当直中、病棟から電話・・・・
Ns「すいません、尿路感染症で内科で入院している80歳の男性が、
夕方から酸素化が低い状態です。
酸素を開始していますが、なかなか上がってきません。
痰をとってもとっても湧き上がるようにでてきてしまう状態で困っています。
誤嚥性肺炎だと思うんですけど、どうしたらいいでしょうか?
バイタルは血圧140/80、脈110、SPO2 90%(5L)、RR24、体温37.0です。
意識状態はややぼーっとしています。汗もじっとりかいています。
既往は認知症と前立腺肥大症があります。」
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ディスカッション①:どうやって返事しますか?
研修医「酸素をあげてください、今からすぐ行きますと返事します!」
T「ありがとうございます。理想的な答えですね
他に何か聞きたいことはありますか?」
研修医「意識が悪そうなので、血糖も測ってもらいます
汗もかいているので、低血糖は鑑別です。
心筋梗塞の可能性もあるので、心電図も用意してもらいます。」
T「素晴らしいですね。」
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経過
T「わかりました、すぐに行きます。
ところで最近、この方、泌尿器科に対診が入りませんでしたか?」
Ns「泌尿器ですか?
あ、今週のはじめに、尿カテ抜去後に尿が出にくいということで、
泌尿器科に対診が入っています。」
T「そこで、新しくお薬が出ていませんか?」
Ns「臭化ジスチグミン(ウブレチド®)が新しく処方されています」
T「では、瞳孔をみてください。縮瞳していませんか?」
NS「瞳孔ですか?
あ、1/1mmととても縮瞳しています。」
T「コリン作動性クリーゼですね。」
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上記はボスから(5回くらい)聞いた本当にあった話(のよう)です
コリン作動性クリーゼ
忘れた頃にやってきます
コリン作動性クリーゼはコリンエステラーゼ阻害薬によってアセチルコリン活性が過剰になり、副交感神経優位の諸症状が出現し、重症となると意識障害、痙攣、呼吸筋麻痺からの心停止になる病態です
副交感神経優位になるので、徐脈になると覚えている人も多いと思いますが、
実際はニコチン受容体優位になると頻脈になる症例もあり様々です
呼吸不全は痰がらみから換気不全やそこからの肺炎でも起こりますし、
呼吸筋の筋力低下からのⅡ型呼吸不全になる症例もあります
臭化ジスチグミン
臭化ジスチグミン(ウブレチド®)はアセチルコリンエステラーゼ阻害薬であり、AChEにカルバミル基を結合させて可逆的にAChEを失活させます
そのため、自律神経系、神経・筋接合部、中枢神経系の神経終末でアセチルコリン(ACh)濃度が上昇し、ACh受容体への刺激が増強されます
ムスカリン性受容体への作用により平滑筋の収縮を強める効果は排尿筋の筋力を増強させ、排尿障害の治療に使用されています
臭化ジスチグミンによるコリン作動性クリーゼの発症頻度は服用例の0.2%といわれていますが、ほとんどの症例が診断されていないと推測されます
0.2%の発症した症例をみてみると、発症例の91%が61歳以上です
発症例の多くが服用して2週間以内に発症しています
しかし、長期処方例でも発症例はみられますので、処方中は常に注意が必要です
服用直後はだれしも注意していますがが、慢性的にDO処方されていたり、
引き継いだ症例では注意が散漫になっていることが多いので、
ウブレチド®の処方薬をみつけたら、常に緊張することが重要です
海外でも臭化ジスチグミンは使用されていますが、コリン作動性クリーゼの報告は少なく、日本からの報告がほとんどです。
理由としては、海外では5mgからの投与開始や頓用といった使用法が多く、
投与期間が短いことが推定されています
国内では2010年3月より添付文書が改訂され、排尿障害への投与時には投与量は5mgまでに制限され、製造販売元もホームページや添付文書にて、注意事項やクリーゼの特徴を積極的に提示して注意喚起が行われました。
企業の努力によって、10年前に比べればほとんどお目にかかることはなくなった疾患です
ですので、今の臨床医のほとんどはコリン作動性クリーゼを経験したことがなくなってしまいました
コリン作動性クリーゼの初期は診断は非常に難しく、
クリーゼ症例の中には、誤嚥性肺炎として対応されている症例も多くあると思われます。
実は目の前にコリン作動性クリーゼの患者さんはいるのに、気が付いていないだけかもしれません
自分も一例だけ経験しましたが、
その時の印象は「いつもと違う違和感」です
いつもの誤嚥性肺炎にしては、何かおかしい・・・
いつもの心不全にしては、何か変・・・
「さらさらの痰」+「じっとりした汗」+「呼吸不全」
→ま、そういう誤嚥性肺炎もあるよね
→心不全も合併していて、交感神経賦活の状態かな
ではだめです
「さらさらの痰」+「じっとりした汗」+「呼吸不全」
→これってもしかして、コリナージッククライシス?
→瞳孔みよう
→縮瞳している!
→AChE活性測定しよう
→低下している!!!(ほぼ確定)
臨床の違和感をないがしろにしてはいけません
その違和感は、いつも正しいです
違和感をもった時は、その違和感の正体が何であるかを突き止める努力をしなければなりません
2010年から2016年の235人のコリン作動性クリーゼの症例報告です
日本からの報告です
2010年から前述のとおり、添付文書が改訂されましたが、その後も散発的にみられています
この報告ではなぜか、コリン作動性クリーゼを引き起こした薬剤の内訳がかいてありませんでした
ただ基礎疾患で多いのは、神経因性膀胱(14%)、脳血管性疾患(15%)、認知症(12%)、重症筋無力症(11%)となっており、泌尿器科や神経内科から処方されるアセチルコリンエステラーゼ阻害薬が多いのであろうと思われます
コリン作動性クリーゼはひとたび起こすと、
20%に人工呼吸器管理が必要になり、
20%にカテコラミンが必要となり、
6.4%は死亡するという疾患です
コリン作動性クリーゼに気が付くには、トキシドロームを理解する必要があります
トキシドロームとは、中毒の原因物質が不明な場合にバイタルサインや身体所見、症状などの組み合わせによって、中毒物質を推定する方法です
中毒物質の系統でグループ化されています
コリン作動性クリーゼは薬で起こるとは限りません
定期的に何の薬も飲んでいない人がコリン作動性クリーゼの状態できた場合は、
①農薬(有機リン)で自殺しようとした
②サリンのような事件に巻き込まれた
可能性があります
その時は、まずは自分を守る努力からしましょう
薬の場合は泌尿器科や神経内科、精神科から出ている薬に注意しましょう
コリン作動性クリーゼの初期症状の多くは消化器症状といわれています
重篤なクリーゼが起こる前に、嘔吐や下痢といった消化器症状があり、
その時点で服用を中止することができれば、クリーゼは防ぐことができます
そのため、臭化ジスチグミンや抗認知症薬を内服している人で嘔吐や下痢があった場合、安易に「感染性腸炎」といってはいけません
そして、その人が痰がらみが出現し、
肺炎を起こした場合も安易に「誤嚥性肺炎」といってはいけません
コリン作動性クリーゼのまとめ
・以前より症例が減った分、診断経験がある臨床医が減っている
→もともと診断が非常に難しい病気。トキシドロームの概念を知っておく
・高齢者の感染性腸炎や誤嚥性肺炎には、薬剤性のコリン作動性クリーゼが隠れている
→いつも心に「薬」と結核
・定期薬がない人のコリン作動性クリーゼはやばい
→自分の身を守ることから始める。事件か事故か自殺しかない。
参考文献:
日呼吸会誌 49(12).2011
日臨救医誌 2015;18:599-604
日集中医誌 2011;18:176~177.
ICUとCCU Vol.43(3)2019
J.Med.Toxicol.(2018)14:237-241
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