に痛みがありました


・吐き気 → なし



ACSの胸痛は非典型的な場合も多いので、病歴だけで除外することは困難です


体位で変化する胸痛や圧痛のある心筋梗塞も過去にありました

耳だけすごく痛いという人もいましたね

喉に薬がへばりついた感じできた人もいるようです



病歴聴取ではACSの診断の可能性を上げることはできますが、

除外は難しいと覚えておきましょう



今回は寝返りの動作後であることや頸部痛からの胸痛であることから、

cervical anginaが疑われました

CTで頸椎のあたりもよく見た方がいいですね




みなさん、よくcervical anginaなんて知っていますね〜


ですが、cervical anginaの診断をつける前にやることは、ACSの否定です



ではどこまでやったらACSではないと言い切れますか?

臨床をしている上での一番の悩みです



大動脈解離は造影CT撮れば、診断も否定もできます

ですが、造影CTではACSの否定は難しいです



昨今、冠動脈CTが撮れるようになり、悩ましい症例では早期から冠動脈CTである程度、

冠動脈疾患かどうかの見積もりをたてられるようになりました


ですが、逆にどのプロトコールで造影CTをとるべきか悩むこともあります


その背景には冠動脈疾患ではなく、カテは不要であるということを

はっきりさせたいという心理があります



冠動脈CTは撮影方法が特殊で、読影も循環器Drが行うため、

(当院では)循環器Drに相談してからでないと撮ることはできません


なので、この段階で循環器内科Drに相談しておくのもありですね



ちなみに、脊髄の病気の非典型的なプレゼンテーションとしては、

・今回のような狭心症様症状でくるcervical angina

・脊髄性ミオクローヌスでくるパターン

・原因不明の腹痛や側腹部痛になるパターン(Girdle pain)


を知っておくとよいかもしれません





造影CTにいくまでに採血結果が帰ってきました

造影CTが撮られましたが、何もなかったようです
今回は解離を疑ったプロトコールで行われました

造影CTでも心筋梗塞が発覚するときがありますので、
「その目」でみることが大事です


後日、読影結果で「心筋の造影不良を認め、心筋梗塞疑いです」
と書かれると冷や汗かきます・・・



本文より抜粋

心筋不染像は13例中 9 例 (69%)で認めた(表 3 )

さらに,心筋不染像の有 無で分類した 2 群を比較検討したpeak CK値は心 筋不染像あり群で2, 344±290IU/l,心筋不染像なし群で473±435IU/lと、心筋不染像あり群で有意に高値であった(P=0. 004)

また,治療後に施行した心エコー検査での左室駆出率(EF)は,49. 0±9. 1% vs 63. 2±5. 3%(P=0. 015)と,心筋不染像ありの群 で有意に低いという結果が得られた.

よってより重症な症例において心筋不染像を呈しやすい傾向にあると言える




本症例は心筋の不染像もありませんでした
頸椎病変もはっきりとはしませんでした


造影CTから帰ってくると、症状は落ち着きつつあり、

アセリオを投与すると、痛みは消失しました


結局、何だったのかわかりませんが、

大事なのは・・・


①ACSの見積もりをいかに減らせるか

→心電図やトロポニンの再検査、病歴、リスク因子


②万が一、UAPが隠れているかもしれないのでフォロー

→循環器Drにいかにつなぐか


③他の診断の確定 

→ cervical angina狙ってMRI、心膜外脂肪壊死


大事なのは、順番です

①、②をすっ飛ばして、③からやってはいけないということです





本症例は確かにcervical anginaでもよいかもしれません



ですが、「cervical angina」という便利な病名を知ってしまうと、
ACSや解離の否定がいまいちできていないのに、
「cervical angina」と診断してしまいそうな先生が増えてしまうことが気がかりです


同じ構図にACNESがあります
有名になりすぎた分、その弊害が心配です


こういった良性疾患は見逃しても亡くなることはありませんが、
致死的な疾患は見逃すと本当に亡くなります


正しい診断よりも致死的な疾患の除外が
救急の大原則です


時間も人も限られる救急の場面では、
100点を目指す必要はありません

合格点がとれていれば十分です




正直、救急の場面ではcervical anginaは考えなくていいと思います

絶対にACSではないと自分が納得できるまでは、
「暫定ACS」として反射で動きます


致死的な胸痛が除外された場合にはじめて、
脊髄反射から解放されて、頭で考え出します

その時にcervical anginaを考えるのはありでしょう





救急の基本原則を思い出させていただき、ありがとうございました







0 件のコメント:

コメントを投稿

診断の本質

解説動画

人気の投稿