2019年7月30日火曜日

温泉中に意識消失した若年女性(昼カンファ)

当院では毎日、昼にカンファレンスがあります

前座でちょこっと勉強になることを話して、

その後、一時間、症例検討を行います


NEJMのClinical Problem Solvingとほぼ同じ感じで進んでいきます

つまり、情報が小出しに現れて、リアルな感じで進行します

司会はもちろん、症例のことを知らないので、

オーディエンスと一緒に、鑑別を立てていきます


矢吹先生は「working diagnosis」と名付けており、使わせていただいております

それでは、本日の症例です

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32歳 女性  主訴:温泉で倒れた

救急隊より

32歳女性、温泉に入った後、脱衣所で倒れているところを発見され、

救急要請あり

脱衣所で過換気になっており、テタニー様の手の状態だったそうです

右水平方向性眼振?あり

目撃者によると泡を吹いて、痙攣?していたそうです

意識は現着時は清明で、会話可能

バイタルは血圧127/80、脈87、SPO2  98%(RA)、RR18、T36.8

15分後に病着予定です
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司会:さて、こんな人がもうすぐ来るそうですよ?
   
   何か、救急隊にこれだけは聞いておきたいということはありますか?

初期研修医D:瞳孔所見はどうですか?

発表者:すいません、瞳孔については、記載がないので、分かりません

司会:ありがとうございます

   瞳孔所見って確かに、毎回救急隊が教えてくれますよね

   でも経験的に瞳孔に救われた!ってこと、あまりないんですよね

   アニソコがあっても、何も理由がなかった人も何人も見てきました

   瞳孔所見が大事ではないということではないのですが、
   
   ここではもっと大事なことがあります


専攻医I:目撃者の連絡先を聞いておいてください

司会:素晴らしい!
   
   そうですね。この状況で病歴をとれるとすれば、目撃者からです

   目撃者を連れてくることが可能であれば、連れてきてもらいますし、
   
   難しければ連絡先を聞いておくことが、ここでは最も重要になります

   実際はどうでした?

発表者:すいません、実際は目撃者の連絡先や連れてきてもらっていません



ピットフォール①

失神や一過性の意識障害系は、
目撃者から病歴をとることが非常に重要

目撃者とつながるためには、最初が肝心




司会:わかりました。忘れがちですが、ここを逃すと診断がつかないことが多いので、

   「失神」というカテゴリーに入りそうな症例の場合は、目撃者を大事にしましょう

   では、救急車が来るまでに何を準備しますか?物理的な準備と心の準備。


初期研修医D:血ガス、血液検査、画像、超音波、酸素、点滴、心電図ですかね

       鑑別は起立性低血圧が起きたのではないでしょうか

       あとはてんかん発作とかですかね


司会:ありがとうございます

   だいたい、「サルも聴診器」ですね

   しかし、ここでは、もう一つ忘れがちだけど、
   
   検査するか考慮してほしいものがあります

   何かわかりますか?


シーン


司会:意識がもし悪かったら、CT撮らざるを得ませんよね?

   この人、おいくつでしたっけ?

神経内科専門医:妊娠反応!!

司会:はい、その通りです。

(※昼カンファには、自分より上の先生もたくさん参加しており、
 本日は外科、耳鼻科、神経内科、腫瘍内科、膠原病科、家庭医の先生がいました)



司会:しかし、CTをとるためだけではありません
   
   若年女性が救急外来に来た際は、

   まずは妊娠に関連した症状でないか

   と思うことが重要です

   若年女性の腹痛なら、HELPP症候群かもしれません

   痙攣発作なら、子癇かもしれません

   そして、失神なら子宮外妊娠の破裂かもしれません


   お腹みたらわかるでしょ?と思われるかもしれませんが、
   
   やっぱり、体形だけでは分かりにくいことはあります

   妊娠があると、鑑別ががらっと変わります
   (→参照:ちゃぶ台返し系キーワード)


   ということで、思考のシャドーボクシングと呼んでいますが、

   一瞬、思いついて、一瞬で消すようなイメージです

   シャドーしておくだけで、実際にそれを検査したりするわけではありませんが、

   あやしければ、実際に探しに行きます

    
   今回であれば、明らかに温泉入っていて、

   脱水からの起立性低血圧と飛びつきたくなるでしょう

   そこをぐっとこらえて、もしかして子宮外妊娠の破裂だったら・・・

   と思いついておくことはとても重要なことです

    
   そして、今回はもしかしたら、痙攣したのかもしれないという触れ込みです

   若年女性の痙攣発作(初発)であれば、

   やはり妊娠しているかどうかは非常に重要な情報です
   

   若年女性が痙攣発作を来した時の考えることのまとめです

      脳が原因(つまり、CTやMRIで原因が分かる)か、

   脳以外が原因を考えます



司会:さて、こういったことを妄想していると、救急車が到着しました

発表者:来院時の意識は清明で、

    バイタルは救急隊の時と、著変ありませんでした


司会:ありがとうございます。

   病歴はどうでしたか?

発表者:はい、温泉とサウナをあわせて、45分くらい入っていたそうです

   温泉に入っているところから、立ち上がって数歩歩いたところで、

   くらくらして、のぼせた感じになり、水を飲んだそうです

   それでものぼせた感じがおさまらず、脱衣所に行きました

   そこでも水を飲みました


   横になりたかったのですが、脱衣所だったので、

   椅子に座っていたそうです

   その後、記憶がなくて、

   気が付いたら抱えられていました
 
   ということでした

   すいません、目撃者と連絡がとれていないので、

   情報はこれくらいです


司会:ありがとうございます

   病歴は圧倒的に起立性低血圧ですね


   さて、どんな診察に注目したいですか?

   
シーン

司会:狙ってとる診察と、
  ざーっととる診察は、情報のインパクトが違います

   インパクトあげるために、重要だと思う診察を考えてみましょう


研修医D:口の中を見たいです。脱水があれば、乾燥しているかもしれません。

司会:ありがとうございます。そうですね。大事ですね。

   他にはどうですか?


研修医N:頸静脈!!!


司会:はい、そうですね。

   頸静脈はとても大事です。
   
   この場合なら、臥位でもいいと思います

   臥位であれば、外でも内でも頸静脈はみえます
   
   臥位で、頸静脈がよく見えないというのは、
   
   循環血漿量の低下を意味します

   逆に!
   
   内でも外でも、頸静脈が張っていたらどうでしょうか?

   あれ?脱水だと思ったのに、なぜか張っているぞ
   
   ベッド上げても張っている・・・


   え?肺塞栓?

   肺塞栓は確かに、失神で来ることが意外に多いことが知られていますね

   
   ということで思考が、がらっと変わります

   こんな風にルーチンで頸静脈をみるのではなく、

   予測しながらとることが重要です

   インパクトが全然違いましたよね


   あとは、どうでしょうか?

   
研修医D:シェロング試験

司会:その通り!

   ここでは、シェロング試験がとても大事ですね

   よくあるピットフォールがあります

   わかりますか?


シーン

司会:それは、こういうシチュエーションって、何も考えず点滴しがちですよね


   バイタルが崩れていれば、すぐに点滴することは問題ありませんが、
   
   バイタルが安定しているのであれば、ここで点滴するメリットはなんでしょうか


   デメリットはあります

   hypovolemic による起立性低血圧だと思っているのに、
   
   いつの間にか治療してしまっていて、診断がつかなくなる危険があります


   ということで、点滴してもいいのですが、ぽたぽたくらいにして、
   
   あまり外液いれないようにして、すぐにシェロング試験をしましょう


ピットフォール②

起立性低血圧疑いの人をシェロングする前に、知らない間に治療してしまっている

気が付いた時には、200mlほど入っており、シェロング試験が陰性になってしまって、解釈に困る

司会:あるあるですね

   なので、自分なら点滴そこそこに、すぐにシェロング試験します

   さすがに、子宮外妊娠で失神するくらい大量出血があれば、

   シェロング試験陽性になってほしいですよね
   (→参考:起立性低血圧)


発表者:すいません、点滴が入った後にして、陰性でした


司会:了解です。大丈夫です。
   
   自分も何度も同じことをしました 笑

   他の診察はどうでしたか?


発表者:眼瞼結膜蒼白なく、口腔内の乾燥はありませんでした
    
    舌咬傷はなかったです、頸静脈は見てなかったか、忘れてしまいました

    心音は収縮期雑音が2RSBにあり、頸部に放散してました

    神経学的所見は脳神経も運動も感覚も問題ありませんでした


研修医N:最初の眼振はどう評価すればいいんですか?


司会:医療者の医学用語には注意した方がいいです

   基本的には、自分が見たものしか信じません

   それは、患者さんを守るためです

   なので、人から聞いた情報というのは、「」かっこつきです

   本当かどうか、あやしいな・・・

   くらいで身構えておきます


  救急隊や一般の人が診察(主に視診)を行い得られた情報は、

 鵜呑みにせず、上手に聴取しなおさなければなりません


   例えば、今回の「眼振」「痙攣」「テタニー」です

   これらが本物かどうか確かめるために、

   何かコツを知っている人はいますか?


神経内科Dr:痙攣の時とかは、マネしてもらうことはよくありますね


司会:ありがとうございます。その通りですね。
   
   言葉にすると、表現方法に相違があるので、
   
   実際にやってもらったり、こちらがまねしたりすれば、
  
  言葉よりは情報が正確になります


   今回は、目撃者と話しができないので、これ以上は詰めれませんね


   この症例は失神と考えるべきでしょうか、

   痙攣発作や意識障害で考えるべきでしょうか?


研修医D:失神でいいんじゃないですか?

司会:そうですね
  
   では、失神の原因で危ない原因は何ですか?


研修医D:不整脈といった心原性です


司会:ありがとうございます

   ではもう一つは?

研修医N:大動脈解離!

司会:まあ、その通りなのですが・・・
   
   あまり失神のプレゼンテーションでは来ませんね


専攻医:起立性低血圧! 大量出血だと大変です!

司会:その通りです
   
   起立性低血圧の場合、脱水といったcommonな状態と
   
   大量出血というcriticalな状態が混在するので、

   起立性低血圧をみたら、必ず大量出血の可能性について検討します


   今回はいいと思いますが、場合によっては、直腸診が必要です




  
   診察で、心雑音を聞いたのは、いいですね


   例えば、高安動脈炎が背景にあった場合、血管が細くなり、
   
   雑音が鎖骨下や頸動脈で聴取するかもしれません
  
   またリウマチ熱を患い、弁膜症があるかもしれません

   失神の際に心雑音を聴取するのは重要です

   他の検査はどうでしたか?


発表者:まず、モニターをつけて、心電図をとりました
    
    異常は検出されませんでした  
    
    FASTは陰性でした

    UCGは問題ありませんでした

    血液検査も問題ありませんでした


司会:ありがとうございます
 
   FASTはfocused Assessment with Sonography for Traumaなので、
   
   外傷の時のショックの原因を調べる検査です

   ここでは、RUSH examという用語の方がよいのかもしれませんね

   
   子宮外妊娠の超音波所見をみたことありますか?

   超音波では本当に見えにくいですので、

   ここでも狙ってみることが大事です

   まあ、今回はシェロングも陰性であり、違うとは思いますが。。。

   さあ、病歴、診察、検査が同時並行的に進んでいきました

   この後、どうしますか?


シーン



腫瘍内科医:サウナ45分!?それやべーよ!!

     絶対脱水になるよ

司会:サウナと温泉合わせて、45分です (笑)
  
   サウナだけだったら、やばいですよね 

   まあこの時点では、やはり脱水に伴う起立性低血圧でいいのではないでしょうか


発表者:はい

    そういう風に説明して、帰宅となりました

    これまでにも、温泉でそういうことがあったようなので、

    水分はしっかりとるように伝えました


家庭医:具体的にアドバイスしましたか?

    お風呂の途中だけではなく、
   
    お風呂に入る前に水分をとることが重要です

    のぼせたら、手を冷やすとか、長湯は避けたりすることも大事です


司会:ありがとうございます、その通りです

   水分とる以外には、カウンターマヌーバーとかも教えてあげてもよいかもしれませんね


司会:はい、皆様お疲れ様でした

   今回の症例は若年女性の失神もしくは意識障害でした

   原因は脱水に伴う起立性低血圧という暫定診断でした

   とても勉強になりましたね



※このように昼カンファでは、診断がバシっと決まるものは少なく、

 プロセスを重要視しています

 初期の二年間で出会える症例は限られています

 他の人が出会った症例から学べるだけ、学ぶことが重要です

 0か1かは大きな違いです

 カンファではよくわからなくても、もう一度、同じような症例に出会った時に、

 あー、あそこで言っていたのは、このことか!と分かる日が来ます

 カンファは筋トレみたいなものです

 出続けていると、いつか自分を支えてくれるでしょう




学びのポイント
・救急隊や目撃者からの情報で「痙攣」といった医学タームがあった時は、注意して聞く必要がある
→自分でマネするか、マネしてもらう


失神の可能性があれば、目撃者から情報をとることがどんな検査よりも重要
→ここが診断不明になるかの分かれ道


若年女性の起立性低血圧であれば、一度は子宮外妊娠の破裂を考える
→実際に検査しなくても、思考のシャドーでもよい

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