2019年8月27日火曜日

機能性ディスペプシアの治療

機能性ディスペプシアはこじれると、ポリファーマシー地獄になります

下記は21歳男性の食後の胸焼けや心窩部痛、湿性咳嗽に対して処方されていた薬です

3か月くらいこのような治療が継続され、
治らないということで、小生の外来に来ました


これまでの医師人生で一番衝撃的なお薬手帳でした
症状が続くので、薬が増えて続けていって収集が付かなくなっています

処方していた医師の苦悩が透けて見えますが、さすがにこれはやりすぎです






FDの治療

FDの治療をする時に最も大事なことは良好な患者-医師関係です

薬をただひたすらに出すことではありません


薬は何を出したって、ある程度よくなります
なんたってプラセボの効果が高い病気です


FDは症状から、主病態を類推します
胃の排出障害や胃酸分泌過多、知覚過敏、胃の弛緩障害といった原因を考えます
この辺は消化管疾患っぽいところです


ですが、当初推測していた病態として、薬を使っても改善がなければ、
どんどん薬が増えていきます
そこでポリファーマシー地獄に入っていきます


ここがピットフォールです
FDが難治・治療抵抗性になった場合、薬では治らないことがあるのです

薬以外のアプローチが必要です

それがプライマリケア医が得意とするBio-Psycho-Socialモデルの考え方
Patien-centered clinical method(患者中心の医療の方法)です



FDの治療まとめ
・六君子湯を出そうが、ナウゼリンを出そうが、ガスモチンを出そうが、ある程度治る
→プラセボ効果が高い疾患

・FDの治療がこじれた時に必要なのは、薬ではない
→BPSや患者中心の医療の方法を用いる

・よい患者-医師関係が治療の基本



難治性機能性ディスペプシア・治療抵抗性ディスペプシア

FDの治療は、効く薬を探す感じでローテーションされていきます
もしくは薬が追加されて、どんどんポリファーマシーになります

FDに対して使える薬を使っても全く改善しないと、医師も患者も焦り始めます

治療効果判定は一応、4週間となっています


ガイドラインでは初期治療として、酸分泌抑制薬、運動機能改善薬を使い、
二次治療として抗不安薬、抗うつ薬、漢方薬を推奨しています

そして二次治療で効果がなかった場合を治療抵抗性FDとしています


その場合の考え方として、

①本当は器質的疾患がある

例えば、見つかりにくい膵癌です

膵癌の人は胃もたれのような症状もよく訴えます
単純CTでは分からないこともあるので、疑えば造影CTで検索しましょう

あとはアミロイドーシスや強皮症、好酸球性食道炎といった疾患も最初は分かりにくいです


②実は精神疾患がある

うつ業や不安神経症、強迫性障害、身体表現性障害といった疾患の合併が懸念されます
もしくは背景に知的障害やADHD、自閉症スペクトラム症があることもあります

疑えば、精神科にも併診をしてもらいましょう



BPSモデルで病態仮説の構造を考える

BPSモデルを用いて、準備因子、発症因子、持続因子を考えます
FDの症状は、あくまで氷山の一角に過ぎません

背景に介入しなければ、FDが治らないのはこのためです


病態仮説を考えたら、次はどこの問題にアプローチすべきか優先順位をつけることです
職場や家庭、学校、人間関係いろいろあるでしょう

医師だけでは難しいこともあるので、多くの人を巻き込むことが重要です


治らないFDを掘り下げていったら、とんでもないところまでいく症例もあります
FDは奥が深い疾患です



最後はもう自分自身が治すつもりくらいで対応していきます
治療的自我と呼ばれます

難治性・治療抵抗性FD
・本当は器質的疾患、実は精神疾患が存在している可能性がある


・治療抵抗性の場合、BPSモデルを用いて、病態仮説の構造を立てる
→FDの症状はあくまで氷山の一角


・最後は自分自身と患者の良好な関係が、症状を緩和することになる
→治療的自我


機能性ディスペプシア

機能性消化管疾患(functional gastrointestinal disorder:FGID)は、
器質的な疾患を認めないにも関わらず、腹部症状を呈する疾患です


FGIDにはたくさんの疾患が含まれますが、
胃十二指腸障害の代表的な疾患が機能性ディスペプシア(functional dyspepsia:FD)です


FDは2016年に改訂されたRomeⅣ基準では
「上部消化管内視鏡検査を含めた各種検査において、
症状の原因となる器質的な疾患を認めないにも関わらず、

①つらいと感じる心窩部痛
②つらいと感じる心窩部灼熱感
③つらいと感じる食後のもたれ感
④つらいと感じる早期飽満感

のうち1つ以上の症状があり、これらが6か月以上前に初発し、
3か月以上持続しているもの」

と定義されています

RomeⅢからⅣへの変更点は、
4つの症状全てにおいて「つらいと感じる」という文言が追加されており、
日常生活に影響を及ぼすかどうかが重要視されています


日本の2014年のガイドラインには罹病期間は言及されていません
Rome基準はあくまで研究目的につくられていますので、現実的ではありません


つらい症状がある人を3か月待ってから診断する必要はありませんので、
期間に固執する必要はないです


昔は内視鏡検査で異常がなければ、気のせいにされていた時代が、
今や、機能性です

時代が変わると病名がつくのですね



FDの病態

FDの病態は一言でいうと複雑です


最近は脳腸相関が重要であるといわれています

さらにはそこに腸内細菌叢を加えたmicrobiome brain-gut axisとよばれる概念が提唱されています


腸内細菌叢が乱れることによってか、
感染性腸炎の後にIBSやFD症状を訴える人がいます

感染性腸炎後IBSやFDといわれており、最近のトピックです
(Aliment Pharmacol Ther 2015;41:177-188)

その目で外来をやっていると、かなりの頻度で出会います




FDの考え方

FD症状を訴えてきた人の考え方は、
①まずは器質的疾患の除外です

そこで大事なのは、
体重減少、再発性嘔吐、出血、嚥下障害、高齢、発熱といった症状です
アラームサインと言われています


高齢者の場合は、積極的に悪性腫瘍を検索し、なければ薬剤性を疑います

中高年の場合も、やはり悪性腫瘍を疑うべきです

若年者の場合は、消化性潰瘍をまずは想起したくなります


重要なのは、FD症状に対してすぐに上部消化管内視鏡検査を行わず、
PPIでお茶を濁している症例が多数あるという事です
PPIで効いたからOK
ではなく、効果があったとしても胃カメラは行っておいたほうがよいでしょう


若年者の場合、実際は難しいこともありますが・・・


②ピロリ菌関連

ピロリ菌に伴うFDは少ないですがあり得ます

そのため、FD症状があれば、
上部消化管内視鏡検査とピロリ菌検査はセットと考えておいた方がよいでしょう


ただ、NNTは14とあまり効果は高くないので、期待はあまりしないほうがよいでしょう


③本当のFD

①、②は同時並行で考えつつ、実際はFDとして対応することが多いでしょう

そこでの考え方は、
FDは消化器疾患としては考えず、心身症として考えることをお勧めします


心身症とは、「身体疾患の中で、その発症や経過に心理社会的因子が密接に関与し、
器質的ないし機能的障害が認められる病態」とわれます

ただし、うつ病や神経症といった他の精神障害に伴う身体症状は除外することになっています



簡単にいうと、心理的な原因(ストレス)が器質的な疾患を発症・悪化させる疾患群です


心身症の概念が頭の中にあると、難治性の喘息やFDに出会った場合に「薬一辺倒」のアプローチから抜け出すことができます


(1)FDが起こる準備因子

(2)FDが発症した発症因子(トリガー)

(3)FDが持続している持続因子

に分けて考え、それぞれにアプローチすることができます



FDの治療

ガイドラインでフローチャートがでていますのでご参考ください



FDまとめ
・FDかなと思ったら、まずは器質的疾患の除外とピロリ菌の検索を
→除菌して症状改善したら儲けもの


・FDは消化器疾患というよりも心身症の側面が強い
→こじれた時は、準備因子・発症因子・持続因子を考えてみる


参考文献:日医雑誌 第147巻 第10号/2019年1月
     機能性消化管疾患ガイドライン2014 機能性ディスペプシア(FD)

2019年8月20日火曜日

昼カンファレンス 〜1%の鑑別疾患〜

昼カンファです

発表者 専攻医I:お願いします。症例のポイントは診断です

司会:はい、わかりました。お願いします


発表者I:症例は89歳 女性、主訴は発熱です
profileは脳梗塞とアルツハイマー型認知症で寝たきりの方です


司会:はい、ありがとうございます。皆さん、診断つきましたか?(笑)
   この前、東京GIMに行ってきましたが、これくらいの情報で志水太郎先生は
   30分くらい語っていましたよ


研修医N:そんなに語れません
     診断は肺炎だと思います!

司会:他には?


研修医N:尿路感染!!

司会:他には?

研修医E:胆嚢炎とか、偽痛風とか


司会:ありがとうございます。もう一声かな


専攻医N:褥瘡感染とか皮膚軟部組織感染ですか?


司会:はい、ありがとうございます。その通りですね
   肺炎や尿路感染症、胆管炎は検査が診断してくれます

   ですが、皮膚軟部組織感染や褥瘡は自分で診断しなくてはなりません


   研修医N先生!!
   この前あった靴下脱がし忘れ事件をみんなに共有しましょう!!

研修医N:靴下脱がし忘れ事件?なんでしたっけえ?


司会:以前、同じような背景の方が発熱で来られて、結局、尿が汚かったので、
   腎盂腎炎としてGNRターゲットに抗生剤が入っていました

   入院担当になったので、見に行って靴下を脱がせて診察すると、
   真っ赤に腫れあがった足が出てきました


   そして、血培からGPCが生えてきました
   連鎖球菌でした

   救急外来の初療医に聞くと、靴下は脱がした記憶はありませんとのことでした

   靴下を脱がすという一手間を惜しむと、こういうことになります


研修医N:なるほど~



司会:では症例の続きです

発表者I:はい、この方は施設入所中です  
    3か月前に当院で胆管炎の診断で、ESTが施行されています
    その後は元気になっています

    今回は、当日の朝の食事をとらず、昼も食事がとれなかったようです
    バイタルを測ると、SPo2 81%、発熱38度であり、
    施設の方に連れられてきました
     
    施設の方は見に行った時には帰られていて、
    詳細に経過や背景が書かれた情報提供書がありました
   
    本人とは意思疎通はとれず、指示も入りません 


司会:分かりました。ではもともとの背景をもう少し教えてください

発表者:はい、BADLはすべて全介助です
    手足の拘縮も強く、寝たきりの方です
    コミュニケーションはとれません



司会:わかりました
   では他に聞きたいことはありますか


研修医Y:既往を教えてください、あと薬は何飲んでいますか?


発表者I:既往歴は15年前に脳梗塞、9年前にアルツハイマー型認知症、
    変形性膝関節症、腰椎すべり、DM、HTです

    薬はジャヌビア、フルイトラン、ニューロタン、ラキソベロンです
    嘱託医が出していました




司会:ありがとうございます
   こういった自分で自分の症状を言えない患者さんの時は、
   こちらがくみ取ってあげなければなりません


   しかし、往々にして熱の原因が分からないことが多いです
   肺もちょっと汚いし、尿も濁ってるし、褥瘡もちょっとある
   肝胆道系も少し上がっている

   誤嚥性肺炎と尿路感染、他etcの区別ができない・・・・

   これが現代版不明熱です


   診察も呼吸音が浅く、手の拘縮が強く、しっかり聞けないことが予測されます
   腹痛の訴えも難しいでしょう

   
   なので診察で特に注意するべきは皮膚軟部組織感染症です
   そこだけは見逃してはいけません

   では診察に進みましょう


発表者:バイタルですが、   
    血圧127/87、脈110、体温38度、呼吸数22回/分、SPO2 81%でした
    
    頭頚部特記すべきことはなし
    胸部では、呼吸音はair入りが悪く、よく聞こえませんでした
    心雑音なし
    腹部 平坦軟 で圧痛もなさそうでした
    肝叩打痛もなさそうです

    関節の拘縮は強いですが、腫脹はありませんでした
    下肢 浮腫は足背に軽度ありました


    褥瘡はありませんでした
    おむつもはずしてみましたが、
    特に蜂窩織炎を疑わせるような発赤はありませんでした


司会:ありがとうございます
   さて、皆様診断つきましたか?
   
   無理ですよね 笑
   もはや現代版不明熱の範疇です


   皆様の頭の中で何を考えているか教えてください


研修医N:誤嚥性肺炎だと思います

司会:普通に考えるとそうですよね
    他には?

研修医E:ちょっと前に胆管炎を起こしているので、胆嚢炎や胆管炎でもいいと思います


司会:そうですよね、胆管炎でも全く矛盾しない
    他には?

専攻医Y:尿路感染症とか?

司会:そうですね、この三つが本命ですね
   この患者さんで本命をあげろと言われたら誤嚥性肺炎、尿路感染、胆管炎でしょうか


  では、ここからが本番です

  本命以外に考えることはなんでしょうか?
  
  つまり、みんなこのどれかに飛びつきたくなるけど、
  俺は飛びつかないぞ!
  しっかりこれも鑑別にあげてるぞ!!

  みたいなものです


聴衆:・・・・


司会:もっというと、脳内メーカーってありましたよね?
   あれで、99%はこの三つの疾患を疑っています
   でも1%で他の鑑別を考えています

   頭の片隅に置いておくっていう感じです

   これが後々きいてきます

   0か1かは大きな違いなのです


   さて、この1%で考えている疾患は何でしょうか?

聴衆:・・・・・


司会:では例をあげましょう
   実際にあった症例です

   ADLが保たれていた人が、ある時、広範な脳梗塞になって入院しました
   そのため、意思疎通も取れなくなってしまって、ずっとリハビリをしていました

   ある時、発熱を来し、誤嚥性肺炎と思われ治療されていましたが、
   3日たってもよくなりません
   主治医は抗生剤の変更を計画していました
  
   しかし、おもむろに指導医がルンバ―ルをすると・・・

   なんと細菌性髄膜炎になっていました

   という感じです


   元々、意識障害の人が発熱した時、みなさん、髄膜炎を疑えますか?


研修医N:あーなるほど、それならいつもの5+1で考えればいいってことですね
     なら、IEとか考えるので、口の中もよく見たいです


司会:そうですね、歯髄炎や顎骨壊死とかもよくみないと見落としますね


発表者I:口の中は何もありませんでした


司会:他はどうですか?
  
研修医Y:酸素化も悪いですし、あまり動いていないので、DVT-PEとかはどうですか?

司会:ありがとうございます。鑑別になりますね
   でも、寝たきりの人ってあまりmassiveなPEになることは少ない印象ですね

    他どうですか?  
    

研修医E:偽痛風とか?偽痛風は後々、腫れてくるといいますし・・・ 
    

司会:そうですね、その目で赤みや熱感を見るのは大事ですね

   皆さん、いいせんいっています。が、あと一歩です
   もう一つ、これは押さえておきたいというのがまだ出てきていません


聴衆:・・・


研修医Y:解離?


司会:うーん、解離も熱でますけどね。。。
   でもここで言ってほしいのは、解離ではないです

   ヒントはこの患者さんの移動はどうなっていますか?
   ベッドから車椅子にどうやって移動しますか?


   よっこいしょって、運ばれていることが想像されませんか?

   体幹や関節がこれだけ固まっている人なら、移動の際に何か起きるかもしれませんよ

聴衆:・・・・・


司会:ここで考えなければならないのは、骨折です
   そしてそこからの血腫吸収熱と脂肪塞栓です

   これが一番ピットフォールになります
 
   もちろん、最初からそこまで強くは考えません
   ですが、これでCTで肺がきれいであり、尿がきれいで、
   胆道系酵素が上がっていなかったら、
   1%の鑑別疾患の可能性が上がってきます


   実際はどう進みましたか?


発表者I:実際は血培、採血、ガス、レントゲン、CT、尿検査と進みました

司会:まあ、ルーチンになってしまいますよね
   ルーチンになると、思考が止まるのが怖いですね


発表者I:血液検査では肝胆道系酵素上昇はありませんでした
    腎機能はやや悪化していました


司会:はい、ありがとうございます
   ではCTを読んでみてください


研修医Y:CTでは目立った肺炎像はありません
    肝内胆管にはニュービリアがあり、胆嚢内にもairが入っています
    それくらいですかね?


研修医N:子宮の中の濃度がちょっと・・・
     うーん、わからないです


司会:そうですね、子宮瘤膿腫は確かに鑑別です
   他、何か気が付いたことはありますか?


聴取:・・・・・


司会:僕、骨折っていいませんでした?
   大腿骨折れてますよ


司会:おっしゃる通りです
   右の大腿骨転子部骨折と骨盤が折れていました

   その目で診ると右足の付け根が血腫で腫れていて、 
   Hbも下がっていました

   翌日も血培は陰性で、Hbはまた下がっていったので、今は輸血しています
   骨折に関しては、整形と相談し本症例は手術は保留となっています


(聴衆の冷たい目)


司会:当たり前ですけど、この症例の事、何も知りませんから!
   いやあーびっくりしましたね

   本当に骨折とは・・・


   でもよく気が付きましたね

発表者:思考の外というか辺縁というか、そこを考えろといつも言われていますので


司会:あー、radiologist ringと呼ばれるやつですね
   素晴らしいです
   
   寝たきりの方でも、骨折するということはpitfallになりやすいので、
   発熱で来た場合に1%でよいので、鑑別にあげておくといいかもしれません

   99%(本命)は誤嚥性肺炎、尿路感染症、胆管炎でしたが、
   それぞれの検査で可能性が下がりました

   そうすると、残りの鑑別の可能性が上がります


   大事なのは、もともと挙げた鑑別疾患にとらわれることなく、
   1%でも挙げておいた鑑別疾患を見直すことが大事です

  
   素晴らしいケースとプレゼンでした
   勉強になりました
   ありがとうございました
   

まとめ
・現代版不明熱だといって、何でもかんでも不明にしない
→皮膚軟部組織感染症は一手間あれば診断できる


・99%は誤嚥性肺炎や尿路感染でよいかもしれないが、1%は他の原因を考えておく
→忘れがちなのが、骨折


・寝たきり患者さんでも骨折する

倫理の勉強会

TED にジル・ボルト・テイラーという 脳科学者が脳卒中になった時の話があります  

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