当院では毎日、昼にカンファレンスがあります
前座でちょこっと勉強になることを話して、
その後、一時間、症例検討を行います
NEJMのClinical Problem Solvingとほぼ同じ感じで進んでいきます
つまり、情報が小出しに現れて、リアルな感じで進行します
司会はもちろん、症例のことを知らないので、
オーディエンスと一緒に、鑑別を立てていきます
矢吹先生は「working diagnosis」と名付けており、使わせていただいております
それでは、本日の症例です
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32歳 女性 主訴:温泉で倒れた
救急隊より
32歳女性、温泉に入った後、脱衣所で倒れているところを発見され、
救急要請あり
脱衣所で過換気になっており、テタニー様の手の状態だったそうです
右水平方向性眼振?あり
目撃者によると泡を吹いて、痙攣?していたそうです
意識は現着時は清明で、会話可能
バイタルは血圧127/80、脈87、SPO2 98%(RA)、RR18、T36.8
15分後に病着予定です
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司会:さて、こんな人がもうすぐ来るそうですよ?
何か、救急隊にこれだけは聞いておきたいということはありますか?
初期研修医D:瞳孔所見はどうですか?
発表者:すいません、瞳孔については、記載がないので、分かりません
司会:ありがとうございます
瞳孔所見って確かに、毎回救急隊が教えてくれますよね
でも経験的に瞳孔に救われた!ってこと、あまりないんですよね
アニソコがあっても、何も理由がなかった人も何人も見てきました
瞳孔所見が大事ではないということではないのですが、
ここではもっと大事なことがあります
専攻医I:目撃者の連絡先を聞いておいてください
司会:素晴らしい!
そうですね。この状況で病歴をとれるとすれば、目撃者からです
目撃者を連れてくることが可能であれば、連れてきてもらいますし、
難しければ連絡先を聞いておくことが、ここでは最も重要になります
実際はどうでした?
発表者:すいません、実際は目撃者の連絡先や連れてきてもらっていません
ピットフォール①
失神や一過性の意識障害系は、
目撃者から病歴をとることが非常に重要
目撃者とつながるためには、最初が肝心
司会:わかりました。忘れがちですが、ここを逃すと診断がつかないことが多いので、
「失神」というカテゴリーに入りそうな症例の場合は、目撃者を大事にしましょう
では、救急車が来るまでに何を準備しますか?物理的な準備と心の準備。
初期研修医D:血ガス、血液検査、画像、超音波、酸素、点滴、心電図ですかね
鑑別は起立性低血圧が起きたのではないでしょうか
あとはてんかん発作とかですかね
司会:ありがとうございます
だいたい、「サルも聴診器」ですね
しかし、ここでは、もう一つ忘れがちだけど、
検査するか考慮してほしいものがあります
何かわかりますか?
シーン
司会:意識がもし悪かったら、CT撮らざるを得ませんよね?
この人、おいくつでしたっけ?
神経内科専門医:妊娠反応!!
司会:はい、その通りです。
(※昼カンファには、自分より上の先生もたくさん参加しており、
本日は外科、耳鼻科、神経内科、腫瘍内科、膠原病科、家庭医の先生がいました)
司会:しかし、CTをとるためだけではありません
若年女性が救急外来に来た際は、
まずは妊娠に関連した症状でないか
と思うことが重要です
若年女性の腹痛なら、HELPP症候群かもしれません
痙攣発作なら、子癇かもしれません
そして、失神なら子宮外妊娠の破裂かもしれません
お腹みたらわかるでしょ?と思われるかもしれませんが、
やっぱり、体形だけでは分かりにくいことはあります
妊娠があると、鑑別ががらっと変わります
(→参照:ちゃぶ台返し系キーワード)
ということで、思考のシャドーボクシングと呼んでいますが、
一瞬、思いついて、一瞬で消すようなイメージです
シャドーしておくだけで、実際にそれを検査したりするわけではありませんが、
あやしければ、実際に探しに行きます
今回であれば、明らかに温泉入っていて、
脱水からの起立性低血圧と飛びつきたくなるでしょう
そこをぐっとこらえて、もしかして子宮外妊娠の破裂だったら・・・
と思いついておくことはとても重要なことです
そして、今回はもしかしたら、痙攣したのかもしれないという触れ込みです
若年女性の痙攣発作(初発)であれば、
やはり妊娠しているかどうかは非常に重要な情報です
若年女性が痙攣発作を来した時の考えることのまとめです
脳が原因(つまり、CTやMRIで原因が分かる)か、
脳以外が原因を考えます
司会:さて、こういったことを妄想していると、救急車が到着しました
発表者:来院時の意識は清明で、
バイタルは救急隊の時と、著変ありませんでした
司会:ありがとうございます。
病歴はどうでしたか?
発表者:はい、温泉とサウナをあわせて、45分くらい入っていたそうです
温泉に入っているところから、立ち上がって数歩歩いたところで、
くらくらして、のぼせた感じになり、水を飲んだそうです
それでものぼせた感じがおさまらず、脱衣所に行きました
そこでも水を飲みました
横になりたかったのですが、脱衣所だったので、
椅子に座っていたそうです
その後、記憶がなくて、
気が付いたら抱えられていました
ということでした
すいません、目撃者と連絡がとれていないので、
情報はこれくらいです
司会:ありがとうございます
病歴は圧倒的に起立性低血圧ですね
さて、どんな診察に注目したいですか?
シーン
司会:
狙ってとる診察と、
ざーっととる診察は、情報のインパクトが違います
インパクトあげるために、重要だと思う診察を考えてみましょう
研修医D:口の中を見たいです。脱水があれば、乾燥しているかもしれません。
司会:ありがとうございます。そうですね。大事ですね。
他にはどうですか?
研修医N:頸静脈!!!
司会:はい、そうですね。
頸静脈はとても大事です。
この場合なら、臥位でもいいと思います
臥位であれば、外でも内でも頸静脈はみえます
臥位で、頸静脈がよく見えないというのは、
循環血漿量の低下を意味します
逆に!
内でも外でも、頸静脈が張っていたらどうでしょうか?
あれ?脱水だと思ったのに、なぜか張っているぞ
ベッド上げても張っている・・・
え?肺塞栓?
肺塞栓は確かに、失神で来ることが意外に多いことが知られていますね
ということで思考が、がらっと変わります
こんな風にルーチンで頸静脈をみるのではなく、
予測しながらとることが重要です
インパクトが全然違いましたよね
あとは、どうでしょうか?
研修医D:シェロング試験
司会:その通り!
ここでは、シェロング試験がとても大事ですね
よくあるピットフォールがあります
わかりますか?
シーン
司会:それは、
こういうシチュエーションって、何も考えず点滴しがちですよね
バイタルが崩れていれば、すぐに点滴することは問題ありませんが、
バイタルが安定しているのであれば、ここで点滴するメリットはなんでしょうか
デメリットはあります
hypovolemic による起立性低血圧だと思っているのに、
いつの間にか治療してしまっていて、診断がつかなくなる危険があります
ということで、点滴してもいいのですが、ぽたぽたくらいにして、
あまり外液いれないようにして、すぐにシェロング試験をしましょう
ピットフォール②
起立性低血圧疑いの人をシェロングする前に、知らない間に治療してしまっている
気が付いた時には、200mlほど入っており、シェロング試験が陰性になってしまって、解釈に困る
司会:あるあるですね
なので、自分なら点滴そこそこに、すぐにシェロング試験します
さすがに、子宮外妊娠で失神するくらい大量出血があれば、
シェロング試験陽性になってほしいですよね
(→参考:起立性低血圧)
発表者:すいません、点滴が入った後にして、陰性でした
司会:了解です。大丈夫です。
自分も何度も同じことをしました 笑
他の診察はどうでしたか?
発表者:眼瞼結膜蒼白なく、口腔内の乾燥はありませんでした
舌咬傷はなかったです、頸静脈は見てなかったか、忘れてしまいました
心音は収縮期雑音が2RSBにあり、頸部に放散してました
神経学的所見は脳神経も運動も感覚も問題ありませんでした
研修医N:最初の眼振はどう評価すればいいんですか?
司会:医療者の医学用語には注意した方がいいです
基本的には、自分が見たものしか信じません
それは、患者さんを守るためです
なので、人から聞いた情報というのは、「」かっこつきです
本当かどうか、あやしいな・・・
くらいで身構えておきます
救急隊や一般の人が診察(主に視診)を行い得られた情報は、
鵜呑みにせず、上手に聴取しなおさなければなりません
例えば、今回の「眼振」「痙攣」「テタニー」です
これらが本物かどうか確かめるために、
何かコツを知っている人はいますか?
神経内科Dr:痙攣の時とかは、マネしてもらうことはよくありますね
司会:ありがとうございます。その通りですね。
言葉にすると、表現方法に相違があるので、
実際にやってもらったり、こちらがまねしたりすれば、
言葉よりは情報が正確になります
今回は、目撃者と話しができないので、これ以上は詰めれませんね
この症例は失神と考えるべきでしょうか、
痙攣発作や意識障害で考えるべきでしょうか?
研修医D:失神でいいんじゃないですか?
司会:そうですね
では、失神の原因で危ない原因は何ですか?
研修医D:不整脈といった心原性です
司会:ありがとうございます
ではもう一つは?
研修医N:大動脈解離!
司会:まあ、その通りなのですが・・・
あまり失神のプレゼンテーションでは来ませんね
専攻医:起立性低血圧! 大量出血だと大変です!
司会:その通りです
起立性低血圧の場合、脱水といったcommonな状態と
大量出血というcriticalな状態が混在するので、
起立性低血圧をみたら、必ず大量出血の可能性について検討します
今回はいいと思いますが、場合によっては、直腸診が必要です
診察で、心雑音を聞いたのは、いいですね
例えば、高安動脈炎が背景にあった場合、血管が細くなり、
雑音が鎖骨下や頸動脈で聴取するかもしれません
またリウマチ熱を患い、弁膜症があるかもしれません
失神の際に心雑音を聴取するのは重要です
他の検査はどうでしたか?
発表者:まず、モニターをつけて、心電図をとりました
異常は検出されませんでした
FASTは陰性でした
UCGは問題ありませんでした
血液検査も問題ありませんでした
司会:ありがとうございます
FASTはfocused Assessment with Sonography for Traumaなので、
外傷の時のショックの原因を調べる検査です
ここでは、RUSH examという用語の方がよいのかもしれませんね
子宮外妊娠の超音波所見をみたことありますか?
超音波では本当に見えにくいですので、
ここでも狙ってみることが大事です
まあ、今回はシェロングも陰性であり、違うとは思いますが。。。
さあ、病歴、診察、検査が同時並行的に進んでいきました
この後、どうしますか?
シーン
腫瘍内科医:サウナ45分!?それやべーよ!!
絶対脱水になるよ
司会:サウナと温泉合わせて、45分です (笑)
サウナだけだったら、やばいですよね
まあこの時点では、やはり脱水に伴う起立性低血圧でいいのではないでしょうか
発表者:はい
そういう風に説明して、帰宅となりました
これまでにも、温泉でそういうことがあったようなので、
水分はしっかりとるように伝えました
家庭医:具体的にアドバイスしましたか?
お風呂の途中だけではなく、
お風呂に入る前に水分をとることが重要です
のぼせたら、手を冷やすとか、長湯は避けたりすることも大事です
司会:ありがとうございます、その通りです
水分とる以外には、カウンターマヌーバーとかも教えてあげてもよいかもしれませんね
司会:はい、皆様お疲れ様でした
今回の症例は若年女性の失神もしくは意識障害でした
原因は脱水に伴う起立性低血圧という暫定診断でした
とても勉強になりましたね
※このように昼カンファでは、診断がバシっと決まるものは少なく、
プロセスを重要視しています
初期の二年間で出会える症例は限られています
他の人が出会った症例から学べるだけ、学ぶことが重要です
0か1かは大きな違いです
カンファではよくわからなくても、もう一度、同じような症例に出会った時に、
あー、あそこで言っていたのは、このことか!と分かる日が来ます
カンファは筋トレみたいなものです
出続けていると、いつか自分を支えてくれるでしょう
学びのポイント
・救急隊や目撃者からの情報で「痙攣」といった医学タームがあった時は、注意して聞く必要がある
→自分でマネするか、マネしてもらう
・失神の可能性があれば、目撃者から情報をとることがどんな検査よりも重要
→ここが診断不明になるかの分かれ道
・若年女性の起立性低血圧であれば、一度は子宮外妊娠の破裂を考える
→実際に検査しなくても、思考のシャドーでもよい