2020年12月20日日曜日

低髄液圧症③  〜合併症編〜

 30歳女性 低髄液圧症で入院中 (※症例は架空です)


典型的な低髄液圧を疑う病歴があり、精査加療のため入院中


造影の頭部MRIにて、び慢性の硬膜の造影効果と肥厚を認めた

側脳室は保たれており、脳幹の圧迫は見られなかった


脊椎のMRIでも硬膜外腔に液体の貯留を認め、脳脊髄漏出も確認できた


起立時の頭痛と耳閉感はあるが、意識障害は見られていない

発症してまだ数日であり、まずは保存的(点滴、臥床)で経過観察する方針となった


1週間が経過したところで、頭痛はやや軽快傾向となったが、

新たに左手の違和感と軽度の脱力が出現した

麻痺ではなく、力の入りにくさ程度であった


それ以外には頭痛の増悪もみられず、新規の症状はなかった

-----------------------------------------------------------------------------------------------------------------

ここで何を考えますか?


低髄液圧の診断は確実であり、保存的加療中の新たな神経症状が出現しました

ですが、麻痺ではなく、軽い脱力程度です


低髄液圧症には神経根の牽引に伴い、四肢の痺れや脱力も出現することがありますので、

低髄液圧症の症状とみなして、経過観察でよいでしょうか?


もしくは、入院が長引いた事によるストレスからの身体化でしょうか?


とりあえず、経過観察で・・・と思ってしまいそうな状況ですが、

まずはしっかり神経診察を取り直し、何が起きているかを把握します


そして、新規の所見だと思えば、すぐに画像検査へ進むべきです


なぜなら、低髄液圧症は厄介な合併症が出現することがあるからです

低髄液圧の合併症は、硬膜外血腫、脳静脈血栓、RCVS、PRES、小脳出血、四肢麻痺、脳梗塞(後方循環)、不随意運動、遅発性の脳脊髄ヘモジデリン沈着症などがありますが、


臨床的に頻度が多く、尚且つ治療に困るのは、硬膜外血腫と脳静脈血栓症です


低髄液圧症の診断時にすでに両者も合併していることもありますが、

経過中に出現することもあります


低髄液圧症の診断後に、

頭痛の性状が変化した場合、

もしくは新たな症状が加わった場合は、

低髄液圧症に伴う症状と決めつけず、合併症が加わった可能性を考慮しましょう




脳静脈血栓症が合併した場合

発症から1週間や1ヶ月以内の合併が多いとされ、発症後短期間で発症する症例が多いです



静脈血栓ができる原因は色々言われています

①静脈が拡張し、血流速度が低下するため血栓化しやすくなる

②髄液量減少により脳が下垂し、静脈や静脈洞が牽引された結果、静脈壁に物理的な損傷や閉塞が発生し、血栓が惹起される

③髄液量が減少し静脈洞への髄液吸収が減少し、静脈内の血液の粘性が上昇するため


上記、3つが提唱されていますが、これらが複合的要因によって発症すると考えられ、
そして、髄液の漏出が多い症例に合併しやすいと考えられています


静脈血栓が合併した場合、意識障害や痙攣、皮質症状で気がつかれることが多いです


CTではわかりにくいので、できればMRIのSWIを撮りましょう


治療 〜抗凝固 VS ブラッドパッチ〜

静脈血栓が確認されれば、治療は抗凝固療法(ヘパリン)になりますが、
本当にヘパリン点滴でいいのかも議論があるところです


それは静脈血栓症に合併する脳出血や出血性梗塞に加え、
低髄液圧症には硬膜下血腫のリスクがあるためです


そしてブラッドパッチをすべきか、するならばいつ行うべきか?
というのが、議論になります

ブラッドパッチをする時には、抗凝固療法は一時中止しなければなりません



静脈血栓症が発症した根本の原因を断ち切らないと、
静脈血栓形成が進展する危険や出血の合併症が発生する危険があるため、

近年では静脈血栓症の病態が安定している場合は、
脳脊髄液漏出の治療(ブラッドパッチ)を優先すべきという意見もあります




素人的に考えると、早々にブラッドパッチを行い、その後、静脈血栓が消退するまで、
抗凝固療法を行うのがよいのではないかと思ってしまいますが、これまた施設ごとで考え方が異なるので、慣れた施設で行うのがよいでしょう



そして、もう一つの有名な合併症が、硬膜下血腫です


硬膜下の液体貯留は10〜80%に認められ、そのうち、50〜70%は硬膜下水腫で、10%が硬膜下血腫であったという報告があります



硬膜下血腫を合併した場合


脳脊髄液の漏出が起こると、Monro-Kellieの法則に従い、脳脊髄液減少により頭蓋内血液が代償性に増加します
静脈は動脈よりも容易に拡張し、硬膜静脈や静脈洞の拡張をきたします

そして硬膜の微小血管内皮には脳血液関門が欠如するため、
血漿成分が髄液腔内との圧格差で漏出し硬膜下水腫が発生します


髄液減少に伴う脳の下方偏移により架橋静脈が過進展、破綻し出血するという機序が考えられています



低髄液圧に伴う硬膜下血腫は、通常の慢性硬膜下血腫と比較すると、
色々な特徴があります


①平均年齢が若い
②両側性が多い
③再発率が高い
④再発までの期間が短い
⑤起立時頭痛や耳鳴りが多い
⑥頭部外傷歴が少ない



これらの特徴を備えた慢性硬膜下血腫の症例に出会った場合は、

あれ?これはもしかして、病気の上流があるのではないか?
低髄液圧症が背景に隠れているのではないか?


と疑ってください



脳静脈血栓が合併した時の治療も非常に悩ましかったですが、
硬膜下血腫を合併した時の治療も非常に悩ましいものがあります





治療 〜ドレナージ VS ブラッドパッチ〜



硬膜下血腫をドレナージすると、外圧に脳が晒されるため、
脳の下方偏移が悪化し、脳ヘルニアをきたした症例の報告があります


逆にブラッドパッチを優先して行った後に、頭痛や意識障害が出現し、
緊急でドレナージを要した報告もあります


お互いが相反する治療という構図になってしまうため、
どちらを優先すべきかが、議論になります







最近は血腫量に応じて、決めることが多いようです

硬膜下血腫が少量で髄液漏出停止後も頭蓋内圧亢進が生じにくいと想定される場合は、
ブラッドパッチが優先され、


逆に血腫量が多い場合、漏出が止まることで頭蓋内圧が上昇することが予想されますので、
ドレーン留置により血腫と脳圧をコントロールした上で、ブラッドパッチを検討すべきとされています


まとめ

・低髄液圧症には厄介な合併症がある

→硬膜下血腫と脳静脈血栓症が特に重要。治療が非常に難しくなるため


・低髄液圧の診断後に頭痛の性状が変化した場合や新たな神経異常が加わった場合は、すぐに画像評価を行いましょう

→SWIやMRVを忘れずに


・何かがおかしい慢性硬膜下血腫を見たら、背景に低髄液圧症が隠れている可能性がある

→若年者、怪我していない、すぐに再発する、両側性など


0 件のコメント:

コメントを投稿

今さらきけない疑問に答える 学び直し風邪診療

風邪の本といえば、岸田直樹先生や山本舜悟先生の名著があります 自分もこれらの本を何回も読み、臨床に生かしてきた一人です そんな名著がある中で、具先生が風邪の本(自分も末席に加わらせていただきました)を出されるとのことで、とても楽しみにしておりました その反面、何を書くべきか非常に...

人気の投稿