2020年6月29日月曜日

昼カンファレンス 〜Red flagよりもwhyが大事〜

症例 80歳 女性 主訴:発熱、腰痛(症例は一部修正・加筆しています)

Profile:下肢の骨折後、ADLは歩行器使用し歩行できるレベル

現病歴:受診の2日前、朝からなんとなく腰痛が出現  
    特にきっかけはなかった
    それまではいつも通り元気であった
    1日前、いつもできていた家事ができなくなった
    座位もとることができなくなってきた
    受診当日、動けなくなってきた本人を見て救急要請

既往:高血圧、骨粗しょう症、胃癌摘出後、腹壁瘢痕ヘルニア
内服:アムロジピン、ラックビー、ペリチーム
生活:息子夫婦と同居

バイタル:血圧120/86、脈77回、体温 37.6度、呼吸数 16回
意識レベル クリア、見た目 not so bad
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ディスカッション①まずはICFを完成させよう


司会「はい、ありがとうございます。

   このように動けなくなった患者さんが来られた場合、
   いきなり病気を診断しよう!

   という感じで、質問し始めてはいけません。


   まだ病気を診断するための問診はさせませんよ 笑
  
   
   ご高齢の方だったり、ADLが落ちてきた人をみる時は、

   そもそものADLを確認しなければ、
  どれくらい悪化しているのかが分かりません。


   点でみるのではなく、線で捉えるイメージです。

   元々の状態のADLがかなり悪い場合があるので、
   まずはICFを完成させましょう。

   みなさん、ICFは知っていますか?」


Y「はい、この前教えてもらいました。」

司会「ありがとうございます。では聞いてみましょう。
   BADLやIADLはどうでした?」


F「 D(着替え)は自分でできます
  E(食事)は自分でできます
  A(移動)は立位になったり歩行するのはできますが、長い距離は歩けません
  T(排泄)は長い距離歩けないので、Pトイレを使っています
  H(入浴)は訪問入浴を利用しています

  S(買い物)は家族です
  H(家事)は簡単なことなら自分でできます
  A(お金の管理)は自分でやっています
  F(食事の準備)は自分でやっています
  T(交通手段)は家族の車です
  T(電話)は分かりません
  T(薬の管理)は自分でやられています」


司会「すごいね。とてもしっかりしている人だね。」

F「はい、とてもしっかりされています。」

司会「ICFをかなり詳しくとってくれて素晴らしいです。
   
   この中で、ぜひ毎回とって欲しい項目があるのですが、分かりますか?」

聴衆「・・・・」


司会「みなさん、外来でご高齢の方が一人で来た時にどうやってその人が来たか気になりませんか?

   この杖をついているお婆ちゃんが、どうやってここまでたどり着いたのだろう?
     
   誰かが送り届けてくれたのか?タクシーできたのか?

   バスを使ったのか?歩いてきたのか?

   と疑問に思うことが重要です。


   今日はどうやってお越しになられたのですか?


   という質問はとてもたくさんの情報が得られる質問です。

   バスを使えるくらいなら認知機能は保たれているな、と思いますし、
   タクシー使うなら、経済的に豊かなのかな?と思いますし、
   誰かに送ってもらったのなら、家族背景も少し見えてきます。
  
   はい、では他のICFを埋めていきましょう。」


Y「何か、参加はされていますか?」

F「特に参加はしていません。畑に行ったりはします。」

司会「介護度は?」

F「要介護1です」

司会「はい、ありがとうございます。
   
   ではそろそろこの人の人となりが理解できましたでしょうか?
   
   では症状について詰めて聞いていきましょう」
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腰痛について追加病歴

F「腰痛は2日前に起きたらいつの間にか痛かったようです
  前日は痛みはなかったです

  痛みを点数で言ってもらわなかったので、自分が感じた点数で言いますと、

  最初は6/10くらいの痛みで、動くと悪化していました
  徐々に痛みが悪化してきて、今は7/10くらいの痛みです。

  寝ていると、痛みは和らぐようです
  ですが、0にはなりません。

  1日前から発熱も自覚しています。
  それ以外のROSは特にありません。」

司会「はい、ありがとうございます。
  この図を描けるような問診をすることが大事ですね。

  痛みを点数で言うことができない人もいますので、
  その場合はこちらで代弁してもいいと思います

  イメージとしては、
 5/10以上の場合は日常生活ができないくらいの痛み、
  と理解しておくと良いと思います。

  時々、VASをつけると、

  10/10で痛いっす。

  って言うわりにけろっとしている人いますよね。
  
  関節リウマチの時の評価にも、患者さんのVASとDrがつけるVASがあります。

  なので患者さんがいうVASの点数ももちろん大事ですが、
  医者がつけるVASも大事です。」

T「尿は出ていますか?」

F「はい、出ています。」

司会「それは、膀胱直腸障害に思いを馳せた質問かな?」

T「そうです。」

司会「なるほど、でもそれだと溢流性の尿失禁でも尿はチョビチョビと出てくるので、
   尿は出ています、という答えになってしまうよ。」

T「そうですね、尿の出が悪いなと感じたり、尿意はありますか?」


F「はい、尿の出は悪くないです。しっかり出ています。」




司会「はい、ありがとうございます。
   他に何か聞きたいことはありますか?」

聴衆「・・・・」


司会「ではみなさん、Red flag signって聞いたことありますか?」

T「あります。えっと、熱があるとかですか?」


司会「そうですね、この人はすでに熱がある時点でflag 立ってますね。
   
   他にもRed flag signってたくさんありますね。
   病歴と身体所見で分けたりもします。   

   体重減少とか、ステロイドユーザーとか、悪性腫瘍の既往とか、・・・


   まあ、ぶっちゃけこんなの覚えなくていいです。 笑

   
   red flag signなんて覚えるものではありません。

   腰痛で見逃してはいけない危険な疾患を想起できれば、
   何を聞けばいいかは自然と湧いてきます

   
   つまり、何を(what)聞けばいいかが大事なのではなく、
  なぜ(Why)その問診をとるのかが大事です



   致死的な疾患ををひっかけるための問診が、red flag signです


   red flag signばかり覚えてしまっては、応用が効きません。

   
   胸痛の時はfour killer chest painって言う格好いい名前がありますが、
   腰痛の時はそんな格好いい名前は、特にありません。

   さて、腰痛で見逃してはいけない疾患は何があるでしょうか?」


T「腸腰筋膿瘍!」

司会「そ、そうだね。(やたらピンポイントで来るな・・・)

   他には?」


Y「大動脈解離とか、急性膵炎とかも、腰痛できますかね?」


司会「そうだね。素晴らしい。
   内臓系も忘れてはいけない鑑別だね。
  
   うちの病院だと、外傷系と内科系で問診票が分かれています。
   
   あれって実は凄まじいバイアスになってしまうんだ。
   (yellow paper biasと名付けます 笑)

   外傷系の紙で腰痛が主訴だったら、
   整形的な腰痛ですね。って頭が勝手に判断して、
   内科的な疾患を想起できなくなることがあります。


   あと、湿布ね。

   湿布貼ってあったら、もう整形的な腰痛にしか見えませんよね。
   (湿布バイアスと名付けます)

    なので、僕は湿布を見つけたらまずは剥がします。
    数分前に貼ったと言われても剥がします。
   
    理由は湿布があると、整形的な腰痛に見えてきてしまうことと
    その下に帯状疱疹の発疹が隠れていることがよくあるからです。


    はい、他に危ない腰痛と言えば何がありますか?」


H「破裂骨折とか、腫瘍とか」


司会「はい、ありがとうございます。
   
  みなさん、ピンポイントで覚えていると忘れますので、
  処置で覚えた方が見落としが少ないですよ。


 ①整形処置が必要になる病気
 (1)ドレナージ:腸腰筋膿瘍、硬膜外膿瘍、椎間板炎
 (2)除圧:硬膜外〇〇系(血腫、膿瘍、腫瘍)、ヘルニア、破裂骨折、骨メタ


 ②内科的緊急疾患
  大動脈解離、AAA、急性膵炎、閉塞起点のある腎盂腎炎




   
  ①の疾患はすぐに整形外科をcallしなければいけない病気です
  ですが、普通にCT撮ってもわからないことが多々あります。

  膿瘍であれば造影しないとわからない時もありますし、
  椎間板炎や硬膜外〇〇の場合、MRIが必要なこともあります。

  硬膜外血腫はCTでその目で見れば見えますが、
  みなさん、あの小さな脊柱管の中に思いを馳せたことはありますか?


  よくみると血腫の場合は、highになっていることがあるので、
  疑った場合はその目で見てください。


  ②の内科的緊急疾患を疑った場合に大事なのは超音波検査をすることです。


  腰痛の場合は、この①と②を分けることがとても大事です。
  よくある分け方は、体動での増悪の有無です。

  整形外科的な疾患の場合は、体動で増悪することが多いので、
  体動で増悪があるかどうかは必ず聞きましょう。

  もちろん、体動での増悪がなかったとしても全ての整形疾患の否定にはなりません。
  
  そして内科的な疾患でも腰痛から筋肉の緊張によって筋膜疼痛を合併することがあるので、
  体動での増悪の有無だけでクリアカットに分けない方がいいと思います。


  結局、腰痛の患者さんを見たら(ほぼ)全ての症例で超音波を当てます。


  そのままハイドロリリースに流れ込むことも出来ますし・・・」


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身体所見

心雑音 収縮期雑音あり
肝巧打痛なし
腹部 平坦 軟 圧痛なし
右の腎把握痛が陽性
右の傍脊柱起立筋で圧痛あり
右CVA巧打痛陽性

下肢 筋力低下なし 痺れなし
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ディスカッション②鑑別疾患と今後の対応は?

司会「はい、ありがとうございます。では、ここまでで鑑別をあげてください。」

T「腸腰筋膿瘍!」

Y「腎盂腎炎」

聴衆「圧迫骨折、椎間板炎、硬膜外〇〇・・・」


司会「はい、ありがとうございます。
           腸腰筋膿瘍好きだね。笑

   そうですね。炎症(発熱)+腰痛ですので、
   やっぱり椎間板炎が一番可能性としては考えますね。

   と言うことは、CT撮っても何も鑑別は変わらないと言うことですね。
   CTではなかなか分かりませんから。
  
   圧迫骨折とかあれば、他の代替疾患がわかればいいですけど。

   さて、検査結果はどうでした?」


F「血液検査では炎症反応が軽度上昇していました
  他、特記事項はありませんでした。

  尿検査では白血球が1+でした。細菌尿はなかったです。

    CTでは特に異常所見は指摘できませんでした。

  この時点では腎把握痛やCVA巧打痛、炎症反応あり、
  膿尿の所見から腎盂腎炎としてCTRXで抗生剤の治療が開始され、入院となりました」


司会「はい、ありがとうございます。

   さあ、みなさんどうですか。ご意見ください。

   批判的でもいいですよ。 笑」


H「この時点では椎間板炎も否定はできないと思います。

  椎間板炎だった場合、長めの抗生剤治療になってしまうので、
  できれば起因菌を捕まえてから治療を開始したいです。

  ですので、血培をとって経過観察目的で入院にするかなと思います。」

  
司会「はい、ありがとうございます。素晴らしい、大人の対応ですね。

   とりあえず、発熱+腰痛→腎盂腎炎にしてしまって、早く治療したい!


   という気持ちはとてもよく分かりますが、椎間板炎の治療は待てることが多いです

   鑑別に椎間板炎があるのであれば、起因菌を同定してから抗生剤を開始するのが良かったのかなと思います。


   自分だったらこの症例は、抗生剤フリーで入院にします。

   入院後すぐにMRIをとって、椎間板炎らしさがあれば、
   整形にコンサルトして、穿刺吸引してもらい、
   そのG染色の結果や所見を見て、抗生剤を開始するかなと思いました。」


M「なるほど、そうですね・・・

  その時は、腎臓に嚢胞もあったので、そこに感染していたりするのかな、
  とも思ったりしました。」


司会「そうねえ。でも、体動で悪化するからね。


   ・・・というか、よく見ると腰椎折れてない?」


F「えーーー????」
  

司会「新規の腰椎圧迫骨折ってMRIでないとわからないと言われますが、あれは嘘です。

   もちろん、MRIじゃないとわからないという時は確かにありますが、稀です。


   これまで何人も腰椎の圧迫骨折の患者さんを受け持ってきましたが、ほとんどCTわかりました。

   
   ポイントはsagitalで骨のずれを探します。

   一スライスではなんとも言えないので、数枚のスライスでずれているかを探します。
   そしてよくみると、椎体の中に黒い帯が見えます。


   慣れてくると、折れている部分が目に飛び込んでくるようになります。

   あたかも、3つ葉のクローバーの中に、4つ葉のクローバーがあるような感じで、
   違和感を感じられるようになります。


   でも、この症例、読影でも骨折とは読まれていないでしょ?」


F「何も読まれていませんでした。

  ですので、MRIをとりました。」



MRIでは腰椎の折れていそうな部分に信号変化があった。


司会「うーん、やっぱり折れているように見えるね。
   でも椎間板炎の波及でもいいかもね。

   放射線の先生にまた確認してみてください。」


F「はい。わかりました。」


司会「はい、ということで今日の症例は高齢女性の発熱と腰痛の方でした。

   腰痛の場合、
  red flag を覚えるよりも、 
  whyの危ない腰痛が何であるか、を想起できるようになりましょう。
   
   危ない疾患は整形外科の疾患と内科的疾患で分けて想起することがコツでしたね。


   

   はい、ありがとうございました。」


まとめ
・腰痛は内科的疾患と整形外科疾患が混ざり合うので、鑑別が広く難しい
→体動、湿布、外傷の問診票に騙されないように!

・腰痛の場合のred flag signの意味を考える
→危ない腰痛を想起できれば、red flag signを覚える必要はない

・安易に腎盂腎炎や非特異的な腰痛と言ってはいけない
→椎間板炎を疑ったら、抗生剤投与はいったん保留。起因菌を同定する努力を!







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