2023年5月28日日曜日

今週のNEJM  〜薬を使って夜に駆ける〜

NEJMのcase recordsはただ臨床推論が勉強になる症例ではありません

必ず、読者に対する何らかのメッセージがあります


そのメッセージを読み取るのが、NEJMのcase recordsを読む楽しみでもあります



今回の症例は13歳の男性で、うつ病やADHD、自殺企図、自傷行動が1年前から見られ、

精神科で薬物治療中でした

主訴は抑うつ症状が悪化しており、自殺願望が強くなってきたため入院となっております



Profileは元々はスポーツもやっていましたが、1年前から自殺願望や自殺企図が出現し、

うつ病やADHD、境界型人格障害でグアンファシン塩酸塩徐放錠(インチュニブ®︎)とルラシドン(ラツーダ®️)を内服しています


この1年で10回のER受診があり、6回の精神科入院歴があります

現病歴ですが、3週間前まで入院しており、1日前に退院となったばかりでした

退院後、自宅に戻りましたが、また自殺願望やうつが悪化してしまい、

家にはいれない状況となったため、病院受診となりました


ROSでは集中力の低下や不眠がありました

思考は論理的で線状であり、顕著な自殺企図がみられました

幻覚や妄想、殺人願望はありませんでした


薬はインチュニブとラツーダで、違法薬物は使っていません


バイタルは安定していましたが、そわそわしており、攻撃的な様子でした

言葉によるdeescalationが試みられましたが、奏功せず、

オランザピンでの薬物的な拘束と身体抑制が行われました


その後、精神科病院への転院が予定されましたが、

近隣の精神科病院は受け入れが困難であり、6週間、待つことになりました

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ディスカッション①これは本当にうつやADHDでよいのであろうか?どういう精神状態?




これはYOASOBIの症例ですね

「夜に駆ける」の歌詞をご存知でしょうか


知らない方はびっくりすると思いますが、「夜に駆ける」は男女の自殺願望を描いた歌です

タナトスの誘惑という小説があり、それを元に歌詞が作られているそうです


タナトスやデストルドー(destrudo、death drive)は、フロイトの提唱した精神分析学用語で、死へ向かおうとする欲動のことです


この症例もタナトスの誘惑の凄まじさが伝わってきます


ただ、衝動的な死への欲望が出現し、自傷や自殺企図を起こしてしまっていますが、

原因はうつ病やADHDでよいのでしょうか?



何か?があって、精神に語りかけているような構図にもみえるので、

その何かが何のなのかが議論になりました


診察だけ見ると、agitation があったり、攻撃性がみられ、

トキシドロームの観点から診察したいですね


瞳孔所見や発汗などの記載はありませんが、バイタルは頻脈もなく安定しています

カテコラミンリリースがあるとすると、バイタル変化が乏しいのが変ですね



ソワソワが強く、不穏状態の症例の場合は、まずは違法薬物の関与を疑います

もしくは、離脱やセロトニン症候群です


大麻の慢性中毒の場合はカンナビノイド悪阻症候群という発作的な吐き気がでる病気があります

カンナビノイド悪阻症候群の方は、ベッドや壁をバンバン殴って暴れていました


一見すると、自傷行為にしかみえませんが、

症状が辛すぎて、それを緩和させるためにやっているようです



というわけで、ここまでの鑑別は、衝動的にタナトスの誘惑が出現してしまう何かが、

外因から来るような違法薬物なのか、内因から来るような褐色細胞腫のような病態か、

が鑑別になりまりました


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精神科病院への入院を待っている間、薬物治療が強化されました

インチュニブとラツーダは継続され、SSRI、ジフェンヒドラミン、メラトニンが追加となりました


それでも頻回に不穏状態になり、経口のクロニジンや筋注のオランザピンが必要な状態でした

何度も自傷行為を行なったため、監視の目は強化され、15分ごとに観察されていました


41日目でようやく、精神科病院への転院となりました

転院後、やはり不穏が悪化したため、経口のオランザピンが追加で投与され、

改善を認めず、筋注のオランザピンも投与されました


その際のバイタルは問題なく、翌日の朝も特に新たな症状はなく経過していました

精神科病院に入院した2日目の昼すぎから、血圧低下がみられました


BP 69/39、P88であり、頻脈を認めないショックバイタルでした

吐き気や腹痛の訴えもあり、顔色は悪く、倦怠感が強い状態でした

経口にて飲水が励行されましたが、その後も低血圧は遷延しました



血液検査では大きな問題は認めず、造影CTでもショックの原因になるような出血はありませんでした


心電図も目立った変化はありません


ショックの原因がわからず、血液培養が採取され、敗血症性ショックが疑われ、

CTRXとVCMにて治療が開始されました


ショックの治療のため、精神科病院から小児病院へ転院となり、診断がつきました

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ディスカッション②ショックの原因は?


これは薬でしょう


オランザピンによる起立性低血圧だと思います


転院されてからオランザピンが追加されている経緯をみると、

オランザピンの薬剤性の血圧低下を疑いたくなります


もちろん、他の薬の副作用で血圧低下はあります


特にインチュニブは徐脈・血圧低下しやすい薬です

ラツーダも起立性低血圧になります


このように薬の作用・相互作用で、合わせ技一本でショックになっていると思います


ショックの場合も同じですが、原因は一つとは限りません

ゴロの悪いところは、この中のどれかが答えだという思考になりがちです


実際はそうではなく、どれくらいの配分で血圧低下に関わっているかを考えた方がよく、

根本の病態にアプローチすると良いと思います



柔道と同じで、綺麗に背負い投げで「一本!」となるような、

たった一つの原因でショックになることは少ないです


むしろ、「有効」(AS)、「有効」(脱水)、「技あり」(敗血症)みたいな感じで、

全体を合わせて「一本」(ショック)になります



多発外傷の出血性ショックの場合も同じですよね

一箇所だけではなく、何箇所からもでてショックになることはあります




本症例では、1年前からの自殺願望と今回のショックの原因が、

一元論なのか、二元論なのかが議論になりました



普通に考えると二元論です


もともと、発作的・衝動的に生じる自殺企図・願望があり、

背景にはうつや不眠があります


この背景疾患が大うつ病やADHDだけでよいかは疑問が残りました

脳の器質的疾患(MS、腫瘍など)の検索はしているとは思いますが、重要です


「発作的」というキーワードからは、VAPESという病態を考えたいです



特にてんかん発作や片頭痛の一症状として、精神症状が出たりしないかは、

調べてみても良いかと思いました



あえて一元論で考えてみると、小児のショックは血圧が低下しにくいという特徴があるようです


小児の場合、血圧が低下した時は非代償性のショックの状態であり、命の危険があります

小児の体はちょっとやそっとでは、大人のように血圧は下がらないようにできています


心臓の代償や血管のトーヌスによって、血圧は保たれやすいとされています


ということは、これまでの衝動性や不穏の症状は、血圧低下はないものの、

実はLow output 症候群(LOS)だったのではないか?という説がでました



心の病ではなく、心臓の病なのではないか?ということですね


ただ、12ヶ月前からLOSの症状があったとすると、

心不全徴候もなく、普通に生活することはできないと思います


やはり、二元論で考えた方がよく、今回のショックの原因は薬剤性の血圧低下だと思われます

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その後、主治医たちはインチュニブ過量内服による血圧低下を疑い、調査が行われた


調査の結果、インチュニブの過量内服が判明した


診断:Intentional guanfacine overdose.

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感想

・インチュニブだけでなく、オランザピンも血圧低下には一役買っているとは思う


・ADHDの処方はここ数年で増えており、今後も増え続けるであろう

 ということは、今後ADHDの薬のover doseも増える可能性が高いということ


・暴れている患者さんにいきなり薬ではなく、verbal deescalationのアプローチが大事
















・ADHDの薬はコンサータ、ストラテラ、インチュニブの3つが有名

 インチュニブは衝動性や多動性が強い症例に出されやすく、

 衝動性が強いということは、自殺・自傷しやすいことにつながるかもしれない




パールとしては、

ADHDの人の原因不明の徐脈ショックをみたら、インチュニブによるover doseを疑う



・コロナの影響で小児の精神疾患患者さんも急増し、社会資源が乏しい状況になったため、精神疾患患者さんをすぐに精神科病院へ転院することも難しくなってきた


・明らかに精神疾患の急性期病態の患者さんであっても、一般病院でみないといけない時も多くなっていくであろう


・現在〜近未来に我々が出会いそうな症例

 NEJMのケースに出すことで、プライマリケア医に知っておいてもらいたい

 というメッセージが伝わってくる


・タナトスの誘惑の原因は不明ではあったのは残念だったが、

 一般病院で精神疾患患者さんをみる難しさや最近使われ始めている薬の副作用に

 警鐘をならす素晴らしい症例であった









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