2020年3月25日水曜日

昼カンファレンス ~Everybody lies, but vital don't lie.~

症例 57歳 女性 主訴:発熱、腹痛
(※症例は一部修正・改変しています)


Profile:コントロール良好な糖尿病あり、手術歴なし

現病歴:来院の1日前の朝からなんとなく右側腹部痛あり
    食欲なく朝食と昼食はとれず
    市販の痛み止めをのむと軽快
    夕食は少し食べることができた

    来院当日、朝から立つとふらつきあり
    腹痛は消失していた
    熱が38度あり、救急受診

併存症:高血圧、糖尿病
内服:ARB、CCB、DPP4阻害薬、αGI

バイタル
意識清明 BP116/76、P140、T39.0度、RR20、SPO2  94%(RA)

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ディスカッション①:1st インプレッションは?

司会「さあ、ここまでの情報で第一印象はいかがですか?」

学生「胆管炎」


司会「いいですね、他はどうですか?」

学生「消化管出血とか、膵炎とか」


司会「うんうん、いいね。研修医の先生はどうですか?」

研修医N「胆嚢炎や腎盂腎炎も考えます」


司会「そうだね、他には何かありますか?」

研修医Y「虫垂炎も鑑別になると思います。
    痛みがなくなったのは、穿孔してしまって腹腔内に膿瘍形成している可能性もあるかと思いました。」


司会「いいね!自分もまずは虫垂炎を鑑別の軸に置いて考えるかな。
   虫垂炎って便利な鑑別疾患ですよね?  
   みなさん、そう思いませんか?」


研修医Y「え?とりあえずカンファで虫垂炎と言っておけば、丸く収まるからですか?」

司会「そういう便利さじゃないよ(笑)

   虫垂炎を考えると、自動的に他の疾患も鑑別しなければならないよね

   pivot and clusterでpivotを虫垂炎におくと、
   例えば、憩室炎や回盲部炎も鑑別だし、尿路結石や胆嚢炎といった疾患も
   鑑別だなあーっていう思考が頭にインプットされているので、
   鑑別のあげ方として便利なんだよね。

   ここでpivotを胆管炎とすると、他の鑑別があげにくいんだ
   だから1stインプレッションで何を軸に置くかはけっこう大事なことなんです。」

  →参考:鑑別疾患のあげ方
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追加病歴

来院の1日前まではいつも通り仕事もできており、元気であった
朝に痛みで目が覚めたというわけではないが、朝からなんとなく右側腹部全体に痛みがあった
ずしーんという痛み
波はなかった

その後、痛み止めをのんで徐々におさまったが、夜にも少し痛かった
来院日は痛みは消失していた

ROS
黒色便なし、血便なし、下痢なし、嘔吐なし、吐き気なし、生ものの摂取なし

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ディスカッション②:他に聞きたいことは?

学生「尿の濁りはありましたか?」

発表者「尿の濁りですか?それは聞いていなかったです
    今まで帯下の性状とかは聞いていましたが、尿が濁っているかは聞いていなかったですが、どうなんですか?」


司会「尿が濁るというよりは、いつもと比べて何か変わった感じはなかったですか?
   と聞くようにしています。

   例えば、この症例だったら赤かったり濃かったりしませんでしたか?
   の続きで、いつもと違った感じはありませんでしたか?みたいに聞きます


   でもどうして尿の濁りを聞いたのですか?」


学生「尿路感染症も鑑別だったので、聞きました」


司会「ありがとうございます。そうですね、尿路感染症も鑑別ですね
   
   代表的な尿路感染には膀胱炎と腎盂腎炎がありますが、
   よくある勘違いとして膀胱炎の進化バージョンが腎盂腎炎だと思っている人が
   けっこういます
 
   膀胱炎を放っておくと腎盂腎炎になる印象がありますが、実はそれはほとんどありません。
   腎盂腎炎と膀胱炎は別物です


   腎盂腎炎を狙って膀胱炎の症状を聞いても、まずひっかからないので、
  それで腎盂腎炎を除外できるわけではないということは知っておいてください。


   実は、腎盂腎炎を疑った時に他に聞いてほしいことがあります。」



学生「・・・」


司会「悪寒戦慄です。腎盂腎炎を疑った時は吐き気や悪寒、悪寒戦慄があると、
   腎盂腎炎らしさがUPしますね。ありましたか?」


発表者「ありませんでした」

司会「ありがとうございます。他に何か聞きたいことはありますか?」


研修医Y「まず、右の側腹部から痛みがあったんですか?
    その時は吐き気はなかったのですか?」


発表者「そうですね、痛みで発症してちょっとして食事しようと思ったけど、
    食欲がなくてとれなかったという感じです

    嘔吐から始まったというわけではないです」


司会「それはどうして聞いたのですか?」


研修医Y「虫垂炎の症状は順番が大事だからです」


司会「ほう・・・
   では虫垂炎の典型的な症状の順序をみんなに教えてあげてください」


研修医Y「まず心窩部痛がきて、その後に吐き気や嘔吐がみられます。
     そして徐々に右下腹部に痛みが限局してくるようになり、発熱が出てきます」


司会「その通りですね。
   心窩部痛の前になんとなく食欲が下がると言っている人もいます。

   ①食欲がなんとなく低下
   ②心窩部痛
   ③嘔吐、吐き気
   ④右下腹部痛
   ⑤発熱(穿孔していなければ、微熱程度)

   これらの症状が半日から2日くらいの期間で出現するのが、虫垂炎の典型的なプレゼンテーションです。

   この順序はとても大事です。

   吐き気や嘔吐から始まって、その後に腹痛がでるのが、感染性腸炎ですね。cope先生が非常に重要視している病歴です。


   症状の順番は虫垂炎の病歴をとる時にかなり注意してとります。  




   そう考えると本症例はどうですかね?」


研修医Y「いきなり、右側腹部で来ているのは虫垂炎にしては変です。
     高熱が1日で出てきているのも早い印象です
     高熱まで出ている割に右下腹部痛もないので、典型的な虫垂炎とは言い難いです

     かといって下痢もないですし、嘔吐もないので、 
     感染性腸炎とも言い難いです」


司会「おっしゃる通りです。ありがとうございます。
   ただ、虫垂炎は非常にプレゼンテーションが多彩なので、
   病歴で除外はできませんが、この病歴でrule inすることもできませんね。」




司会「さてこの後、身体所見になるのですが、その前にどなたか、

   「俺流の腹痛の診かた」があれば教えていただけますか?」


研修医N「俺流というのはありませんが、腹部の場所で臓器を考えていく方法をよく使います」


司会「そうですね、9分割にして平面で場所を分ける方法ですね」


研修医N「あとはsudden onsetとか、acute onsetかで病態を考えます」


司会「ありがとうございます。time course analysisという方法ですね  
   
   suddenであれば、血管のトラブルを考えますし、
   hyper acute であれば、管腔臓器が詰まったり、捻じれたり、破裂したりの病態ですね
   acuteであれば、炎症の病態を考えます

   


   大事な考え方です。素晴らしい


   自分流としては、平面の次元、深さの次元、時間の次元の3次元を意識して
   腹部診察を行っていきます。
   →参考:腹部診察は三次元で

   でもこれは「俺流 腹部診察」です


   「俺流 腹痛の診かた」はずばり、
  腹痛と言われたら、腹部以外から考える!

    という事です。
    
    好きな食べ物があったとして、一番最後にとっておきますよね?」


聴衆 シーン・・・


司会「え???みんな好きなもの一番最後に残さないの?」


研修医Y「残します!」


司会「(笑)ありがと。

   えーっと、何が言いたいかというと、
  いきなり原因がありそうなところに飛びつかないというのが大事です。
   
   心電図のST上昇とかは飛びついてくださいね(笑)
   そういう急ぎじゃない時に限ります。

    
   腹痛だからといって腹部臓器一直線になってしまうと、そこに原因がなかった時に焦ります
   もしくは、何か(例えば便秘)を見つけて腹部臓器のせいにして、
   他の原因が考えられなくなってしまいます。


   ですので、最初から腹腔内臓器以外が原因かもしれないと思うことが
   見落としを防ぐこつです。


   多分ですが、この症例は腹部に所見がないと思います。
   そうなった時にどう考えるかです。


   腹腔臓器以外の病気で腹痛を来す疾患には、どういう病気がありますか?」


学生「心筋梗塞とかですか?」


司会「素晴らしい!腹腔内臓器の周辺を考えるのも大事です

   他はどうですか」


研修医E「精巣捻転とかも周辺臓器ですね。
    あとはDKAやIgA血管炎、ポルフィリアも腹痛でくることがあります。」


司会「その通り、素晴らしい。
   症例に戻りつつ考えてみると、この方は糖尿病がありましたね

   コントロール良好とはいうものの、途中で薬を退薬される人もいます
   多いのは経済的な理由ですね。

   DKAは大事な鑑別だと思います

   あとは高Ca血症の腹痛も有名ですね」







   他にこの症例で考えなければならない
  腹腔臓器以外で腹痛を来す疾患はなんですか?」


研修医「うーん・・・」


発表者「伝染性単核球症!」


司会「うーん・・・ちょっとなあ・・・

   では質問をちょっと変えましょう

   この方のバイタルみてどうですか?

   何か違和感ありますか?」


バイタル
意識清明 BP116/76、P140、T39.0度、RR20、SPO2  94%(RA)


学生「酸素化が少し低いです」

司会「いいね。そこも大事な視点です。
   でももっと違和感をもってほしいところがあります」


学生「脈が速すぎますか?」

司会「その通り!頻脈すぎるんです。
   熱が上がった時に脈が上がるのはみんな知っていますよね?

   39度ならこれくらい頻脈でもよいでしょうか?


   一応、計算式があります。
   0.55度上がると、脈が10上がると言われていますので、
   計算すると、まあだいたい100-130くらいですかね

   やっぱり計算しても、140だとちょっと早すぎる印象です。


   まずは、この頻脈に違和感を持って欲しいんです!

  その上で、敗血症や大量出血を来しているかもしれない、急がないとまずいかもしれない
  という危機感を持って欲しいんです。」


発表者「実際はそこまで頻脈に違和感や危機感は持てていませんでした」


司会「はい、実際の見た目もありますから、難しい所ですね。
   でもバイタルは嘘はつけません。


   僕の1stインプレッションは、腹痛+あまりに早い頻脈があったので、
   実は甲状腺クリーゼが最初に思い浮かんだ疾患でした

   なぜなら最初から腹腔内臓器以外で考えていたからです。
   甲状腺の検査ださないと絶対に診断できませんよね。」


発表者「なるほど・・・」


研修医E「すいません、話は少しそれますが、この方の脈はregですか、iregですか?
     頻脈性の不整脈の可能性も考えたほうがよいですか?」


司会「素晴らしい!
   
   そうなんです。この症例で伝えたい大事な事の二つ目がそれです。

  腹痛の症例では必ず脈がregであるかiregであるかを確認してください

   自分で脈をとって確認することが大事です。

   これはこの後の昼カンファレンスで100回くらい口を酸っぱく言われることです。

   Afの人が腹痛でやってきた場合、まず考えるのはSMA塞栓症です
   腹痛が強いわりに、腹部所見に乏しく、造影CTをしないと見逃してしまいます。


   動き方が全然変わってくるので、 腹痛の人の場合、
  バイタルの中で一番注目しなければならないのは、
  脈が不整かどうかです

   実際はどうでしたか?」


発表者「regでした」


司会「ありがとうございました。では身体所見を教えてもらいましょう」
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身体所見

見た目  お元気そう 
眼瞼 黄染なし 甲状腺腫大なし
発汗なし

呼吸音 左右差なく清
心雑音なし
腹部 平坦 軟 圧痛なし 右腎把握の際に軽度の痛み
CVA叩打痛なし 肝叩打痛なし
マーフィー徴候陰性 マックバーネー徴候陰性
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ディスカッション③:さてどうするか?

司会「身体所見ではやっぱり、何もありませんでしたね
   となると、検査や画像に頼らないといけない。


   胆管炎と腎盂腎炎は残念ながら、病歴や身体所見で詰めることは難しく、
   検査に頼ってしまう疾患です。」


発表者「はい、原因がよくわからなかったので血液検査や血培とりつつ、
    CTに行きました。」
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血液検査 
WBC2000 台、NET80%
肝胆道系酵素 上昇あり  腎機能増悪
CRP17

尿検査 膿尿なし、細菌尿なし、潜血2+

血培 採取済み
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ディスカッション④:原因は?

司会「血液検査みると白血球、めっちゃ低いね
   まずい状況ですね

   あとは、肝胆道系酵素が上昇していますね。
   胆管炎なのでしょうね。

   ドレナージしなければならないので、閉塞起点をさがしましょう
   超音波検査やCTはどうでしたか?」


発表者「はい、超音波検査では胆道系の拡張はありませんでした。
    水腎もはっきりしませんでした

    肝叩打痛もなくて、CVA叩打痛もなくて、
    いったい何なんだろうとは思っていました。
   
    でもCTとると・・・」


CT 右に軽度の水腎所見あり、右尿路結石あり
   右腎周囲の脂肪織濃度上昇あり
   肝内胆管拡張なし 胆石なし 胆管に結石なし
   他に腹痛の原因となるものなし


司会「えーーー!そっち???

   いやあ、びっくりですね」


発表者「はい、びっくりしました

    ぜんぜんCVA叩打痛もなかったですし、膿尿や細菌尿もなかったので、
    あんまり疑っていませんでした。
  
    本当に尿路結石が嵌頓していると、出てこないんだなあというのが、
    よくわかりました。」


司会「なるほど、そうでしたか。
   肝胆道系酵素というのは本当に非特異的で、敗血症でももちろん上がります。
   ウイルス感染症やレプトスピラ感染症とかでも上がります。

   肝胆道系酵素が上昇しているからといって、肝胆道系に飛びついてはいけないですね。
   さっき自分で言ったばかりなのに飛びついてしまいました(笑)」



発表者「CTから帰ってきた後は、急に血圧が70台まで低下しました。
    補液やカテコラミンで支えつつ、泌尿器科で処置を行って軽快したという症例です。
    後日血培から大腸菌が検出されました。

   やっぱり閉塞起点のあるGNRの感染症は急激に悪化するというのが、怖かったです」


脳外科医「やっぱり最初からこのバイタルはプレショックだったてことなのかな?」


司会「その通りですね、いわゆるバイタルの逆転という現象です。」


発表者「この症例は本当に重篤感がなくて、ずっとケロッとされていました。
    ですので、見た目の元気さに騙されてしまって、バイタルを重視できなかったのが反省です」


司会「糖尿病は重症感とfocusを隠すとはいうけど、まさにですね。
 
   やっぱりコントロール良好な糖尿病でも隠れてしまうんですね。
   勉強になりました。ありがとうございました。」


まとめ
・腹痛の原因は、腹部以外の原因や臓器から考える
→でないと逆戻りするのが大変


・バイタルは嘘をつかない
→バイタルが崩れている時は、見た目は元気でも体のホメオスタシスは破綻している


・腹痛の症例のバイタルでは、脈が整(reg)か不整(ireg)かどうかに気を配る
→Afがあって抗凝固されていなければ、SMA塞栓症が鑑別の上位になる

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