2020年3月26日木曜日

ボス回診 ~きれいなプレゼンにはご注意~

T「お願いします、診断に困っている症例です」
-------------------------------------------------------------------------------------------------------
症例 40台 男性 主訴:歩行障害
(※症例は一部、修正・加筆しております)

Profile:アルコール多飲歴あり

現病歴:半年前に転倒し、その後からだんだんと歩行が難しくなってきた
    ここ数日の間、転倒を繰り返し、救急や整形外科を受診しており、
    肋骨骨折や打撲の診断が何度かされており、痛み止めが処方されている

    トイレ歩行時に何とか伝い歩きできる状況であり、
    家で生活するのが困難になってきたため、家族につれられて来院


妻より:お酒ばっかり飲んで、もう歩けなくなってしまいました
    トイレいくのも大変で、お風呂も入っていません
    お酒はこの2週間は飲ませていません


ROS:呂律不良あり(本人はもともとこんな話し方だという、8年前くらいからあり)
   嚥下障害なし
   歩行困難(左足が突っ張って歩きにくい、数年前からあるが半年前から緩徐に悪化)
   日内変動あり(明らかに朝が悪い)、たまに複視あり
   痺れは左手に漠然とあり、足には痺れなし
   便秘気味、たまにふらつきを自覚する
   頭痛なし、頸部痛なし、腰痛なし

既往歴:なし

内服:なし

生活:飲酒 日本酒4合、喫煙40本 20歳から
   ADL もともとフル、仕事 もともと介護職だが、すでに退職
   食事は最近は1食程度でしっかりはとらない

家族歴:特記すべきことなし


身体所見
バイタル 問題なし
一般診察問題なし

神経学的診察
脳神経 瞳孔 3/3 対光反射 +/+
わずかに眼瞼下垂様にもみえる
enhanced ptosisなし
眼球運動 全方向に動くが、saccadic様 over shootする
複視なし 眼振なし
輻輳できず
顔面 知覚異常なし
表情筋の左右差なし
カーテン徴候なし 軟口蓋の挙上良好
パタカはしっかり発語できるが、呂律不良あり 
開鼻声が目立つ
ナ行が鼻に抜ける

舌萎縮なし 頬を押す舌の力は問題なし
舌の線維束性収縮なし
胸鎖乳突筋や僧帽筋 筋力OK

高次脳 失語なし
失行なし 左右失認なし
短期記憶障害なし

運動
バレー陰性
MMT 上肢、下肢ともに5/5
腱反射 上肢、下肢すべて亢進している
異常反射 
バビンスキー 底屈 / 左は底屈せず、逃避様の動きで左右差がある)
チャドック -/-
クローヌス 陰性
下顎反射 陽性、口輪筋 +/+、眼輪筋 +/+
筋トーヌス rigidityなし
   
筋委縮 両側の大腿四頭筋のみ萎縮軽度あり
split handなし
線維束性収縮 なし

小脳
指鼻指 企図振戦あり
回内回外 肘がぶれる
膝踵 問題なし

歩行
wide base gaitあり
歩いていると左側の下肢が突っ張って歩きにくそう
タンデム 不能

感覚
左手から左上肢の漠然として痺れあり
知覚や痛覚の左右差なし
ロンベルグ 陰性
振動覚 両側内果で10秒以上あり


神経診察まとめ
・開鼻声が目立つ
・顔面含めた腱反射の亢進が目立つ
・両側大腿に筋委縮はあるが、筋委縮の割に筋力は落ちていない
・小脳失調がみられる
・歩行はwide base
・左手に痺れあり


血液検査 Hb12、肝酵素上昇なし、Alb低下なし、腎機能正常
電解質異常なし、甲状腺異常なし、CK上昇なし、アルドラーゼ上昇なし
ESR 80、CRP 0.5
ビタミンB1低下なし、B12低下なし、葉酸低下なし、銅低下なし

自己抗体 ANA陰性、抗TPO抗体、サイログロブリン抗体陰性
補体低下なし、抗AchR抗体陰性
M蛋白血症なし、FLC 比 異常なし

MRI 頭部異常なし、頸部異常なし

全身CT 異常なし
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------
診察までで考えたこと

T「アルコール多飲の方が自宅で生活できなくなっているので、
  先生どうにかしてくださいとワーカーさんに言われて、僕の外来を受診された方です

  前情報として、アルコール多飲歴があることと歩行ができなくなってきていることを
  聞いていたので、アルコール多飲にまつわるエトセトラだと思っていました。
  →参考:アルコールの問題


  でも診察してみるとビックリしました。
  
  神経診察でいろんな異常が出てきて、これはアルコールが問題ではない!
  というのが、最初の印象です


  アルコールは確かにたくさん飲んでいるようだったので、
  小脳系や感覚系の問題はアルコールでもよいとは思いましたが、
  圧倒的におかしかったのは、開鼻声と腱反射亢進でした。
  
  会話していると、あれ?もしかして開鼻声?という印象はありましたが、
  正直あまり気に留めていませんでした


  ですが、腱反射が亢進していた時点で、

  あれ???という感じででした

  アルコール多飲に伴う末梢神経障害からの腱反射消失を考えていたので、
  とてもびっくりしました。


  痺れもみられたので、最初は転倒に伴う外傷性の脊髄症や頚椎症という印象でした

  ですが、もしや・・・と思い、
  下顎反射や口輪筋、眼輪筋反射をとってみると、
  すべて出てしまったので、とても驚きました。

 何らかの理由で、首より上も下も一次運動ニューロンがやられている。


  あー・・・・・これは頸ではない

  多発の脳梗塞やMSでもなければ、
  そんな病気はALSしかないと思いました
 →参考:ALSの身体所見

  
  そこで、筋委縮がみられた大腿四頭筋の線維束性収縮をひたすら探しました
  
  ですが、1分くらいずっと観察したのですが、全く出ないんです。
  そもそも筋委縮がある割に筋力でMMTが5とれているのがかなり違和感がありました
  
  そしてsplit handもないのが、ALSにしては変だなと思いました

  結局、診察では筋委縮以外に二次運動ニューロンがやられている証拠がなかったんです

  なので1st インプレッションでは、
  ALSもしくは一次運動ニューロン障害だけが起きている
  タイプのALSの亜型であるPLSかなと思いました。

  
  でもそうすると、合わないんですよね。
   
 小脳失調と日内変動が。。。



ボス「どう?」


学生「え?何がですか?」


ボス「今のプレゼン。珍しくいいプレゼンだったよね。」


T「それ、全然ほめてないですよ(笑)傷つきます。」


ボス「何がいいかって、ちゃんと系統だって神経診察を述べていて、
   さらに一次運動ニューロンの障害や二次運動ニューロンの障害を意識して、
   プレゼンできているのが伝わるんだ。
  
   ちゃんとALSを狙ったフィジカル、例えば下顎反射とかがとれていて、
   その上でALSに合わないところもしっかり検討されている。

   
   ぼーっと聞いているとよくわからないけど、ALSを疑って聞いていると、
   とても、すっと入ってくるんだ。


   開鼻声とかもプレゼンであると言われればそうなんだろうけど、
   実際、開鼻声を所見としてとるのって難しいんだ
  
   ほわほわほわ~って鼻に抜ける感じね。
   

   フィジカルってそういうものなんだ。
   
  ○○徴候が大事なんじゃなくて、
  何かこの所見おかしいな?というのに気が付いて、
  それを解剖学的・機能的な異常にどう落とし込めるか。


   それを頭の中で変換していくのが、フィジカルなんだ。」



T「(はい、ここから落とされますね)」



ボス「プレゼンの内容はとてもよかったんだ。

   でも!でもだよ。
   
   
  プレゼンしている人が、何を言ったかではなくて、
  何を言っていないか?

   ということの方がはるかに重要なんだ。


   それはプレゼンの内容だけでディスカッションしていても意味がなくて、
   患者さんに直接会いに行かないと分からない。

   実際にあうと全然違うじゃん、ということはよくある。

   
   そして、

  きれいすぎるロジックには気を付けたほうがいい

   聞き手にすっと入ってくるプレゼンの時は、筋道が立ちすぎていて、
  プレゼンしている人はそのロジックから抜け出せないんだ。

   回診する側からすると、
 どうやってそのロジックを覆せるかということを
   常に考えているんだ。


   ある仮定をたてて、そのロジックにあう他のロジックがないかを考える
   そしてその仮定には明るい希望があった方がいい


   医者の言動というのは非常に重いんだ

   
   医者の仮定が暗いと、スタッフや患者さん、家族も暗くなっていく


   だからなるべく、仮定は明るい希望があるものにした方がいい

   今回であればプレゼンだけ聞くと、確かにALSっぽいとは思う。

   でもALSは残念ながら治療は難しい
   できれば可逆的で介入が可能な疾患を探したいよね。


   プレゼンの時からALSっぽいというロジックをくずしたかったけど、
   今回は難しいそうだ。
   
   だから実際に患者さんに会いに行こう。」


学生「はい」
--------------------------------------------------------------------------------------------------------
ボスの診察

ボス「うーん、足の色が黒っぽかったね

   あまり日に当たらない場所が黒いというのは、
   色素沈着を考えなければならない

   この状況で色素沈着と言われると何を考える?」

学生「・・・わかりません」

ボス「アルコール多飲歴があるから、ペラグラだね。
   あとは末梢神経障害という感じではなかったけど、
   POEMSを含めたM蛋白血症からの神経障害も頭をよぎるんだ

   でもやっぱり全体像が合わない

   M蛋白血症もすでに検査では否定されているしね」


T「データでいうと、赤沈が促進しているんですよね
     なのでM蛋白探しにいったというのもあります。」


ボス「Ht補正しても赤沈は促進してるの?」


T「はい、CRP陰性なのにESRだけ高いんです」


ボス「それはSLEなんじゃない?高齢男性のSLEって本当に変な症状で来るんだ」


T「そう思ったんですけど、ANA40未満なんですよね」


ボス「うーん・・・・」


T「あ、あとはHbA1cが4台で低めなんですよね。
  まあ、お酒のんでご飯食べなかったらそうなるかなと思って、流してました。」


ボス「それは確かにおかしいね。

   本当に低血糖が周期的にあるんじゃない?

   謎の日内変動、特に朝の調子が悪いのは、実は低血糖症状かもしれないよ。
  

   全体像は説明つかないかもしれないけど、低血糖による脳症からの後遺症という説もある。
   それが解決されれば今後悪くはならないかもしれない


  低血糖があるかもしれないという仮説は、
  可逆性でもあり明るい仮説になるね


T「確かにそうですね、今はしっかり食事もとれているのでこれで低血糖があれば、
  絶対に異常ですね。
  
  そうなれば、低血糖側から攻めていくことができます

  手掛かりになるかもしれません。血糖定期的に計ってみます。

  ありがとうございました」

まとめ
・すっと入ってくるきれいなプレゼンやロジックには注意
→プレゼンしている人は、そのロジックから離れられていない


・仮説は明るく希望のあるものを立てる努力をする
→どれだけALSだと思っても、治療可能なものはないか探し続けることが重要


・フィジカルをとる上で大事なことは、○○徴候をとることではない
→ちょっとした違和感を拾って、それが解剖学的・機能的にどう異常があるのかを頭で変換することがフィジカルをとるということ


    
    

0 件のコメント:

コメントを投稿

気腫性骨髄炎

 

人気の投稿