2022年6月19日日曜日

原因不明の腹痛〜答えはベッドサイドと巨人の肩に〜

 70歳 女性 主訴:心窩部痛

(※症例は修正・加筆を加えてあります)


Profile:高血圧に対して降圧薬内服中のADLフルで元気な方


現病歴:来院の4日前までいつも通り元気

    来院の3日前、朝から心窩部痛を自覚

    心窩部痛は徐々に増強していった

    痛みが強く食事摂取もできなくなってきた

    痛みは波はなく、持続痛

    排便はあったが、普通便

    痛みが改善せず、救急外来を受診


ROS:吐き気あり、嘔吐なし、下痢なし、黒色便なし、体重減少なし


既往:高血圧

これまでの腹痛(2-3年に一度、腹痛で受診歴あり、診断はついていないが自然に軽快)

→今回の腹痛は以前よりも長く、強い痛み


内服:CCB 

生活:夫と二人暮らし、主婦


バイタル:BP 130/70、 P90(reg/reg)、T 36.8、SpO2 98%、RR 20

意識 清明

見た目 痛みが強く、苦悶様「うーうー」と唸っている


末梢 冷汗なし

腹部 心窩部に自発痛あり

平坦 軟 圧痛は心窩部から両側季肋部に広範囲にあり

筋性防御なし tapping painなし

腸蠕動音 普通

下肢 浮腫なし 皮疹なし

背部 巧打痛なし CVA巧打痛なし


血液検査  WBC上昇なし Hb低下なし

炎症上昇なし 肝胆道系や腎機能、電解質、甲状腺に異常なし AMY上昇なし

造影CT   特記すべき異常所見なし

心電図 洞調律 ST-T変化なし


アセスメント

高血圧で降圧薬内服中のADLフルな70歳女性

これまでに同様の腹痛歴あるが、毎年繰り返しているわけでもなく、

以前の腹痛とは痛みや持続時間が異なり、繰り返す腹痛発作というわけではないであろう


血液検査や画像検査では原因が不明であり、胃潰瘍や十二指腸潰瘍疑いで入院精査加療となった

PPIのIVを行いつつ、鎮痛のためアセリオ、ソセゴンを適宜使用し経過をみた


EGDでは軽度の胃のビランのみで、強い腹痛を説明できる病変ではなかった


アセリオはほとんど効果なく、ソセゴン使用すると痛みは軽快していたが、

入院後も痛みは強く、「モルヒネを使って欲しい」と訴えるほど、痛みが持続していた


造影CTを再検するも、やはり痛みの原因は特定できず

大動脈周囲のLN腫脹は読影では読まれなかったが、1cm強で数個あり


CTでは軽度の便秘もあり、腸蠕動に伴う痛みも考慮し、ブスコパンを使用したが効果なし


診察しようにも「原因が分からないんだから、触っても無駄」と診察拒否

病院を変えて欲しいと訴えている・・・


さて、次なる一手は?

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臨床で原因不明の時


たまにありますよね

何がなんだか分からない時


とても焦ります 


皆様ならそんな時、どうしますか?


・病院の中のご意見ばんに相談する

・病院を変える

・身体表現性として、精神科に相談する


色々あると思いますが・・・



こういう時だからこそ、一度立ち止まって深呼吸です

そして、ゆっくり鑑別疾患を考え直すことが大事です


基本に立ち返り、鑑別疾患を丁寧にあげていきます




次のplanの原則は

1、侵襲性の低い検査から

2、可能性の高い疾患の検査から

3、致死的な疾患の検査から

4、値段が安い検査から 


で考えていきます


結局・・・


ポルフィリアを狙って、尿中PBG,ALA測定

IgA血管炎やIBDを狙って、CS

化膿性大動脈炎を狙って、血液培養

硬膜外膿瘍や血腫を狙って、MRI


となりました


ですが、どれもピンときません


一応の検査planをたてた後、

やはり答えはベッドサイドにあるはず!と思い、診察にいきました


ですが、患者さんは「お腹が痛い〜」と悶えています

心窩部から左季肋部が痛いと仰られます


痛みの細かい性状やこれまでの病歴は聞ける感じではありません

原因が分からないことへの苛立ちから、診察は拒否されます


そこを何とか説得して、服をめくってお腹を触ろうとしたら・・・・




そこにはターゲットサイン様の楕円形の丘疹や紅斑が、

体幹に数個出現していました



あ!これは・・・


薬疹だ!


PPIのせいか!?


とは思いません



帯状疱疹だ!


と確信しました


典型的な水疱ではありませんでしたが、帯状疱疹に違いないと思いました


皮疹の分布はバラバラであり、播種性帯状疱疹でした



なるほど〜


腹痛はzoster sine herpateを見ていたのか・・・


ただ納得できないのは、帯状疱疹の痛みであれば、普通は片側になるはずです


この方は終始、心窩部の痛みを訴えており、片側ではありませんでした

表面やアロディニアの様な痛みではなく、しっかりお腹を押すと痛がっていました


あの痛がり方は皮膚や体性痛ではなく、内臓の印象でした


これは普通の皮膚にできた帯状疱疹ではないのでは??と考えました



さらに、免疫抑制状態でもないこの患者さんに播種性帯状疱疹が起こるのはなぜか?


という疑問も生まれました



そうすると、造影CTにて大動脈周囲のリンパ節腫脹が気になります

リンパ腫や血液腫瘍が背景にあるのかもしれません



ただ、自分はそうは思いませんでした


このリンパ節腫脹も帯状疱疹で説明がつくのではないか?



よく見ると、傍大動脈周囲のリンパ節の周りの脂肪織濃度が上昇していました

いわゆるRetroperitoneal fasciitisが起きていました



むしろこれが痛みの原因では?


そうして文献を調べると、

「内臓播種性帯状疱疹」という疾患が見つかりました


これだ!


CT所見もこれまでの文献とそっくりでした

ゲシュタルトもまさに同じでした


後から振り返ってみると、内臓播種性帯状疱疹の典型的な経過でした


内臓播種性帯状疱疹について


解説動画



皮疹が出るまではこの疾患を診断することは、不可能だと思います

知っていても、無理だと思いました



疑った場合にできることは、毎日、全身の皮膚を細かくみて、
VZVの出現を待つことです


皮疹は痛がっているお腹にできなくてもいいです

さらにいうと、皮疹が結局出なくても内臓播種性帯状疱疹のこともあります


カメラをした場合には軽度なビランは生検しておくと、そこから診断がつくこともあります





内臓播種性帯状疱疹は、心窩部から季肋部に強い痛みがあります

まるで急性膵炎かのような痛がり方ですが、
お腹は軟らかいのが特徴的です


そのため、最初はSMA解離や大動脈解離、神経根症状を考えたくなりますが、
画像検査ではそういった所見はみられません



画像やカメラで異常がないので、腹腔外に原因を求めたくなります

代謝や内分泌疾患を検討しますが、どれも当てはまりません


結局、原因不明になってしまうのですが、痛みが強すぎるので、
麻薬を使用せざるを得ない状況になります


モルヒネやフェンタニルは効果があります





この疾患を疑うポイントは、腹腔動脈やSMAの周囲の脂肪織濃度上昇です

本症例もしっかりみられました


近年、内臓播種性帯状疱疹の画像所見の報告例が増えており、
この所見は内臓播種性帯状疱疹を疑うきっかけになると思われます


放射線科の先生も読んでくれないので、自分たちでみるしかありません



内臓播種性帯状疱疹は診断が非常に難しく、
さらに診断が遅れることで命に関わる疾患です

治療が遅れると、肝障害やDIC、膵炎、肺炎で亡くなってしまいます


報告では、皮疹が出る前に亡くなってしまったcaseもあります
剖検で診断されるケースも散見され、非常に診断が難しいことが特徴です


内臓播種性帯状疱疹の典型的なゲシュタルトは

「免疫抑制状態にある人が、
 激烈な心窩部痛を訴えているにも関わらず、
 血液や画像、カメラで原因不明の時」です



今回のケースでは今のところ免疫抑制状態は発見されていないので、
非常に稀なケースだったと思われます

まとめ
・原因不明の病態に出会ったら、深呼吸してホワイトボードの前に立つ
→自分の頭の中を書き出してみることで、新たな気づきが生まれる

・原因不明の病態に出会ったら、答えはベッドサイドにある
→病歴と診察に戻ることが大事

・原因不明の病態に出会ったら、巨人の肩の上に立ってみる
→自分が知っている世界だけが、世界ではない


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