ボス回診(※症例の内容は一部修正しています)
当院にはボスの回診が毎週あります
各チームリーダーが基本的には全てのマネージメントを行いますが、
ボス回診で診断が覆ることが多々あり、
リーダーとしては非常に心を痛める回診です
勉強にはなりますが、自分の至らなさを痛感します
反省症例です
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症例 82歳 男性 主訴:歩行困難
Profile:左視床の脳梗塞の既往あるが、手引きや伝い歩きで歩行可能な全盲の高齢男性
現病歴:妻と二人暮らし。妻より病歴聴取。
来院の2日前に「どん」という音がして、妻が振り向くと、
倒れている本人を発見
後ろ向きにひっくり返って転んでいた
どうして転んだのかきくと、「足が滑った」とのこと
その後、自分で立ち上がり、伝い歩きは可能であった
自室のエアロバイクをこいだり、いつも通りであった
頭痛や頸部痛、腰痛の訴えはなかった
来院1日前の夕方までいつも通り
夕方、入浴させようと妻が介助していると、
左足があがらず、浴槽に入れなかった
入浴が好きなのに、「今日はやめておく」ということで、
自室に手引き歩行で戻った
夜中、トイレに何度も行こうとしていたが、
妻が介助してもうまく立ち上がれず、トイレに連れていけなかった
「お願いだから、おむつで我慢して」ということで、おむつで対応した
来院当日、前日同様、ベッドから立ち上がれず、歩行もできない状態であった
そのため、救急車にて来院
ROS:頭痛なし、頸部痛なし、嘔吐なし、めまいなし、明らかな麻痺なし、痺れなし
既往・既存:左視床の脳梗塞(10年前)、心房細動、高血圧、脂質異常症、全盲(10年以上前から)、糖尿病
内服:ワーファリン、ブロプレス、アトルバスタチン、トラゼンタ
生活:妻と二人暮らし、ADL 麻痺はなく、手引きや伝い歩きであれば可能
食事も自力でとれる、飲酒なし、喫煙なし
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身体所見 バイタル BP148/89、P90、T36.7、SpO2 95%、RR16、意識 清明
口数は少ないが、意思疎通は可能
全盲の影響か、細かい指示は入りにくい
頭頚部や胸腹部所見 問題なし
四肢 浮腫なし 関節痛なし 頸部や胸椎、腰椎に圧痛なし 叩打痛なし
神経診察
脳神経 問題なし
運動 バレー陰性 ミンガツィーニ陰性 MMT 下肢4-5はとれる
反射 上肢 +/+、下肢-/-
異常反射 バビンスキー +/-、チャドック +/-
線維束攣縮 なし
感覚 触覚異常なし 振動覚10/12秒
小脳 回内回外 両側でやや稚拙 膝踵 両側でやや稚拙
座位の姿勢とれる
歩行 立ち上がると、最初は後方に重心がかかってしまうが、立位は自力で可能
2人介助でようやく、右に傾きながらではあるが何とか歩行可
wide baseあり
不随運動 振戦なし
長谷川式 21点
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血液検査 特記すべき異常なし
頭部CT 出血なし 以前と変化なし
頸椎CT 明らかな外傷性変化なし 骨折なし
胸腹部骨盤CT 外傷性変化なし 骨折なし
頭部MRI 新規梗塞なし CJDを疑うような所見なし 脳室の軽度拡大
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入院して5日経ちましたが、全然歩けません・・・
所見も特に変わりません・・・・
意識はずっと清明で、食事も全量食べています
本人に困っていることを聞くと、「目が見えないこと」が困っているとのこと
主治医チームとしては、まっすぐ歩けないことが困っている
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①チーム内のディスカッション
・次の一手は?
研修医:最初は絶対、脳梗塞だと思ったんですけど・・・
原因がよくわかりません
なんで歩けないんでしょうか
指導医:麻痺はないし、あの筋力なら歩けると思うんだけどね
右足の方が確かに左より弱いけどMMT4はあるよね
まあ、もともと左の脳梗塞あるし、高齢だしこれくらいの筋力でもいいよね
なぜか、立ち上がって歩かせると、右側に傾いていってしまう・・・
失調なのかな
専攻医:頭部の画像をみると、脳室拡大してませんか?
EVANS indexも0.3以上です
高位円蓋部もなんとなく、狭い印象です
水頭症の可能性はあってもいいんじゃないでしょうか
研修医:確かに!歩けないですし、排尿障害のような訴えも最初ありました
認知機能は微妙ですけど、水頭症でしょうか?
指導医:うーん、magnetic gaitじゃないし、右に傾くというのが変だけどね
なんか違う気がするんだけどなあ
でも、髄液検査をすることは意味があるね
慢性髄膜炎や癌性髄膜炎はあってもいいかも
tap testしつつ、髄液検査してみようか
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tap test 施行したが、何も変わりなし
髄液検査 細胞数 0、蛋白軽度上昇、糖低下なし
専攻医:・・・何も変わりませんでしたね
指導医:仕方ない、ボスに回診してもらおう
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②ボス登場
・研修医がフルプレゼンして、その後、ディスカッション
ボス:へー、興味深い病歴だね
転んだあとに、一度はよかったけど、そこから悪くなったんだね?
それは絶対だね?
研修医:はい、ご家族もそう言っていました
ボス:それが本当なら、じわじわ出血してきた系なんじゃない?
つまり、血腫だ
硬膜外血腫が可能性としてはあるね
指導医:でも、ほとんど麻痺もないですし、痺れもないです
CTでも骨折もないですし、脊椎も全く痛みないんですよ
まあ、次検査するなら脊椎のMRIだとは思っていましたけど、
そもそもどこの脊椎とるかっていう話になるので、保留にしていました
ボス:・・・まあ、診察しに行こう
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氷を使って、四肢、体幹を丁寧に感覚をとっていったが、どこにも左右差なし
冷覚は正常
よく見ると安静臥位で、右下肢がやや膝が屈曲している
常にではないが、時折、くねくねしたり、ピクっとわずかに動く
ボス:右でバビンスキーが陽性になるし、少し麻痺肢位じゃない?
指導医:でも左で脳梗塞がありますからね
後遺症といってもいいのではないでしょうか?
ボス:まあ、そうだね
歩き方はいつもこういう歩き方じゃないんだね?
全盲だし、左の脳梗塞後だから、この歩き方が元々なのか、
新しく出てきたのかが重要だ
それは家族に聞いた?
研修医:聞きました
奥さんはいつもは、一人で介助して手引き歩行が可能だったそうです
それに一人で家の中のものを伝って、トイレも自分でいけていたようですが、
今はとても無理です
ボス:例えば、歩き方の何がいつもと違うの?
少しも傾かなかったの?
あとは何だか、右足だけぴくって動くけど、これもいつもはなかったの?
研修医:そこまで詳細には聞いてないです
ボス:わかりました
我々が探るべきは、変化率です
特にもともと既往があったりすると、
今出ている異常所見が、ずっとあったものかもしれない
ある一点で評価してもだめで、ベースとの変化を線を描くように評価するんだ
病歴に戻ると、転倒するまではいつも通り元気で、
明らかに転倒してから歩き方がおかしくなっている
そして、転倒して一日のタイムラグがあること
ワーファリンを飲んでいること
これはじわじわ出血していることを意味している
硬膜外血腫を狙って、全脊椎のMRIをとるべきだよ
研修医:なんで全脊椎なんですか?足の症状だから、腰椎じゃないんですか?
ボス:足の症状はそれより上ならどこでもありなんだよ
脊髄の解剖って覚えてる?
神経線維って、外側から足に行く神経がならんでるから、
外からの圧迫の場合、足から症状でることがあるんだ
指導医:まあ、確かに。とるしかないですね
よくみると、この動き、ミオクローヌスに見えてきますね
ボス:そうだね
指導医:脊髄性のミオクローヌスかもしれませんね
ボス:そうだね
専攻医:ミオクローヌスって、脊髄でも起こるんですか?
指導医:うん、簡単にレクチャーすると・・・
ミオクローヌスは色んな部位が原因になる
多いのは皮質性
見逃したくないのは、脊髄性
指導医:とまあ、見逃したくないといいつつ、見逃してたけど・・・
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翌日、全脊椎のMRIを撮影すると、胸椎のT4-6で硬膜外に腫瘤物あり
胸髄を右後ろから圧迫している
そこを狙って、造影MRI施行
腫瘍よりは、血腫っぽい・・・
すぐに整形コンサルトし、手術となりました
術後、右足はMMT5に改善し、まっすぐ歩けるようになりました
ぴくつきも消失しました
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診断:硬膜外の腫瘤による胸髄圧迫からの右下肢の脱力+
脊髄性ミオクローヌス
ボス:!!
びっくりだね
やっぱり血腫っては怖いね
病歴って大事だね!!
指導医:そうですね。
でも整形の先生に聞いたら、血腫じゃなかったみたいですよ
ヘルニアなのか、何なのかよくわからないみたいで、今、病理待ちです
ボス:そうなの!?
臨床って難しいね!!
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