2023年6月26日月曜日

2023年6月25日日曜日

神経疾患の真髄は末梢にある by ボス

 症例カンファレンスも悩ましい神経疾患でした


ボスが常々言っていましたが、

「神経疾患で難しいのは中枢じゃないんだ

 一番、難しいのは末梢なんだ。末梢ができるのが本物の神経内科医だ。」


やっぱり、末梢神経難しいかったです
解像度が低いなあ・・・と改めて再確認しました・・・


60代の女性が左上肢に力が入らないという症状で精査となりました






結論としては、神経生検で血管炎を疑う病理であり、
非全身性血管炎性ニューロパチー(non-systemic vasculitic neuropathy; NSVN)という結論になりました


臨床神経 2016;56:88-92)より

非全身性血管炎性ニューロパチー(non-systemic vasculitic neuropathy; NSVN)は
他臓器組織に障害を伴わず、末梢神経 に限局する血管炎と定義される

腓腹神経生検あるいは短腓骨筋生検で病理学的に神経上膜の小動脈の壊死性血管炎がみられる 

NSVN は単一臓器を侵す血管炎 single-organ vasculitis(SOV)という概念に含まれ、
治療反応性良好な一群の疾患と考えられている

だが、当初 NSVNと診断された症例のなかには、
のちに他臓器の障害が出現し全身性血管炎と診 断される例があり、
NSVN は単に暫定的な診断に過ぎず、
背景となる全身性血管炎を常に強く疑うべきであるとする意見がある
 
Collins らの報告では、NSVN 症例の 71%(34/48 例)で 赤沈 1 時間値が 20 mm 以上の亢進を認めたことを報告がある

→本症例は炎症反応は上がっていませんでした


NSVN はのちに他臓器の障害が出現し全身性血管炎と診断 される例は多く、
臨床的に NSVN と診断された 32 例のうち、
 34%が約 5 年の経過で全身性血管炎と診断されている 

 Greenberg らは、NSVN は単に暫定的な診断に過ぎず、
背 景となる全身性血管炎を強く疑うべきであると述べているが、
全身性血管炎がないことを確認するために必要な経過観察の期間や、
全身性血管炎を検索するための検査手段につい てはこれまで定められたものはない


本症例の学び

・ニューロパチーで発症する血管炎の症例を最後まで一人で診断することはないが、
NSVNの経過(後遺症が残ってしまう)を知っておくと、初動が変わる
→なんだかよくわからない痺れですね・・・
手根管と腰かな?リリカ出しておきますね・・・
と適当に時間を過ごしていると、治療のタイミングを失ってしまうこともある
なるべく早く神経内科医に相談しなければならないニューロパチーもある


・慢性経過でadditiveに悪化してくる神経疾患のpivot and clusterとして、
CIDP(typical,atypical)、血管炎(小〜中、全身性、非全身性、原発性、二次性)、
アミロイドーシス、感染症(梅毒、ライム病、ハンセン病)、神経サルコイドーシス
MNN、ALS、M蛋白関連・MAG抗体関連、代謝(VB12、葉酸、Cu、DM)、
中毒・薬・アルコール、遺伝性(圧脆弱性、CMT、家族性アミロイドーシス)、パラネオ
→現実的には、CIDP?かもと思ったら、血管炎を想起する
その場合、pivot and clusterで鑑別を詰めていく


・CIDPを考えたら、typicalかatypicalか
→末梢専門の神経内科医はたくさんはいませんからね・・・



神経治療学 2019 年 36 巻 4 号 p. 439-444



・できる検査は、血液検査、画像評価、神経伝導速度、髄液検査、神経生検になる
いかに生検でしかわからない疾患(血管炎、アミロイドーシス)の外堀を埋めるか



・多発単神経障害の場合、神経伝導速度検査が大事
軸索型か脱髄型かで、血管炎側(生検)へ進むか、CIDP(MRI)へ進むか決まる

・血管炎の場合、単神経障害が急に(突然気づかれる)出てくることが多い
→起きているのは虚血なので


非全身性血管炎性ニューロパチー(non-systemic vasculitic neuropathy; NSVN)は

BRAIN and NERVE 68 
(3):213-2212016にまとまっています

今週のNEJM 〜腓骨神経麻痺か神経根かと思いきや・・・〜

今週のNEJMは80歳男性の下垂足を契機に見つかった

顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー(facioscapulohumeral muscular dystrophy;FSHD)でした


なんじゃそりゃ 笑
っていうプレゼンテーションでしたね


下垂足は、腓骨神経麻痺とL5神経根症が重要になります
まれに脳梗塞でも下垂足は出ることがありますが、まさかの筋原性でした

顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー
(facioscapulohumeral muscular dystrophy;FSHD)

(臨床神経 2012;52:1154-1157)より

常染色体優性の遺伝形式を取り,第 4 染色体テロメア近傍に存在する 3.3 kb の
リピート 配列が短縮することが病態と深くかかわっている筋ジストロフィーである

FSHD の罹病率は世界各国でほぼ共通で、
人口 10 万人当り 5 人程度と筋ジストロフィーの中では頻度の高い疾患である
発症年齢は 0~65 歳と非常に幅広いが,思春期までに気付 かれることが多い
→今回の症例は80歳でした!

症状の進行は緩徐であり生命予後は良好である

筋萎縮・筋力低下の分布はその疾患名の示すとおり、顔面頬部,肩,上腕部に強い

初発症状は表情が乏しい、目 を開けたまま寝る、上肢の挙上困難、
翼状肩甲といった顔面筋あるいは肩甲帯の筋群の罹患を示唆する症状が
主訴となる場合が多い

一方、腰帯、下肢の筋は早期には比較的保たれていることが多いが、
進行すると徐々に障害がおよび、約 20% は 40 歳までに車椅子生活を余儀なくされる
病名が「顔面肩甲上腕型」となっていますが、下肢の筋肉も進行すればやられます

筋障害は左右差 が目立つことが多く、FSHD の臨床的特徴の 1 つとされる
→これがキーワードですね!


神経性難聴および網膜症の合併も多く見られる
→本症例はありませんでした

本文(n engl j med 388;25 nejm.org June 22, 2023)より

FSHDは、筋強直性ジストロフィー1型に次いで
成人に2番目に多い筋ジストロフィーである

FSHDは優性遺伝またはde novo変異により発症し、
その発症率は15,000~20,000人に1人と推定されている

FSHD患者では、筋力低下の進行は通常、顔面筋から始まり、
肩甲骨周囲筋、上腕骨筋、腹筋、腰帯筋、
そして最後に下腿前区画の遠位筋へと順次進行する下行性パターンに従う


顔面筋の筋力低下は気づかれないことが多く、
最も一般的な症状は、肩より上に物を持ち上げることが困難なことである
これは通常、生後20-30年後に発症する

しかし、肉体的に負担のかかる仕事や趣味を持たない患者の中には、
肩甲挙筋の筋力低下が何十年もの間、
自覚症状や症状の代償がないために気づかれないこともある
このような患者は、本症例でみられたように、
下肢遠位筋の筋力低下が進行する人生の後半に発症する
→筋ジスの方は自覚症状が乏しいことはよくあるそうです


安定していた患者さんが、ある特定の筋群の筋力低下で
安定期が中断されることもある
→今回はそれが左足の前区画の筋群だったようです


若いころには気づかなかったかもしれないが、
長年の筋力低下があったかどうかを判断するために、
睡眠中に目を半開きにしたことがあるかどうか、
口笛やストローで飲み物を飲むこと、
肩から物を持ち上げること(例えば、キャビネットの上に手を伸ばすこと)、
腹筋をすることが困難であったかどうかを尋ねる


n engl j med 388;25 nejm.org June 22, 2023


今回の症例で学んだこと
・下垂足の鑑別は腓骨神経麻痺とL5神経根症、脳梗塞だけではない
→筋原性もありうる!

・自覚症状や訴えがなくても、網羅的な神経診察をすることで、
異常が見つかることがある
本人も気が付いていないこともある
→特に筋ジストロフィーの患者さんではよくあること!

・障害されている分布が神経症候学には超大事
→左右差が目立つ筋萎縮は顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー(facioscapulohumeral muscular dystrophy;FSHD)を疑う


・時間経過で病態を推測できる
→慢性経過で悪化してくる場合、変性疾患や自己免疫性、脱髄、パラネオ、代謝、中毒を疑う


2023年6月19日月曜日

MDSの3つの顔 〜後半:骨髄不全と白血病化と・・・〜

 実際は入院にて精査が行われました


血液でわかるものは出しつつ、皮膚生検を行いました

痛みが強かったので、NSAIDsで治療が行われました

そして、マルクも施行されました



MDSの人が具合が悪くなったら、かなり身構えます

他の慢性疾患、例えばRAやSLE、担癌患者さんの場合は、
ある程度、何が起きるかが想像できますが、

MDS患者さんの場合は、ありとあらゆるものが鑑別になるので、非常に厄介です




もう一つ、患者さんの背景で嫌なものがあります


それは「免疫チェックポイント阻害薬を使っている人」です

こちらも、内分泌的な緊急症や心筋炎、間質性肺炎など
緊急性が高い疾患が鑑別になりますので、非常に身構えます


MDSと免疫チェックポイント阻害薬使用中の方の具合が悪いという非特異的な症状は、
閾値低めに網羅的に検査を行う必要があります





本症例はCTにて肺のGGOと小葉間隔壁の肥厚がみられました


MDSに軟骨炎に皮疹に肺病変に・・・


10年前だったら、なんだこの疾患は???

となっていましたが、今では診断名があります


一番最初に鑑別になったVEXASですね




VEXASも名前の通り、多数の症状の組み合わせで形成される一つの症候群です


自分がよく言っている「パズルのピース系疾患」ですね



TAFROやPOEMSなどと同じような感じで、
一つ一つに突っ込んでいっても、診断に辿り着かないこともありますが、
広角レンズで見ると診断がつきます


ただ、ここで問題があります


本当にVEXASでいいの?問題です


これはTAFROの時も同じですが、
誰かが、これは「〇〇だ!」とスイッチを押すような感じで治療がスタートします


もちろん、診断に特徴的・特異的な結果が帰ってきて、
自信を持って治療できる時は、よいのですが、
時には診断が困難な事例もあります


本当に〇〇でいいの?問題を解決するためには、
他の疾患を除外が必要です



特に「感染症から軸足をそらしてはいけない」という格言通り、
感染症の否定を頑張る必要があります


ですが、実際は感染症の存在証明も非存在証明も困難であり、
「ワンサイドカット」という臨床的手法を用いることが多いです


つまり、感染を100%除外できないのであれば、
治療してしまうという考え方です


これからステロイドを大量に入れる人にとって、
数日の抗生剤治療で失うものはほとんどありません


抗生剤を使うかどうかは、感染症科や呼吸器内科、膠原病科とも
ディスカッションが必要で、みんなの意見をまとめる必要があります







MDSの人の具合が悪い症状は、

本当にMDSがらみなのか、
それとも別の事象が起きているのか、揺さぶられます



ですが経験上、結局、MDS関連のことが多いです


この時の軸足は、最初は感染症にあり、
ワンサイドカットを行いますが、
途中からはMDS関連に乗っかっているイメージです




結局、本症例はマルクにて好中球の空胞変性が多数みられ、
肺病変や皮疹、軟骨炎と合わせて、VEXAS症候群が強く疑われました

VEXASは診断も難しいですが、治療も決まったものがないので、
大学病院や血液内科がある高度医療機関での治療がよいかと思われます



MDSには3つの顔があります

①骨髄不全、血球減少
②腫瘍性増殖、白血病化
③自己免疫疾患合併

です



特に自己免疫性疾患は、診断名のある膠原病や皮膚疾患の場合もありますが、

診断がつかない変な関節炎や皮疹、血管炎もあります

その場合は、何と(保険病名をつけて)治療するかが問題になります


一方でトリソミー8症候群やVEXAS症候群のように、

知っておくと一発で診断できるような症候群もあります



簡単にいうと、

MDSの患者さんに消化器症状が伴った場合は、トリソミー8を

肺病変や皮膚、軟骨炎を伴った場合は、VEXAS症候群を疑いましょう

MDSの3つの顔 〜前半 皮疹の考え方〜

悩ましいMDSの症例です(※症例は加筆・修正を加えてあります) 


78歳 男性が皮疹を主訴に来院されました

背景に無治療のMDSがある方であり、耳の皮疹が出現してきたようです

となれば、再発性多発軟骨炎ですね!



ボスが昔から口酸っぱく、言っておりました


「MDSの人は再発性多発軟骨炎を合併することがあるんだ。
 耳の赤みは狙っていないと見逃すから、
 注意して見ないといけないよ!」



10年以上前からそう教えられてきましたので、
MDSに再発性多発軟骨炎が合併するもんなんだなあ〜と漠然と思っていたら、、、

近年、名前がついてびっくりしました

2020年のNEJMにVEXAS症候群として発表されました


ユビキチン関連遺伝子変異による
VEXAS(vacuoles, E1 enzyme, X-linked, autoinflammatory, somatic)症候群という成人発症自己炎症症候群です


VEXAS症候群は鼻や耳の軟骨炎を発症し、皮膚症状をきたす人が多いです


これまでMDSの人に再発性多発軟骨炎が合併した人たちは、
VEXAS症候群だった可能性があるということです


現段階では名前がついていない疾患や症候群も
数年後には名前がついていると思うとロマンを感じますね 


「この症候群はいつか必ず名前がつく!」と今から言っておきたいものです 笑



今回の症例は両大腿部や右前腕にやや大きめの淡い楕円形の発赤を認めました
表面は綺麗であり、盛り上がっており、圧痛もありました

皮疹の考え方は「誰も教えてくれなかった皮疹の診かた・考えかた」が人気ですね

とてもわかりやすくて、いい本ですが、
タイトルだけがちょっと・・・


皮疹については、いろんな先生から教えてもらっていたので、
誰も教えてくれなかったわけではない気がします 笑

皮疹の考え方(平本式)




鑑別診断もシステム1(直感)と2(分析的思考)で考えますが、皮疹も同じです


皮疹の場合は、システム1で終わっていることが圧倒的に多いですが、
内科医はシステム2で考える癖を持っておいた方がよいと思います


今回の皮疹は見た目の直感は脂肪織炎でした


あえて言語化(分析的思考)すると、

分布は上肢と両側大腿のみ、淡い楕円形の紅斑が斑状にみられる

範囲は拳〜手のひらサイズであり、境界は不明瞭

表面はきれいであり、紅斑は盛り上がっている
圧痛や熱感を伴っている


左右対称、上下肢の分布からは外的要因は考えにくく、体内の免疫機序が考えられる
血流に乗って詰まったような分布でもない
外傷や物理的なダメージがが働きやすい部分でもない

表面は平滑できれいであり、表皮の炎症(湿疹)はない
押せば消退する浸潤を伴う紅斑であり、
皮下・脂肪組織の充血(血管拡張)・浮腫が疑われる

熱感や圧痛を伴う紅斑であり、皮下・脂肪組織の炎症・細胞浸潤が疑わしい

システム2で考えても脂肪織炎でよいと思われます











脂肪織炎を疑った場合、2つ鑑別を忘れないようにしています

1つ目はリンパ腫
2つ目はヘリコバクター・シネジーです





これはヘリコバクター・シネジーの皮疹です

本症例の皮疹もこんな感じでした



日本の北海道や札幌の先生方のシネジー感染症の皮膚所見のまとめです
非常によくまとまっています

(以下引用)


H. cinaedi菌血症47例のうち34%(16例)に皮膚病変が認められました
いずれも高熱を伴う紅斑が突然出現した
 最も一般的な皮膚症状は表在性蜂巣炎で、
痛みを伴う紅斑や四肢の浸潤性紅斑を生じる

3例は浸潤した紅斑を示したが、6例の紅斑は浸潤はみられなかった
紅斑の直径は2~14cmで、1人の患者に見られた病変の数は2~12個であった

所見からは、Sweet症候群、固定薬疹、蕁麻疹、結節性紅斑などの鑑別診断が必要であると考えられた

5例とも病理組織学的には、網状真皮にリンパ球や好中球の炎症性浸潤がみられ、
軽度の脂肪の中隔炎が認められた

血管炎はみられなかった
Giemsa染色やWarthin-Starry染色では菌は検出されなかった


蜂窩織炎という言葉は、通常、真皮や皮下組織の炎症で、
細菌が原因と推測されるものを指します

しかし、H. cinaediの皮膚症状は、一般的な蜂巣炎ではなく、
「有痛性紅斑」や「浸潤性紅斑」がメインであることに注意する必要があります


 このような痛みを伴う紅斑は、細菌感染の典型的な皮膚症状ではないので、
容易に見過ごされる可能性があります

この菌は培養での増殖が遅く、血液培養で菌が確認できるまで、通常6〜10日かかる

培養結果が遅れると、スウィート症候群と間違って診断され、
不適切な治療を受けかねません

(引用終了)


というわけで、結節性紅斑の治療はNSAIDsやステロイドですが、

ステロイドで診断が遅れてしまう疾患(リンパ腫)と
ステロイドが害になってしまう疾患(H.cinaedi)を知っておきましょう





他の身体所見は問題なかったようです

お元気そうなので、血液培養や画像だけとって、翌週の外来フォローでも良さそうです

もちろん、本人の心配や都合で入院精査もありですね


では実際、脂肪織炎(結節性紅斑疑い)を見た時の対応です


精査の最終段階と治療の最終段階をイメージしながら、
逆算して診療を進めることが重要です



脂肪織炎の最終的な検査は生検になってしまうので、
そこに至らなくて済むかどうかは、他のヒント次第です

リンパ節腫脹と同じく、他の症状や所見がないかを確認します

病歴で溶連菌感染があった
ヘルペス感染があった
エルシニア感染があった
ベーチェットを疑う病歴があった

既往で潰瘍性大腸炎があった




皮疹をいくら見ても答えは分かりません

皮疹の答えを探したいのであれば、皮疹の周りを探すことが重要です


この理論は、ぶどう膜炎にも当てはまります



皮疹の周りにヒントがない場合は、皮疹をとるしかありません









実際は脂肪織炎は病理で白黒つかない時もあります・・・


結局、何だったのかよくわからないこともあり、

病理に引っ張られないというのも大事です



さて、本症例の結末は・・・





2023年6月4日日曜日

胸痛は脊髄反射で動く 〜暫定ACSとしての動き方・考え方〜

悩ましい胸痛の症例です



救急外来で仕事をしていると、急に看護師さんから声がしました

「胸痛の方です!」


ストレッチャーに乗せられた状態で、
50歳の男性が初療室へ入ってきました


胸の真ん中を手で抑えて、ウーっと痛がっています

冷や汗もかいています


という状況で診療開始です


1st インプレッションはACSを筆頭にkiller chest painと呼ばれる疾患を疑います


胸痛の場合は、あれこれ考えません

致死的疾患の診断・否定につきます

シンプルに考えることが大事です



初動は反射的に動きます

頭で考えるとスピードが鈍るので、

頭で考えずに脊髄反射に任せて動くイメージです

診断まで一直線に動きます



①STEMIをいち早く診断するための心電図をとる(過去と比較)

②NSTEMI/UAPを診断するための心電図、トロポニン、UCG、病歴(症状、リスク因子、既往)

③大動脈解離や肺塞栓を診断するためのUCGと造影CT(造影ルートでお願いする)

④緊張性気胸を診断するためのUSとCXR(気胸は他のバイタルでわかることがほとんど)

⑤胆嚢や膵炎の可能性も考慮し、USや採血チェック(診察でわかることがほとんど)



胸痛が続いている時点で、循環器内科の待機が誰かをチェックして、

いつでも電話できるようにしておきます


強い胸痛の症例は、絶対に違うと自分で納得できるまでは「暫定ACS」です

ACSらしくないと判明すれば、「暫定大動脈解離」にシフトします


本症例はバイタル正常で強い胸痛なので、やはりACSを疑います



①心電図:ST-T上昇はなし、早期脱分極にみえる部位はあり

     比較はなし、reciprocal changeなし


心電図からはSTEMIではないと判断され、病歴や過去カルテチェックを行いつつ、

同時にUCGが施行されました



動脈硬化リスク因子は喫煙くらいです

喫煙だけでも十分ですので、やはりACSが鑑別の筆頭であることは変わりないです


UCGでは特異的な異常所見は見つかりませんでした


病歴としては、寝返りをした後から首の痛みが出てきて、

そこから胸痛に至ったということです


痛みが強くて、救急車を呼ぼうと思ったくらいだったようです

まだ痛みは10/10で続いています



ACSを疑った場合の病歴聴取ですが

・冷や汗があるかどうか → あり

・放散痛はあるか → bad な聞き方「どこか他に痛いところはありますか」

          goodな聞き方:痛みの部位を指差し確認で聞いていく


「耳は痛いですか?歯はどうですか、浮いたような感じはないですか?

 顎は痛くないですか?肩はだるかったり、痛かったりしませんか?

 腕のだるさや痛みはないですか?喉にへばりつくような変な感じはありませんか?」

→今回は肩甲骨の間に痛みがありました


・吐き気 → なし



ACSの胸痛は非典型的な場合も多いので、病歴だけで除外することは困難です


体位で変化する胸痛や圧痛のある心筋梗塞も過去にありました

耳だけすごく痛いという人もいましたね

喉に薬がへばりついた感じできた人もいるようです



病歴聴取ではACSの診断の可能性を上げることはできますが、

除外は難しいと覚えておきましょう



今回は寝返りの動作後であることや頸部痛からの胸痛であることから、

cervical anginaが疑われました

CTで頸椎のあたりもよく見た方がいいですね




みなさん、よくcervical anginaなんて知っていますね〜


ですが、cervical anginaの診断をつける前にやることは、ACSの否定です



ではどこまでやったらACSではないと言い切れますか?

臨床をしている上での一番の悩みです



大動脈解離は造影CT撮れば、診断も否定もできます

ですが、造影CTではACSの否定は難しいです



昨今、冠動脈CTが撮れるようになり、悩ましい症例では早期から冠動脈CTである程度、

冠動脈疾患かどうかの見積もりをたてられるようになりました


ですが、逆にどのプロトコールで造影CTをとるべきか悩むこともあります


その背景には冠動脈疾患ではなく、カテは不要であるということを

はっきりさせたいという心理があります



冠動脈CTは撮影方法が特殊で、読影も循環器Drが行うため、

(当院では)循環器Drに相談してからでないと撮ることはできません


なので、この段階で循環器内科Drに相談しておくのもありですね



ちなみに、脊髄の病気の非典型的なプレゼンテーションとしては、

・今回のような狭心症様症状でくるcervical angina

・脊髄性ミオクローヌスでくるパターン

・原因不明の腹痛や側腹部痛になるパターン(Girdle pain)


を知っておくとよいかもしれません





造影CTにいくまでに採血結果が帰ってきました

造影CTが撮られましたが、何もなかったようです
今回は解離を疑ったプロトコールで行われました

造影CTでも心筋梗塞が発覚するときがありますので、
「その目」でみることが大事です


後日、読影結果で「心筋の造影不良を認め、心筋梗塞疑いです」
と書かれると冷や汗かきます・・・



本文より抜粋

心筋不染像は13例中 9 例 (69%)で認めた(表 3 )

さらに,心筋不染像の有 無で分類した 2 群を比較検討したpeak CK値は心 筋不染像あり群で2, 344±290IU/l,心筋不染像なし群で473±435IU/lと、心筋不染像あり群で有意に高値であった(P=0. 004)

また,治療後に施行した心エコー検査での左室駆出率(EF)は,49. 0±9. 1% vs 63. 2±5. 3%(P=0. 015)と,心筋不染像ありの群 で有意に低いという結果が得られた.

よってより重症な症例において心筋不染像を呈しやすい傾向にあると言える




本症例は心筋の不染像もありませんでした
頸椎病変もはっきりとはしませんでした


造影CTから帰ってくると、症状は落ち着きつつあり、

アセリオを投与すると、痛みは消失しました


結局、何だったのかわかりませんが、

大事なのは・・・


①ACSの見積もりをいかに減らせるか

→心電図やトロポニンの再検査、病歴、リスク因子


②万が一、UAPが隠れているかもしれないのでフォロー

→循環器Drにいかにつなぐか


③他の診断の確定 

→ cervical angina狙ってMRI、心膜外脂肪壊死


大事なのは、順番です

①、②をすっ飛ばして、③からやってはいけないということです





本症例は確かにcervical anginaでもよいかもしれません



ですが、「cervical angina」という便利な病名を知ってしまうと、
ACSや解離の否定がいまいちできていないのに、
「cervical angina」と診断してしまいそうな先生が増えてしまうことが気がかりです


同じ構図にACNESがあります
有名になりすぎた分、その弊害が心配です


こういった良性疾患は見逃しても亡くなることはありませんが、
致死的な疾患は見逃すと本当に亡くなります


正しい診断よりも致死的な疾患の除外が
救急の大原則です


時間も人も限られる救急の場面では、
100点を目指す必要はありません

合格点がとれていれば十分です




正直、救急の場面ではcervical anginaは考えなくていいと思います

絶対にACSではないと自分が納得できるまでは、
「暫定ACS」として反射で動きます


致死的な胸痛が除外された場合にはじめて、
脊髄反射から解放されて、頭で考え出します

その時にcervical anginaを考えるのはありでしょう





救急の基本原則を思い出させていただき、ありがとうございました







倫理の勉強会

TED にジル・ボルト・テイラーという 脳科学者が脳卒中になった時の話があります  

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